ある日、私が坊ちゃんとともに教室へ入ると、
前からクラスメイトの女の子がやってきて坊ちゃんについてきてほしいと言いました。
坊ちゃんは面倒くさがって私に行かせようとしましたが、
女の子がなおも坊ちゃんに来てほしいのだと言うので、私に自分の鞄を押し付けると女の子と一緒に行ってしまわれました。
そこで私が普通に坊ちゃんの分も授業の準備をしてやろうとすると(余談ですが、坊ちゃんの宿題も大体私がやっています)、
軍団の皆様がやってきて、先ほどの会話の内容を聞いてきました。(私は軍団の皆様に逆らえませんが、それはそれとして結構気軽に話します)
すると彼らは、どうもあれは坊ちゃんにキスするつもりに違いないというのです。
………
………………………
…………………………………………………へ?
そ、そんなバカな。
坊ちゃんの校内での評価はダドリー軍団以外には最悪だったはずです。
特別よくやられるのが私ってだけで、
大人しめの子は大抵嫌がらせやリンチにあってますし、
皆そんな乱暴な子を陰でゴリラだの豚のでき損ないだの散々言っていたのをよく聞いていました。
確かに最近あんまり聞かない気がしますが、坊ちゃんの素行に全く変化はありません。
つまり、坊ちゃんが女の子に好かれる可能性はありません。
そんなようなことを軍団に伝えると、
彼らは自分たちのリーダーが想像以上に嫌われていた事実にちょっと傷ついた顔をすると、説明を始めました。
あの子が最近坊ちゃんの方をよく見ていること、
軍団員で何のつもりか問い詰めると(何してんの?)、
ひと言も喋らず逃げてしまうこと(かわいそ…)
先日のバレンタインに坊ちゃんの元へ一枚カードが届いたこと(初耳すぎる)、
内容を坊ちゃんが話してくれないこと(えらい)
………間違いなく恋ですね。
確かに坊ちゃんももう十歳。
去年までならともかく、元々身長は同年代と比べ高いうえに、
今はボクシングを始めた影響で体も引き締まり、
なんだかんだこうやっていじめっ子集団を長年率いてきたカリスマ性もあります。
モテることもあるんでしょう。
………それより坊ちゃん側の気持ちが気になりますね。
彼はまだ第二次性徴というものを迎えておらず、未だに女の子にグーでパンチできちゃうやんちゃボーイです。
そんなピュアピュアっ子が始めての奥様と旦那様以外からのキス(私はしたことありません)なんてもらっちゃったら……
これをきっかけに性に目覚め、浮かれる坊ちゃん。
彼の乱暴な部分は変わらず、ただ女の子に対する乱暴の意味がこれまでと違ったものに……
ダメダメダメ!
坊ちゃんが犯罪者になってしまいます。そうなってしまえば旦那様がどれほど悲しまれるか。
阻止しなくては。
場合によってはその子と別れて貰う必要があります。いやまだ付き合うと決まったわけではないのですが。
そんなことを考えていたら坊ちゃんが教室に戻ってきました。
私の超能力で記憶を覗いてしまいましょう。
不自然にならないように目を合わせ、蛇が川に投げ込まれる様子を想像します。
――子供の手の中で、身をくねらせる蛇の、あの鱗の規則正しい並び。
少し膨れてやわらかな腹部の、滑らかで、ツヤがあり、濡れたようになめやかで、温度を感じさせない冷たい感じ。
その無機質な、ガラス細工のような黒瞳に――しかしどこか意思を感じるような――こちらを求めているような………
………………………
―――ハッ!!
短いトリップ状態から抜け、頭痛を抑えつつ坊ちゃんの記憶を見ます。
―――――――――――――――――
「――ほ、放課後、うちにこない?その、親戚からお菓子が届いたんだけど、いっぱいあるから、さ。誰か誘ってお菓子パーティーしてもいいよって、ママが。」
「マジ!?いく!ピアーズも誘っていいか?あとロップルとジャクソンと――」
「あ!い、いやあの!そ、そんなにたくさんは、なくて、その、できれば、あの…
……うん、あなただけで、その…」
「?」
「えと…その…」
「……」
「う、うん。や、やっぱり、いいよ。友達も呼んで…うん、きっとそのほうが――」
「バレンタインのカード送ったのって、お前?」
「!!!!?」
「いや、やっぱいいや、言わなくて。分かった。放課後な。楽しみにしてるよ。ありがとな。」
「…………うん!」
―――――――――――――――――
!!!!!!?!!!??!!?…!、????
