いつのまにか、聖女?どうしてこうなった?   作:マイナーチョコ

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第8話 半分こ

砂埃の舞う未舗装の街道を抜け、二人は中規模の宿場町へと足を踏み入れた。

 

アベリオン丘陵の境界線にそびえる長城から数日。聖王国の内陸寄りに位置するこの町は、先日の辺境の村よりもはるかに活気に満ちていた。踏み固められた街道には荷馬車の轍が深く刻まれ、すれ違う人々の数も格段に多い。

 

石畳の敷かれた中央広場には露店が並び、香辛料と焼けた肉の匂い、そして商人たちの威勢の良い声が空気を震わせていた。

深いスリットの入った真紅のチャイナドレス。そんな場違いな出で立ちで歩くクレマンティーヌに、すれ違う人々の視線が幾度も吸い寄せられる。しかし、彼女の隣を歩く大柄な男が、周囲の空気を呑み込むような独特の威圧感――というよりは、得体の知れない存在感を放っていたため、直接声をかけてくる者はいなかった。

 

「お、あの肉うまそうだな」

マヤは屋台から漂う焦げた獣肉の匂いに鼻を動かし、足を止めた。

「お前、さっき干し肉をかじったばかりだろ」

「歩いたら腹が減るんだよ。お前も食うか?」

「いらない」

 

クレマンティーヌは短く返し、視線を町の一角へと向けた。

広場の喧騒から少し離れた路地。そこから、金属を金槌で叩く鈍い音がリズミカルに響いてきている。

 

「用事があるのは、あっちだ」

 

彼女が先陣を切って歩き出すと、マヤも串刺しの肉を一本買い求めてから、その後を追った。

 

路地に足を踏み入れると、次第に油と鉄、そして燃える石炭の匂いが濃くなっていく。

軒先に槍や斧が無造作に立てかけられた、無骨な構えの武器屋。

分厚い木の扉を押し開けると、炉の熱気が顔を打った。

 

店内には所狭しと武具が並べられている。

壁には長剣や大剣が掛けられ、木箱には短剣や矢尻が乱雑に放り込まれていた。

 

「いらっしゃい。見慣れない顔だが、何か入り用かい?」

奥のカウンターで砥石を動かしていた髭面の店主が、片眼鏡越しに二人を品定めするように見た。

クレマンティーヌは返事をせず、壁に掛けられた剣の数々へと歩み寄る。

 

店主の視線を無視し、彼女は棚から一本の直剣を手に取った。

鋼の色、刃の厚み、柄の長さ。

指先で刀身を軽く弾く。チィン、と澄んだ音が店内に響いた。その音の余韻で、鍛えの質と金属の密度を確かめていく。

 

「あんた、ただの素人じゃねぇな」

店主が砥石を置いたが、彼女は視線も向けない。

 

三本目の直剣。

装飾の一切ない、実用性のみを追求したオーソドックスな片手剣。

革が巻かれただけのシンプルな柄を握り、ゆっくりと鞘から抜く。刃をランプの光にかざし、刃こぼれや歪みがないかを見る。

そのまま手首の返しだけで剣を数度振った。空気を裂く風切り音。柄頭から剣先までの重心のバランスが、手にしっくりと馴染む。

 

続いて、彼女は足元の木箱に目を向けた。

乱雑に入れられていた短剣類の中から、刃渡り二十センチほどの、刃が分厚いナイフを拾い上げる。

 

肉を咀嚼し終えたマヤが、興味深そうにその様子を横から覗き込んできた。

 

「お、二つ買うのか?」

「ああ。私は本来、二刀流の方が性に合ってるからな。この二つなら悪目立ちもしない」

 

クレマンティーヌは右手に直剣、左手にナイフを持ち、ふっと息を細く吐いて構えをとった。

右の長剣で間合いを制し、左の短剣で急所を抉る。

わずかに膝を落とし、肩の力を抜く。その仮想の軌道をなぞる身体の動きは、水が流れるように滑らかだった。

 

