卯酉東尋坊 作:十月狂歌
# ひがしをたずねる
音も衝撃もなく動き出した車内にはひとつの希死念慮があった。
(死にたい……?)
マエリベリー・ハーンは大学生である。今をときめく女子大学生である。人生いちばん、もしかしたら日本いちばんの自由を謳歌する酉京都大学生であるが、しかしいつの世も一人になった大学生というのは生きづらいものなのだ。月曜朝の卯酉新幹線に運ばれながらメリーはそのことを痛感していた。
(死にたい、という主体的な感情じゃない)
マエリベリーという名前をメリーと渾名する奇怪なセンスを持った親友、宇佐見蓮子は未だ東京にいる。なんのことはない、帰省旅行に付いていった復路が別々というだけの話だ。尋常一様の精神状態ならどうということもなく大学に行けるだろう。
(死ぬべき、いや、死ななきゃいけない、という気がする)
はたして尋常一様の精神状態というのが何かはいったん措くとしても、いまのメリーの心理状態が普通のそれでないということは確実だった。
これが例えば1時間前から続いているのならまだ一過性で異常とは言い切れないものだったろう、けれど今回は夜を越してなお続いているのだ。ゆうべ日付もとうに変わった頃、居候していた蓮子の実家を夜な夜な抜け出して近場の崖に腰を掛け、さあ後ろに倒れこもうかという決心がつかずに引き返した記憶は今も鮮明に残っている。
(そうでしょう、こんなありさまでどうしてこれ以上生きていられるというの?)
しかし納得がいかないのは、そのきっかけが妙に軽い出来事だったような気がする、ということなのだ。
「メリー、暇?」
「どうしたの急に。まあそうね、何もしないまま友達の家に上がりこんでいるせいで罪悪感に苛まれているくらいには暇かしら」
「随分やられてるね……結界暴きが不完全燃焼だったからってそんな気に病むことないのに。そう、そんなメリーにもってこいだと思ってね、ぜひとも読んでほしい漫画を持ってきたのよ」
蓮子から創作物を薦められるのはこれが初めてではなかった。あるときは漫画を、あるときは小説を、あるいは音楽を薦められたこともある。
「へえ?どんなの」
「まあ日常系、なのかな。でもそんな単純な作品じゃない、深みがあって面白いのよ。」
「気になるわね。」
「私は数学をやるからね、ここに置いておくからぜひ読んで頂いて」
返事もそこそこに読み始めたそれは、ふだん読むのなら純粋に良い作品と言えるだろうものだった。実際良い作品だった。けど、
「ねえ、蓮子、この作品……」
「なに」
都会が舞台、完璧系主人公、それに触発される健気なキャラクターたち……
「重い」
「えぇ?」
「重いのよ!」
「そう?」
「いや、なんて言ったらいいのか……大筋はいい話なんだけれど、節々に現代社会の闇が滲み出てるわ」
「……そんなに?
べつにそういう漫画では、ないと思うけど」
「そうかしら……」
思えばこのとき既にどこかおかしかったのだろう。
「深く考えすぎよ。たしかにそんな描写も、あるにはあるけどさ。社会の闇を意識して描いたというより、むしろ逆だと思うんだけどなぁ。」
「そうね……そうよ。私がおかしいんでしょうね。ふつうに読めば、すごくいい漫画なんだと思うわ」
口の上では納得したものの、どこかもんもんとした気分は胸の奥に沈殿したままになってしまった。というより、ぐるぐると出口を失った感情が危険な方向に変化していくのを放置することになってしまった。具体的には、
(私も心を強くもってがんばらなきゃね……)
という健全な感想を抱いていたつもりだったのが、
(あの子たちとくらべて私はなんて情けないのかしら)
となり、はてには
(こんな情けないままで、生き恥をさらしたままで、それが良くなる見込みも見えないというのに、これ以上生き続けるなんて申し訳ないと思わないのかしら?)
