「いっちゃんバイバイ!また明日ね!」
「うん、またね、咲希。」
渚月が帰った後、私と咲希はケーキを食べながら少し話してから神山通りで別れた。咲希の姿が見えなくなるまで見送ると、疲れてしまったのか少し暗い気持ちになるのが分かる。
(やっぱり咲希は、5人で一緒にいたいと思ってる。)
私たちの関係が大きく変わったのは中学に進学した頃だ。咲希は遠くの大きい病院に転院して、同じ頃に志歩と穂波とは話さなくなった、というか避けられるようになって、渚月はいきなり街からいなくなった。
ようやく咲希が学校に通えるようになって、渚月も帰ってきたのだ。どうにかしてあげたい。私も、みんなと一緒にいたい。
でも、詳しい事を何も知らない、志歩と穂波と話せる機会があったのに、何もできていない私じゃ‥‥‥‥。
(渚月も話し辛そうだった…‥‥連絡先も交換し損ねちゃったし。)
3年以上経っているから背も伸びて顔立ちがちょっと変わってるのは当たり前だけど、ちょっとだけ雰囲気が違うような気もしたし、もしかして、もう…‥‥
その時鞄から、正確には中のスマホが光った。
「‥‥‥あれ?」
スマホを取りだすとやはり画面が何が映っているか分からない程に光っている。
何がどうなっているのか。こんなことは初めてでどうすればいいのか分からないままおろおろしていると、光が収まったかと思えば、宙に青白い光で少女が投影される。
深緑色のツインテールに紅の差し色。着ているのは大きな安全ピンとボタンで留められたブレザー。
「こんばんは。何だか浮かない顔をしているね。悩み事?」
よく知られている姿じゃない。けど私は、この姿と声をよく知っている。
「な、何これ‥‥‥。ホログラムの…‥‥ミク?」
「うん、ミクだよ。よろしくね、一歌。」
「え?今、私の名前‥‥‥」
私のスマホから現れたのも謎だし、どういうことなのか?
「ふふ、ごめんごめん。びっくりさせちゃったね。今日は挨拶に来たんだ。早く
「こっち?」
「うん。良かったら他にも誰か誘って来てよ。例えば――――大切な友達とかね。それじゃ、”セカイ”で待ってるよ。一歌。」
「あっ、ちょっと待っ…‥‥消えた‥‥!?」
ホログラムのミクは”セカイで待ってる”というよく分からない言葉を残して消えてしまった。色々やってみるが、先程のような
「急になんで…‥‥それに…‥‥‥」
あのミクは、前に夢でみたミクに似ていた。確か、教室みたいな所で同じバーチャルシンガーのルカと一緒にいて、ここは私達の想いから生まれた世界だとか、本当の想いを見つける手伝いをするとか…‥‥待ってるとか言ってたような。なにか関係があったりして‥‥‥‥‥
「…‥‥まさかね。でも‥‥‥ミクやみんなとバンドができたら、楽しいだろうな…‥‥」
__________
「…‥‥‥よし。」
”一歌”と”咲希”から逃げるように帰った次の日、俺は学校を休んで家で寝る用意をしていた。別に体調不良という訳ではなく単に二度寝する為である。
転校早々に何をしているんだとは自分でも思うが、学校に行くのが面倒くさいとかそういう理由ではない。早く記憶を取り戻す為に自分の深層心理に潜る為だ。
顔を見れば一歌や冬弥といった名前は分かった。ナイトメアを前にした時、それに関する知識を思い出した。戦い方を身体が覚えていた。夢で訪れた謎の部屋でフォースカプセムを手に入れた。
これらの事から、俺の深層心理には俺の過去に関する記憶やその手掛かりがあって自身の夢に潜ればそれが分かるのではないかと思って、早速やってみようという訳だ。何故昨夜にやらずに学校を休んでまでやるのかと言うと、夜は当たり前だが多くの人々が寝ている時間、つまりナイトメアが悪夢を叶えようとするのでそれの対処をしなければならない。よって最も寝ている人が少なくナイトメアが現れにくい平日の昼に寝ることでじっくりやろうという事である。
クラスメイトにはノートを頼んであるし朝食も軽いもので済ませた。準備は出来ているはずだ。
「頼むぞ‥‥‥‥。」
俺は大切なことを忘れてしまっている。それは、昨日一歌と咲希が複雑そうな顔をしていたのと関係があるはずだ。俺にはやらなければならない事が、出来る事がきっとあるはずなのだ。だから。
気合を入れて布団の中に入り、眼を瞑って深呼吸‥‥‥‥する間もなく俺の意識は現実から夢の中へと落ちていく。
「‥‥‥‥あれ?」
夢、厳密に言うと俺自身の深層心理に入ると、そこはフォースカプセムを手に入れたあの場所‥‥‥なのだろうか?
