ザンスカール帝国のディストピア〜カテジナ・ルースの女王の系譜〜 作:ロドニー
混沌の三つ巴。
そして「女王と宰相」の狂喜
「おお……見よ! 本国との通信が繋がっている! ザンスカールは、我が民は未だ健在なり!」
エンジェル・ハイロゥの総司令本部で、マリア・ピァ・アーモニアと木星帝国から合流したはずのフォンセ・カガチ(ドガッチ)は、異世界での健在に狂喜乱舞していた。
しかも、神の悪戯か、喪失したはずのカイラスギリー、地上戦で壊滅したバイク兵器、アドラステア級、スクイード級の全艦隊が、無傷の状態でこの戦場に集結していた。
そして、目の前の混沌に最も歪んだ歓喜の声を上げたのは、カテジナ・ルースとクロノクル・アシャーの二人だった。
「ふふ、あはははは! 素晴らしいわ、クロノクル! ここにはあの忌々しいシャクティも、ウッソ・エヴィンも、リガ・ミリティアの蝿どももいない! まっさらな戦場よ!」
二人が与えられた機体は、カテジナのゴトラタンではなく、なぜか2機の「ドッゴーラ改」。
超巨大な龍型のモビルアーマーである。
「なぜ俺までカテジナと同じ機体なのだ……」
とクロノクルは不満を漏らすが、内心の歓喜は隠せなかった。
自分を惨めに敗北させたウッソのいない世界。
ここは彼らにとって、まさに至高の新天地だった。
戦場の瓦解とアークエンジェルの決断
突如として出現した巨大な黄金の輪と、見たこともない異形の宇宙艦隊。そして宇宙を埋め尽くす。
「タイヤを履いたモビルスーツ」の群れに、ザフト、連合、オーブの三軍は錯乱状態に陥った。
「な、何なのあの怪物のような艦隊は!? 識別信号該当なし!」
オーブ軍旗艦アークエンジェルの艦長、マリュー・ラミアスは直感した。
この戦場はすでに狂っている。
「ミネルバとの戦闘を中断! エターナルに通信、本艦はこれより全速で戦線を離脱します!」
反転反航するアークエンジェル。
それを見たザフト軍のミネルバも、追撃のために進路を変える。
だが、この「戦意喪失したオーブ軍への追撃」こそが、結果的にミネルバをザンスカールの蹂躙から救うことになる。
激突:ストライクフリーダム vs ドッゴーラ改
オーブ軍の撤退を助けるため、殿(しんがり)を務めたのはキラ・ヤマトのストライクフリーダムガンダムだった。
しかし、彼の前に立ち塞がったのは、カテジナの駆るドッゴーラ改。
「ちょこまかと……堕ちなさい、偽物の天使!」
全長300メートルを超えるドッゴーラ改の巨体と、カテジナの放つ異常な殺気に、キラは圧倒される。
ドラグーンを放ち、ビームシールドを展開するものの、コズミック・イラのMSの常識を遥かに超えた質量と機動力、そしてザンスカール特有のビーム・ストリングスがストライクフリーダムの四肢を絡め取っていく。
「くっ、何なんだ、このMSは……! パイロットの心が、狂気に満ちている……!」
「捕まえたわ、坊や!」
ドッゴーラ改の巨大なマニピュレーターが、ストライクフリーダムの胴体を掴み、ギリギリと音を立ててコクピットを握り潰そうとする。装甲が歪み、カテジナの視界(モニター)にコクピット内部のキラの姿が映し出された。
その瞬間、カテジナの脳裏に電撃のような直感が走る。
(……何? この少年……ウッソのような、いや、それ以上に純粋で、危うい……)
妙な歪んだ母性、あるいは底知れぬ好奇心が彼女の狂気を上回った。
「面白いわ。なまじ殺すより、私の手元で飼ってあげる!」
カテジナはストライクフリーダムの全武装を破壊し、キラを生け捕り(捕虜)にした。
メサイヤの地獄とカイラスギリーの咆哮
一方、クロノクルのドッゴーラ改はザフトのMS部隊を文字通り蹂躙していた。
さらに、ザンスカールの真の恐怖は要塞内部へと牙を剥く。
「地球をクリーンにするのだ!」
