いつのまにか、聖女?どうしてこうなった?   作:マイナーチョコ

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第二部 第11話:伝言ゲームと、欠けた駒

 

 

バハルス帝国、帝都アーウィンター。

皇帝の居城の一角に設けられた秘匿の部屋で、帝国最高の魔法詠唱者フールーダ・パラダインは、目の前に立つ漆黒の全身鎧を見上げ、歓喜の涙を流していた。

 

「おお……おおおっ……!」

 

王都リ・エスティーゼを火の海にした大悪魔ヤルダバオト。それを単独で退け、一躍アダマンタイト級冒険者へと昇格した英雄、『漆黒の戦士』モモン。

その類稀なる功績と最高位の称号があったからこそ、帝国重鎮であるフールーダとの面会が実現した。だが、フールーダが平伏している理由は、冒険者としての肩書きなどではない。

彼が生まれ持った『タレント』が、目の前の戦士から放たれる、常軌を逸した魔法の深淵を視てしまったからだ。

 

「なんと美しき……! これほどの、これほどの高みに至った御方が存在していたとは……!」

「……うむ」

 

床に額を擦りつけ、神を崇める狂信者のように震える老人を見下ろし、モモン――アインズ・ウール・ゴウンは、兜の奥で小さく息を吐いた。

 

(よし。理由はよく分からないが、完全に心酔しているな。ゲヘナの功績を利用して接触を図ったのは正解だった。だが……問題はあの件だ)

 

アインズの脳裏に、ナザリックでの円卓会議が蘇る。

聖王国の天幕で『死と蘇生』について聞いて回っていたという、謎の男。

アインズはただ純粋に「あいつ、ユグドラシルのプレイヤーじゃないのか?」と確かめたかっただけなのだ。しかし、己の不用意なカマかけから、デミウルゴスやアルベドたちは彼を『魂を傀儡化しようとする極悪非道な魔法探求者』と完全に悪人認定してしまった。

今さら「いや、実はプレイヤーかもしれないから観察したいだけなんだけど……」などと訂正できる空気ではない。アインズはナザリックにおいて、『すべてを見通す絶対の支配者』として振る舞わなければならないのだ。

 

(俺の威厳を保ったまま、帝国側からあいつに探りを入れさせるしかない)

 

アインズは重々しい動作で一歩踏み出し、フールーダを見下ろした。

 

「……フールーダよ。お前の忠誠、確かに受け取った。ならば、一つ探らせたいことがある」

「ははっ! 至高の御方よ、なんなりと!」

 

アインズは、あくまで強者の余裕を装い、不快げな響きを声に混ぜて言った。

 

「王国に接触し、『死の探求』をしている愚か者がいる。生と死の理を安易に探ろうとする、ひどく不愉快な存在だ。深淵を覗くためにも……そいつを。あとは分かるな?」

 

フールーダは顔を上げ、深い理解を示したように頷いた。

 

「……御心のままに。生と死を弄ぶなど、探求者の端くれとして許されませぬ。必ずや、その愚か者の動向を洗い出してみせましょう」

 

アインズは内心で胸を撫で下ろした。

これで、ナザリックの計画とは別のルートで、帝国側からあの男の正体を調べさせることができるはずだ。

 

```

*

 

```

 

「……死の探求、だと?」

 

皇帝の執務室。

報告に上がってきたフールーダの言葉に、鮮血帝ジルクニフは怪訝そうに眉をひそめた。

 

「はい。王国周辺にて、死の探求をしておる愚か者がおるようですじゃ。しかも、王国中枢とも何やら接触を図っている様子。何か企みがあるのかもしれませぬ」

「くだらん」

 

ジルクニフは鼻で笑い、卓上の書類を指先で弾いた。

 

「聖王国のことか、王国の与太話か知らんが、そのような正体不明の者の動向などどうでもいい。それよりも今は、エ・ランテル近郊に現れた未知の墳墓の調査が先だ」

「はっ……。すでにフェメル伯爵を通じ、帝国の優れたワーカーチームを手配しております」

「重畳。王国領内に得体の知れない遺跡があるのなら、彼らに中身を調べさせ、何かあれば王国に圧力をかける口実にも使える。その『死の探求者』の件は、後回しで構わん」

 

ジルクニフにとって、それは取るに足らない世間話の域を出なかった。

盤上の遊戯を動かす鮮血帝の目は、目前の利益と王国の切り崩しだけに向いていた。

 

```

*

 

```

 

暗く、冷たい絶望の底。

未知の遺跡――ナザリック地下大墳墓に足を踏み入れたワーカーたちは、金貨の山に目が眩んだ直後、絶対的な死の罠へと叩き落とされた。

 

「ぐっ……おおおおっ!」

 

緑葉のリーダーである老戦士パルパトラは、四方八方から迫り来る無数のアンデッドの群れを前に、己の槍を振るい続けていた。

だが、倒しても倒しても、悪夢のような怪物たちは湧き出てくる。仲間たちはすでに引き裂かれ、物言わぬ肉塊へと成り果てていた。

 

「……ハァッ……ハァッ……化け物、ども、め……!」

 

全身から血を流し、パルパトラは膝を突いた。

圧倒的な力。ここは、人間が足を踏み入れていい場所ではなかった。

霞む視界の中で、パルパトラの脳裏に、帝都の酒場で言葉を交わした同業者たちの顔が浮かんだ。

 