蓄音機とかスピーカーとかレコード等のインテリアが増えているし、ガレージが少し広くなりバーのようなカウンターキッチンが備わっている。何というか”秘密基地”感が増している。俺の深層心理が変化したという事だろうか?
ここって、俺にとっての何なのだろうか?カプセムが手に入る上品な部屋…‥‥‥やっぱり秘密基地か?具体的には‥‥‥夢に潜入してナイトメアと戦うエージェントの拠点?推定中学生で俺はこんな所を使っていたのか?ナニモンだよ俺‥‥‥‥‥
「あ、そうだ。ガチャ。」
前と変わらず置いてある謎のガチャマシン。ブラックケースや明晰夢の様な物なのか、これから出てくるカプセムが現実にも現れて使うことが出来るようになるという事しか分かっていないが、これで手に入れたフォースカプセムは大変役に立っているし、新しいカプセムが手に入れば出来ることが増える。回さない手はない。それに、まだカプセムしか出ないと決まったわけでは無い。
もしかしたら、もしかしたらだ。俺の記憶に関する何かが出てくるかもしれない。カプセムも夢に由来する力の込められたアイテムである以上、望みを捨てきることは出来ない。
腰を落とし一抹の望みをかけてレバーを回していく。1回、2回。そして、フォースカプセムが出た時と同じレトロなゲームのような効果音と何かがコトンと落ちる音が。
「出た‥‥‥‥‥ん?」
カバーを上げて取り出すと、それは黒いカプセム。フォースと少し違う形をしており音符のようなモールドがあるが、ロータムウィンドーには何も書かれていない。コードフォンの上部カバーを開いてカプセムをセットすることで最近知ったカプセムの読み取り機能を使用したところ、このカプセムは”???”カプセムと言うらしい。‥‥‥‥いや何それ?
能力説明も”??を宿すカプセム。”としかないし、明らかにフォースともコードとも違うカプセムだ。一体どうやって使えばいいのか分からない。
「もう一回‥‥‥‥」
わざわざ学校サボってまで来たのにこれでは納得がいかない。再びレバーに手を掛けて回そうとすると、突然部屋にエンジンの音が響き渡る。
「何だ!?」
俺はレバーを回す手を止めて咄嗟に立ち上がり、胸にカスタムインヴォーカーを装着する。ナイトメアや敵らしき姿は無さそうだが……‥ん?
「何だ、これ…‥‥‥?」
さっきまで無かったはずの物が現れている事に気づき、ガレージの方にゆっくりと進む。
バイクだ。赤いラインが入ったセミカウルのような白い車体に、ホイールに付けられたハブキャップにしては大きすぎるパーツ、クリアグリーンの風防。どう見ても一般販売されている車種ではない。改造されているのかどっかのワンオフなのかは分からないが、今ここにあるという事は少なからず俺と関係あるのだろうか?