という袋小路の行き止まりにたどり着き、しかも翌朝目が覚めてもそこから抜け出せていないのだ。たがが漫画ひとつを読んだだけでこうなってしまうものかと、別の原因があるのではないかと思わずにはいられなかった。まさに合理的に考えて自分は死ぬべきなのだろうとしか考えられなかった。
(いっかい落ち着いたほうがいいわ……)
列車内で自殺なんてしたら推理小説が始まってしまう。希死念慮を自制する、と書くとひどく奇妙に思えるが、とりあえず今はそうするべきだろう。そもそもこの場で自殺できるような手段を実行する勇気なんて私にはないけれど。
(飛び降り以外は怖くて考えられないわね。でも飛び降りならできる。部屋の窓を開けてベランダから逆さまに落ちればいいだけの話よ)
想像するは容易。でも実行するのは本当に難しい。昨晩に企画したときなど、飛び降り主題の楽曲を聴きながら腰掛ければ決心がつくだろうと思っていたのに、腰掛けたあとで再生をはじめる勇気が出てこなかった。回帰不能点を越えることへの恐怖があったなのか、聴いてなお決心がつかないことによる失望を避けたかったからなのかは分からない。どちらにせよ決行できずに帰ってきてしまったという事実は変わらない。
(やっぱり東尋坊にでも行くべきなのかしら)
冗談じみてそんなことを考えてしまった。自殺において“聖地”というのはかなり大きな意味をもつ、云々なる話を読んだことがある。飛び降りの聖地。覚悟を固めるにはもってこいだろう。
なんとなく北陸のどこかにあるような印象があるのでもしかしたら京都から行ける範囲にあるのかもしれない。海に落ちるので後腐れなく死ねるということも高得点だろう。死体は腐るけど。何言ってんだ。
くだらない洒落が頭を冷やしたのか、さすがに気分も落ち着いてきた。
(こうして新幹線に乗っているわけだし、大学には行くべきよね……)
そもそもなぜこんなことになるほど気分がふさいでいるのかといえばそれは大学に登校できていないからに他ならなかった。もともと夢見が良かったり悪かったりして疲労回復に影響が出ていたのはそうだが、最近ではこれにインターネット依存も重なって生活の破綻が常態化し、結果学生の本分も満足できなくなっていたのだ。
せっかく都に帰った初日なのだから、新鮮な気持ちを活かして出席を果たし、この負値をとり続ける力学系から脱出を図らねばなるまい。重力加速度がごとく下を向く心理から目をそむけて、いったん前を向くことから始めよう。とりあえず音楽でもかけようか。
(こういうときは、手元を動かさないまま流れていく景色をただ眺める、それがいいわ)
そう思って窓の外に目をやる。ちょうど富士山が見える区間だった。合成の東海道は行きと変わらず日本的で、それが今のメリーにはひどく滑稽に見えた。
迷路と化した京都駅を抜け、地下鉄に揺られて十数分。なんとか帰り着くことができたのはいいのだが、
(疲れたわね……まだ朝なのに)
大学へ行く準備をする気が起きない。荷物が多いので一旦部屋に置いてから登校しようと思ったのだが、もしや失策だったのだろうか。まぁ、まだ2限まで時間はあるし……。現実逃避を求めて目線はさまよう。玄関脇に積まれた本が目に留まった。
(せっかくだし読もうかしら)
本と言っても同人誌、それも文化祭で買ってきた他サークルの会誌だった。ただし薄い本ではなく百ページ単位の厚みはあったが。
(……おもしろい。)
巻末の小説につい読み入ってしまう。もとより逃避が目的なのだから没入感のあるものにつかまるのは当然ともいえるが。
(良いわね、こういうの。わたしたちもせっかくサークルやってるんだしなにか出せたら楽しそう。でもわたしにそんなことできなさそうよね。蓮子に迷惑かけるだけな気もするわ)
玄関で立ったまま本を読みつづける、冷静に考えるとおかしいが一度虜になってしまっては抜け出しようもない。ドーパミンを促し現実から目をそらす助けになるものがあればインターネットがなくとも依存状態に陥ってしまうのだった。あるいはこれが過集中というやつなのだろうか。
