ブラック・ブレット セカンドワールド   作:道瀬 昆那門

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1.それでも平和な世界

「……私の存在を肯定してくれたあなたを死なせたくなかった。だから頑張った。辛かったけど、私、生きててよかった。私の胸は今感謝でいっぱいです。ありがとう、里見さん」

 

 夏世。お前はどうして、そんなに優しく在れるんだ。

 

「ねぇ、里見さんって友達少ないでしょう?……しょうがないから、私が友達になってあげます」

 

 ありがとう。お前は俺のかけがえのない友達だ。

 

「……これから……たくさんの試練があなたを襲うと思います。手がかりをなくし、暗闇で迷ったら、心の中のコンパスに従って……光を……光のほうに…………この世界、を………救って――」

 

 お前は正しかった。すごい奴だ、お前は。できれば、もっと話していたかった。

 

 

――暗転

 山脈の向こうからの紅い朝焼けが、瞳を暗く焼いた。

 

 

「ちょっと出てきます。お手洗いです。まさかついてこないですよね?」

 

 翠。お前も逝ってしまうのか。

 

「リーダー!あの、私……ッ――お手洗い、少しだけ、遅くなるかもしれません」

 

 時々思うんだ。翠、お前は最期の時、何を想っていたんだ?俺はあの時、どうすればよかったんだ。

 

 

――暗転

 森の中の暗闇が、静かに体を包み込む。

 

 

「お願い。あなたがやって。あなたがやらないと、ガストレアたちが……一斉に、東京エリアに。そうなったら……」

 

 火垂、俺を信じてくれてありがとう。失敗と敗北ばかりで、大したこともできずに現実に揉まれるだけだった俺と、一緒に戦ってくれて。

 

「やっとパートナーを守れた。もうこれで夢にうなされることもない。私、もう死ぬのが怖くない。苦しくもない。ありがとう蓮太郎。私の孤独を埋めてくれて。私に生きる意味を教えてくれて」

 

 違うぞ、火垂。ありがとうと言わなければならないのは、俺のほうだ。俺は、守れなくてごめんと、謝らなければならない。どうか、許してくれ。

 

 

――暗転

『二千分の一秒の向こう側』(ターミナル・ホライズン)の白い輝きがすべてをかき消していく。

 

 

「意味のない『if』ですね……まあ、嫌いじゃありませんが」

 

 悠河、あれは俺の本心だった。もしかしたら、親友にだってなれたかもしれなかった。

 

「これは戦争、です……よ。僕たちと、君たちの。ガストレア戦争は、ま、まだ……終わってなど……」

 

 ああ、終わってなどいなかった。お前がいたら何を言うだろうか。俺の醜いあがきを、嗤ってくれるだろうか。

 

 

――暗転

――暗転

――暗転

 

 いやだ、見たくない。聞きたくない。やめてくれ、それは――

 

「蓮太郎……妾は幸せだったぞ。だから、そんな顔をするな。ありがとう、蓮太郎」

 

 やめろ。逝かないでくれ、延珠。

 

「ねえ、里見君。私ね、里見君と戦わなくちゃいけなくなって……里見君のこと、嫌いになろうとしてたの。でもね……嫌いになれないぐらい、里見君のことが好きだったみたい。私の復習に巻き込んでしまって、ごめんなさい」

 

 おいていかないでくれ、木更さん。俺を一人にしないでくれ。頼む。延珠、木更さん。どうか。お願いだ。もうこれ以上、俺を――

 

 

 

 

 

 

 

 蓮太郎はゆっくりと目を開けた。狭い部屋に静かに差し込んだ朝の光が、蓮太郎の顔を温めている。

 

 これは果たして夢なのか。蓮太郎は窓のカーテンを開けてみた。窓の外に広がる東京の風景に、黒いモノリスは存在しない。新聞にガストレアという単語が書かれていることもないし、蓮太郎の右手と右足に黒いバラニウムの義肢が装着されてもない。

 

 蓮太郎にとって、この世界は二つ目だった。転生と言い換えてもいいのかもしれない。ガストレアのいない、優しい世界。蓮太郎はそんな世界に転生していた。転生といっても、完全に別人というわけでもないらしく、窓ガラスにうっすらと映る顔は前世の蓮太郎の面影を残しているし、そもそも彼の名前は今世でも里見蓮太郎だった。

