いつのまにか、聖女?どうしてこうなった? 作:マイナーチョコ
第16話:空から降ってきた愚者と、盤面を乱す暴力
ローブル聖王国、王都ホーバンス。
陽光が降り注ぐ王城の白亜のバルコニーでは、東の極限状態が嘘のような、穏やかで間の抜けた時間が流れていた。
白いパラソルの下、テーブルには香り高い紅茶と、マヤが適当に焼いたクッキーが並んでいる。
「しっかし、聖王国のメシがこんなに美味いとは思わなかったぜ。これもマヤが作ったのか?」
「まあな。亜人騒動の時に色々備蓄のやり方を教えたついでだ。ほら、遠慮しないで食えよ」
ガガーランが豪快に焼き菓子を放り込み、イビルアイが小さく千切っては仮面の隙間から口に運んでいる。双子のティアとティナもすっかり武装を解き、ラキュースに至ってはクレマンティーヌと他愛もない話で盛り上がっていた。
平和すぎる。
魔導国の建国という世界を揺るがす大事件の直後だというのに、ここにはただの温かい日常だけがあった。
ラキュースがティーカップを置き、ふと空を見上げた時だった。
「——ん?」
青い空に、不自然な黒い点が現れた。
それは猛スピードで王城のバルコニーへと降下してくる。
「なんだ!?」
ガガーランが咄嗟に戦鎚へ手を伸ばし、イビルアイが魔力を練り上げる。
轟音と共に大理石の床に降り立ったのは、重厚な金属装甲に身を包んだ人型の巨大な鎧——パワードスーツだった。
プシューッ、と排気音を鳴らしながら、パワードスーツの頭部装甲が後方へスライドした。
中から顔を出したのは、口髭を蓄えた初老の男。その口元には、状況にまるでそぐわない軽薄な笑みが張り付いている。
「よぉ、姪っ子! 無事だったか!」
「叔父上……!? なぜ、あなたがここに?」
『朱の雫』のリーダーにして、ラキュースの叔父であるアズス・アインドラ。
驚愕するラキュースに、アズスは悪びれもせず、ヘラヘラと笑いながら言い放った。
「いやな、東の化け物(魔導王)の底を探るために、上等な『捨て駒』を探してたんだよ。お前ら青の薔薇が囮になって死んでくれりゃあ、魔導国も動くし世界も救われる。大義のために、俺たちの盤面でしっかり使い潰されてくれよ」
「なっ……叔父上、あなた正気ですか……!?」
実の姪に平然と「死に駒になれ」と言い放つ異常性。
ラキュースが絶句し、ガガーランたちが殺気を放つ中、アズスはその険悪な空気など気にも留めず、視線を横へと滑らせた。
「……お?」
彼の目が捉えたのは、パラソルの下で優雅に紅茶を飲む絶世の美女、クレマンティーヌだった。
アズスの脳内で、「聖王国の聖女」という情報と「目の前の美女」という事実が瞬時に結びつく。彼は先ほどの物騒な話などすっかり忘れたように、口笛を吹きながらパワードスーツを歩かせた。
「へえ……君が聖女様? なるほどねぇ。こりゃあ噂以上のいい女だ」
「…………」
クレマンティーヌはカップを置いたまま、無表情でアズスを見上げた。
「ラキュースから聞いてるぜ。聖女なんて呼ばれてるくらいだ、さぞ堅苦しい毎日なんだろ? たまには男に甘えるのも悪くないぜ? 俺が直々に、抱いて可愛がってやろうか?」
バルコニーの空気が、ピタリと凍りついた。
身内に「大義のために死ね」と言い放った直後に、初対面の相手を肩書きだけで判断し、女として消費しようとする。
アズス本人は、それがどれほどの無礼で、どれほど命を軽く見ている行為か全く自覚していない。「ちょっと女に声をかけただけ」程度の感覚だった。
「おい」
底冷えのする低い声が、アズスの鼓膜を打った。
振り返ると、聖女の隣に座っていた赤髪の青年——マヤが、一切の感情を消した瞳でこちらを見上げていた。
「ん? なんだ兄ちゃん。悪いが俺は今、聖女様と——」
「お前、今なんつった?」
マヤの声音には、怒気すら含まれていない。ただの絶対零度だった。
アズスはパワードスーツの威容も手伝って、軽く肩をすくめる。
「いやいや、冗談だって。そんな怖い顔すんなよ」
「冗談?」
マヤが、ゆっくりと立ち上がる。
「人を、何だと思ってんだ?」
その直後だった。
マヤの姿がブレたかと思うと、アズスの目の前に立っていた。
「なっ——」
アズスが反応するよりも早く、マヤの右手がパワードスーツの胸部装甲にそっと触れる。
魔法の詠唱はない。武技の構えもない。
ただ、膨大な量の魔力(チャクラ)が、装甲の隙間から内部回路へと一撃で流し込まれた。
ドボォォォォォォンッッッ!!!