ギロチン思想を掲げるバイク乗り達(ガリクソン、アインラッド部隊)が、壊滅しかけたメサイヤ要塞の内部へ強行突入。通路を爆走し、ザフトの管制兵や技術者、一般兵たちを次々と轢き殺していく凄惨な虐殺が始まった。
コーディーネーターのプライドは、重機のごときタイヤの前に肉片へと変えられていく。
さらに、ザンスカール側はメサイヤ要塞の隣にある「レクイエム」の存在に危機感を募らせていた。
「あのような危険なオモチャ、我が帝国には不要!」
カガチの命により、出現していた宇宙要塞カイラスギリーのビッグ・キャノンが起動。
放たれた極大の光条は、メサイヤの防衛網もろとも、周囲にいた地球連合軍、ザフト軍の艦艇やMSを敵味方関係なく一瞬で蒸発させた。
「これ以上、ギロチンのエサ(人類)を無駄にしてはなりません」
マリアは、異世界の民をも自らの眷属とすべく、ついにエンジェル・ハイロゥを起動。宇宙に放射された巨大なサイコ・ウェーブが戦場全域を包み込み、兵士たちの闘争本能を奪い、幼児退行させ、精神を崩壊させていく。
敗残の英雄たち、絶望の合流
命からがら戦場を離脱し、安全宙域へと落ち延びたカガリ・ユラ・アスハと、エターナルで指揮を執っていたラクス・クラインは、もたらされた戦況報告に血の気を失っていた。
「ザフトも連合も壊滅……そればかりか、メサイヤがあんな……。それに、キラが……キラが捕虜になったなんて、嘘よ、そんなこと……!」
ラクスの毅然とした仮面が剥がれ落ち、カガリもまた、未知の軍勢の圧倒的な暴力の前に言葉を失っていた。
そこへ、ジャスティスを大破させながらも、かろうじて生き残ったミネルバと合流したアスラン・ザラが帰還する。
アスランは、メサイヤの惨状を目撃し、ザフトの正義に絶望していたシン・アスカやルナマリア・ホークを必死に説得し、アークエンジェルとエターナルとの合流を果たさせたのだ。
「シン、ルナマリア。俺たちは戦うべき相手を間違えていた。あの黄金の輪……あれは、人の心を殺す悪魔の兵器だ」
合流を果たし、安堵したのも束の間。
アスラン、シン、ルナマリアの3人が知らされたのは、あまりにも残酷な事実だった。
「アスラン……、シン……。キラが、ストライクフリーダムが、あの龍型の怪物……カテジナという女のモビルアーマーに敗北し、連れ去られたわ」
マリューの沈痛な声が響く。
「嘘だろ……あのフリーダムのパイロットが、負けた……?」
シンは驚愕に目を見開いた。
自分があれほど執念を燃やし、そして超えられなかった最強の戦士が、手も足も出ずに生け捕りにされた。
「キラが捕虜に……。カテジナ……聞いたこともない名前だ。一体、どんな化け物なんだ……!」
アスランは激しい衝撃に拳を握りしめ、戦慄した。
コズミック・イラの秩序は完全に崩壊した。
最強の切り札であるキラ・ヤマトを奪われ、狂気の女王マリアと、戦場を楽しんでいるカテジナ、そして地球をも蹂躙しかねないザンスカール帝国に対し、残されたシン、アスラン、ルナマリアたちは、キラ奪還と世界救済のための絶望的な戦いへと身を投じることになる。
暗礁宙域での合流
「……おいおい、冗談だろ? あのフリーダムの乗り手が、カテジナとかいう女の化け物MAに落とされて捕虜になった、だと……!?」
ディアッカはコンソールのモニターを見つめたまま、珍しく声を荒らげた。
いつもなら軽口を叩く彼の手が、コントロールレバーを固く握りしめている。
「くそっ……! オーブの連中を逃がすために殿(しんがり)に残り、そのまま消息を絶ったかと思えば……!」
イザークは拳を通信ディスプレイの横に叩きつけた。
彼のプライドは、かつての宿敵であり、今は共に戦う戦友でもあるキラ・ヤマトが、ザンスカールなどという乱入勢力の狂気じみたパイロットに不覚を取ったという事実を、すぐには受け入れられなかった。
「あの腑抜けが……! 散々我々の前に立ち塞がっておきながら、あんな得体の知れない巨大芋虫(ドッゴーラ改)に遅れを取るなど、万死に値する!!」
