「さて、反撃開始といきましょう」
「何っ!?」
七枚の牛革と青銅の盾の正体はトロイア戦争にて英雄ヘクトールの投擲を唯一防いだとされる大アイアスの盾だがそんなことは狩人には分からず困惑しビルの屋上から身を乗り出してしまう、それが仇となった。すでに少女は弓を構え狙いを定めて矢を射る、ギリギリと音を立てた矢は狩人の脳天を貫き高層ビルの屋上に爆炎が舞い上がった。
「厄介なのは処理したけどそっちは?準備整ってる?」
「あぁ、だけどお前なあれで死人が出ても処理しきれねえぞ」
「そんなの『知った事か』よ。学園都市を恨んでるあたしには関係ないわ」
外から来た人間には多少の慈悲があるかもしれないが学園都市に関わった時点で詰んでいる、やはり学園都市に対する恨みつらみはあの日から変わらず募らせている垣根はそう判断した。垣根は眠っている智沙音と荷物を
敵の狙いが智沙音か垣根なのかが分からないのが難点だが頭の中でシミュレートは完了している、後は実行するのみ。
「おい、二人で敵をあぶりだすぞ。それから」
「二手に分かれるわ」
「敵が誰を狙ってんのかまだ分かんねえうちに二手に分かれるのは飛んで火にいる夏の虫ってやつだ、耐久戦で敵を削ってあぶりだす方が」
「時間かかりすぎ、敵に時間をあげたくない二手に分かれた方が敵の狙いも分かる、あたし一人でも対処できる」
意見の対立に火花が散る、お互い譲らない姿勢が敵に隙と見られたのか垣根の側頭部目掛けてライフル弾が飛んできた、即座に六枚羽で防ぐ。距離はおそらく一km殺気は感じるが場所が分からない弾丸が飛んでくる感覚から恐らく移動しながらこちらに狙いを定めて来る。そういえばと垣根は建築の足場用に設計された
「一kmってとこ?腕がいいわね」
「ナメてやがる」
――――
マタギの合図役は学園都市の地下で獲物を追い立てる追い出し役に指示を出していた。獲物がトラップに引っかかるように無線で指示を出すが中々うまくいかなくイラつきが脳天を貫き始める。
「くそっ…」
今回の依頼は確かに厄介なものだった、だがここまでてこずるとは想定していなかった自分の甘さに腹が立つ。さすがは学園都市に七人しかいないという
まさか『悪魔』の千羽智沙音がこんなに早く登場するとは思ってもいなかった、その甘さが今の現状を作り出している。
「…………」
このままでは終われない、依頼主に顔に泥を塗ることになる。
「全班につぐ、総攻撃…何だ?」
『どうした?』
合図役は壁に手をつくとグニっとした感触に疑問を持つ、ライトを照らすとコンクリートの壁一面に肉塊のようなものが張り付いていた、後ずさりをしライトの照射範囲を広げると無数の大小の目玉がギョロリとこちらを凝視していた。
「ひっ…」
「うわあ!!」
『どうした!?何があった!』
まるで自分達が無神経に化け物の腹の中を歩き回っていたそんな体の底から湧き上がる恐怖に思わず身震いする。護衛と部隊の連携役の部下は尻もちをついてこちらを見つめて来る目玉に完全に怯えきっていた。
『おい!何があった!おい!』
「そ、総攻撃だ…あれの用意もし」
しろ、とは言えなかった、壁に張り付いていた肉塊から触手が伸びて来て腰に巻きつき肉塊の中に引きずりこもうとしていた、肉塊は牙を立ててガシャンガシャンとわざと怯えさせるように音を立てながら大きく口を開けて獲物を頬張ろうとする。このままでは喰われると生物のとしての本能的な恐怖に襲われ叫び声をあげた。
「うわああああああああああああ!!!!いやだ!いやだあああああ!!!ぐっ…くそっ!あああああああ!!!」
何とか逃げ出そうと抵抗するが抜け出せずふっと護衛の二人を見ると同じように肉塊に食われる光景が目に焼き付きああもうだめだと悟り、地面に落とした無線レシーバーから聞こえてくる声に応えることなく肉塊の中に吸い込まれていった、肉塊が最後の獲物を呑み込み、ぐちゃりと粘液質な音を立てて壁から剥がれ落ちてずるずるとうごめき学園都市の地下に消えていった。
同じ頃、垣根は地面に手をつき
「居場所は分かってんだよ、クソッたれ」
「ちょっ…」
悪魔の智沙音を無理矢理引っ張って自分の隣に置き
「こっちも見つけたわよ地下に三人、司令塔ね。始末したわ」