気付いたときには、
(あっ 授業間に合わない)
もう手遅れだった。
(あーあ、もう知らない。逃げちゃえ逃げちゃえ)
自制をあっけなく破って端末を取り出し、ひたすらにネットサーフィン。通知が鳴る。まず間違いなく蓮子からだろう。内容も想像できる。見たくない。逃避欲が限界を越える。もういやだ。ここまでくると電子の海を漂うだけじゃごまかせない。やっぱり正しかったのよ。死にましょう。窓を開け、手すりを撫でる。ついでに例の音楽も耳に流し込む。
(いや、これじゃあ死因も何もわかりやしないじゃない)
ふと我に返る。せめてなんでこんなことしたのかぐらいは書いておこう。そのへんに散らばっている紙とペンを手にとり、殴り書き。「こんな生き恥を晒し続けるのはもう御免」。できた。ほかにも書くべきことはあるんだろうけどめんどくさい。最低限は遺した。さあ準備万端、あとは身を乗り出すだけ!
(……無理よ。)
(無理ね、ぜんぜん決心のひとつもつきやしないわ)
駄目だった。
いや、予見はできていたことだ。昨日の夜あそこまでして成功しなかったのだから……
虚しさを抱えたまま、ゾンビのごとくインターネットにすがりつく。ふだんならドーパミンを求めてあちこち彷徨うところ、もはや何をする気にもなれず呆然とブラウザを見つめていた。
抑うつ気分でもなく、過酷な環境に耐えかねたわけでもなく、ひたすらに自業自得の希死念慮。それも実行する気なしの現実逃避。
てめえなんぞがまるで精神を病んだみたいに振る舞う資格はない。家に恵まれ、大学に恵まれ、友人にも恵まれて、出来上がったのが中途半端に結界を暴いては妙ちきな悪夢を見るだけの不良大学生。安定した将来展望など想像すらできない。このままニートにでもなるつもりなのだろうか。
(学籍も、親も友をも喰い尽くし、身投げ一つできぬ人非人……あぁまったく、やっぱり生きているだけで社会の不利益なんじゃないかしら)
今死ねば、まだ間に合うかもしれない。自殺によって周囲が被る不利益と、このまま怠惰に生き続けることによるそれと、どちらが大きいだろうか?この先の人生のどこかで状況が好転することに賭けるのはコンコルド錯誤というべきだろう。そんな可能性は限りなくゼロに近いのだから。
いい加減決心するべきなのに、最後のところで引き返してしまうのはいったいどうすれば――待った。さっきそんなことを考えた気がする。
(東尋坊……)
すぐさま検索窓に打ち込む。どうやらバス停があるようだ。乗換案内に切り替え、出発地を京都、時刻を現在に設定。出た。
2時間40分。
(日帰りで行けるじゃない)
もし途中で断念することになっても帰ってこれる。ならとりあえず行ってみて考えるのも手ではないか。
しかし特急利用が前提になっていたので値がかさむ。さすがに決心もつかないまま行った挙げ句往復数千円を費やすというのは心もとない。追加料金なしのオプションをつけ、再検索をかける。
(片道4時間か。うん、これでもいける)
思い立ったが吉日、とりあえず外に出よう。何かに押し動かされるようにしてドアを開けた。鍵も持たずに。
帰れなくなったのに気づいたのはオートロックの出入口を通り抜けた後だった。天が死ねと言っている。上等だ、覚悟を決めるには丁度いい。
いつもどおりの京都の街を数分歩いて地下へ入る。霊都の足下を蠢くミミズに乗り込むのは、いつもだったら新幹線へ乗り継ぐためか京都駅ビルに用があるとき。けれど今回は違う。ひとの流れをかき分けてJRのコンコースへ向えば、目線の先には行先掲示板。
(サンダーバード……は乗れない。いつかは乗ってみたかったけれど、いま指定席料金を払うわけにはいかないわ。
やくも……これはそもそも方向が違うわね)
首都の風格というべきか、錚々たる特急名が並ぶなか、目当てのものを見つけ出す。
(湖西線経由、敦賀行。あった)