怒鳴り散らしながらも、イザークの表情には焦燥と、かつてない危機感が滲んでいた。
ザンスカールの圧倒的な物量と、戦場を狂気で満たすエンジェル・ハイロゥのサイコ・ウェーブ。
それがどれほど異常なものか、生き残った彼らには痛いほど理解できていた。
再びエンジェル・ハイロゥへ突撃しようとする二人と兵士たち
メサイア要塞の周辺は、すでにザンスカール軍による残存勢力の掃討戦と化していた。
見つかれば即座に、ギロチンを掲げる帝国軍の餌食になる。
「ディアッカ、全機に通達! 残存のザフト・連合の全MSは、これよりエンジェル・ハイロゥへ再突撃を敢行する! キラ・ヤマトの奪還、およびあの狂気のリングを叩き潰すぞ!」
イザークの乗るスラッシュザクファントムが、スラスターを吹かして艦隊の先頭に立とうとする。
連合の生き残りたちも、キラという精神的支柱を失った絶望から、むしろ自暴自棄な突撃に同意しかけていた。
「おいおいイザーク、落ち着けよ! 今の戦力で突っ込んでも、あのサイコ・ウェーブの餌食になって自滅するか、ザンスカールのモビルスーツ部隊にハチの巣にされるのがオチだぜ!?」
ディアッカが制止するが、イザークの気は収まらない。
「黙れ! ならばこのままコソコソと隠れ回り、あの狂った奴等に宇宙(そら)を明け渡せというのか! 私はジュール隊の隊長だ、ここで引けるかぁッ!!」
ミネルバ艦長タリア・グラディスからの「完全撤退・合流」の厳命
その時、ミネルバからの超指向性・暗号通信がコクピットに強制介入した。
画面に映し出されたのは、ミネルバ艦長タリア・グラディスの、冷徹なまでに落ち着いた、しかし重みのある表情だった。
『――ジュール隊長、および残存部隊の諸氏。ミネルバ艦長タリア・グラディスです。現在地からの即時、かつ完全な撤退を命じます。繰り返す、エンジェル・ハイロゥへの突撃は厳禁。直ちに指定座標へ反転し、我が艦と合流しなさい』
「な、何だと……!? グラディス艦長! キラ・ヤマトが敵の手に落ちたのだぞ! 今引けば、オーブも、プラントも……!」
イザークが通信画面に食ってかかる。
しかし、タリアの眼差しは揺るがなかった。
『分かっています。ですが、今のあなたたちの戦力で突入しても、無駄死にするだけです。ヤマト隊長が命を賭してオーブ軍を逃がし、あなたたちがエンジェル・ハイロゥの影響を免れたのは、絶望するためではありません。……反撃の火種を生き残らせるためです』
画面の向こうで、タリアは一瞬だけ痛ましげに目を伏せ、すぐに強い眼光を戻した。
『これは命令です。生き延びなさい、イザーク・ジュール。あなたたちの力は、次の確実な一撃のために残すのです。……ミネルバは合流地点で待つ。以上よ』
プツン、と通信が切れる。
コクピットに沈黙が流れた。
「チッ……、言うねえ、艦長サマは。……どうするよ、隊長殿?」
ディアッカが、やれやれと肩をすくめながらも、相棒の判断を待つ。
イザークは歯を食いしばり、血がにじむほど拳を握りしめていた。エンジェル・ハイロゥの方向を睨みつけ、それから、地を這うような低い声で絞り出した。
「……全軍、反転……ッ!! メサイア周辺の敵哨戒網を回避しつつ、ミネルバの指定座標へ向かう! ……一機たりとも遅れるな! 死に損なった命だ、グラディス艦長の言う通り……タダでは捨てんぞ……!」
激しい屈辱と怒りを抱えながらも、イザークは理性を保ち、生き残ったザフト・連合の混成部隊を率いて、暗礁宙域の闇へと身を潜めるように急速離脱を開始した。
カテジナへの雪辱とキラの奪還、そして帝国の打倒という火種を、その胸に深く燃え上がらせながら。
消えかけた希望と安全宙域の最高評議
メサイヤ要塞から命からがら脱出したアークエンジェル、エターナル、そして満身創痍のミネルバ。そのブリッジと作戦室は、かつてない重苦しい絶望に包まれていた。
