いつのまにか、聖女?どうしてこうなった?   作:マイナーチョコ

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幕間 新たな一歩 ★

 

 

ローブル聖王国の王都ホーバンス。

空を分厚く覆っていた雲はとうに晴れ渡り、高く澄んだ夜空には、煌びやかな星々と満月が静かな光を落としている。

割り当てられた王都の豪奢な屋敷。その最奥にある広い寝室には、魔導具の柔らかな灯りがふわりと影を落としていた。

 

昼間、王城のバルコニーで見せた、あの空間そのものを凍りつかせるような圧倒的な修羅の気配。それを発していた男と同一人物とは思えないほど、今のマヤは静かで、どこか所在なさげな様子でベッドの端に腰掛けていた。

 

「……クレマン。話がある」

 

寝酒のワイングラスを片付けていたクレマンティーヌが、振り返る。

マヤの深紅の瞳は、昼間の底知れぬ狂気ではなく、微かな揺らぎと深い愛情を湛えて彼女を見つめていた。

 

「ん……あぁ。どうしたんだい、改まって」

「前に話しただろ。俺の『一族』の話」

 

その言葉に、クレマンティーヌの動きがピタリと止まる。

泣いた赤鬼の業。同族を皆殺しにした暗い過去。そして、周囲から向けられる負の感情によって『修羅』へと蝕まれていくという、彼の魂に刻まれた呪われた性質。

 

「昼間のバルコニーで見せたアレが、本来の俺の姿だ。……あのアズスとかいうふざけた野郎が、俺の『守るべき場所』に土足で踏み込んで、お前を侮辱した。怒りで頭が真っ白になって、危うく全てを壊すところだった」

 

マヤは両手を組み、視線を床へと落とした。彼の手は、微かに震えているようにも見えた。

 

「でも……お前がいてくれた。お前が俺の隣で、何も言わずにただ俺を信じて、見ていてくれたから……俺はあいつを殺さずに、人で在る場所で踏み止まれた。本当に……ありがとう」

 

どれほどの深い闇を抱え、どれほどの孤独を歩んできたのだろう。

圧倒的な力を持つがゆえの恐怖。愛する者を守るために修羅となれば、周囲から恐れられ、愛する者の笑顔すらも奪ってしまうという矛盾。

そのギリギリの境界線で彼を繋ぎ止めたのは、他でもない『正妻(クレマンティーヌ)』の存在だったのだ。

 

彼女の胸の奥で、熱く、甘く、切ない感情が弾けた。

自分のような元・殺人鬼の狂人を、これほどまでに愛し、命綱として頼ってくれる男。彼のためならば、自分は本物の鬼にだってなれる。

 

クレマンティーヌは何も言わなかった。

ただ静かに歩み寄り、マヤの目の前に立つと――纏っていた真紅のチャイナドレスの留め具に手をかけた。

 

シュルリ、と。

上質な絹の衣が床へと滑り落ち、月明かりの下に、透き通るような白い肌と、豊満でしなやかな肢体が露わになる。

呆然と見上げるマヤの首に両腕を絡ませ、クレマンティーヌは彼を甘く見つめた。

 

「あっ……え? あ……」

「言葉なんていらないよ。ほら、来な」

 

困惑して目を瞬かせるマヤの唇を指で塞ぎ、彼女は艶然と微笑む。そのまま彼の腕を引き、柔らかな天蓋付きのベッドへと誘い込んだ。

 

「今日はさ、私が……あんたを慰めてあげる」

 

ベッドに倒れ込んだマヤの上に、クレマンティーヌが跨る。

彼女の美しい三白眼には、深い慈愛と、彼を包み込もうとする母性のような光が宿っていた。

彼が今日、どれほどの感情を押し殺し、自分たちのために立ち止まってくれたか。その報いを、自らの身体すべてを使って与えたい。

クレマンティーヌはマヤの衣服を手早く脱がせると、熱く猛り狂い始めている彼の『それ』を自身の手で導き、ゆっくりと腰を沈めた。

 

「んぅ……っ、あっ……」

 

熱く硬い質量が、彼女の最奥を満たしていく。

じんわりと広がる充足感。クレマンティーヌは小さく吐息を漏らしながら、彼を見下ろして笑いかけた。

 

「どうだい? ……今日は、私が主導権を握ってやるからね」

 

そう言って、彼女は自ら腰を動かし始めた。

愛する男を悦ばせるために、彼が背負う孤独を少しでも溶かすように、優しく、そして徐々に情熱的に。

マヤは下から彼女を見上げ、その極上の笑顔と、自分に向けられる無償の愛情を全身で感じ取っていた。

 