新快速に乗るのはこれがはじめてだった。
(ホームドアがドアじゃなくてロープになってるわね……京都に来て半年経つというのに、こんなことも知らなかった)
晩秋の冷たい空気に身を震わせつつ、三角形の目印に並ぶ列にくっつく。近畿圏の象徴ともいうべき鉄道文化に触れるきっかけがこんなことになってしまったのは虚しいけれど、新しいことを知る喜びはまだ自分のなかに残っているようだった。
心地いい接近注意音楽が流れてすぐ、旧時代的な鉄道車両が姿を表す。
(これが、新快速)
話には聞いていた。乗りたいと思ったこともあった。そしていま私は、これに乗って死にに行こうとしている。
なんだか悲しい気がした。悲しむ資格もないのに。
(しょうがないわよ。死ななきゃいけないんだから)
生存本能を抑え込んで、クロスシートに座りこんだ。
京都の次は山科、その次は大津京。トンネルの気圧差が耳をふさぐこと数度、あっという間に県をまたいでしまった。
(滋賀県ってこんなに近かったのね)
当たり前だが、行政境界というのは人為的に引かれた線に過ぎない。隣の県というだけで感じてしまう隔絶は、実際に行ってみればひどく小さいものだ。
つくづく自らの無知無経験を感じる。けれどこの劣等感を解消できることは、おそらく一生ないだろう。このまま死んだとしても、生き続けたとしても。人間に生まれてしまったことを恨む他ない。
(それにしても。)
駅と駅の間を飛び交う景色をあてもなく眺めながら、メリーはふと思った。
(お伽噺のなかみたいな景色ね)
昔話の絵本によくある風景だ。村があって、森があって、山があって、空があって、それだけ。
窓の外へ焦点の合わない目線を向ける。壊れた機械のように同じところを回り続ける思考を続けていると、あっという間に時間が過ぎていく。
「次は 新疋田 しんひきだ」
初見では読みづらい駅名だと思った。何度か見返しては「しんはすだ」と誤読してしまう。記憶能力が低いのか、思い込みが激しいのか……
そしてその次は、ついに、敦賀だ。
開通から千年過ぎてなお「新」を冠し続ける超特急専用線を恨めしげに見つめつつ、吹けば飛びそうな6番ホームへと向かう。東海道新幹線が未だに維持されているのと同様、並行在来線も名前を変えつつ残り続けていた。
「北陸本線、福井行き……これね」
列車と呼ぶに最低限、2両だけのこぢんまりした鉄の箱へ乗り込む。過去にはハピラインとも呼ばれていたらしい。幸福とは特に関係ないだろうけれど、現実逃避の究極として崖から落ちようとしている人間にはある意味お似合いの路線名かもしれないと思った。
「国境の長いトンネルを抜けるとそこは雪国だった」
フレーズとして聞いたことはあれど、それがどういう感覚かは読んだだけでは分からない。メリーはその小説を読んだことはなかったが、北陸本線の車中でまさにそのままの光景を目にして驚嘆していた。
(山一つ違えば季節も変わる、というけど、ここまではっきり変わるところなんてほかにあるのかしら)
「ドアは、自動では開きません。ドア横のボタンを押して……」
新快速のおしまいの方から流れ始めたこのアナウンスも、ここに至ってはひどく実感のこもった放送に聴こえる。
ただ景色が変わったからというわけではないだろう。確実に東尋坊に近づいている。緊張と諦観がこころを満たすなかでは、世界の一挙手一投足がいやに目につくのだ。
ゆのお、おうしお。当て字みたいな駅名の語感さえみょうにおかしく感じる。というよりこのあたりの地名が特徴的なのだろうか。トンネルを抜けるたびに深まっていく雪を横目に列車は進む。
「鯖江」
思わず表示板に目を向ける。鯖江。メガネの名産地、大昔の受験勉強で印象付けられた場所に、まさか現実で来ることになるとは。下車はしないけれど。
なんだか現実世界に引き戻されたような気になって未読の通知に目をやる。さすがに何も言わず消息を絶つというのも申し訳ないし、何か書き置きしておこうかな。
蓮子: 大学、行けた?