「キラが……捕虜になっただと!?」
イザーク・ジュールが机を叩きつけ、怒りと焦燥の入り混じった声を上げる。彼の駆るスラッシュザクファントムも、先の戦闘で四肢の半分を失い、かろうじて回収された状態だった。
「ああ、そうだ……。あの『ドッゴーラ改』とかいう化け物、カテジナという女の猛攻に、フリーダムでも持ちこたえられなかった……」
アスラン・ザラは血の気の引いた顔で応じる。
彼のインフィニットジャスティスはすでに大破し、再起動すら不可能な鉄屑と化していた。
隣では、シンのデスティニーガンダム、ルナマリアのインパルス、レイのレジェンドも装甲を激しく損壊し、残存モビルスーツの稼働率は2割を切っている。
ザフト、連合、オーブ――かつての陣営の垣根を越えて集まった敗残部隊の将兵たちの目は、完全に死んでいた。
カガリの苦渋の決断
沈黙を破ったのは、オーブ首長国連邦代表、カガリ・ユラ・アスハだった。彼女の瞳には、悔し涙と、それでも国家を背負う者としての強固な意思が宿っていた。
「全員、聞き届けてくれ。……これ以上の戦闘は不可能だ。我々はこれより、オーブ本国へ全面撤退する」
その言葉に、室内がにわかに騒然とする。
「撤退だと!? キラを、あいつらを残して逃げろと言うのか!」
シン・アスカが激昂し、カガリに詰め寄ろうとする。だが、ルナマリアがそれを必死に止めた。
「シン、やめて……! 今の私たちに何ができるの!? 武器も、MSも、動くのさえやっとの艦(ふね)しかないのよ!」
「だが、オーブに退いたところで、あのザンスカールが追ってきたらどうする!」
イザークが鋭く指摘する。
メサイヤ周辺には、未だ無傷に近いクロノクルとカテジナの艦隊が目を光らせているのだ。
「解っている!」
カガリは叫んだ。
「生きて戻り、力を蓄えるんだ。オーブを拠点に、この世界すべてを巻き込んだ『対ザンスカール反抗組織』を立ち上げる。今ここで全滅すれば、キラを救い出す可能性さえ完全に潰えるんだぞ!」
その言葉に、一同は言葉を失った。
マリュー・ラミアスも、ラクス・クラインも、静かに目を閉じてカガリの決断を受け入れる。
全軍撤退――それは勝利を諦めることではなく、生存という名の、最も過酷な戦いの始まりだった。
エターナル格納庫に横たわる「異形の絶望」
艦隊がオーブへ向けて隠密回頭を始める中、エターナルの第2格納庫には、奇妙な静寂が広がっていた。
中央に鎮座しているのは、戦闘の混乱の中で辛うじて鹵獲(ろかく)した、ザンスカール帝国軍の量産型モビルスーツ『ゾロアット』の残骸である。
オーブの誇る最高峰の技術者たちが、火花を散らすその機体を調べ上げていた。
しかし、彼らの顔にあるのは「未知のテクノロジーへの興奮」ではなかった。ただの「理解ができないという絶望」だった。
「……何なんだ、この構造は」
チーフ技術者が、震える手でデータパッドを見つめる。
「小型化された高出力のジェネレーター、規格の全く異なるビーム・シールドの発振回路……。コズミック・イラの技術体系の、はるか数世代先を行っている。解析はできる。回路の配置も、金属の組成もわかる。だが――なぜこれで動くのか、なぜこのサイズでこれほどの出力を生み出せるのか、理論(システム)が根本から理解できない……!」
それは、技術先進国を自負するオーブの技術者たちにとって、文字通りの死刑宣告だった。
仮に設計図を完全にコピーできたとしても、それを製造する基礎工業力も、物理理論も、今のこの世界には存在しない。
目の前にあるのは、ただ圧倒的な「文明の差」という名の暴力。
赤く不気味に輝くゾロアットのモノアイの残骸は、追いつくことすら許されない世界の断絶を、オーブの者たちへ冷酷に突きつけていた。
メサイヤ要塞周辺の宙域は、すでに完全にザンスカール帝国の支配下に置かれていた。
