【好感度: 0%】
鎮守府に着任したオレが最初に行ったのは、前任者が残したずさんな兵站網の再構築と、艦隊の練度評価だった。
書類の山と格闘するオレの執務室に、第六駆逐隊の代表として挨拶に訪れたのが雷だった。
「司令官、雷に任せておけば万事解決ね! もーっと私に頼っていいのよ!」
快活な笑みと、面倒見の良さを前面に押し出した振る舞い。
だが、オレの目は誤魔化せない。
彼女の瞳の奥には、温度というものが一切存在しなかった。
こちらを値踏みし、わずかな隙や無能さを見逃すまいとする冷徹な観察者の眼差しだ。
だが、そんなことはどうでもいい。
オレは立ち上がり、彼女の目を見据えて言い放った。
「頼もしい言葉だが、オレの艦隊で一番重要なのは『根性』だ! そして真の根性とは、無謀な突撃をすることではない。全員が必ず生きて母港に帰還し、次の戦いに備えることだ! そのための兵站と索敵はオレが気合で用意する。お前たちには、生き残るための根性を見せてもらうぞ!」
雷は一瞬だけ目を丸くしたが、すぐに元の愛想の良い笑顔に戻り、「ええ、わかったわ!」と頷いた。
オレは再び着席し、特型駆逐艦用の高圧缶の部品調達書にサインを急いだ。
◆ ◆ ◆
(……また、暑苦しいのが来たわね)
執務室を出た瞬間、私の顔から笑顔が消えた。
新しい司令官。口を開けば「根性」だの「気合」だのと喚く、単細胞な熱血漢。
前任者たちと似たようなものだ。
「私に頼っていい」という態度は、指揮官を油断させ、こちらのペースに巻き込むための防具に過ぎない。
暁、響、電。大切な妹たちを守るためなら、私は何だってする。
もしあの男が、根性論だけで妹たちを死地へ追いやるような無能な無茶を強要するなら、その時は私が背後から始末する。
書類に向かう彼の姿を思い出す。態度は暑苦しいが、目だけは死んでいなかった。
それに、あの言葉。
(生き残るための根性、ね……) とりあえずは泳がせておく。
だが、決して心は許さない。いつでも切り捨てられるよう、雷さまがしっかりと見張ってあげるわ。
【好感度: 25%】
南西諸島海域での哨戒任務中、敵水雷戦隊との接触があった。
オレは司令部から無線電話で状況を注視していたが、先頭を走っていた電が敵の砲撃を受け、小破判定を受けた。
装甲へのダメージは軽微だったが、オレは即座に全艦へ反転と撤退を命じた。
『司令官、まだ戦えます! これくらいなら……!』という電の通信に対し、オレは通信機を握りしめて怒鳴った。
「馬鹿野郎! 安全マージンを削って戦果を追うのは根性じゃねえ、ただの思考放棄だ! 少しでも損傷が拡大するリスクがあるなら引く。それがオレの戦術だ! 全艦、速やかに帰投せよ!」
艦隊が帰投した後、オレはすぐに工廠へ赴き、電の入渠手配と第六駆逐隊のボイラーのオーバーホールを指示した。
彼女たち特型駆逐艦は旧式化が進みつつある。
カタログスペック通りの機動力を維持するには、入念な整備と、それを支える完璧な兵站が不可欠だ。
熱血や精神論は、万全の物理的準備があって初めて意味を成す。オレは徹夜で整備計画の再編成を行った。
◆ ◆ ◆
入渠ドックの静かな水音を聞きながら、私は複雑な思いで夜の鎮守府を見上げていた。
電の損傷は、これまでの指揮官なら間違いなく「進撃」を命じるレベルだった。
しかし、あの男は躊躇なく撤退を指示した。
喚き散らす精神論とは裏腹に、彼の戦術判断はどこまでも保守的で、論理的で、損耗率の計算に基づいている。
(ただの単細胞じゃない……。私たちの特性も、弱点も、全部理解した上で運用している)
執務室の明かりはまだ点いている。
彼は今も、私たちのための書類仕事を一人で抱え込んでいるはずだ。
彼の行動を見るたびに、胸の奥にあった冷たい警戒心が揺らぐのを感じる。
いけない。これは彼が戦力を温存しているだけ。
まだ信用しきってはいけない。
私は彼と艦娘という明確な境界線を引くよう、自分に強く言い聞かせた。
【好感度: 50%】
大規模な夜間演習。
海況は最悪に近く、視界は極めて不良だった。
特型駆逐艦にとって、夜間の視界不良は過去の凄惨な衝突事故のトラウマを呼び起こす。
案の定、雷の動きが陣形の中で一瞬遅れ、艦隊の足並みが乱れた。
オレはすぐさま無線を飛ばした。