: おーい
自分: (下書き) 行けなかった。代わりに東尋坊観光でもしてくるわ
(おお怖い怖い、送信予約機能があってよかったわね)
5分後に送信する設定にしたうえで、端末のあらゆる通知システムをサイレントにする。ああ清々した、これであとは目的地に向かうだけ。窓の外へ匙を投げるように目線を向けた。
やわらかな橙色の太陽が照りつけてくる。寂しい。日没は毎日やってくるが人生の終わりは一度きりだ。いっそこのまま太陽も爆発してぜんぶなくなってしまえばいいのに。
おどろおどろしい警報音楽が木霊するホームの中へ、列車は滑り込む。福井駅にたどり着いた。
(ああ、頭が回らないわ)
震える足で改札をくぐり、真っ先に自販機へ向かう。4桁の引去額に意識を向ければ、回帰不能点に辿り着いたような気持ちにもなったかもしれないがそんな余裕はなかった。糖分入りのあたたかい飲み物がほしい。
(最後の晩餐かもしれないわね。)
いまだに決心がつかないなか、出入口付近を彷徨って乗換先の改札を見つける。
(さしずめ、冥界への門かしら。)
改札は分離されているが、電磁決済は使えた。ふだん鉄道に乗るのとなにも変わらない。なにも変わらないまま、死へ向かっている。どうしようもなかった。
三国鉄道に乗り込んですぐ目に付いたのは、やわらかな橙色の夕日が沈みきり、空が血のような赤色へと染まっていることだった。
意識が覚束ない。気づけば数駅を過ぎ、乾き果てた血は凍りついたような黒色を示し始めていた。
福井のまちなかを駆け抜けていく市民の鉄道。車内にいるうちおおよそ半分ぐらいの人は制服に身を包んでいる。そんななかを飛び降り目指して虚ろに乗り続ける大学生。あまりに滑稽だ。
買ってきた飲み物に口をつける。はちみつとゆずの味。くわえて、命の燃えかすのかおり。
はたと目が覚める。まだ終着ではない、が、
(刺すような寒さね……)
もう日が落ちてしばらく経っていた。先程までの鉄道行にはどこか旅でもしているような気楽さが漂っていたが、暗く単調な景色をかき分けて進んでいくなか、そんな悠長な感情は微塵も湧いてこない。
タイマーの数字が減っていくように少なくなる車内の人の数を数えながら、叡電のそれをまるごと移してきたような運賃・次駅表示板を眺める。始発駅から乗車しているので整理券番号は該当なし、一番高い金額だ。あわや4桁に届こうかというところ。
「六文銭もずいぶんとインフレしたのね……」
畑の肥しにもならなさそうな冗談を一人呟く。惨めすぎる。すでに車内にはメリーのほか二人一組しか残っていないので、消え入る声で呟かれたそれを咎める視線もない。
車内だけでなく、周りの景色を見ても、すでに人の気配はほとんどなかった。
「次は 終点 三国港」
不気味に反響する自動放送の声を聴いて、死刑宣告を受けたかのように錯覚する。次第に目に入ってくる終着駅が想像していたようなものとは異なっていることを認識するにつれ、メリーは寒気を覚えたような気がした。
真っ暗な木造駅舎に数えるほどの灯り。周囲に街らしき施設も見えない。
思わず唾を呑んだ。
(いよいよ……取り返しがつかないところまで来ているのね)
どこか遊び半分の希死念慮という認識がまだ残っていたようだ。しかし今それは木っ端微塵に消えた。もはや選択肢はない。何度となく決めたつもりでいた覚悟をようやく本当の意味で決めることになった。
踏切を渡ってホームの反対側に出る。乗換者向けの案内表示を頼りに目的地へ向かう。