ぼ、ぼぼぼ坊ちゃん!?
いつの間にか坊ちゃんが爽やか系ぐうイケ主人公キャラに!?
どどどどうなってんですか、あんなとこ見たことないですよ!?
――落ち着きましょう、とりあえずあの感じは、坊ちゃんはともかく相手の方は確実に恋です。そして坊ちゃんが性に目覚めることで暴走する可能性は……
低そうですよね。何かすごく…モテる男の余裕みたいなのを醸し出していました。本当にいつの間にあんな……あんな感じに?
これは放置でいいでしょう。
というか恋愛経験のない私がヘタに関われば逆に面倒くさいことになりかねません。
しっかしやっぱ坊ちゃんもいつまでも子供じゃないんですよね。
旦那様は坊ちゃんが自分の若い頃にそっくりだと言っていつも褒めていらっしゃいます。
このままいけば、いつかは坊ちゃんも社長になって奥様のような素敵なお嫁さんを貰って、幸せな家庭を築くのでしょう。
当然、そこに私の居場所は――ない。
私は将来どうなってるんでしょう。
旦那様のお世話は続けられるんでしょうか。
いや、絶対追い出されますね。
じゃあ、順当にいけば普通に独立してますか。
……まだ十歳だし仕方ないんですけど、将来の展望が全然思いつきません。
強いていえば超能力の研究をしてみたいですが、超能力研究って大学のどの分野から参加すればいいんでしょうか。
……民俗学とか?(絶対違う)
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放課後になり、坊ちゃんは女の子の親御さんの車へ乗って行かれました。
去り際に鞄を押し付けられ、奥様への説明を頼まれます。
奥様が車で迎えに来られるまで待てばいいのでは?(学校からは私は歩いて帰りますが、坊ちゃんには行き帰りとも奥様が迎えにきてくださいます。)と思いましたが、
女の子の親御さんは二人とも何やら急いでいる様子で、
女の子の方も見ていて心配になるほどの緊張具合だったので、引き受けました。
フフフ、お邪魔虫は早々に退散しますよ、っと……
その後は夕食時までは特に何もありませんでした。
坊ちゃんが女の子の家でパーティーしにいくと伝えたとき奥様は少し動揺していらしたようでしたが、何もおっしゃりませんでした。
そして夕食の時、
旦那様はいつも通りテレビをつけ、その内容について意見を仰っていました。
しばらくぼーっと見ていると、ニュースに切り替わり、真面目そうな顔をした方が話し始めます。
「速報です。」
「身代金目的の児童誘拐事件で、警察庁は本日、実行犯とみられる容疑者を全国に指名手配し、顔写真を公開しました。」
「警察は「凶器を所持している可能性があり、極めて危険」として、異変に気づいた際は決して近づかず、直ちに110番通報するよう呼びかけています。」
旦那様は目の前のやややつれた様子の男に対して、
こんなろくでなしは殺してしまえと(イギリス人にしては)過激な悪態をつかれ、
ついでにろくでなしつながりで私の両親(飲酒して速度制限を破って車を走らせ、私を残して死んでしまったそう)を罵倒なさりましたが、
私の耳には入ってはきませんでした。
この人、あの女の子の親を名乗っていた人です。
身代金目的の誘拐――坊ちゃんの家は金持ちで、クラスメイトにもよくそれで揶揄されている――人気最底辺だった坊ちゃんに、突然近づいてきた女の子……
坊ちゃんが危ない。
奥様に、坊ちゃんが誘拐されたとだけ伝え、
壁を吹き飛ばして外へ出ると(すみませんあとで直します)、全速力で走ります。
全開の千里眼と念視で坊ちゃんを探し、
その間も加速を続けます。
音速の遥か先へ、
光速に辿り着く過程も飛び越して、
ただ、速く――そう、坊ちゃんのもとへ、どうしても、行かなければ——
不意に、何かせまい管のようなものに押し込められる感覚があって、
気がつけば私は坊ちゃんの目の前に立っていました。
大量のお菓子を貪りつつ、きょとんとこちらを見つめる、坊ちゃんの。
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どうやって来たんだ、もう帰れってのか、俺はまだ食えると暴れる坊ちゃんを宥めつつ、
その状態を観察します。
――うん、外傷なし。お菓子の食べ過ぎで気持ち悪そうにしていますが健康そのものです。
何でも家に入るとすぐにこの部屋に案内されて、お菓子を食べて待っているように言われたのだとか。
この部屋は倉庫か何かのようで、
辺り一面に開封済みのお菓子の袋が散らばっていますが、部屋の隅の方にはまだまだたくさんのお菓子が積み上がってました。
多分これから身代金の交渉をするんでしょうけど、いくら請求するつもりなんでしょうか。
坊ちゃんは既に私が一生かけても食べられないかもしれないくらいのお菓子を食べてしまっているように見えます。しかも、安価な駄菓子ばかりでもない。
指名手配されてるくせに予算が潤沢ですね。
バックに暴力団でもついてるんでしょうか。
いや、ここイギリスだから……なんでしょう?マフィアとか?