(ああ……俺は、本当にこいつに救われてる……)

 

マヤの胸の奥底で、圧倒的な『幸福感』が爆発した。

それと同時に。

彼の一族に刻まれた、もう一つの呪い――愛する者の『笑顔』と『幸福感』に触れた時、強制的に種の保存を優先しようとする『生存本能(極大の性欲)』のスイッチが、カチリと音を立ててオンになった。

 

「あ……んっ、マヤ……? ちょっ、と……」

 

クレマンティーヌの背筋に、ゾクッと甘い痺れが走った。

結合部から、微細で温かな魔力(チャクラ)が彼女の体内に流れ込んできたのだ。それは彼女の神経を隅々まで覚醒させ、快楽への感度を何十倍にも跳ね上げる、マヤの一族特有の『防衛処置(一体感の強制)』だった。

 

「待って……マヤ、あんた、腰……ひあっ♡」

 

先ほどまでクレマンティーヌのペースに合わせていたはずの彼の下半身が、突如として猛烈な反撃を開始した。

彼女が押し沈むよりも早く、下からの強烈な突き上げが彼女の最奥を容赦なく打ち据える。

 

「あァッ! 待っ……私が、お前を、慰めるって……言ったのにぃッ!」

「無理だ……クレマン、お前が可愛すぎて、我慢できねぇ……っ!」

 

マヤの深紅の瞳には、すでに理性の光はなかった。あるのは、眼前の最愛の雌を、文字通り骨の髄まで愛し尽くしたいという純粋な獣の渇望。

彼の手がクレマンティーヌの豊かな双眸を揉みしだき、腰の回転は徐々に加速していく。

 

「あ、あ、あああっ! 激しっ、奥……っ、壊れる、あぁッ!!」

 

チャクラによって増幅された快楽の奔流に、クレマンティーヌは為す術もなく呑み込まれた。彼女の目から生理的な涙が溢れ、シーツを握りしめる爪が白くなる。

限界を優に超える絶頂が彼女の全身を貫いた直後。

不意に、マヤは結合を解き、ベッドの上で彼女を仰向けに組み敷いた。

 

「えっ……? あ、マヤ……?」

「まだだ。もっとお前を、全部感じさせてくれ……」

 

マヤの熱い唇が、クレマンティーヌの首筋から鎖骨、胸の谷間へと這い下りていく。

「ひやっ……あ、だめ、そこ……」

紅く蕾んだ頂を彼が舌で転がし、吸い上げるたびに、クレマンティーヌの腰が弓のように跳ねた。

同時に、マヤの長い指先が、先ほどの絶頂でとろけきっている秘裂へと侵入する。

 

「あァアッ! 指……っ、いや、もう、やばい……っ!」

「クレマン……愛してる。俺の全部だ」

 

耳元で囁かれる甘く低い声。

彼の手のひらから、指先から、唇から、直接体内に流し込まれるチャクラの波。

それは単なる肉体の接触を超え、魂そのものを溶かし合わせるような究極の一体感だった。クレマンティーヌの脳はすでに思考を放棄し、ただ彼から与えられる愛と快楽の波に身を委ねるしかなかった。

 

「私も……っ、マヤ、愛して……あ、あ、あああぁッ!」

 

十分すぎるほどの愛撫で彼女が狂わされた直後、マヤは再び、自身の最も熱い質量を一息に最奥へと突き入れた。

 

「あァァッ!! マヤッ……マヤァァァッ!!」

 

熱く繋がる。

深いストロークのたびに、肉と肉がぶつかり合う卑猥な水音が寝室に響き渡る。

何も考えられない。ただ、目の前の男の熱と匂い、彼が刻み込んでくる愛の重さだけが、彼女の世界のすべてだった。

クレマンティーヌはポロポロと涙を流しながら彼を強く抱きしめ、底なしの快楽の渦へと完全に沈んでいった。

 

***

 

――翌朝。

小鳥の囀りと共に、窓の隙間から朝日が差し込む頃。

 

「……んぅ……」

 

クレマンティーヌは気怠く重い瞼を開けた。

全身の筋肉が悲鳴を上げ、腰から下は完全に感覚が麻痺している。

ふと視線を下げると、自分の美しい太ももや下腹部からは、彼が夜通し注ぎ込んだ熱い白濁がとめどなく垂れ流れていた。最高級のシーツは無残に汚れ、部屋中に濃密な情事の匂いが充満している。

 

「本当にやばい……。身体が、もたなくなる……」

 