でかでかと書かれた「東尋坊方面」の文字が目に入った。ちょっとしたシュルレアリスムすら感じる光景だ。
コンクリートの錘に真上から鉄パイプが刺さり、打ち付けられた何枚かの鉄板の上に余白の大きな数表が貼られている。
前時代の遺産というべき代物だ。メリーは生まれてこのかた自動車に乗ったことがなかった。道路を走る乗り物というのは都市においては殆ど絶滅しかけており、結果として効率化の行き届かない田舎が自然保護区のような様相を呈している、と知識の上では知っていても、本物のバス停をこの目で見るのは初めてのことだった。
(最初で最後のバス乗車、かしら。すてきな思い出になるわね)
まるで時間結界が弛緩したかのようにすべてが懐古的な風景を夜闇のなかに見つめつつ乗合自動車の照灯を待つ。
(あっ、あれかしら?)
二つ並んだ光が近づいてくる。しかし肝心の行先表示板が見えてこない。
(あっ、また来た……いやこれも違うわね)
首を長くして待つ、という言葉の意味をはじめて実感できた気がする。ライトを見つけるたび行先表示を探すために首が伸びるのだ。そんなことを子供みたいに数度繰り返していると、ついに目当てのものが現れた。
(……『東尋坊線 芦原温泉行』……ほんとに観光地なのね)
当たり前だが普通に生きていて東尋坊に来るような人間も少なからず存在するのだ。あくまで観光地。人生から逃げようとしている人非人を受け入れる余地はないと言われているようでこころが揺さぶられる。知ったことか。もう引き返せない。緊張と恐怖を押し殺し、開いたドアへ飛び込んだ。
電磁整理券発行機に端末をかざし、車内を見渡す。
乗っていたのは一人だけだった。
それも乗客ではなく乗員だった。
(なんというか、ごめんなさい)
最終に近いバスだから人がいないのは当たり前とはいえ、唯一人の乗客が自殺志願者というのは気分が悪い話だ。東尋坊で降りたらどんな反応をされるのだろうか……
(でも、これで最後よ……本当にあっという間ね)
断頭台に立った気分で、嘘みたいに素早く切り替わっていく次停留所表示板に焦りを覚える。結局ここでも電磁決済が使えたせいだろうか、想像の数倍あっけない自殺行になってしまって心の準備ができていなかった。いちおうこの便は最終ではないとはいえ、東尋坊に着いて30分しないうちに最終バスが出ていく。ここまで来ると、そんな短時間のうちに引き返す決心はつかないだろう。
「次は 東尋坊」
どうやらはじめの数個は停留所の間隔が短かったようで、目的地を告げるアナウンスが流れてからしばらくバスは暗く静かな道路を走り続ける。前照灯と僅かな街頭のみを光源として映り変わっていく景色は、一瞬で過ぎ去るようでいて、ずいぶんのろのろとしている。上がっていく心拍数を腹式呼吸で抑えていると、大きな看板が目に入った。
(「東尋坊 歓迎」、なんてにくたらしい)
この土地の神話性をわかっていて書いているのだろうか。いや、昼間に遊覧船観光のつもりで来ればこれを見ても違和感は感じないだろう。つくづく自分が招かれざる客であることを思い知らされる。
(今更のことよ。行き場がないために逃げるんだから)
このまま帰ったとして、どこにいっても「招かれざる」人間だ。覚悟はとうに決まっている。降りよう――
バス停に向かって減速するなかで席を立つと、人影が見えるのに気付いた。二十歳前後の少女だった。あたりは薄暗く、他に誰もいない。きっと決心がつかないまま戻ってきたのだろう。降り口で電磁端末を翳すと、意味ありげな視線を向けられていた。けれど話しかけてはこなかった。