「これと、これ。もらう」

 

鞘に収め、金貨をカウンターに弾くように置く。

店主が釣銭を数えようとする前に、彼女は腰のベルトに二つの武器を固定していた。

左腰に直剣、右の腰裏にナイフ。

革と鉄の重みが、腰骨に伝わってくる。その重みを感じながら店を出る彼女の手には、確かな感覚が戻っていた。

 

ただの一人の戦士としての刃の感触が。

 

◇ ◇ ◇

 

その夜。

宿屋の一室には、粗末なランプの灯りだけが揺れていた。

 

窓の外からは、酔っ払いの歌声と、夜行性の虫の音が微かに聞こえてくる。

マヤはすでに木の実の入った水差しを空にし、ベッドの縁に大の字に寝転がっていた。規則正しい呼吸音が、薄暗い部屋に響いている。

 

クレマンティーヌは、もう一つのベッドの端に腰掛けていた。

 

彼女は、真紅のドレスの深いスリットから覗く、自分の白い太ももに手を伸ばした。

肌に直接巻きつけられた、黒いレザーホルスター。

そこに収められた四本の特殊な短剣――スティレットの柄に指をかける。

 

金属が擦れる冷たい音を立てて、一本ずつ、ゆっくりと引き抜く。

そして、ベッドの横に置かれた木製の小さな机の上に並べていった。

 

四本の刃が、ランプの光を吸い込んで鈍く明滅する。

 

赤く脈打つ光を放つ、【火炎】。

微かなオゾン臭とともに紫電を纏う、【雷撃】。

刀身の周囲の空気から熱を奪い、柄に薄らと霜をまとわせる、【氷結】。

表面を毒々しい緑色の薄膜が覆う、【酸】。

 

それぞれに極上の魔法が封じられた、最高峰の遺物。

これらを手足のように操り、無数の命を確実に刈り取ってきた。

 

新しい武器を買った。

腰のベルトには、真新しい直剣とナイフが下がっている。

ならば、机の上に並ぶこの四本は、どうするのか。

 

捨てるわけにはいかない。そこらの路地裏や森に放り出せば、どんな悲劇を生むか分からない代物だ。

かといって、ホルスターに差し込んだまま持ち歩き続けるのは、どうにも鉛を括り付けて歩いているような重さがあった。

 

クレマンティーヌは、沈黙したまま四つの刃を見下ろしていた。

ランプの火が爆ぜる音が、部屋に響く。

彼女の指先が机の縁をなぞり、そこで止まった。

 

「なぁ」

 

不意に、背後から声がした。

振り返ると、ベッドで寝ていたはずのマヤが上半身を起こし、机の方へと歩み寄ってきていた。

彼は机の上に並んだ四本のスティレットを眺め、ふと口を開いた。

 

「その前のやつさ」

顎を掻きながら、さも当然の事のように言った。

 

「俺とお前で半分こ、二本ずつ持とうぜ。その方がかっこいいだろ? お揃いだしな」

 

クレマンティーヌは、一瞬何を言われたのか分からず、瞬きをした。

お揃い。かっこいい。

神の遺物であり、大量虐殺の道具でもあるこの武器を指して、この男はそう言ったのだ。

 

マヤは迷うことなく、机の上から【火炎】の赤と【酸】の緑のスティレットをヒョイと手に取った。

柄を握り、クルクルと指先で弄ぶ。

 

「俺はこっちな。なんか火と酸って、危ねぇイメージあるだろ? だから俺が持っとくわ」

 

なんの気負いもない、ただの世間話のようなトーン。

マヤは二本のスティレットを自身の黒いレザーコートの裏側に無造作に放り込み、ニカッと笑った。

 

クレマンティーヌは、手元に残された青い【氷結】と紫の【雷撃】を見つめた。

 

(……氷結で動きを封じてから、雷撃を流し込む。コンボとしての殺傷力は高い。実用性を考えれば、悪くない分け方だ)