「ぎゃあぁぁぁっ!?」
ユグドラシルのデータ上の硬度など一切無視した、内部からの理不尽な破裂。
神話級にも匹敵するはずのパワードスーツが、けたたましい爆音と共に文字通り『弾け飛び』、無数の金属片となってバルコニー中に散らばった。
「は……? え……?」
装甲を失い、煤まみれのインナースーツ姿で床に放り出されたアズスは、自分の身に何が起きたのか全く理解できず、呆然と宙を見つめた。
「……そうか」
マヤが、見下ろしながら静かに呟く。
ドゴッ!
「ぐべぇッ!?」
容赦のない蹴りが、アズスの鳩尾に深々と突き刺さった。アズスの体がくの字に折れ曲がり、胃液を吐き散らしながら床を転がる。
「もう一回聞くけどさ」
ドゴッ!
今度は顔面に無造作な拳が落ちる。鼻骨が砕け、アズスの視界がチカチカと明滅した。
「あ、がっ……や、やめ……」
「人を何だと思ってんの?」
ドゴォッ!
「ひぶっ!?」
魔法でもスキルでもない。ただの純粋で圧倒的な暴力。
アズスの意識が白濁し、死の恐怖が脳髄を支配したその瞬間——。
マヤの手がアズスの胸ぐらを掴み、そこに淡い緑色の光が灯った。
強制的な回復魔法(医療チャクラ)の流入。
砕けた鼻骨が繋がり、打撃のダメージが瞬時に引いていく。
「い、あ……? 治っ、た……?」
「よし。じゃあ続きだ」
ドゴッ!
「ぎゃあああああっ!?」
再び叩き込まれる拳。痛みは先ほどと全く同じようにアズスの脳を揺らす。
「いや待て待て待て! なんで殴った本人が自分で回復してんだよ!?」
「ん? まだ殴れるぞ」
「そういう問題じゃねえ!!」
ラキュースたちは、目の前で繰り広げられる光景に言葉を失っていた。
それは戦闘ではなかった。
マヤは全く戦いを楽しんでいない。ただ「気に食わない相手に、自分の流儀で怒りを伝えている」だけだ。
「あ、がぁっ……! 許し、て……」
数度目の回復と打撃のループの末、アズスの心は完全にへし折られていた。命を盤面の駒にする余裕など微塵もなく、ただの怯えた老人に成り下がり、マヤの足元で口を開きかけた。
「す、すんませ——」
アズスが命乞いの謝罪を口にしようとした、まさにその時。
ゴォォォォォォンッ!!!
上空から、空間そのものを押し潰すような凄まじい威圧感が降臨した。
バルコニーの大理石がひび割れ、ラキュースやガガーランがその重圧に耐えきれずに膝をつく。
「……そこまでにしておけ、得体の知れぬ者よ」
空から舞い降りたのは、四本の武器を周囲に浮遊させた、白金に輝く全身鎧。
『白金の竜王(ツアー)』が操る、世界を守護するための遠隔操作の鎧だった。
「アズスは世界を守るための重要な手駒だ。これ以上、盤面を乱すことは許さない」
絶対的な強者の威圧を放ちながら、上段からそう告げる白金の鎧。
しかし、その傲慢な言葉を聞いた瞬間。
「…………」
マヤの瞳から、アズスに向けていた以上の、底知れない絶対零度の殺意が溢れ出した。
他者を『手駒』と呼び、安全な場所から盤面を動かそうとする独善の塊。
マヤが最も嫌悪する存在が、今、目の前に現れたのだ。
「……お前」
マヤは倒れ伏すアズスから手を離し、ゆっくりと白金の鎧を見据えた。
周囲の空気が、びきり、と音を立てて凍りつく。
「そのふざけた口、二度と叩けないようにしてやる」
ドゴッ! バキッ! ズカッ!