 

 前世と違って、今世の蓮太郎は完全な一般人だ。両親が死んでいることを除けば、どこにでもいるただの高校1年生であり、それ以上でもそれ以下でもない。

 

 蓮太郎は自由だった。ガストレアと対峙する必要も、異常な強さを持つ犯罪者と戦う必要も、国家の闇と戦う必要もない。

 

 けれど――

 

「延珠……木更さん……ティナ……会いたいよ」

 

 蓮太郎の心はいまだに前世をさまよっていた。

 

 

 

 

 

 

 蓮太郎は幼少期に両親と死別している。前世でも今世でも同じだった。転生したときはそのことに対し思うところもあったが、いつの間にか心が擦り切れ、もう悲しさも悲しさも感じなくなってきていた。

 

 それは日々を何不自由なく過ごせているからかもしれなかった。今世の蓮太郎の両親は、蓮太郎が社会人になるまでに困らないほどの遺産を残してくれていた。

 

 月に一回現金を引き出し、生活費に充てる。決して裕福ではないが、前世の蓮太郎だってモヤシで飢えをしのいでいたりしていたことを思えば、むしろ恵まれているとさえいえる。

 

 ちょうど手持ちの現金がなくなりそうだったため、蓮太郎はお金を下ろそうと銀行に向かった。

 

 近所の銀行はかなり規模が大きい店舗で、エントランスも洒落たデザインだった。まるで対照的な、入口のガラスに映る自分の覇気のない顔から眼をそらしながら、ATMで金を下ろそうと操作を始めたその時だった。

 

 何か嫌な予感がして外を見た蓮太郎は、目を見開いた。銀行の入り口に一台の大型トレーラーが全くスピードを緩めないまま近づいてくる。

 

「逃げろ!早く!」

 

 入り口の近くで立ち話に興じる主婦二人に警告しながら、蓮太郎は近くにいた小学生を抱えてエントランスの奥へと走った。

 

 ガラスが砕け散る音、硬いものを砕く音とともに、店員や客の悲鳴が響き渡る。

 

 事故か事件か。答えはすぐに分かった。トレーラーのコンテナの一部がドアのように開くと、そこからバタバタと防弾チョッキとバイザー付きのヘルメット、拳銃で武装した10人ほどの人間が下りてきたからだ。

 

「動くな!」

 

 流れるような動作で拳銃を構える賊を見て、蓮太郎は悪態をつきたくなった。彼らがよく訓練されているのは間違いない。ただの強盗などではないだろう。ただ、練度の割に銀行に突っ込むという後先考えない行動をしているのが気になる。

 

 蓮太郎が考えている間に、彼らは銀行の職員と客を一か所に集め始めた。

 

「おい、お前もだ!さっさとあっちに並べ!」

 

 拳銃で小突かれて、蓮太郎も小学生を抱えたまま集団に合流した。どうやらこのまま人質にされる流れらしい。

 

「お母さんか、お父さんは?」

 

 蓮太郎が下ろしながら聞くと、彼女は小さく首を振った。

 

「車に戻るって言って……私はここで待っててって」

 

「そうか」

 

 運がいいのか悪いのか、彼女の親のほうは安全らしい。見たところ人質の中でもっとも幼いのは彼女だった。ちなみにその次がおそらく蓮太郎だ。人質という集団の中で、目につく要素を持っているのはどう考えてもいい影響は与えないだろう。

 

「我々は!鏡明(きょうめい)教団の戦士である!我々はこの腐りきった社会を変革するために立ち上がった!諸君らは幸いである!諸君らは我々が作り上げる理想の世界のために身をささげることを許されたからである!」

 

 代表と思しき男が叫び始めたが、ずいぶんと身勝手かつ支離滅裂な主張だった。男がなおも『救済』や『革命』、『聖戦』について一方的に叫び続けているのを聞きながら、蓮太郎はろくでもないことが起きる予感を必死に抑え込んでいた。

 

(今すぐ銃を乱射しようってわけじゃない。このエントランスは入口から丸見えだから、あと少し待っていれば警察が――)

 

 そこで蓮太郎は気づいた。入り口に埋め込まれる形でトラックが突っ込んでいるため、外から射線が通らないのだ。複数ある窓も、トラックにひかれた車が炎上した煙で視界は最悪だ。

 

(頼む、このまま何事もなく鎮圧されてくれ……!)

