【好感度: 0% 】
着任して1ヶ月。
海図に並ぶ等深線や戦術記号の意味すらおぼつかない僕にできるのは、過去の教本を読み込み、被害の出ない後方支援や輸送護衛任務に艦隊を割り当てることだけだった。
特に、第六駆逐隊に所属する響には、敵との接触リスクが極めて低い哨戒任務ばかりを指示している。
夕刻、執務室の隣に設けた厨房に立ち、余剰の補給物資をやりくりしてボルシチを煮込む。
元料理人の僕にとって、食材の在庫管理と調理の段取りは、現状で唯一自信を持って完遂できるタスクだった。
執務室に響が日報を持参したタイミングで、温めた皿を差し出す。
彼女は淡々と受け取り、無言でスプーンを動かした。
その表情から感情の機微を読み取ることはできない。
僕の戦術指揮能力の欠如を見透かしているのか、それとも単なる給養員として割り切っているのか。
食事を終えた彼女は、事務的な敬礼を残して速やかに退室した。
◆ ◆ ◆
提供される食事の質は、他の鎮守府の標準を大きく上回っている。
単なるカロリー摂取ではなく、味覚による疲労回復効果まで計算されているかのようだ。
しかし、それ以外は不可解な司令官だと言わざるを得ない。
私は「不死鳥」と称されるほどの生存性を持っているが、彼が私に指示する作戦は、常に最後尾での輸送支援や安全圏での哨戒に限定されている。
前衛戦力として期待されていないのか、あるいは駆逐艦の運用方法自体を理解していないのか。
作戦指揮においては素人同然であり、資材調達の書類決裁一つにも過剰な時間を費やしている。
なぜこのような実務能力に欠ける人物が前線拠点の指揮を執っているのか、現状では判断材料が不足している。
ただ、作られる料理が的確に私の味覚を満たすという事実だけがそこにある。
【好感度: 25%】
深夜の執務室。
未処理の兵站計画書を横目に、僕は引き出しの奥に隠していたフランスの料理専門誌を開いていた。
くじ引きのような不条理な徴兵制度によってこの場に配属されなければ、今頃はパリのレストランで修行を始めていたはずだった。
明確な目標を絶たれた喪失感が、静寂の中で首をもたげる。
そこへ、夜間演習を終えた響が日報の提出に訪れた。
僕の沈んだ表情と机上の雑誌を見て、彼女は足を止め、短い言葉で疑問を呈した。
誤魔化す理由もなく、僕は自身の経歴と、くじ引きで配属された事実を口にした。
指揮官としての専門教育を受けていないこと。
だからこそ、不確実性の高い前線での戦闘を避け、確実な兵站管理と損耗率の抑制にのみ依存した運用を行っていることを。
◆ ◆ ◆
無作為の徴兵。
そして、フランスで一流のシェフになるというキャリアプランの頓挫。
彼が時折見せるやり切れない表情の根源が、そこにあった。
一般人が突如として前線指揮を任されれば、通常、部隊は壊滅的な被害を受ける。
しかし、彼は自らの無知を客観的に自覚している。
無謀な突撃を命じるのではなく、後方での兵站管理や資材の最適化という、料理の段取りにも通じる論理的な分野から指揮の基礎を構築しようとしている。
私の運用が後方に偏っていたのも、能力の過小評価ではなく、部隊の損耗リスクを極限まで下げるための安全策だったのだ。
作戦行動における不確実性を排除しようとする彼なりの合理的な指揮の形を、私は徐々に理解し始めていた。
【好感度: 50%】
「前線の押し上げが遅延している。輸送ばかりで目立った戦果が上がっていないぞ」
受話器越しに響く大本営からの怒声に対し、僕は平坦な声で謝罪を繰り返した。
しかし、要求される強行偵察については、艦隊の現在の錬度と補給線の維持限界を定量的なデータとして提示し、明確に拒絶した。
電話を切った後、胃に鈍い痛みを感じながらも厨房へ向かう。
今日は響たち第六駆逐隊の帰還日だ。
