「翼、奇遇だね」
「おう、志歩今帰りか?」
買い物帰りに偶々志歩とあった翼志歩は翼が持つ両手のマイバックを見ながら、大変そうだねと、笑った。
「片方持とうか?」
「お前がアンプ持ってなかったら頼んでたよ」
「ごめん、今日修理から返って来たんだよね」
「どっかで飯食うか?」
翼の言葉に志歩は頷いてそのまま近くのレストランへ。中々女子校だから会わないなという会話をしながらも、翼はオムライス、志歩はハンバーグを頼む。
「最近バイトどう?」
「悪くないさ。たまに店長が俺の料理してるところを見てゾクゾク笑ってるのが気になるが、そんなに似合ってないかねぇ……」
「むしろ似合ってるからじゃないの?」
「だとしてもキッチンを笑うなよ」
少し沈黙が流れるが気にはならなかった。志歩も翼もあまり会話をしないタイプなので、静かな雰囲気は嫌いじゃない。寧ろ心地がいいのだ。
「聞かないの?」
「何を?」
「バンドとか……一歌の事」
「一歌はともかく、バンドは俺が口出す範囲じゃねぇよ。それに……なんかあれば咲希が落ち込むだろ」
あいつは顔に出やすいと、翼は笑う。志歩も納得して翼の言うことを受け止めた。
「翼といるとやっぱり心地いいね、バンドの雰囲気も好きだけど……翼といたら楽だな」
「そりゃ……お礼を言うべきか?」
「うん。感謝してね」
「ありがとよ」
そして、料理が運ばれて来たのもあり会話を止めて2人で食べる。昼の時間でもあるので、やはりお腹は空くから2人は食べ続ける。
「美味いな」
「翼ってさ、なんでも美味しいって言うけどなんで?」
「はぁ? 美味いものは美味いだろ」
「嫌いな食べ物無いの?」
「あったら料理人なんて出来ねぇよ……まぁ、臭い強いのはあんまり食いたく無いけどな。納豆とか」
「意外。納豆とかアレンジレシピの塊なのに」
「提供はするさ、食べないだけだ」
オムライス食べるか? と翼はスプーンを差し出して来た。翼なりの冗談だったのだが、志歩は少し考えて、そのまま口にする。何一歌差し置いて間接キスしてんだ。因みに志歩もハンバーグあげると言って翼に食べさせた。
「そうだ、志歩もし時間あったら公園よらねぇか?」
「公園? どうして?」
「聴かせてくれよ。志歩のベース」
——よぉ、志歩。ベース聴かせてくれよ
「っ! うん……良いよ」
「なんか嬉しそうだな、アンプも戻って来たからそんなに弾きたかったのか?」
「まぁ、そんな感じ……でも、本当はお金取るんだからね」
志歩は志歩らしからぬイタズラな笑みで翼を見る。翼は少し考えて……
「そうだよなぁ、プロでもアマチュアでも、ライブハウスで聞いたらチケットとドリンク代取られるんだもんなぁ!」
その台詞と共に貰った店の伝票の上に5000円札を乗せた。志歩は笑い、翼も笑う。要は翼の奢りである。
「ご馳走様」
「釣りは貰うぞ」
カッコつかないことでも志歩の前なら許されるだろうと考えた翼だった。
「あ、翼。お願いがあるんだけど」
「なんだ??」
☆
「まさか一旦荷物置いてから来る事になるとは」
「翼はその方が良いかなって。それで? 何弾いて欲しいの?」
「☆4のルカ姉様」
「ガチャの話じゃなくて……」
「断罪のソリデュード」
「分かった」
「弾けんのかい!?」
「一歌が何回かふざけて歌ってた事あるし、一歌の中の人だし大丈夫」
「お前の声優は違うじゃん」
一歌はちるりーんである。志歩は少し考えて翼に頼んだ。
「翼、歌えるなら歌ってよ。リズム音だけだと飽きるでしょ?」
「志歩の音が聞ければ幸せなんだが」
「本当そう言うところ……燃やした方がいいよ」
「直すんじゃなくて燃やすんだ」
「折角荷物置いてから来たんだから良いでしょ」
「それが目的か……」
カウントは翼が取り、志歩が演奏する。別に翼は一歌みたいにストリートで歌ったことはないが、別に歌が下手というわけではない。音程は取れるし、司に似て声量もある。単純に遊び半分なら楽しく聴けるだろう。
「つまんねぇだろ?」
「ううん。一歌以外の人の歌……特に男の人なら……というか、台詞のところ演技上手いね。流石司さんの弟」
「兄も弟も妹も、出来ねぇ事は出来ねぇよ。出来るからやるんだ」
「流石翼。惚れ直した」
「お前さ、司兄さんが好きなんじゃないのか?」
「まぁ……多少は好きだよ? でも、それよりも大事なものがあるから」
流石だと思った。愛した人と自分の夢を天秤にしっかりと掛けられる女だと志歩の事を絶賛したのだが……
「それよりも大切な事あるんだけど、分かる?」
「兄さんより大切な事なんてお前達がプロになる事だろう?」
「それと同じくらい、だよ」
「わからねぇ……」
プロと並ぶほど大事な事なのはなんなのか。翼には見当はつかない。志歩は志歩で、そんな事は一旦置いておいてと伝えた勿論、翼の目をガン見しながら。
「もう一曲いくよ、翼」
「え? あ、ちょっと前奏ベースでやられても曲名分からな……」
「六兆年!」
「無理なんだが!?」
ビヨンセになれと!? それが翼の心だが、別に楽しく歌えば良いよと志歩は揶揄い気味に笑ったので……
「俺やりますよ、やってやりますよ!! 六兆年してやりますよ! 名も無い、時代の……♪」
死んだ(喉が)。翼は翼でゼェハァゼェハァと息を切らしてベンチで寝ているが、志歩は驚いた表情でよく歌えたなと言葉を発した。
「死ぬ……」
「なんであの高音出せるの……??」
「咲希の……ハァ……声真似してたら……ハァハァ……出せるようになる……咲希ちゃんハァハァ……」
翼キモい。志歩を見ろ、恐ろしい目でお前を見てるぞ。まるでお前は咲希を好きになってはいけない、他に愛さないといけない人がいるはずだというような目だった。
「翼、私頑張るね」
「へ? あ……あぁ……バンド頑張ってくれ……」
「うん。頑張る。翼も覚悟してね」
「なんで……覚悟する……必要が……あるんです……か……??」
「フフッ、内緒」
今日の志歩はなんか変だった。でも、楽しかったとは言った翼だった。
「翼、久しぶりに手を繋ごうか。その方が面白そうだし」
「訳わかんねぇ、まぁ良いよ珍しいな志歩が……って重!? お前最初からアンプ半分持たせるために……!?」
「女の子に重いって言うな」
「お前が持たせやがったんだろ!?」
「翼は面白いね」