「ぐぇっ……! は、はっ……!」
マヤの両手は、もはや止まることを知らない。
右拳でアズスの顔面を真横に叩き潰し、瞬時に展開した医療チャクラの緑光を纏った左手で、折れた顎と砕けた骨を強制的に繋ぎ直す。
そして、一息つく間もなく、再び右拳がアズスの鳩尾を抉り取る。
殴る。治す。殴る。治す。
それは肉体的な拷問であると同時に、精神をすり潰すエンドレスの悪夢だった。
周囲に立ち込める空気は、先ほどまでののんびりしたお茶会の面影など微塵もない。
圧倒的な暴力の音と、アズスの情けない悲鳴。そして何より、マヤから放たれる「底知れない殺気と、感情が完全に抜け落ちた氷の瞳」に、青の薔薇の面々すら息を呑み、足がすくんで一歩も動けなくなっていた。
(な、なんだこれ……? 魔力じゃない、殺気だけでもない……! この男、怒りのあまり、存在そのものが『理不尽な災厄』に変質してる……っ!?)
イビルアイは仮面の奥で奥歯を鳴らし、ガガーランは冷え切った汗を背中に感じながら、武器に手をかけることすら忘れていた。
周囲の人間が放つ「恐怖」と「畏怖」の負の感情。それがマヤの肌を撫で、彼のなかに眠る修羅の澱みをさらに刺激していく。
マヤの瞳の奥で、異質な光がちらついた。もう、誰にも止められない。
そんな修羅の只中で、マヤは両手での『ドツキ&リジェネのループ』を一切止めないまま、頭上から降り立った白金の鎧を一瞥した。
「……お前、さっきからこいつに何かしてるけど」
ドゴッ!(右拳がアズスの頬を抉る)
シュウッ……(左手の医療チャクラで即座に治癒する)
「無駄だから?」
マヤの声音は、信じられないほど落ち着いていた。だからこそ、余計に気味が悪い。
彼はボロボロになったアズスの胸ぐらを掴んだまま、冷めきった視線を白金の鎧へと向けた。
「お前が(代わりに)代わるか? え?」
「…………」
「場所かえてもいいぞ。どこでも付き合ってやるよ」
ただの物理的な暴力と、狂気を孕んだ淡々とした誘い。
周囲の恐怖の磁場を一身に背負い、マヤは「修羅」の境地で不気味に微笑んだ。
ドゴッ! バキィッ!
「ぎぇあッ……!?」
「ぐっ……お、お助け……」
アズスの情けない悲鳴と、肉を叩く乾いた音がバルコニーに響き渡る。
マヤは右で殴り、左で治し、その両手を休めることすらない。
周囲の人間が発する「恐怖」と「困惑」の負の感情が波のように押し寄せ、マヤのなかの修羅の熱をさらに引き上げていく。彼の瞳から人間らしい温度が完全に失われ、ただの『理不尽な破壊の化身』へと変質していくのが誰の目にも明らかだった。
その異様な圧のなかで、マヤはボロボロのアズスの胸ぐらを掴んだまま、首だけをカクンと曲げて白金の鎧を見上げた。
「おい、どうした」
ドゴッ!(右拳がアズスの歯を何本か弾き飛ばす)
シュウッ……(左手の緑光が、瞬時に血の海を綺麗に修復する)
「盤面だの、駒だのって言ってだろ?」
マヤの声音は静かだったが、その一言一言に、空気の密度が変わるほどの重圧が乗っかっている。
白金の鎧のなかで、ツアー(遠隔操作の本体)は思わず言葉を失った。
(なんだ……この未知なる存在は……。魔法でも、武技でも、世界の理すら無視した……この理不尽な暴力の連続は……っ!)