掠れた声で呟き、クレマンティーヌは隣へと首を巡らせた。

そこには。

 

「……こいつ、めちゃくちゃ良い笑顔で寝てやがる」

 

昨夜、あれほどの獣性を剥き出しにして自分を抱き潰した男が、まるで悪戯に満足した子供のような、極上の笑顔を浮かべてスヤスヤと眠っていた。

その無防備で幸せそうな寝顔を見ると、クレマンティーヌの胸の奥で、どうしようもないほどの愛おしさが込み上げてくる。

自分は、この男の笑顔を守るために生きているのだと。

 

彼女は残された力を振り絞って身体を少しだけ起こし、マヤの唇にチュッと、軽快な目覚めのキスを落とした。

 

「おっきろーー。もう、朝だぞ」

 

その声に反応して、マヤの深紅の瞳がゆっくりと開かれる。

視界に映った最愛の妻の顔を見て、マヤは昨日と変わらぬ、太陽のように眩しい笑顔を向けた。

 

「おはよう! いい笑顔だぞ、クレマン!」

「もう! 昨日、私が慰めるって言ったのに……結局あんたのペースじゃないか」

 

口を尖らせて文句を言うクレマンティーヌの首に腕を回し、マヤは彼女を抱き寄せる。

「わりぃわりぃ。お前が可愛すぎるのがいけないんだよ」

「バカ。……んっ……」

 

二人は朝の光の中で、再び熱く、深く唇を重ね合わせた。

幸せな時間が流れる。だが、クレマンティーヌの頭の片隅には、現実的な問題が重くのしかかっていた。

 

(一夫多妻……。冗談だと思ってたけど、あの一族の『生存本能』、マジで私が殺されるレベルだ。私への愛が深まるほど性欲が暴走するって……矛盾してるだろバカヤロウ。悔しいけど……本当に『増員』を考えないと、私の命がもたない)

 

***

 

数時間後。

屋敷のリビングでは、すっかり着替えを済ませたクレマンティーヌが、ソファに深くもたれかかってお茶を飲んでいた。

その表情には、色濃い疲労と気怠さが張り付いている。

 

そこへ、聖王国からマヤたちの専属従者として付けられているネイア・バラハが、清々しい足取りでやってきた。

 

「おはようございます、聖女様。本日は良いお天気ですね。これからお布団を替えに寝室へ行ってまいります」

「……ああ。終わったら、ここでお茶に付き合ってくれ……」

「はいっ! いつもありがとうございます!」

 

無邪気に笑うネイアに、クレマンティーヌは内心で深く頭を下げた。

(すまん、ネイア……。今日のベッドメイクは、マジで地獄みたいな大惨事になってるんだよ。あのバカが夜通し出しやがったせいで……)

 

そこへ、奥から爽やかな顔をしたマヤが歩いてきた。

「おう、ネイア! いつも掃除ありがとうな!」

「はい、マヤ様! こちらこそ、後でお茶をご一緒するのを楽しみにしていますね!」

 

満面の笑みで挨拶を交わし、ネイアはパタパタと寝室の方へと向かっていった。

マヤはご機嫌な様子でクレマンティーヌの隣に座り、彼女の肩を抱き寄せる。

 

「今日も飯が美味そうだな!」

「……お前なぁ、少しは自重ってもんを……」

 

クレマンティーヌが溜息を吐きかけた、まさにその時。

 

「ひぃぃぃぃぃぃぃッッ!!?」

 

屋敷の奥、寝室の方向から、ネイアの悲鳴にも似たか細い絶叫が響き渡った。

間違いなく、シーツの惨状と尋常ではない量の白濁の海を目撃したのだろう。うら若き乙女の情操教育には、あまりにも劇薬すぎた。

 

「……はぁ。ほら見ろ」

「あ? なんだ、虫でも出たか?」

「お前が昨夜出したアレだよ!!」

 

全く事態を理解していないマヤの脇腹に、クレマンティーヌは容赦のない肘打ちを叩き込んだ。

 

クレマンティーヌは額を押さえながら、天井を仰ぐ。

(……ですよね。私一人のキャパじゃ、もう限界だ)

 

彼女の脳裏に、ラキュースやイビルアイ、あるいは他の女たちの顔がチラリと過る。

(悔しいけど……私の命を守るためにも、まずは一刻も早く『一名増やす』か……!)

 

圧倒的な幸福感と、それに比例する強烈な生存本能の暴走。

魔導国からの視線という国家間の危機よりも先に、聖女クレマンティーヌは、自らの『夜の生存戦略』という切実すぎる問題に直面し、固い決意を抱くのであった。

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