とりあえず、変わらずお菓子を食べ続ける坊ちゃん(もう大分顔色を悪くしていますが、彼は食わないくらいなら食ったうえで吐くことを選びます)を置いて倉庫の扉を開き、(鍵がかかってるかと思いましたが手で触れると勝手に開きました。)外に出ます。
透視で探すと家の人間は皆一つの部屋に集まってるみたいなので、窓を割ってそこへ入ります。
何やら電話中のようでしたが、すぐさま全員がこちらを振り向き、銃を構えられます。嘘でしょ?子供相手に?
受話器を持っている方に何者だ、どうやって入った、と答えられないことを聞かれてしまいます。二階の部屋に窓から入ったのがまずかったのでしょうか。
無視して受話器の人の顔をよく見ます。
やっぱり指名手配の男で間違いありません…が、まだ冤罪の可能性がのこっています。一応聞いておきましょう。
確認が取れました。
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深呼吸して、弾を引き抜きます。
十才の薄っぺらい体だけあってほとんど貫通してくれましたが、何発かは骨に引っかかるなどして体の中にのこってしまったのです。
痛みはありませんが、ひどく疲れました。
超能力を使いすぎたせいです。
でも超能力を使いすぎると疲れるなんてのは新発見です。超能力学会に衝撃が走るんじゃないでしょうか。どこに学会があるのか知らないですけど。
「うう………ううう………」
現実逃避をやめた私は目の前の部屋に目を向けました。
部屋いっぱいの血の海。その隅に、女の子がうずくまっています。
やってしまいました。
女の子が部屋にいるのは分かっていたし、巻き添えにならないように真っ先に部屋の隅にやってPKで守ってたんですが、一分間の音ありスプラッタショーは十才の子供には辛かったようです。
この部屋に大人の女性はいないので、多分この子も誘拐されて坊ちゃんを誘き出すのに使われた被害者です。
トラウマとかになってないといいんですが……
残念ながら私は記憶を消してあげることは今のところできません。
もしかしたら私よりも強力な超能力者ならできるかもしれませんが、私は自分以外の超能力者を知りません。
とりあえず、この惨状をどう誤魔化すかを考えなくては。
イギリスには大型肉食獣がいないので、このバラバラ死体を殺人以外の方法で説明するのは非常に難しいです。
思いつきました。
つまり、死体が見つからなければいいのです。
私は少女(手を取ろうとしたらすごく怯えて抵抗したので気絶させました)と坊ちゃん(倉庫のお菓子を全て食い尽くして寝ていました。凄い。)を家の外へ連れ出すと、
家を燃やしました。
一件落着です。
後は坊ちゃんを家に連れて帰って、警察か女の子の家(あれば)かに電話して迎えに来てもらえばいい。
ひょっとしたら私が追い出されちゃうことになるかもしれませんが、まあどうとでもなるでしょう。
そんなことを考えていたら急に全身に衝撃が走り、私は意識を失いました。
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