ツアーが思考を巡らせ、硬直しているのを尻目に、マヤのトーンがさらに低く、澱んだものへと変わっていく。
「駒だから、見捨てるのか? え?」
ドゴッ! パキッ! シュウッ……。
「……おりてこいって言ってんだよ」
マヤの唇が、冷酷な笑みの形に歪む。
それはもう、怒りという枠を超えた、底知れぬ狂気と嘲笑のミックスだった。
「それとも、お・は・な・し、するか?」
「どっちにするよ? え?」
トントン、と、マヤがアズスの頭を軽く叩く。
殴る、直す、脅す。
その一切が淀みなく行われる異常な光景の前に、最強の守護者を気取る白金の鎧ですら、背筋が凍るような「得体の知れない恐怖」を覚え始めていた
「おい、どうした」
「盤面だの、駒だのって言ってだろ?」
「駒だから、見捨てるのか? え?」
「……おりてこいって言ってんだよ」
「それとも、お・は・な・し、するか?」
「どっちにするよ? え?」
だが、白金の鎧は上空に留まったまま、ピクリとも動かない。
マヤの口角が、すっと下がった。
「なんで降りてこないんだ? 高みの見物だけ決め込んでるのか?」
「…………」
「お話する気もないんだろ? ならよ」
マヤはボロボロのアズスから手を離し、ゆっくりと立ち上がった。
「おい、白いの。俺はマヤだ」
「お前、名前なんてんだよ?」
絶対的な強者同士の対峙。通常であれば、ここで相手も名乗るのが礼儀というものだ。
しかし、白金の鎧から返ってきたのは、ひどく冷淡で傲慢な声だった。
「なぜ、名乗る必要がある?」
マヤは深く息を吐き出した。
「名も名乗れないってか。話にならねーな」
その時、マヤの感覚がふと『違和感』を捉えた。
(なんでだ?)
なぜ、この目の前の鎧から生きた感情や、生命の鼓動が伝わってこないのか。
マヤは微かにチャクラを練り、知覚領域を上空の鎧へと広げた。
「……お前、中身が……?」
「…………」
「ああ、違うな。空っぽかよ」
次の瞬間。
ドンッ!!!
大理石の床が爆発するように砕け散り、マヤの姿が消失した。
「なっ——!?」
鎧の背後を取っていた。白金の鎧が反応するより早く、マヤの右手に圧縮された凄まじい魔力(チャクラ)の奔流が青白く輝く。
螺旋を描くその圧倒的なエネルギーの塊を、マヤは鎧の背面に容赦なく叩き込んだ。
「ガ、ァァァァァァァッッッ!!!」
鎧の内部機構が悲鳴を上げ、神話級の金属がひしゃげる。
だが、マヤはわざと手加減をしていた。完全消滅はさせず、ギリギリ機能が残る状態に留める。
ボロボロになり、かろうじて宙に浮いている白金の鎧の耳元で、マヤは冷たく囁いた。
「……お前の場所、もうわかったからよ」
「ッ!?」
「またな、龍族」
遥か遠くで鎧を操っている白金の竜王(ツアー)の背筋が、文字通り凍りついた。
ただの物理攻撃ではない。この男は今の一撃で、鎧と本体を繋ぐ魔力のパスを逆探知し、自分の『本当の居場所』を正確に把握したのだ。
「一応、礼儀だ」
宣告の後。
マヤは鎧の胴体を、ツアーの本体がいる方向へと向けて、思い切り蹴り飛ばした。
ドゴォォォォォンッ!!!