「オーブ軍の残存艦隊は、予定通りの宙域へ合流。地球への撤退を試みている模様です」
宰相フォンセ・カガチの報告に、女王マリア・ピァ・アーモニアは美しくも冷徹な面持ちを崩さなかった。
「……追撃の必要はありません。見逃しなさい」
「よろしいのですか? 敵の息の根を止める好機ですが」
「彼らはただの、袋のネズミです。ザフトも連合もオーブも、我が新生ザンスカール帝国の前には無力でした。転移後の混乱があったとはいえ、あれほどの三つ巴がこうも容易く片付いてしまうとは……退屈なほどです」
マリアは静かに目を伏せる。
その胸中にあるのは、傲慢な勝利への確信だけではない。
(それよりも……クロノクルがまた功を焦って、暴走せねば良いのですが。それだけが懸念です)
そんな女王としての弱音は、カガチの前では決して口には出せなかった。
「それから、カガチ。捕らえたオーブの象徴――キラ・ヤマトの処遇ですが」
マリアの瞳に、一片の慈悲もない冷たい光が宿る。
「我が帝国の威信を全世界に示すため、公開死刑とします。準備を進めなさい」
その決定が下された頃。
帝国艦隊のカテジナが座乗するアドラステアの独房では、別の狂気が産声を上げていた。
カテジナ・ルースは、手に入れた簡易端末の画面を見つめ、身体を微震させていた。画面に映し出されているのは、拘束されたキラ・ヤマトの血液検査とDNAの解析結果である。
誰も、カテジナが秘密裏にこの検査を行ったことなど知らない。
マリアが下した「公開死刑」の決定さえも、今の彼女の耳には届いていなかった。
「……あはは、あはははは!」
静寂な独房の通路に、カテジナの高笑いが響き渡る。
そこに示されていたのは、ニュータイプの素養と、最高純度のスーパーコーディネーターという、二つの絶対的な力の交わり――まさに、この混沌とした世界が生んだ「狂気の融合」だった。
「素晴らしいわ、キラ……! あなた、なんて極上の『個体』なの!」
もし、自身のニュータイプ能力と、彼のスーパーコーディネーターとしての遺伝子が融合したなら、一体どれほどの存在が生まれるのか。
想像しただけで、カテジナの下腹部に熱い疼きが走る。
今の彼女にとって、目の前で拘束されている少年は、もはや哀れむべき捕虜などではなかった。
自身の欲望を満たし、より高みへと登るための、狂おしいほどの「性的な捕食対象」だった。
「何をしている、カテジナ」
背後からの低い声に、カテジナはゆっくりと振り返った。
そこに立っていたのは、彼女の異様な気配を察知して現れたクロノクル・アシャーだった。
クロノクルの目は、カテジナの異常な興奮と、その視線の先にあるキラへの「捕食者」としての視線をハッキリと捉えていた。
「姉さん……マリア姉さんの決定は絶対だ。あの男は全世界への見せしめとして公開死刑になる。貴様の個人的な玩具にすることは許されない。諦めろ、カテジナ!」
クロノクルはカテジナの肩を掴み、強く迫った。
しかし、カテジナの瞳から正気が失われているのを見て、彼は背筋に冷たいものを覚える。
「ふふ……死刑? 姉さんが何と言おうと、私には関係のないことよ、クロノクル」
狂気に満ちた笑みを浮かべるカテジナの暴走を止める術は、もう誰にも残されていなかった。
要塞陥落の果てに
メサイヤ要塞の陥落は、CEの歴史における最大のパラダイムシフトだった。宇宙世紀の歪みから現れた「ザンスカール帝国」。その圧倒的な狂気とカテジナとクロノクロの駆るドッゴーラ改の猛攻の前に、地球連合もザフトも壊滅的な打撃を被った。
マリュー・ラミアスの的確な状況判断によって戦線を離脱したオーブ軍、そしてアークエンジェルとエターナルを追撃していたがゆえに致命傷を免れたミネルバ。