 

 蓮太郎の祈りを馬鹿にするかのように、散々叫んでいた男が首をしゃくると、職員の集団の中から一人の男性が引きずり出されてきた。

 

「お兄ちゃん!」

 

 蓮太郎の傍らの少女が悲痛な声を漏らした。どうやら年の離れた兄らしい。

 

「こいつは!武偵などという、政府の名のもとに救済に歯向かう不届きものである!」

 

――武偵

 武装探偵の略称であるそれは、武装検事や武装弁護士同様、治安維持のため民間人でありながら逮捕権や銃剣の所持が認められた、前世の民警とほぼ同じ役割を担っている存在でもある。

 

「――よって!正義の名のもとに、この者を処刑する!」

 

「お兄ちゃん!」

 

 蓮太郎は、兄のもとへ行こうとした少女の手をつかんで引き留めた。処刑などと言われている相手のもとに妹を向かわせるのは絶対にろくなことにならない。

 

「だめだ!」

 

「お兄ちゃん!お兄ちゃん!」

 

 泣きながら暴れる少女を見て、代表の男がにやりと笑った。

 

「不義の賊人といえど、家族の情はあるようだ。ともに黄泉路へと送ってやろう。その子どもをこやつの横へ!」

 

 武装した者が3人ほど近づいてきて、うち一人が蓮太郎の後頭部を強かに殴りつけた。

 

「っぐ!」

 

 蓮太郎が床に伏せてめまいに耐えている隙に、少女が武偵の兄のもとへと連れ去られてしまった。犯人たちが暴れる二人の兄妹を無理やり床に蹴り倒し、銃を突きつけたのを見て、蓮太郎の息が詰まった。

 

 胸が圧迫されたように苦しく、耳鳴りもする中で、なぜか脳裏に浮かぶ言葉があった。

 

『蓮太郎くん。英雄となる人間の特徴は何かわかるかい?英雄になる条件はね、人を見捨てられないことさ』

 

 シニカルな菫の声が木霊する。

 

『正義を遂げなさい、里見くん』

 

 毅然とした木更の声が木霊する。

 

 蓮太郎は顔を上げた。思想に酔った犯人たちに、理不尽にも奪われようとしている命があった。

 

 蓮太郎は拳を握った。忘れようもない、数多の命を奪った拳がそこにはあった。けれど、その拳は正義のためにある。他ならぬ蓮太郎自身が、そう決めた。

 

 やるべきことは、ただ一つ。

 

(これより敵を排除する――!)

 

「ハアアアアアアアアッ!」

 

 蓮太郎は立ち上がった。同時に、鋭い裏拳を両脇にいた二人に放つ。気合とともに放たれた裏拳は、彼らがかぶっていたバイザーを粉砕して後ろへと吹き飛ばした。

 

 構えるは、天童式戦闘術『水天一碧の構え』。防御も退路もない、攻撃の構え。

 

 大地を踏みしめ、前進する。天童式の歩法での踏み込みは、容易にその動きを見切らせない。加速の勢いを乗せ、武偵の青年の後ろにいた犯人へと蹴りをぶち当てる。勁力を込めた蹴り足に、ろっ骨を折った感覚が伝わってくる。蓮太郎はそのまま犯人を蹴り飛ばし、少女の後ろにいた犯人にぶち当てた。近くにいた二人には裏拳と貫手を叩き込み、崩れ落ちるさまも見ずにもう一人へ回し蹴りを振りぬいた。

 

「チクショウ!」

 

「ハァァァッ!」

 

 すこし離れたところにいる男が拳銃を発砲しようとしたのを見た蓮太郎は、気迫を込めながら宙へと舞った。

 

「天童式戦闘術二の型十一番――『隠禅(いんぜん)哭汀(こくてい)』ッ!」

 

 天地を逆さまにして放たれた断罪の蹴りが、バイザーを砕き顔面を潰し、肋骨数本をまとめて折ったうえで男を床へと叩きつけた。

 

