「ただいま帰りましたよ」
「あ、お帰りお兄ちゃん」
珍しく帰ってくるのが兄妹の中で一番遅かった翼。バイトは無かったが、料理部の手伝いと前に衣装を作ってもらった暁山瑞希へのお礼として、服飾の手伝いをしていたのもあり、今日は遅めの帰宅だった。
「手伝いとついでに宿題を終わらせてきた。家の事任せてごめんな」
「気にしないでよ、アタシが病院いた時から家の事はお兄ちゃんに任せっきりだったし、司お兄ちゃんも『今日は珍しく翼がいないんだな。ならば兄として今まで家を任せていたお礼に今日は俺達が翼の代わりに家事を……ってなんだと!? またアイツは誰かの為に手伝ってるのか!?』って一人芝居しながら翼お兄ちゃんの事感謝してたんだから」
「あの人らしいな」
「お風呂炊いてあるからご飯の前に入っちゃえば? アタシとお兄ちゃんでご飯作るから、今日はいっつもアタシ達の最後に入るからたまには1番どうぞ」
「助かる」
良い妹と兄を持ったなと嬉しく思う。翼はあまり人に頼ることが苦手なので司や咲希が家にいない時は我儘言わずにしっかりと家のことをやっていた。たまにはこういう褒美のようなものを受け取っても良いだろう。
ここで、天馬翼お風呂の流儀に移る。天馬翼は大のお風呂好きである。本当に暇な時は少ないが、近場の銭湯や少し遠くの銭湯まで列車に乗ったりして入ってくる時がある程お風呂に目がない。お風呂と抹茶菓子は翼の好物である。
そんな翼はお風呂の流儀がある。まずこれは自宅で出来る流儀なのだが……
「風呂セットは……シャンプー、リンス、ボディ、洗顔、タオル、バスタオル」
そう。翼は浴室に自分のコンディショナー系を置かない。理由はボトルがカビたく無いから。掃除が面倒というのもあるが、若干の潔癖があるので風呂掃除をした時はカビの根の奥すらも消滅させる掃除人である。
「よし、いざ浴槽へ」
浴槽へ行けば先に身体と頭を全て洗ってから入る。さもないと汚い身体でお風呂に入るのは悪党のすることだと聞かないのだ。正直最後に風呂入ってる時点で綺麗汚いも無いのだが。
「あれ? 風呂の蓋開いてる……まぁいいか。多分俺が入るから咲希が開けといてくれたんだろ」
そうして頭髪、顔、身体。全ての一つ一つを丁寧に洗い。シャワーでしっかりと流す。そしてお待ちかねの入浴タイム。これが至福なのだ。
「さて、足からゆっくり浸からないとヒートショックが……???」
「うぅ……熱い……怠い……」
風呂の中を見て初めて気づいた。なんか浮かんでる。人の形をしたナニカだ。身体はしっかりとした凹凸があり綺麗な身体している。顔に関しては黒い長髪が顔にかかっているが、所々見える皮膚は赤くなっておりもはやのぼせてる一歌……一歌???
「咲希ぃぃいい!! 急患だぁぁああ!!」
「お兄ちゃんうるさい! って……キャァアアア!!」
「え?」
「なんで裸なの!?」
「風呂入ってんだからそうだろうが!? ってかとりあえず隠すとこ隠して……ってそんな事より一歌みたいな妖怪が風呂の中で沈んでる!!」
「へっ……? いっちゃん?? ってキャァアアア!?」
咲希も翼も妖怪みたいな女を見て悲鳴を上げる。そこで騒ぎを聞きつけた兄が……
「咲希!? 一歌!? 大声出してどうし……って翼!?」
「兄さんこれはなんなんだ!?」
「と、とうとう一歌と翼が……赤飯炊くぞぉおおお!!」
「ちょっと待てや馬鹿兄貴!?」
「お兄ちゃんどういう事!!??」
もはやナニコレ珍百景である。結局みんなで落ち着いた後、一歌は本物の一歌で、河童の妖怪ではなかった。
☆
「おはよう翼。なんか疲れた顔してるね」
「杏か……ちょっと風紀委員には言えないことがあってな」
「へ? 何? もしかしてピアス失敗して痛かったとか?」
「1人で風呂に入ったつもりが一歌と混浴未遂してた」
「いや、どういうこと!?」
白石杏と翼はあのライブ後に知り合ってこうして話し合う仲になっている。別に風紀に引っかかることはしてない翼だが、彰人と知り合った話や、あの時あった10人撲滅のコツなどを聞いて少しずつ仲良くなっていったのだ。