「雷! 暗闇を恐れるな! オレが組んだ電探の補界と、この広い陣形幅を信じろ! お前たちの旋回半径と癖は全て計算済みだ。絶対にぶつからねえようにルートを引いてある! 気合を入れて前を見ろ!」
オレの怒声に弾かれたように、雷の艦影が速度を取り戻す。
演習終了後、執務室で報告書の作成を手伝いに来た雷は、どこか気まずそうにしていた。
オレは温かい茶を差し出し、「ミスは誰にでもある。だが、それをカバーする仕組みを作るのがオレの仕事であり、オレの『根性』だ」と伝えた。
彼女は黙って茶を受け取った。
◆ ◆ ◆
「……司令官の淹れたお茶、熱すぎるわよ」
執務室のソファでマグカップを両手で包み込みながら、私はぽつりと呟いた。
彼の言葉、彼の声、彼の引いた作戦図。
それらすべてが、過去の暗い海に沈みかけていた私を引き上げてくれた。
彼が怒鳴る「根性」という言葉の裏には、緻密な計算と、私たちを絶対に失わないという執念がある。
それを理解してしまった今、かつて引いた境界線はもう機能していなかった。
私が彼を気遣うのは、単に艦隊の指揮官を失えば妹たちが困るからだ。
そう理屈をつけていたけれど、彼が徹夜で咳き込む姿を見るたびに胸が痛むのは、もう誤魔化しようがない。
雷さまが面倒を見てあげる。
その言葉は、いつの間にか演技ではなく、私自身の純粋な願いに変わっていた。
【好感度: 75%】
秋の総力戦に向けた準備期間。
連日の作戦立案と物資のやり繰りで、オレは三日間まともにベッドで眠っていなかった。
深夜、限界を迎えて机に突っ伏しそうになった時、執務室の扉が静かに開いた。
「司令官、無茶しすぎ。……ほら、夜食を持ってきたわ」 そこにいたのは雷だった。
いつものような押し付けがましい「頼っていいのよ」という芝居がかった態度はなく、静かで、芯のある声だった。
彼女が作ってきたおにぎりを齧りながら、オレは笑った。
「助かる。お前がこうして支えてくれるから、オレも限界を超えて根性を燃やせる。お前はオレの錨みたいなもんだな」
何気なく出た本音だった。
雷は一瞬言葉を失い、顔を背けて「……大袈裟よ、馬鹿」と小さく毒づいたが、その耳は赤く染まり、夜明けまで書類の整理を無言で手伝ってくれた。
◆ ◆ ◆
「お前はオレの錨だ」 その言葉が、私の心の中で何度も反響している。
彼が私を特別な存在として認めてくれた事実が、ひどく嬉しい。
最初は、暁たちを守るための盾として彼を利用するつもりだった。
けれど今は違う。
誰よりも彼自身のそばにいたい。
他の誰でもなく、私だけが彼の弱さを知り、彼を支えたいという強烈な独占欲を自覚している。
彼のあの熱に触れて、私の心にあった氷は完全に溶け去ってしまった。
もう、自分に言い訳をするのはやめる。
私は、司令官のことが好きなのだ。
彼が燃え尽きてしまわないように、私がずっと隣で守り抜く。それが、今の私の戦う理由だ。
【好感度: 100%】
着任から一年。鎮守府の基盤は盤石となり、幾度かの激戦も「無事生還」という最大の成果をもって乗り越えてきた。
全ての実務を終えた静かな夜の執務室。
オレは雷を呼び出した。彼女は少し緊張した面持ちで、オレの前に立つ。
オレは引き出しから小さな箱を取り出し、彼女の前に置いた。
「気の利いた言葉は言えねえ。だが、オレの根性の源はお前だ。お前が隣にいてくれるから、オレは艦隊を導ける。これからもずっと、オレの最前線で、一番近くで支えてほしい」
回りくどい比喩は使わない。
ただの事実であり、オレの全身全霊の意思表示だった。
箱を開け、中にある指輪を見つめる雷の瞳から、大粒の涙が溢れ落ちた。
◆ ◆ ◆
彼の真っ直ぐな言葉に、胸が熱くてどうにかなりそうだった。
一年前にこの部屋で初めて会った時、私は彼を値踏みし、冷たい心で殺意すら抱いていたというのに。
彼はその暑苦しくて、不器用で、けれど誰よりも計算尽くされた優しさで、私の心を丸ごと作り変えてしまった。
「……ええ。仕方ないわね、司令官には私がいなくちゃダメみたいだし」 震える声でそう言いながら、私は彼が差し出した指輪をそっと受け取った。
左手の薬指に冷たい金属の感触が収まると、それが何よりも確かな熱を帯びて感じられた。
「雷さまが、ずっとずっと、あなたの隣で面倒を見てあげる。……大好きよ、司令官」
偽りのない、心からの言葉。
私の心を満たしているのは、彼への絶対の信頼と愛情だけだった。