 それを見て激昂して殴りかかってきた男の腕をとって合気の要領で関節を極め、腰のホルスターから拳銃を拝借した。見たところグロック17らしい。初弾を装填、照準の先に人質を取ろうと動き始めた3人をとらえ、引き金を引いた。

 

 腕を蹴る9ミリ弾の反動。もう前世から銃など撃っていないはずなのに、構えた銃口は揺らがずに照準の先に敵を捕らえ続けた。

 

 3人の肩、腕、膝に着弾し、悲鳴を上げながら倒れこむのを確認して、蓮太郎は『百載無窮の構え』をとって残心――を取ろうとして、鋭い殺気に気づいた。

 

 振り向くと、入り口に突っ込んでいるトレーラーのコンテナの入り口から、狙撃銃を構えた男がこちらをにらみつけていた。すげに引き金に指がかかっている。

 

 蓮太郎は射線から回避しようとして、その後ろに武偵の兄とその妹がいることに思い至った。

 

(避けられないのなら――!)

 

 右腕を引き、激発の予備動作を取ったところで、蓮太郎は致命的な過ちに気づいた。かつて右腕に移植されていたバラニウムの義手は、転生した今は存在しない。ただの生身の腕でしかないのだ。

 

 だめだ。貫通して当たる。だが、腕を伸ばして少しでもエネルギーを生身の右腕で消費させれば――!

 

 その時、蓮太郎の右腕に不思議な感覚が蘇った。何度も使い、いつしか慣れた炸薬を激発させる時の、神経と回路が直結する感覚だ。

 

 いける。このまま、いつも通りに。

 

 蓮太郎は直感のままに、腰を落とし、地を踏みしめる。

 

「天童式戦闘術一の型三番――ッ!」

 

 狙撃手が引き金を引くのと同時、激発。

 

「――『轆轤鹿伏鬼』ッ」

 

 超至近距離から放たれた銃弾が、なぜか蓮太郎には見えていた。爆音とともに加速された拳が弾丸に激突し、快音とともに弾き飛ばす。

 

 いつの間にか、蓮太郎の右腕は完全に露出していた。薄く煙を上げる右腕は、いつもの肌色とはまるで違う、漆黒の光沢を放っている。

 

「「そんな馬鹿な……」」

 

 奇しくも、犯人と蓮太郎がこぼした言葉が被ってしまった。

 

 転生した今は無いはずの、バラニウムの義手。ありえないことだが、形状も感覚も機能もかつての義手と全く同じだった。違うのは薬莢が排出されなかったことぐらいだった。

 

 蓮太郎が目を見開いて驚愕している数秒のうちに、肩口から黒いバラニウムブラックの光沢が肌の質感へと戻っていく。あっという間にただの右腕に戻ってしまい、蓮太郎はこれが夢なのかと真剣に考えた。

 

「ク、クソ!」

 

 悪態が聞こえたほうに目を向けると、蓮太郎と同じく驚愕して動きを止めていた男が動き始めていた。金属音とともに排莢、ボルトを押し込んで次弾を装填している。

 

「ッチ」

 

 舌打ちとともに落としたグロックを拾って撃とうとした瞬間、恐怖にひきつった表情で狙いをつけようとしていた犯人が倒れこんだ。同時に比較的軽い銃撃音が鳴り響く。

 

 振り向くと、奥のほうから数人、犯人たちとは違う防弾装備に身を固めた者たちが銃を構えていた。装備が統一されていないところなど、警察とは毛色が違うらしい。おそらく武偵なのだろう。

 

 蓮太郎はおとなしく持っていたグロックを床に落として両手を挙げた。同時に、この後に面倒ごとが待っていることを確信してため息をついた。

 

 これまで銃を持ったことがないはずの一般人が武装した集団を一人で壊滅させたとなれば、警察が蓮太郎をただ巻き込まれただけの高校生と考えてくれるか分からない。

 

 警察の取り調べを受けるのは一度だけで勘弁だ。かつてよく言葉を交わした警部の顔を思い出しながら、蓮太郎はそんなことを思っていた。




ブラック・ブレットが再始動という知らせを聞いてうれしくなって投稿してしまった。テンション上がったまま投稿したせいで原作名を間違えたり小説の設定を間違えたりしてて笑える
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