いつのまにか、聖女?どうしてこうなった? 作:マイナーチョコ
ローブル聖王国の王都ホーバンス。
空を分厚く覆っていた雲はとうに晴れ渡り、高く澄んだ夜空には、煌びやかな星々と満月が静かな光を落としている。
割り当てられた王都の豪奢な屋敷。その最奥にある広い寝室には、魔導具の柔らかな灯りがふわりと影を落としていた。
昼間、王城のバルコニーで見せた、あの空間そのものを凍りつかせるような圧倒的な修羅の気配。それを発していた男と同一人物とは思えないほど、今のマヤは静かで、どこか所在なさげな様子でベッドの端に腰掛けていた。
「……クレマン。話がある」
寝酒のワイングラスを片付けていたクレマンティーヌが、振り返る。
マヤの深紅の瞳は、昼間の底知れぬ狂気ではなく、微かな揺らぎと深い愛情を湛えて彼女を見つめていた。
「ん……あぁ。どうしたんだい、改まって」
「前に話しただろ。俺の『一族』の話」
その言葉に、クレマンティーヌの動きがピタリと止まる。
泣いた赤鬼の業。同族を皆殺しにした暗い過去。そして、周囲から向けられる負の感情によって『修羅』へと蝕まれていくという、彼の魂に刻まれた呪われた性質。
「昼間のバルコニーで見せたアレが、本来の俺の姿だ。……あのアズスとかいうふざけた野郎が、俺の『守るべき場所』に土足で踏み込んで、お前を侮辱した。怒りで頭が真っ白になって、危うく全てを壊すところだった」
マヤは両手を組み、視線を床へと落とした。彼の手は、微かに震えているようにも見えた。
「でも……お前がいてくれた。お前が俺の隣で、何も言わずにただ俺を信じて、見ていてくれたから……俺はあいつを殺さずに、人で在る場所で踏み止まれた。本当に……ありがとう」
どれほどの深い闇を抱え、どれほどの孤独を歩んできたのだろう。
圧倒的な力を持つがゆえの恐怖。愛する者を守るために修羅となれば、周囲から恐れられ、愛する者の笑顔すらも奪ってしまうという矛盾。
そのギリギリの境界線で彼を繋ぎ止めたのは、他でもない『正妻(クレマンティーヌ)』の存在だったのだ。
彼女の胸の奥で、熱く、甘く、切ない感情が弾けた。
自分のような元・殺人鬼の狂人を、これほどまでに愛し、命綱として頼ってくれる男。彼のためならば、自分は本物の鬼にだってなれる。
クレマンティーヌは何も言わなかった。
ただ静かに歩み寄り、マヤの目の前に立つと――纏っていた真紅のチャイナドレスの留め具に手をかけた。
シュルリ、と。
上質な絹の衣が床へと滑り落ち、月明かりの下に、透き通るような白い肌と、豊満でしなやかな肢体が露わになる。
呆然と見上げるマヤの首に両腕を絡ませ、クレマンティーヌは彼を甘く見つめた。
「あっ……え? あ……」
「言葉なんていらないよ。ほら、来な」
困惑して目を瞬かせるマヤの唇を指で塞ぎ、彼女は艶然と微笑む。そのまま彼の腕を引き、柔らかな天蓋付きのベッドへと誘い込んだ。
「今日はさ、私が……あんたを慰めてあげる」
ベッドに倒れ込んだマヤの上に、クレマンティーヌが跨る。
彼女の美しい三白眼には、深い慈愛と、彼を包み込もうとする母性のような光が宿っていた。
彼が今日、どれほどの感情を押し殺し、自分たちのために立ち止まってくれたか。その報いを、自らの身体すべてを使って与えたい。
クレマンティーヌはマヤの衣服を手早く脱がせると、熱く猛り狂い始めている彼の『それ』を自身の手で導き、ゆっくりと腰を沈めた。
「んぅ……っ、あっ……」
熱く硬い質量が、彼女の最奥を満たしていく。
じんわりと広がる充足感。クレマンティーヌは小さく吐息を漏らしながら、彼を見下ろして笑いかけた。
「どうだい? ……今日は、私が主導権を握ってやるからね」
そう言って、彼女は自ら腰を動かし始めた。
愛する男を悦ばせるために、彼が背負う孤独を少しでも溶かすように、優しく、そして徐々に情熱的に。