(さようなら。死ねないまま帰ってくるのは、つらいでしょうね……)
ドアを閉めたバスが動き出す。最後の糸が切り離されていく。どこか夢うつつな気分であたりを見渡してみる。昼間は観光地における役割を果たしていたのだろう店々はすでに闇の中に閉ざされ、人の息遣いは一切聞こえてこなかった。あるのはただ、自動販売機の事務的な光と風の音のみ。
(とうとう、ほんとうに、おしまいまで来たのね)
ここで人生に幕が下りるという事実をあまり受け入れられないまま、岩場へと続く道を進む。手元のオンラインマップを頼りに坂を登る。呆然と佇む地蔵菩薩の横に、「話したくなったらここへ電話して」と書かれた自殺防止ダイヤルの番号。なんの意味があるのだろうか。わざわざ東尋坊まで来てしまうような人間はもはや人に相談することを諦めているだろうに……
結界が張られたようなブロック舗装の隙間、ざわめきを感じて首を振り視線を向けると波の音だった。横道へと抜け出して遊覧船乗り場を見下ろす階段までたどり着く。案内板があった。
(岩場に行くには、こっち……
ついに道もなくなった)
人の手が加わった地面の終端、地球の素肌を眼の前にして足が止まる。最終行程だ。気を奮い立たせるべく、音楽をかけることにした。
最近になって聞き始めた飛び降り自殺がテーマの歌ではない、数年前に出会ってからずっと耳に残り続けている無声楽。
おどろおどろしい橙色をしたジャケットが端末に映り、シークバーが動き出す。ループを音にして端末を仕舞い、大地の呪怨が詰まった岩肌に足を踏み入れる。
雨の音、雷の音、ロ短調で奏でられるピアノの旋律、悲鳴のようなフルートの音色。ただの空気の疎密波に脳が焼かれる。不規則にうねる足元を気にしながら、吹きすさぶ海風に身を震わせながら、これまでに感じたことのない熱を目線に纏わせ崖の先を見やる。
(もう、終わりにしなきゃいけないのよ)
今にも崩れそうな岩と岩の重なりを乗り越えるたびに恐怖で身が竦む。
(飛び降りして楽に意識を絶てそうなのは……あっちのほう、かしら)
先端よりも左のほうが切り立っているように見えた。崖の切れ端がすぐそばまで来ている。
一歩、前に進む。
一歩、段差に足をかける。
一歩、岩を踏み上に立つ。
膝が笑った。
(あと、四歩。それも段差を降りるだけ)
わかっている。怖い。本能的恐怖に抗えない。まさに人生の瀬戸際に立っている。
自己保存の欲求に抗えないまま、段差に腰を下ろした。
(あと三歩、たったの三歩、立ち上がって前に進んで頭から落ちるだけ、それだけなのよ?どうして……)
靴の裏が地面にくっついて離れない。ここまできて足が竦むだなんて。震える瞳で眼下の波濤を見つめ、メリーは己を呪った。
自然による波の音が合成の雷雨の音に重なる。悲嘆的な曲調は、いまから死を選ぶ人間に向けたものではなく、どうしても死ねずに絶望的な日常を過ごすしかない人間へ向けられたものだったのかもしれない。
(動けない……)
かといってここからいそいそと帰るつもりにもなれず、立ち往生とも言うべき心理状態に陥ってしまった。
最終バスの発車時刻が近づいてくる。だからといって後ろにも前にも動けない。いつもと同じだ。ひたすら決断を先送りにして、事態を悪化させる。それしか能が無いみじめな私。
(帰りたい)