白金の鎧は流星のような速度で空の彼方へと吹き飛び、瞬く間に見えなくなった。
静寂が戻ったバルコニー。
マヤはゆっくりと床に降り立つと、張り詰めた空気を解き、真っ直ぐにクレマンティーヌの元へ歩み寄った。
「わりぃ……クレマンティーヌ」
そのまま、彼女の体を強く抱きしめる。
「……仕方ないな」
クレマンティーヌも小さく息をつき、マヤの背中に手を回して抱きしめ返した。
「こんなの、見せたくなかったんだけどよ。お前を侮辱されるのが許せなかった。それに……俺の大事なもんを駒扱いする奴も、許すことはできない。だけど、すまなかった」
マヤの声は、先ほどの修羅のような冷たさが嘘のように、微かに震えていた。
「いつもそうなんだ、俺がいるとよ。必ず一個掴んで笑って、二個掴んで笑顔が出て、三個掴むと……ああいう奴らが、俺の大切なもんを奪いに来やがる……」
幾度も大切なものを失ってきた男の、血を吐くような本音。
クレマンティーヌはマヤの頭をそっと撫でた。
「そうかい……。でも、一緒にいるよ。私はさ」
その光景を見ていた青の薔薇の面々は、何も言えなかった。
この青年がどれほどの地獄を歩き、どれほどの悲しみを抱えて、それでもなお「笑顔」を守ろうとしているのか。その切実さに、胸を打たれるしかなかった。
マヤはクレマンティーヌから体を離すと、ラキュースたちに向き直った。
「みんなもビビらせてしまったな。すまんな、本当によ」
「……ありがとう」
ラキュースが、静かに首を振った。
「貴方の笑顔を奪ってしまって、ごめんなさい。貴方が、あんなにも笑顔にこだわっていた理由が、わかりました」
その時、イビルアイが一歩前に出た。
「なんか、少しびっくりしたけどな……。なんだ、すこーしだけだぞ? でも、なんか、ありがとうだな」
言いながら、彼女は顔を覆っていた仮面に手をかけ——それを、外した。
現れたのは、息を呑むほど美しい、金髪と紅い瞳を持つ吸血鬼の少女の素顔だった。
「これが私の素顔だ。なんか、見せないといけないと思った」
マヤはきょとんと目を丸くした。
「あ……なんだ、その、ありがとうよ。目の色、同じだな。良い目してるぞ」
「なっ……」
「顔隠さなくても見た目いいしよ」
ボフッ!!
「ぐはっ!?」
クレマンティーヌの容赦のない腹パンが、マヤの胃袋にめり込んだ。
「お前な、なんでそうなるんだよ……」
呆れ果てた顔のクレマンティーヌが、うめき声を上げる夫を見下ろす。
「さっきのあれは、まあいいよ。なんとなーく分かってたし。でもさ、今、口説くか? 普通、この流れでさ……!」
「い、いや、思ったことをそのまま……」
「口説くとかって、その、なんだ!? 私は、その、えーと……!!」
顔を真っ赤にしたイビルアイの頭から、プシューッと物理的な煙が噴き出している。
その様子を見て、ガガーランが腹を抱えて笑い出した。
「なんだイビルアイ、顔が随分ちげーじゃねーか! まー兄ちゃんよ、すげー強えんだな。ありがとうよ!」
「ありがとう」
「ありがとう」
双子たちも、穏やかな顔で頷いた。
「はぁ〜、もう。お茶にしよ」
クレマンティーヌが呆れたように言うと、いつの間にかバルコニーの入り口に立っていたネイアが進み出た。
「はい、入れ直します。……マヤさん、ありがとう」
ネイアの後ろには、騒ぎを聞きつけて駆けつけていたカルカ、レメディオス、ケラルト、そしてアルシェたちの姿もあった。皆、武器を構えるでもなく、ただ温かい笑顔を向けている。
その無数の感謝の言葉に、マヤは照れくさそうに頭を掻いた。
「なんか……ありがとうよ。受け入れてくれてよ」
「当たり前だ、バカ!」
クレマンティーヌが笑いながら、マヤの背中をバシッと叩いた。
東の恐怖とは無縁の、眩しいほどの温かな日常。
その輪の中から一人だけ外れ、床に転がったままのアズス・アインドラは、ただただ惨めに、絶望と喪失感の中で意識を手放すのだった。