マヤは下から彼女を見上げ、その極上の笑顔と、自分に向けられる無償の愛情を全身で感じ取っていた。
(ああ……俺は、本当にこいつに救われてる……)
マヤの胸の奥底で、圧倒的な『幸福感』が爆発した。
それと同時に。
彼の一族に刻まれた、もう一つの呪い――愛する者の『笑顔』と『幸福感』に触れた時、強制的に種の保存を優先しようとする『生存本能(極大の性欲)』のスイッチが、カチリと音を立ててオンになった。
「あ……んっ、マヤ……? ちょっ、と……」
クレマンティーヌの背筋に、ゾクッと甘い痺れが走った。
結合部から、微細で温かな魔力(チャクラ)が彼女の体内に流れ込んできたのだ。それは彼女の神経を隅々まで覚醒させ、快楽への感度を何十倍にも跳ね上げる、マヤの一族特有の『防衛処置(一体感の強制)』だった。
「待って……マヤ、あんた、腰……ひあっ♡」
先ほどまでクレマンティーヌのペースに合わせていたはずの彼の下半身が、突如として猛烈な反撃を開始した。
彼女が押し沈むよりも早く、下からの強烈な突き上げが彼女の最奥を容赦なく打ち据える。
「あァッ! 待っ……私が、お前を、慰めるって……言ったのにぃッ!」
「無理だ……クレマン、お前が可愛すぎて、我慢できねぇ……っ!」
マヤの深紅の瞳には、すでに理性の光はなかった。あるのは、眼前の最愛の雌を、文字通り骨の髄まで愛し尽くしたいという純粋な獣の渇望。
彼の手がクレマンティーヌの豊かな双眸を揉みしだき、腰の回転は徐々に加速していく。
「あ、あ、あああっ! 激しっ、奥……っ、壊れる、あぁッ!!」
チャクラによって増幅された快楽の奔流に、クレマンティーヌは為す術もなく呑み込まれた。彼女の目から生理的な涙が溢れ、シーツを握りしめる爪が白くなる。
限界を優に超える絶頂が彼女の全身を貫いた直後。
不意に、マヤは結合を解き、ベッドの上で彼女を仰向けに組み敷いた。
「えっ……? あ、マヤ……?」
「まだだ。もっとお前を、全部感じさせてくれ……」
マヤの熱い唇が、クレマンティーヌの首筋から鎖骨、胸の谷間へと這い下りていく。
「ひやっ……あ、だめ、そこ……」
紅く蕾んだ頂を彼が舌で転がし、吸い上げるたびに、クレマンティーヌの腰が弓のように跳ねた。
同時に、マヤの長い指先が、先ほどの絶頂でとろけきっている秘裂へと侵入する。
「あァアッ! 指……っ、いや、もう、やばい……っ!」
「クレマン……愛してる。俺の全部だ」
耳元で囁かれる甘く低い声。
彼の手のひらから、指先から、唇から、直接体内に流し込まれるチャクラの波。
それは単なる肉体の接触を超え、魂そのものを溶かし合わせるような究極の一体感だった。クレマンティーヌの脳はすでに思考を放棄し、ただ彼から与えられる愛と快楽の波に身を委ねるしかなかった。
「私も……っ、マヤ、愛して……あ、あ、あああぁッ!」
十分すぎるほどの愛撫で彼女が狂わされた直後、マヤは再び、自身の最も熱い質量を一息に最奥へと突き入れた。
「あァァッ!! マヤッ……マヤァァァッ!!」
熱く繋がる。
深いストロークのたびに、肉と肉がぶつかり合う卑猥な水音が寝室に響き渡る。
何も考えられない。ただ、目の前の男の熱と匂い、彼が刻み込んでくる愛の重さだけが、彼女の世界のすべてだった。
クレマンティーヌはポロポロと涙を流しながら彼を強く抱きしめ、底なしの快楽の渦へと完全に沈んでいった。
***
――翌朝。
小鳥の囀りと共に、窓の隙間から朝日が差し込む頃。
「……んぅ……」
クレマンティーヌは気怠く重い瞼を開けた。
全身の筋肉が悲鳴を上げ、腰から下は完全に感覚が麻痺している。
ふと視線を下げると、自分の美しい太ももや下腹部からは、彼が夜通し注ぎ込んだ熱い白濁がとめどなく垂れ流れていた。最高級のシーツは無残に汚れ、部屋中に濃密な情事の匂いが充満している。
「本当にやばい……。身体が、もたなくなる……」
掠れた声で呟き、クレマンティーヌは隣へと首を巡らせた。
そこには。
