「ヒッヒッヒッ」
暗い、暗く深い闇の中下弦の月が下卑た笑いに包まれる。翁は笑う、どこまでもどこまでも・・・。
_____
「……………………………………………」
その日上条当麻は戸惑いを隠せず道端で困惑していた。
「…うぅ・・・」
何せ目の前には行き倒れている女の子がうつ伏せで横たわっていたのだ、頭の中で真っ白いシスターがベランダの柵に引っかかっていたあれやこれと思い出す。
すると上条がいることに気付いたのか少女の目はギラついていた。
「うぅ・・・お、おなかすい、た・・・」
少女はゆっくりと
「怖い!行き倒れの少女とはいっても種類がなんか違うタイプなんだがこれぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」
「おなかいっぱいご飯を食べさせてくれると嬉しいな!」
ガシッとどこから出て来たのか分からないほどの力で足を掴まれ逃げ場を失った上条当麻は諦めたように口にするのだった。
「不幸だ・・・」
少女は上条の足をしっかりと掴んで離さない。その力は見た目からは想像もつかないほど強く、まるで獲物を捕らえた猛獣のようだ。下手したらは足を折られると思い引き抜こうとするがびくともしない。
「ま、待て待て待て!とりあえず離せ!話はそれからだ!」
「ぐぅ……離したら逃げる……」
「逃げねぇよ!上条さんは逃げたりしねぇ!」
「ほんと……?」
辺りを見渡しているとケバブのキッチンカーが見えた上条はこうなったら仕方ないので腹いっぱい食わせて落ち着かせようと心に決めた。
「もぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐ」
「で?君は何であんなとこで行き倒れてたわけなんですか?」
「ほぉえふぁもごごごごごご」
「飲み込んでからでいいから!落ち着けとりあえずお水を飲みなさい」
「ふぁぃごとぅ!ごくごくごくごくごくごくごくごくごくごく・・・ぷはぁ!優しいのねお兄さん!」
その子はキラキラとした目でこちらを見つめてくる。さっきの飢えた獣みたいな目とはえらい違いで上条は若干戸惑う。
「お兄さんお名前は?」
「上条当麻だ」
「上条君!私は~わたしは何だったかなぁまぁ、いっか。よろしく!」
「……」
どこからツッコむべきかいまいち分からないがこの子も記憶を失っているのだろうか、とりあえずよろしくと言われたのでよろしくと返しておく。
「で、どこから来たんだ?行き倒れ少女その2」
「分かんない!」
ガクっと崩れ落ちそうになる、ツッコミどころが多すぎるこの少女に呆れながら自分のケバブをかじる。
「でもこのお肉にピーマンとタマネギとトマトが挟まってるやつ、すごく美味しい!」
「そりゃ美味いけどさそんな状況でよく味わえるな。親御さんは?」
少女はこくりと首をかしげる動作をするばかりで恐らくというか確実に分からないのだろう、どうしたものかとため息をつく上条さんなのであった。
――――
一方その頃ベリーショートのピンク髪釣り目の少女ことダキニは片手に木材もう片手にはビニール袋を持って玄関を足で蹴り飛ばしていた。ズカズカとリビングに入り荷物を置くが誰もおらず、誰かいないかと辺りを探り脱衣所のドアを開けるとそこには・・・イチャイチャしている垣根帝督と千羽智沙音がいた。
イチャイチャしていた。
「…………すまん」
すぐさまドアを閉めた。
『ぎっにゃあああああああああああああああ!!!!!』
つんざくような悲鳴とどったんばったんと騒がしい音が聞こえなくなったと思ったら、扉が勢いよく開かれ智沙音が飛び出して来た。
「忘れて!忘れて忘れて、わーすーれーてー!!!!」
「いてっ、いててて、いてぇったら!」
背中を激しく叩かれて、そもそもこいつらドアを蹴り飛ばしたときに気付かなかったのかと疑問符を浮かべながら助けを求めて垣根を見る。
「あー、くそ耳いてぇっての」
「おーいどうにかしてくれこの天然えろ娘」
「天然っつーより養殖だろ、ちなみに何で物音に気付かなかったかというと浴室と脱衣所が防音仕様だからだ」
ダキニの視線で察したのかソファにドカッと座り呆れた様子で皮肉を返しTVを付ける垣根、ダキニはその後ろ姿を傍目に何でもかんでも防音にする必要はないんじゃないかとため息をつく、しかも浴室と脱衣所で防音を二重にするほど聞かれたくない会話でもあるのか。
「ほら、こっち来い髪乾かしてやるから」
ぶーぶーと口をとがらせて大人しくソファに座る智沙音、だが納得していないのか足をばたつかせている。リビングにドライヤーの音が響く中ダキニは気を取り直してリビングの隅にブルーシートを敷き真剣かつ慎重に木の板を掘っていた。
「ほら、終わったぞ」
「はーい、ね!ね!今度はあたしが先輩の髪を乾かす番!」
「自分でやるから却下だ」
「むー・・・」
智沙音は頬を膨らませ不満そうな顔をする。仕方ないと不満げに肩を落とし次の興味の視線はダキニに移った。
「ねぇ、何作ってるの?」
「うーん、般若の面」
「能の?えーっと増女、泥目、橋姫、生成、般若、真蛇ってやつ?」
「そう、いわゆる鬼女の段階な、仏教だと『智慧』って意味だけど」
「まぁ、簡単に言ったら自己暗示系の魔道具程度に頭の隅に置いとけ、能力者のお前じゃ使えねぇ代物だからな」
ゴリゴリと木の板を掘り進めるダキニを横目に智沙音はビニール袋の中を物色していた。
「紙やすりとハンドタイプののこぎり・・・速乾のペンキ?あ、白い粉・・・
「
髪を乾かし終えた垣根がTVを眺めながらチラッとダキニの方を向く。
「第九学区ご用達のホムセンだ中々だっただろ」
「さすがだったなまさか18禁コーナーがあるとは思わなかった」
ダキニは黙々と木を削り続ける。細かい木屑がブルーシートの上にパラパラと落ち、ほのかに木の香りが漂い始めていた。智沙音は興味津々でダキニの手元を覗き込む。まだ大まかな輪郭しか浮かび上がっていないが、確かに般若の面の原型はそこにあった。二本の角が生える位置大きく見開かれた眼、裂けたような口元。それらが少しずつ少しずつ形を成していく。
「何で般若の面を作ってるの?」
「一種の保険だな、いざあたしが戦わなきゃいけない瞬間が来た時カードが足りないなら今のうちに用意しとかねーとな。後手に回るのはごめんだ」
「まぁ面っていうのは『別の存在になる』っていう意味もある、神か妖怪の憑依の一種。自己暗示。何とでも言えるけどな」
「つまり、般若になって身体能力を底上げする面ってことか」
「その通り」
「この真鍮と金粉も必要なの?」
「目や歯に塗るんだよ、あんま触んなよ」
ゴリゴリと木材が削れて行く音がリビングに響く、智沙音はしばらくその音を聞いていたがやがて何かを思い出したように口を開く。
「ねぇ、垣根先輩」
「なんだよ」
「あたしたちが脱衣所で何してたか、やっぱりダキニちゃんにはバレてると思う?」
「当たり前だ、あれだけ騒げばな」
「ぎゃー!やっぱり!!」
再び智沙音が騒ぎ出し垣根が面倒くさそうにため息をつく。ダキニはそんな二人を横目に、口元だけで小さく笑いながらただひたすらに木を削り続けていた。