「……ハッ。そういえば……ヘッケランの奴ら、急にこの依頼を蹴りおったな」

 

大量の報酬を前にしても、「今はそれどころではない」と背を向けたフォーサイトの面々。

 

「この異常な死地に……勘付いたか。フォーサイトの連中……運のいい、奴らめ……」

 

死の淵で呟いたその未練の言葉を最後に、老戦士の体は容赦なくアンデッドの波に呑み込まれた。

ヘビーマッシャー、天武、緑葉。帝国が誇る裏社会の最高峰たちは、何一つ成果を上げることなく、巨大な墳墓の暗闇の中で全滅した。

 

```

*

 

```

 

アーウィンターの空を、巨大な絶望が覆い尽くした。

 

「な、なんだあれは……!」

 

帝城の中庭。近衛兵たちの悲鳴が響き渡る中、執務室からバルコニーへと飛び出したジルクニフは、自らの目を疑った。

空を覆い隠すほどの巨大な竜。その背から、二つの小さな影が飛び降りる。

 

「えっと……皇帝に会いに来たんだけどぉ」

 

のんびりとした声のダークエルフの少女と、おずおずと杖を握りしめた少年。

だが、彼らから放たれる気配は、熟練の近衛兵たちを一瞬にして凍りつかせるほどの絶対的な死を孕んでいた。

 

「き、貴様ら! ここをどこだと心得る!」

 

槍を構えた近衛兵たちに対し、少女――アウラが面倒くさそうに息を吐く。

 

「あー、うるさいなぁ。マーレ、ちょっと黙らせて」

「う、うん。えっと……『大地の揺籃(アース・サージ)』」

 

少年――マーレが杖を軽く地面に突いた瞬間、帝城の堅牢な石畳が爆発するように隆起した。

周囲を囲んでいた近衛兵数十人が、悲鳴を上げる間もなく大地の波に呑み込まれ、圧死する。

 

「なっ……!?」

 

バルコニーのジルクニフの顔から、一瞬にして血の気が引いた。

魔法の詠唱すらなく、帝国が誇る精鋭たちが消し飛ばされた。

 

「あ、皇帝見っけ」

 

アウラの視線が、正確にバルコニーのジルクニフを射抜く。

 

「アインズ様がね、すっごく怒ってるんだ。お前んとこの泥棒たちが、アインズ様のお家を荒らしたからね。だからさ、謝りに来いって」

 

アウラは無邪気な笑みを浮かべ、言い放った。

 

「来なかったら、この国、全部更地にするから。じゃあね」

 

それだけを言い残し、二人のダークエルフは再び竜の背に飛び乗り、空の彼方へと消えていった。

静まり返った中庭には、原型を留めない石畳と血溜まりだけが残された。

ジルクニフは震える手でバルコニーの手すりを掴み、崩れ落ちそうになる体を必死に支えた。胃の腑を、焼け火箸で掻き回されるような激痛が襲う。

 

「……爺」

 

ジルクニフは背後を振り返った。

そこには帝国最高の魔法詠唱者フールーダ・パラダインが控えている。だが、老人は自軍の精鋭が一瞬で虐殺されたというのに、魔法の防壁一つ展開しようとしなかった。それどころか、ただ静かに、去っていった竜の方向を見つめているだけだ。

 

「……爺、なぜお前ほどの者が、動かなかった?」

 

ジルクニフの心に、冷たい疑念の泥が広がっていく。

だが、今それを追及している余裕などない。謝罪に行かなければ、この国は滅びるのだ。

 

「最高の儀礼の準備をしろ。アインズ・ウール・ゴウンの治める、ナザリック地下大墳墓へ向かう」

 

数日後。

豪奢な馬車に揺られ、ナザリックへと向かう道中。

胃薬を飲み下しながら、ジルクニフの優れた頭脳は絶望の中で必死に活路を探し、情報の断片をかき集めていた。

 

――圧倒的な力を持つ化け物、アインズ・ウール・ゴウン。

――彼らは、帝国がワーカーを派遣した事実を完全に把握していた。

――そして、爺の不可解な態度。

 

(待てよ……?)

 

馬車の揺れの中で、ジルクニフの脳裏に、数日前に一蹴したフールーダの言葉が不意に蘇った。

 

『王国周辺にて、死の探求をしておる愚か者がおるようですじゃ。しかも、王国中枢とも何やら接触を図っている様子』

 

死の探求。王国中枢への接触。

毎年、帝国と王国はカッツェ平野で戦争を行っている。

 

(……まさか)

 

ジルクニフの背筋に、氷のような悪寒が走った。

 

(あの『死の探求者』の話は……王国の遺跡に潜むアインズ・ウール・ゴウンと呼応するための、戦争の布石だったのか!?)

 

西の聖王国側から、王国に接触を図る正体不明の探求者。

東の王国領内から突如として牙を剥いた、アインズという名の魔王。

 

(あの得体の知れない化け物たちが、裏で手を結び、王国を……いや、周辺諸国すべてを裏から操ろうとしているというのか……!)

 

西の化け物と、東の魔王。

帝国の足元は、すでに巨大な力の挟み撃ちに遭い、完全に崩れ去ろうとしていた。

 

「……っ、ふざ、けるな……!」

 

ジルクニフは額に脂汗を浮かべ、胃を強く押さえ込みながら、馬車の窓から外を睨みつけた。

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