「……こいつ、めちゃくちゃ良い笑顔で寝てやがる」
昨夜、あれほどの獣性を剥き出しにして自分を抱き潰した男が、まるで悪戯に満足した子供のような、極上の笑顔を浮かべてスヤスヤと眠っていた。
その無防備で幸せそうな寝顔を見ると、クレマンティーヌの胸の奥で、どうしようもないほどの愛おしさが込み上げてくる。
自分は、この男の笑顔を守るために生きているのだと。
彼女は残された力を振り絞って身体を少しだけ起こし、マヤの唇にチュッと、軽快な目覚めのキスを落とした。
「おっきろーー。もう、朝だぞ」
その声に反応して、マヤの深紅の瞳がゆっくりと開かれる。
視界に映った最愛の妻の顔を見て、マヤは昨日と変わらぬ、太陽のように眩しい笑顔を向けた。
「おはよう! いい笑顔だぞ、クレマン!」
「もう! 昨日、私が慰めるって言ったのに……結局あんたのペースじゃないか」
口を尖らせて文句を言うクレマンティーヌの首に腕を回し、マヤは彼女を抱き寄せる。
「わりぃわりぃ。お前が可愛すぎるのがいけないんだよ」
「バカ。……んっ……」
二人は朝の光の中で、再び熱く、深く唇を重ね合わせた。
幸せな時間が流れる。だが、クレマンティーヌの頭の片隅には、現実的な問題が重くのしかかっていた。
(一夫多妻……。冗談だと思ってたけど、あの一族の『生存本能』、マジで私が殺されるレベルだ。私への愛が深まるほど性欲が暴走するって……矛盾してるだろバカヤロウ。悔しいけど……本当に『増員』を考えないと、私の命がもたない)
***
数時間後。
屋敷のリビングでは、すっかり着替えを済ませたクレマンティーヌが、ソファに深くもたれかかってお茶を飲んでいた。
その表情には、色濃い疲労と気怠さが張り付いている。
そこへ、聖王国からマヤたちの専属従者として付けられているネイア・バラハが、清々しい足取りでやってきた。
「おはようございます、聖女様。本日は良いお天気ですね。これからお布団を替えに寝室へ行ってまいります」
「……ああ。終わったら、ここでお茶に付き合ってくれ……」
「はいっ! いつもありがとうございます!」
無邪気に笑うネイアに、クレマンティーヌは内心で深く頭を下げた。
(すまん、ネイア……。今日のベッドメイクは、マジで地獄みたいな大惨事になってるんだよ。あのバカが夜通し出しやがったせいで……)
そこへ、奥から爽やかな顔をしたマヤが歩いてきた。
「おう、ネイア! いつも掃除ありがとうな!」
「はい、マヤ様! こちらこそ、後でお茶をご一緒するのを楽しみにしていますね!」
満面の笑みで挨拶を交わし、ネイアはパタパタと寝室の方へと向かっていった。
マヤはご機嫌な様子でクレマンティーヌの隣に座り、彼女の肩を抱き寄せる。
「今日も飯が美味そうだな!」
「……お前なぁ、少しは自重ってもんを……」
クレマンティーヌが溜息を吐きかけた、まさにその時。
「ひぃぃぃぃぃぃぃッッ!!?」
屋敷の奥、寝室の方向から、ネイアの悲鳴にも似たか細い絶叫が響き渡った。
間違いなく、シーツの惨状と尋常ではない量の白濁の海を目撃したのだろう。うら若き乙女の情操教育には、あまりにも劇薬すぎた。
「……はぁ。ほら見ろ」
「あ? なんだ、虫でも出たか?」
「お前が昨夜出したアレだよ!!」
全く事態を理解していないマヤの脇腹に、クレマンティーヌは容赦のない肘打ちを叩き込んだ。
クレマンティーヌは額を押さえながら、天井を仰ぐ。
(……ですよね。私一人のキャパじゃ、もう限界だ)
彼女の脳裏に、ラキュースやイビルアイ、あるいは他の女たちの顔がチラリと過る。
(悔しいけど……私の命を守るためにも、まずは一刻も早く『一名増やす』か……!)
圧倒的な幸福感と、それに比例する強烈な生存本能の暴走。
魔導国からの視線という国家間の危機よりも先に、聖女クレマンティーヌは、自らの『夜の生存戦略』という切実すぎる問題に直面し、固い決意を抱くのであった。