もうだめだった。一時は決めたはずの覚悟はどこかへ消えたようだ。空しく巡る思考のなか、ここに至るまでのバスの道程が思ったより短かったということに意識が向いた。試しに三国港駅まで徒歩の所要時間を調べてみる。
(40分……たしか終電は10時とかだったわよね、なんだまだまだ間に合うじゃない)
思わず安堵する。これまた今までと同じだった。もうどうしようもないところまで放置してしまって絶望した気になっても、どこかしらに回避策が残っていて、なんとかなってしまって、結果なにも学ばず同じことを繰り返す。
(……だめよ、死すら先送りにしてしまったら、いよいよなにも変われないままの人生になってしまうわ。穀潰しになんて、ニートになんて、私はなりたくない)
頭ではそう思う。けれど心からそう思えてはいないのだろう。
(死ぬかどうかはともかく、いっかいあと一歩のところまでは行きましょうよ)
最後の気力を振り絞って、音楽の与える絶望を身体の動きに変えて、立ち上がり、端っこの岩へと足を進めた。
あと一歩だ。命を立つなら今しかない。なのに、なのに、なのに………
(あぁ、これは無理ね。潮が満ちてるのかどうなのか知らないけど、水に飛び込むんじゃひと思いには死ねない。私の意思が弱いんじゃないのよ、崖下に岩肌が見えないのが悪い。これは無理よ)
言い訳じみた心内語に腸が煮えくり返る思いがした。お前は、お前はこの期に及んで!しかしもう希死念慮は消え失せ、足は断崖絶壁に踵を返して家路への歩みを踏み出していた。心理学専攻なのに己の欲動ひとつままならない、ほんとうに憎たらしい………
(誰か、押してくれないかしら……)
そんなことは法律が許していない。むなしい願いだった。
(私は、ここまでお膳立てしたうえでの死すら自分で選ぶことができない、弱い人間なのね……生きるしかないんだわ)
怒りのやり場に困って天を仰いだ。京都のそれより幾段多い星がまたたいている。蓮子ならこの景色を見て枝葉のように物理学的想像を巡らせ、ついでに現在位置を当ててしまうのだろう。ほんとうに凄い友人だと思う。彼女が私を友人として見ているかはともかく、だからこそこれ以上迷惑をかけないように命を絶たなければいけないはずだ。それなのに私は、
(生きたい…………?)
「メリー!」
数瞬、心臓が止まったかと錯覚する。わからないはずもない、この声は、しかしなぜ?
「蓮子……」
岩場を探る足の動きが思わず速くなった。暗がりに目を凝らす。見えた。帽子を被った、私と同じくらいの人影。
「あ、いたいた」
こちらに駆けてくる。階段を素早く降りて、躊躇なく岩場へ足を踏み入れてきた。メリーはもはや呆然とそれを見つめるのみだった。
黒いハットに白いリボン。目の前までやってきたそれはうさぎの耳みたく跳ねて動きを止めた。
私の薄濁った瞳と、彼女の輝く目とが合う。十秒ほどの沈黙があった。
「…………。」
「蓮子、どうして………」
「どうもこうもだっても神曲もないわ、メリー。帰るわよ!」
「…………うん」
(生きたい、なんて烏滸がましい。でも、死にたい、というのは、もっと冒涜的だわ。)
「ありがとう、蓮子」
「どういたしまして。とりあえず食べて、寝て、さ、それから考えましょう」
ああ、ほんとうにこのひとは。
さっきまでの薄っぺらい覚悟が、ひっくりかえってわたしをつつみこんだ。
(私は、生きるべき、生きなきゃいけないんだわ。)
何よりもまず、蓮子のために。
こんな私の親友でいてくれる、ひとりの天才のために。