 

無意識に、戦闘における合理性の計算をしてしまう。

その自分自身の思考の癖に気づき、彼女は視線をマヤへ向けた。

 

彼はもうスティレットのことなど忘れたように、水差しの底に残ったわずかな水をグラスに注いでいる。

 

危ないイメージがあるから、俺が持つ。

まるで、少し痛んだ果実を自分が引き受けるような、あまりにも軽々しい振る舞い。

コートの裏にしまわれた【火炎】と【酸】が、彼の巨体の中で完全に息を潜めていた。

 

「……ありがとう」

 

部屋の空気に溶けるような、短く、静かな声だった。

彼女は机に残った二本のスティレットを手に取ると、ドレスの裾をめくり、太もものホルスターへとゆっくりと戻した。

半分になった刃の重さ。

太ももを締め付けるレザーの感触は、先ほどまでとは全く違うものだった。

 

◇ ◇ ◇

 

翌朝。

窓から差し込む陽光が、部屋の埃をきらきらと照らしていた。

 

クレマンティーヌは身支度を整え、ドレスの皺を伸ばす。

ベッドで大の字になっていたマヤが、大きな欠伸とともに身を起こした。

 

「……なぁ、マヤ」

「ん?」

寝癖のついた赤髪を掻きながら、マヤが顔を向ける。

 

「新しい武器、ちょっと試してみたい」

「お、いいじゃん。行こうぜ」

 

二人は朝食もそこそこに宿を出た。

町を囲む外壁の門を抜け、近くの森へと向かう。

 

早朝の森は、朝霧に包まれていた。

濡れた土と苔の匂いが、鼻腔を満たす。鳥の囀りが遠くで響き、木々の葉が風に揺れてざわめいていた。

 

少し開けた場所に出ると、クレマンティーヌは歩みを止めた。

ブーツの裏で地面の固さを確かめ、腰の直剣の柄に手をかける。

 

シャッ、と金属が革を擦る心地よい音。

続けて、左手で腰裏のナイフを逆手に抜く。

 

足を踏み込み、直剣を横薙ぎに振るう。

そのまま身体を捻り、左のナイフで架空の敵の喉元を突く。

踏み込み、斬り上げ、刺突、そして蹴り。

森の静寂を切り裂くように、真紅のドレスが舞う。

 

直剣の刃が空中で枯れ葉を真っ二つに裂き、ナイフが空気をえぐる。

踏み込むたびに、湿った土が跳ねた。

 

スティレットの極端な前重心とは全く違う。

だが、そのオーソドックスな鉄の重みは、確実に彼女の筋肉と骨格に馴染み始めていた。

四本の特殊な魔法剣に依存していた頃の動きではない。ただの二刀流の剣士としての動き。

 

一連の型を終え、クレマンティーヌは息を吐きながら直剣を下げた。

朝の光が、木漏れ日となって曇りのない刀身を眩しく反射している。

 

風を切る刃の軌道を思い返し、彼女は刀身を見つめたまま、静かに微笑んだ。

 

「悪くない」

 

切り株に腰掛けてその様子を見ていたマヤが、パンッと手を叩いた。

「おお、綺麗だな。なんか、すげぇしっくりきてるぞ」

 

「だろ?」

クレマンティーヌは手首を返し、直剣とナイフを同時に鞘に収めた。

カチャリ、と金属が収まる小さな音。

 

彼女はマヤの方へと歩み寄った。

 

「さて、飯にするか。動いたら腹が減った」

「俺は朝から肉が食いてぇな」

「宿のメニューは麦粥だったぞ」

「マジかよ、昨日あんなに働いたのに」

 

他愛のない文句を言い合いながら、二人は森を抜け、町へと続く道を歩き出す。

彼女の太ももに収まった二本のスティレットは、もう彼女の歩みを重く引きずることはなかった。

朝露に濡れた草を踏む足音が、並んで続いていく。

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