「殺してねえだろうな」
「………」
「殺してねえだろうな!!」
「………怒んないでよ」
怒る垣根に顔をふいっとそむけ、子供の様に頬を膨らませてる。
「お前なあ…」
銃弾が飛び交う中これ以上長話をするわけにもいかないので反撃に出るために一km範囲に探知のために展開していたカブトムシを迎撃モードに切り替える、四人は死に後の二人はここにいる、カブトムシの大群からライフルを抱えながら逃げ回っているのが一人で合計七人、他に敵影は見えないのを確認して
「ぎうあああああああああ!!」
「殺さないの?」
「誰に雇われたか吐いてもらわないとな」
「だ、誰が…言うものか…ぐぁっ」
腹を踏みつけ殺気に満ちた目で睨み付ける、最後の一人はカブトムシ達が追いかけまわしているのでライフルがこちらに向けられることはない。なので油断していた、陰から伸びる魔の手に。地面に映し出された影から槍を持った男がぬるりと這い出てコフィンに目掛けて槍を投げようとする。
「なっ…!」
「うそっ!」
最後の八人目が投擲しようとした瞬間天から雷が振り落とされた。轟音と閃光が響き渡りとっさにガードして何が起きたのか確認しようとする、カランと軽い音をてながら槍は地面に落ちて男は黒焦げになり地面に倒れていた。コフィンの無事を確かめようと垣根は走っていき眠っている智沙音を見てほっと胸をなでおろした。
ポツポツと雨が降る、そうこうしていると聞きたくない声が聞こえて来た。
『何油断してやがンだ』
「うるせえ、貸しなんざこれっぽっちもくれてやらねえぞ」
「べー」
とあっかんべーをしている智沙音にデコピンをして苦虫を噛み潰したような気分でイラつきながら新統括理事長
「で?統括理事長様は何の用件で手を貸したんですかあ?」
『ケンカ売ッてくンじゃねェよ、俺の仕事はまだおわッてねェンだ』
「あ?」
『もう一つあンだよ、別件が』
「おい、もしかしてこのまま恩着せがましい事しておいてはいさようならなんざ許さねえぞ、なめてんのかテメエ」
『お前が匿ッてる女がいるだろうそいつも狙われてンだ、そこに転がッてる奴の依頼人がケンカ売ッてきやがッた。一番舐めてンのは依頼人の方なンだよ』
つまりはと垣根は思案する、敵の狙いは智沙音や俺じゃなくダキニにあると。そして依頼人という人間は相当な馬鹿か自分の実力を過信しているかおそらく両方だ。どちらにせよ生かしては置けない敵である事は確かだ。
転がって放置されていた狩人の男に話しかける、お前の人生はこれで終わりだと。
「おい、よかったな、命だけは助かるぞ」
地面に転がる狩人の男は、まだ虚勢を張ろうと歯を食いしばっていた。だが、垣根の言葉に込められた冷たさは、そうした虚勢を容易に打ち砕く種類のものだった。男はごくりと唾を飲み込み、視線だけで垣根を睨み返す、その目には獲物を狩る側から狩られる側へと立場が反転したことへの屈辱と、拭いきれない恐怖が混ざり合っていた。そんな男を傍目に
「依頼人の場所を教えろ、叩き潰す」
『今対応してる最中だ、お前が出る幕はねェ。それにお前が守りたいもンはどうする、後の処理は
「…ちっ」
「離してる最中で悪いんだけどあたしそろそろ限界」
「待てお前にはまだ言わねえといけないことが…」
「無理、もうすぐあの子が起きるから守ってあげて、あたしは確かにこの街を恨んでるけどあの子は違うから…」
悪魔の智沙音の体がすうっと透けていき消えていった、言いたいことも言えずに去って行ってしまった。垣根の手が空を掴む、その傍らでコフィンで眠っていた智沙音が目を覚まそうとしていた。垣根はコフィンを解除し智沙音を抱え上げた。
「せん、ぱい?」
いつの間にか雨も上がっていた。
「せんぱい、もう怖い事終わった…?」
「あぁもう終わった帰るぞ家に」
「映画また行きましょうね」
「あぁ、そうだな…」
雨上がりの街はどこか嘘めいた静けさを纏っていた。アスファルトに残った水溜まりが遠くの街灯を映して不規則に揺れている、垣根は智沙音を抱えたまま、人通りの絶えた路地を選んで歩いていた。彼女の体温が腕の中から伝わってくる。まだ半分夢の中にいるのだろう、時折鼻にかかった寝息が首筋にかかってそれが妙にこそばゆかった。