上層部との軋轢から生じた疲労を彼女たちに見せるべきではない。
僕は意識的に表情を作り直し、手早く人数分のオムライスを仕上げた。
食堂に現れた響に皿を出すと、彼女はオムライスを見る前に、僕の顔をじっと見つめてきた。気づかれていないはずだ、と僕は笑顔を保った。
◆ ◆ ◆
執務室の扉の外で、電話の怒声を偶然聞いてしまった。
司令官は上層部からの理不尽な要求に対し、明確な兵站データを用いて私たちの出撃を拒み、防波堤としての役割を一人で担っていた。
執務室から出てきた彼は、何事もなかったかのように厨房に立ち、いつものように温かい食事を提供してくれた。
未熟な一般人であったはずの彼が、私たちを確実な生還へと導く盾となっている。
苦痛を隠蔽し、笑顔で食事を差し出すその態度は、着任当初の頼りなさとは明確に異なる。
彼が示す指揮官としての責任感に対し、私の中で明確な信頼と、それを超える個人的な感情が形成され始めていることを自覚する。
【好感度: 75%】
着任から半年。
厳格な兵站管理と撤退基準の徹底により、我が艦隊の損耗率は管区内で最低水準を維持していた。
僕自身も海図の読解や気象条件の予測に習熟し、響の特性である高い耐久力を前提とした上で、リスクを許容範囲内に収めた局地的な強行輸送作戦も立案できるようになっていた。
夜、残業を続ける響に夜食のピロシキを渡す。彼女の態度は以前よりも軟化し、僕の作戦意図を誰よりも早く理解し、他艦への指示を補佐する対等のパートナーとして機能している。
しかし最近、彼女の視線に微かな不安の色が混ざることに気づく。
理由を尋ねても、彼女は小さく首を振るだけで、その感情の正体を開示することはなかった。
◆ ◆ ◆
司令官の戦術理解は飛躍的に向上した。
私の「不死鳥」としての生存能力に過度に依存することなく、ダメージコントロールを前提とした緻密な作戦立案は、戦果と生存を高い次元で両立させている。
彼への信頼と執着は、もはや私の中で無視できない質量を持っていた。
だからこそ、恐ろしい。
この戦争が終結したとき、彼は軍を去る。
本来の目的であったフランスでの料理修行に向かうはずだ。
平和な世界が訪れれば、私という兵器の存在意義は消失し、彼との接点も完全に断たれる。
自分の感情を制御できない一方で、いずれ必ず訪れる喪失の未来が、私の思考を暗く塗りつぶし、機能不全に陥らせようとしていた。
【好感度: 100% 】
着任から数年。
戦局は収束に向かい、長期的な戦後処理と治安維持のフェーズへの移行が現実味を帯びていた。
僕は執務室に響を呼び出した。
彼女は僕の顔を見るなり、何かを覚悟したように視線を伏せた。
これまでの経緯から、彼女が部隊の解散と別れを予想していることは容易に推測できた。
僕は引き出しから、あらかじめ用意していた小さな箱を取り出す。
「戦争が終われば、僕はフランスへ行く」 予想通り、彼女の肩が微かに硬直した。
「でも、一人で行くつもりはない。向こうの市場で仕入れた食材で作る新しい料理を、一番最初に君に評価してほしい。僕の隣で」
指輪を差し出すと、彼女は目を見開き、数秒の空白の後に、ゆっくりとそれを受け取った。
◆ ◆ ◆
別れの通達を予期していた私の聴覚器官に届いたのは、全く別の提案だった。
司令官は、戦場でのみ機能する現在の関係を終わらせ、平和な未来という未知の領域へ私を連れていくことを選択した。
指揮官としての正確な状況判断と、料理人としての確かな目的意識。
その両方を持つ彼が、私という存在を自身の未来の構成要素として組み込んでくれた事実が、胸を満たしていく。
「……ハラショー。司令官の料理をずっと食べられるなら、合理的な提案だ」
私は指輪を左手に通す。兵器としての運用期間を終えた後も、彼と共に歩むという確かな未来が、今ここに約束された。