ロトの血筋が途絶えて、しばらくの時が経った。
大魔王も、異界の魔神も。竜の王も、悪霊の神々も打ち倒された世界に、それは存在していた。
世界最高の魔法使い…【大賢者】に継承される、【蜃気楼の塔】。
人々がその伝説を忘れ去った、その名の通り蜃気楼のように消えては表れてを繰り返す神秘の塔は、今まさに次世代への継承の時を迎えていた。
「…いらっしゃいましたか、ベゼルのお師匠。これでようやく俺もお役御免ですね」
「…あぁ。…すまなかったな、これほど長いこと空いてしまった」
「しょうがないですよ。転生の呪文は後世への転生はできても具体的にどれほど後になるかはわからない。だから、お師匠が不在の間を守るために、俺に【大賢者】と【蜃気楼の塔】を継がせてから転生したんでしょ?」
「それは…」
「…お師匠。何を思っているのかはわかりませんが、俺だって望んで【大賢者】になったんです、そのことへの後悔はありませんよ」
「…敵わんな、お前には」
否、次世代への継承というには少し違う。
賢者の衣装を纏った青年の前に立つまだ齢10にも満たないであろう少年。
彼こそが、この塔の本来の管理者…大賢者ベゼルなのである。
彼は、およそ200年前に転生の呪文をもって古き肉体を捨て、新たな肉体を得るために転生したのだ。
そして、賢者の衣装を纏い、その額に神秘の瞳…大賢者の証たる【第三の目】を宿す青年もまた、【大賢者】である。
転生の呪文をもって時間の旅に出るベゼルにその留守を任されていた彼は、間もなく転生を果たした師、ベゼルへそのすべてを返すのである。
「だが…それでも、思わずにはいられないのさ。ただの村人だったお前を、才があるという理由だけで賢者に育て、留守を任せたのは、果たして正しいことだったのだろうか、と…」
「ハハッ、何を言うかと思えば…どのみち、何か大きなことを成すことのできるような人生でもなかったでしょうし、そんなことを気にしなくても大丈夫ですよ。
…そんなことより、そろそろ継承を始めましょうか」
その言葉に向き合う二人の大賢者。
「本来、継承にこのようなことは不要なのだが…」
「お師匠が言ったのではありませんか。次に会うときが互いに最後、この別れこそが今生の別れ。であれば、最後に俺の全力を見たい、と」
「…言ったな。確かに言った」
「では早速行きます」
そういうやいなや、大賢者…ベゼルの前に立つ男はくるりと振り返り、虚空めがけて次々に呪文を繰り出していった。
「【メラゾーマ】、【ベギラゴン】、【マヒャド】、【バギクロス】、【イオナズン】、【ドルモーア】、【ジバリーナ】、【ザバラーン】、【ベタロール】」
「ちょちょちょちょっとま、グゥゥゥゥゥゥゥ!?」
空中で弾けるように放たれたそれらは大地を揺るがすほどの凄まじい威力を持っており、10歳の子供の肉体のベゼルはその余波だけで体が吹き飛ばされかける。
「おや、【サンズオブタイム】は使わないので?あれを使って体の年齢をいじりませんと、子供の肉体では厳しいでしょう?」
「むしろ力の入れ方がわからなくなる急成長を今するよりかはこっちのほうがまだマシだ!というかもうちょっと容赦を…」
「え?こんなんじゃ足りない?わかりました、じゃんじゃん行きますよぉ!」
「そんなこと言ってな…だから待っ…ウワァァァァァァァァ!?」
その後しばらく。
もうもうと砂煙が立ち上るほど一暴れした男は、地面にうつぶせになりながら動かない師を指でつついていた。
「お師匠、そろそろ最後なんで起きてください」
「…ぅ、あぁ…さ、最後?」
「ハイ。残すは合体呪文の最高到達点、極大五芒星ただ一つです」
その言葉に、先ほどまで地べたに寝転がっていたはずのベゼルはスッと起き上がり、真剣な眼差しを男に向ける。
「…使えるように、なったんだな」
「えぇ。なんせ練習時間はたっぷり200年、実際に練習していた時間も実に125年もありましたから」
「…では、見せてもらおうか」
そう言うと、男はすべての魔力を集め、5つの呪文を唱える。
「【メラゾーマ】」
「【マヒャド】」
「【バギクロス】」
「【イオナズン】」
「【ベギラゴン】」
5つの呪文は、膨大な魔力を宿しその属性の色に染まった魔力の球となり、そのまま男の前に浮かび上がる。
5つの魔力の球が円を描くように均等に配置され、溢れ出た魔力によって五芒星が結ばれ、魔法陣が完成する。
「…行きますよ、お師匠」
「あぁ、見せてみろ…バカ弟子」
「…極大五芒星【マダンテ】!!!」
轟音。
奔流。
極光。
5つの魔力が一つとなり、世界を揺るがすほどの莫大な魔力が吹き荒れる。
空に向け放たれた一撃は、第2の太陽ともいえるほどの膨大な光と共に、その圧倒的な力を解き放った。
次元の壁にひびが生まれ、空間がねじ曲がり、空気が震え…
根源的破壊の力は、そこにあったすべてを飲み込み、滅ぼし尽くした。
そして、男の姿は光の中に搔き消え、残されたベゼルは、その額に【第三の目】が現れ、余波にあてられながら涙を流し、小さく呟いた。
「さらば我が愛弟子よ。願わくば、次の生で出会いに恵まれ、自由を謳歌できいますように」
かくしてこの日、一人の大賢者がこの世を去った。
しかし、彼のものの存在を知る者はベゼルを除き誰一人としておらず、彼が世を去ったことを知る者もまた、誰一人としていないのであった…。