「そういえば、部屋に俺のバイクの免許あったな‥‥‥‥。」
もしかしてこれ俺のなのか?こんなカッコイイバイク何処で‥‥‥これもエージェントの装備品の一つなのだろうか?目立つよなコレ‥‥‥‥というか、ここにあるという事は、これ現物が存在する‥‥‥‥?
じっくりと車体を観察し手で触れながら考えを巡らせていると、左側面にエンブレムのようなものを見つける。
「Z、E、Z、T、Z‥‥‥
‥‥‥‥‥やけに言い慣れてるな俺。きっと何か重要な単語なんだろう。
「というか、何処から来たんだこれ?」
目覚めたばかりの時にアタッシュケースが突然現れたことがあったが、これもそうなのだろうか?だがさっきのエンジン音は明らかに走って来た音のはず。だとするとだ。ガレージの奥からから部屋の中心に向けて何処からか走ってきた事になる。
「‥‥‥そこの窓から来たってか?まさか‥‥‥」
‥‥‥‥‥いや、待てよ?
そもそも、どうしてガレージにバカでかい窓が必要なんだ?小窓で十分なじゃずだし、必要なの扉のはずだ。荷物や乗り物を出し入れしする為の。
「‥‥!」
俺はもう一度ガレージを工具や機材、棚やその裏側まで徹底的に調べ始める。見たこともない物や使えそうな物が更に見つかるが、今探しているのはそれじゃない。
「階段とかガチャを出した時は置物がキーだったから意外と目立つやつか?だとすれば‥‥‥」
思考を巡らせながら視界に入ったのは、窓の地下に取り付けられたダイヤル。古い電話にあるものに似ているような気がしなくもないが、それしかない。実際にこういう物があるのかは俺は知らない。だが、ここにある物がどういう用途なのかは見当がついている。
ダイヤルを回転させると、ガレージ大窓の景色が映画か何かのワンシーンのように景色が切り替わる、否。何処かへと繋がる。なるほど、こうする事で色々な夢と繋がって行き来できるのか。やはりここは俺のエージェントとしての拠点なのだろう。
「にしても、これ何処から来たんだ?」
遠隔操縦にしろ自立走行にしろ、俺の深層心理の部屋に来れたというのが気になる。まあ、直接来たとかではなくバイクを送ってきたので悪意・敵意があるかは怪しいしこれはこれでかなり使えるだろうし、大事に乗らせていただこう。
「ん?メール?」
コードフォンから着信音が鳴り、確認すると一件のメールが来ていた。
〈
「コードゼロイダ―‥‥‥こいつの名前か。」
コードゼロイダー。‥‥”コード”ねぇ。コードフォンにもコードってついてるし、組織名か何かか?聞き覚えがあるような無いような‥‥‥後で調べてみるか。まずは、
「折角だし、試し乗りするか。」
免許はあるが当然取った覚えもバイクに乗った覚えもないので、現実で乗る前に夢の中で練習しておきたい。カプセムと同じように、実際にこれに乗る事があるかもしれないし。
いつの間に机に置いてあった白のヘルメットと黒い手袋を付けてゼロイダ―にまたがる。早速、他の夢へレッツ_____
「そういえばキーどこ?スターターは?」
無い。いくら探しても鍵や鍵穴らしきものが無い。勝手に着たけどこれどうやって‥‥‥。
「どうやって動くんだお前‥‥‥‥うぉ!?」
困り果てて車体をポンポン軽く叩いていたらいきなりエンジンが動いた。どうやら左側のエンブレムが起動スイッチのようだ。これ盗難とか大丈夫か?驚異の技術力でそこらへん大丈夫だと良いんだが。
「まあ、取り敢えず行ってみるか。」
ヘルメットのバイザーを下ろし、エンジンの回転を上げていく。ウィリー気味に急発進して窓へと加速していく。
「やべっ、思ったよりスピードが乗ってぇぇえええ!?」
この時、俺は気づかなかった。さっき手に入れた一瞬だけ青くカプセムが光っていた事を。