【好感度: 0% 】
着任して最初の月。僕の執務室には、秘書艦として暁型駆逐艦の電が配置されていた。
彼女は真面目だが、どこかおっちょこちょいな気質があり、この日も僕のデスクに運んできたお茶を書類の山にこぼしてしまった。
「はわわ……! 申し訳ありません、司令官さん!」 慌てて手ぬぐいで拭こうとする彼女を制し、僕は濡れた書類を無造作に引き抜いてゴミ箱に捨てた。
「気にするな。ただの紙だ。怪我がないならそれでいい」
僕は彼女を安心させるつもりで言葉を継いだ。
「最前線で雷撃を受けることに比べれば、執務室でのミスなど被害のうちは入らない。君たち駆逐艦の装甲の薄さを考えれば、致命傷になる前衛任務より、ここで失敗を消費してくれた方がマシだ。書類の替えはいくらでも効く」
命が無事ならそれでいい。
そう伝えたかった。
だが、言葉を出し終えた瞬間、またやってしまったと内心で頭を抱えた。
事実を羅列しただけの僕の言葉は、酷く冷たく響いたはずだ。
案の定、電は顔を真っ青にさせ、小さな体を震わせている。
口下手を自覚してはいるが、どう修正すべきか分からず、僕はただ沈黙して次の書類にサインを書き始めた。
◆ ◆ ◆
冷たい人なのだと、電は思いました。
司令官さんの言葉は、いつも棘があります。
「駆逐艦の装甲は薄い」
その言葉は、私が海に出ればすぐに沈んでしまう弱い存在であり、期待などしていないと見切られているように聞こえました。
さらに「替えは効く」という言葉。
書類のことを指していたのだと頭では分かっていても、まるで私の代わりなどいくらでもいると言われたような気がして、胸が締め付けられました。
一生懸命やろうとしても、空回りしてばかり。
その度に、司令官さんは淡々と被害を計算し、冷徹に処理を済ませてしまいます。
電は、この執務室にいるのが怖くて仕方ありませんでした。
私はきっと、数ある駒の一つとして、いずれ冷たい海へ沈められる。
そう思わずにはいられず、司令官さんの背中を見るたびに心が萎縮していくのを感じていました。
【好感度: 25%】
鎮守府の運用が本格化し、海域での作戦行動が増えてきた。
僕は電を組み込む艦隊の作戦立案において、彼女の史実記録――味方艦である深雪との衝突事故――を念頭に置き、夜間索敵のルート指定や陣形の間隔を通常の規定より極端に広く設定した。
その日の出撃で、彼女の部隊は敵の主力と遭遇した。
しかし、僕が事前に通達した「生存確率が一定を下回る場合は無理な追撃を禁ずる」という交戦規定に従い、敵を逃して撤退してきた。
「敵を逃してしまいました……ごめんなさい、司令官さん」 項垂れる電に、僕は事実のみを告げた。
「無事で何よりだ。敵を沈めることより、艦隊を無傷で帰投させることの方が戦術的価値は高い。
無理な突撃で失われる資材と時間を考えれば、撤退判断は僕の指揮意図に完璧に合致している」
相変わらず理屈っぽい評価しか言えない自分が恨めしい。
彼女を責める意図はないのに、僕の口調は事務報告のように無機質だった。
◆ ◆ ◆
司令官さんの言葉の意味を、私は自室で反芻していました。
最初はまた、戦果を挙げられない私への呆れを含んだ言葉かと思いました。
でも、出撃前に渡された分厚い作戦書を読み返して、電は気付いたのです。
夜間の航行ルート、単縦陣から複縦陣への移行タイミング、僚艦との安全距離。
すべてが、同士討ちや衝突を極限まで避けるよう、緻密に計算されていました。
撤退を咎めないのは、期待していないからではなく、私たちの無事を最優先の『戦果』として定義しているからです。
着任初月の執務室で言われた「装甲が薄い」という言葉も、私たちが傷つくことをリスクとして恐れてくれていたのだと、ようやく理解できました。
あの人は、ただ言葉がひどく不器用なだけなのです。その事実に気づいた時、警戒で強張っていた私の心に、小さな波紋が広がりました。
【好感度: 50%目】
作戦海域における救助支援。
電がかつて行ったその人道的な行動は、戦場においては自らを危険に晒すリスクでしかない。
しかし、僕は彼女がそれを望むのであれば、可能な限り作戦構造のなかに組み込みたいと考えていた。
ある日の出撃前、僕は電に特殊なタイムテーブルを渡した。