とりあえず説明しておいた。お風呂を洗った後、咲希は自室に少し籠った時間に一歌が家のお風呂が壊れてしまったと司に通報したらしい。
司の家が近いので、すぐに到着した後そのまま司の指示で風呂に直行した後に、リビングに咲希、玄関に翼、調理場に司という最悪なポジションで情報共有がされてなかったのが、この件のオチだった。そして一歌は馬鹿やってただのぼせただけである。
『こ、このお湯……翼も使うってことだよね……よ、よし。私の皮膚を摘んで……私の汁を出して……おけば……痛い!? 爪で摘んじゃった!?』
それを数十分やりやがったせいです。一歩間違えれば、翼が気づかなければ大事故である。因みに翼にはのぼせましたと顔を真っ赤にして伝えた。
「ということです。意味わからん」
「な、なんか凄いね……漫画みたい」
「漫画であって欲しかったです」
そのせいでというのもあれだが、一歌の身体を見てしまった罪悪感などで押しつぶされている翼だった。
「事故とはいえ好きな人の肌を見るなんてな……」
「え? 好き?」
「あ……い、いや。なんでも無い」
「なんでも無いわけないじゃん。どれどれ、お姉ちゃんに話して見なさい?」
「お前そんなキャラじゃねぇだろ」
「その一歌さんって人好きなの?」
「知らねえ知らねえ……」
「それじゃあ彰人に言いふらしておくね。ついでに天馬先輩にも……」
「お前実は風紀委員の皮被った不良じゃねぇか?」
この日翼は理解した。クソめんどくさい人間に凄まじい秘密がバレてしまったと。だが、これを逆手に取るのが翼の真骨頂。
「なんてな」
「え?」
「いや……なんでもねぇ。とりあえず杏は俺が一歌の事が好きだと思っておけば良いさ」
「いや、今更何言ってんの?」
「フフッ、実を言うとな最近一歌は俺の兄である司が好きでな。俺はこのまま手を引いて置こうと思っているんだ」
「なっ……どうして!?」
「昔は一歌が妹の為にお見舞いに来てくれたのもあって、なんで優しい奴なんだろうと興味を持って好いたんだが……これはただの憧れだ」
「憧れ……?」
「友愛と恋愛は違うからな。俺の一歌への気持ちは友愛。憧れだよ。一歌は兄さんに対して本気で好いている恋愛だからな。理由はそれだ」
「なるほど……そう言う事だったんだ」
「愛だ恋だと言う話題にはならなさそうで残念そうだな」
「いや……翼がそれならいいんだけど……なんか気になる……」
彰人の話では杏も頭脳ではあまり活躍出来ないレベルらしい事を聞いたのもあり、咄嗟に起点を効かせて杏の追撃を阻止した。誤魔化す。絶対に誤魔化す。
「そんな訳で、俺の好きな人は今は……終わりだ」
「うーん……でも……いやぁ……まぁ、良いのかな……?」
「そんでもって会話終わりだ。んで、杏はあれか? 彰人が好きなのか?」
「ちょ!? なんであんな奴が私の!?」
「何となく通じ合ってたから」
「いやぁ……アレは……うん……いや待てよ……だとしても……うん」
「悩むなら割と脈アリじゃねぇか」
「なんだよ杏。俺の事好きならはっきり言えや」
「あ、彰人!?」
「ちーす。んじゃ後よろしく」
「おう。んじゃ杏、練習行くぞ」
収集がつかなかったので翼はこっそり彰人を呼んでおいた。思惑通り彰人が杏の回収に来てくれたのでラッキーパンチであった。
「またな彰人」
「おう。今度喧嘩のやり方教えてくれ。ストリートの奴らに絡まれたら困るしな」
「はっはっは……滅」
「ゴフゥ!?」
「あ、あの彰人が一瞬で床に顔つけられた!?」
「喧嘩は嫌いだから加減はした。んじゃなお二人」
「あいつ……なんて馬鹿力だよ……顔痛ってぇ……」
「同じ男なら大事なもん守る力以外はいらねぇだろ」
☆
「あれ? なんかスマホ光ってる……あ、アイツが呼んでんのか」
その日の夜、翼は自分のスマートフォンが光っているのを確認した。そこに映っていたのは『Traverso EX』と書かれた曲名と再生ボタン。
「なんだよ……余分とか言ってんのにまだちゃっかり存在してんじゃねぇかよ……」
そう言いながら翼はその曲を再生したのだった。
キーストーリーです(どこがだよ)