「敵を無力化した後、海上の漂流者を救助する場合を想定した退避ルートだ。後方の航空隊による哨戒支援を厚く配置した。敵の増援が来るまでの安全マージンは七分。それを過ぎたら、何を置いても離脱しろ。その後の状況処理と責任は、すべて僕がとる。」
驚いたように目を見開く電に、僕は照れ隠しで視線を逸らして付け加えた。
「……作戦行動中の不確定要素を減らすための、あくまで論理的な措置だ。」
◆ ◆ ◆
「論理的な措置」だなんて、司令官さんは本当に素直じゃありません。
でも、電は嬉しかったのです。
戦いばかりの毎日は悲しいけれど、私の「命を助けたい」というちっぽけな願いを、司令官さんは兵站と戦術という具体的な手段を用いて守ってくれました。
背後で万全の航空支援と離脱ルートを用意してくれているからこそ、私は安心して海で手を差し伸べることができるのです。
最近は、執務室でのお茶汲みもこぼさなくなりました。
司令官さんが書類仕事に集中できるよう、先回りして入渠や補給の資料を揃えることもできるようになりました。
この不器用で、けれど誰よりも実直な人を支えるのは、私でありたい。
形式的な上官と部下ではなく、背中を任せ合える関係になりたいと、はっきりと自覚し始めていました。
【好感度: 75%】
着任から半年が経過し、電はもう当初のようにおっちょこちょいなミスを繰り返すことはなくなった。
それどころか、見事な手際で書類を処理し、僕の意図を汲んで各部署への資材手配まで済ませてくれる。
「司令官、こちらの遠征報告の決裁をお願いします。それと、夜戦用の照明弾の備蓄ですが、次期作戦に向けて二割増しで工廠に発注しておきました」
「助かる。僕が指示を出す前に動いてくれるとは、有能な秘書艦を持ったものだ。……いや、お前が有能すぎて、指揮官としての僕の存在意義が薄れそうだな」
冗談のつもりだったが、口に出してみると自分の不甲斐なさを強調する卑屈な言い回しになってしまった。
慌てて訂正しようと口を開きかけた僕を、電の柔らかな微笑みが遮った。
◆ ◆ ◆
「司令官さんったら、またそんな寂しいこと言って」
私はくすっと笑って、適温に淹れた新しいお茶を彼のデスクに置きました。
半年前なら青ざめていたような自虐的な言葉も、今なら彼なりの照れ隠しであり、私への信頼の裏返しだと分かります。
言葉足らずで、自分の発言を顧みてはすぐに自己嫌悪に陥る不器用な人。
その本質にある温かさと、職務に対する徹底した誠実さを知っているのは、きっと私だけです。
他の艦娘には少し誤解されやすい彼だからこそ、私が隣にいて彼の真意を「通訳」してあげなくてはなりません。
私の中で育った感情が、単なる尊敬や感謝以上のものだと気づいたのは最近のことです。彼が私に向けてくれる不器用な気遣いを、他の誰にも譲りたくない。
そんな自分勝手な独占欲を、私は静かに噛み締めていました。
【好感度: 100% 】
着任から一年が経った春の夜。
執務室には僕と電だけが残っていた。
明日の出撃準備に関するすべての書類仕事が終わり、静寂が部屋を包んでいる。
僕は引き出しの奥から、小さなベルベットの箱を取り出した。
「電。お前のおかげで、僕は今日まで指揮官としてやってこられた」 緊張で声が硬くなる。
気の利いた言葉など、僕の辞書には存在しない。
「……僕は相変わらず口下手で、お前を不安にさせる言葉を吐くかもしれない。だが、これからも僕の采配を、僕の隣で支えてくれないか。お前の代わりは、どこにもいないんだ」
着任初月にかけた言葉に対する、一年越しの訂正だった。
箱を開け、真新しい指輪を差し出す。
それを見た電の大きな瞳から、ぽろりと大粒の涙がこぼれ落ちた。
◆ ◆ ◆
「……ずるいです、司令官」
電は泣き笑いのような顔になって、そっと差し出された指輪を受け取りました。
最初はあんなに怖くて、遠い存在だった人。
でも、その不器用な言葉の裏に隠された、兵站管理や作戦立案という事実を通した本当の優しさを知るたびに、私は強く惹かれていきました。
戦場での冷徹な計算も、私を絶対に沈めさせないという彼の誓いだと、今ははっきりと知っています。
「電の代わりなんて、最初からいるはずないのに……司令官さんは、本当に……」
指輪を左手にはめながら、私は彼の隣に立ち、その少し不器用な手を両手で握りしめました。
「司令官の隣は、電だけの特等席なのです。……これからも、ずっと一緒に平和を探しに行きましょう。末永くよろしくお願いします」