生き残った彼らは、イザーク・ジュールらがまとめた両軍の敗残兵と合流し、圧倒的な戦力差を前に一時オーブへの撤退を余儀なくされていた。アスラン・ザラのインフィニットジャスティスをはじめ、MS部隊はどれもズタボロ。絶対的なエースであるキラ・ヤマトを奪われた絶望の中、彼らが力を蓄え、反ザンスカール組織の結成に向けて動き出そうとしたその時――世界に、ザンスカール女王マリア・ピァ・アーモニアの声が響き渡った。
「地球圏の迷える子羊たちよ。我らは、戦乱の元凶たる最高生命体『スーパーコーディネイター』、キラ・ヤマトを捕らえました。これより、彼に対する公開死刑――ギロチンによる執行を執り行います」
オーブの作戦室に集まっていた面々に、戦慄が走る。
しかし、画面に映し出されたその「死刑」の全貌は、誰もが予想しない悍ましい方向へと変貌を遂げていった。
カテジナによる密かに行われた血液やDNAの検査結果。
それは、カテジナ・ルースの歪んだ情動を爆発させるに十分なものだった。「最高の遺伝子」を前に、クロノクロの説得も虚しく、カテジナの暴走は止まらない。
ギロチンによる死刑という体裁は、彼女の「キラの遺伝子を欲し、性的に貪る」という狂気の執念によって、生放送の【公開種付け】という前代未聞の凌辱刑へとすり替えられた。
そして、女王マリアもまた、狂気に満ちたカテジナからの報告にその遺伝子の価値とザンスカールの未来のために、処遇をそれに固めてしまったのだ。
画面の向こうで、拘束され、狂気と欲情の視線に晒されるキラの姿が映し出される。
「な……んだって……!? 何を考えている、あの狂信者どもは!」
通信モニターを叩きつけんばかりに激昂したのは、アスラン・ザラだった。普段の冷静さは完全に消え失せ、親友が命を奪われる以上の、尊厳を徹底的に破壊される仕打ちを受けていることに、激しい嫌悪と怒りで全身を震わせている。
「死刑ではなく、種付けだと……!? キラを、あんな狂った女の苗床にするつもりか!」
「趣味が悪すぎるわ……。これが、あの帝国のやり方なの? 命を奪うことさえ、そんな歪んだ儀式に変えるなんて……」
ルナマリア・ホークは吐き気を催したように口元を押さえ、画面から目を背けた。
戦場での死ならばまだ覚悟の上かもしれない。
だが、世界中に晒されながら、遺伝子を搾取されるために陵辱されるキラの姿は、同じ女性としても、一人の兵士としても、直視できるものではなかった。
「ふざけるなッ! なんだよそれ……何が最高生命体だ、何が女王だ!」
シン・アスカは拳を握りしめ、血がにじむほど爪を手のひらに食い込ませていた。かつてあれほどフリーダムを、キラ・ヤマトを憎んでいたはずだった。しかし、今のザンスカールがやっていることは、シンの「力による支配への怒り」の沸点を遥かに超えていた。
「あいつが……あのフリーダムのパイロットが、あんな見世物にされて、手も足も出ないなんて……。あいつらは、人の心を踏みにじることしかできないのかよ!」
シンの怒りは、キラへの敵対心を超え、人間の尊厳を弄ぶザンスカール帝国そのものへと完全に向けられていた。
「おいおい……冗談だろ……」
レイ・ザ・バレルですら、その冷徹な仮面の裏で、驚愕と不快感を隠せなかった。
ギルバート・デュランダルの掲げたデスティニープランとは真逆の、個人の尊厳を極限まで蹂躙する遺伝子の強制搾取。それはロゴス以上の悪夢だった。
「ザンスカールは、キラ・ヤマトの『最強の遺伝子』を取り込み、自らの血統を絶対的なものにする気だ。あれは処刑ではない……帝国の神格化のための儀式だ」
「くそっ! すぐにでも出撃して、あいつの首をはねてやりたいところだが……!」
イザーク・ジュールが忌々しげに吐き捨てる。
だが、彼らの機体はズタボロであり、戦力は底を突いている。今飛び出したところで、待ち構えるドッゴーラ改やザンスカール帝国軍のモビルスーツの餌食になるのは目に見えていた。
「待ちなさい、みんな。今は耐えるのよ」
取り乱す若者たちを止めたのは、マリュー・ラミアスだった。彼女の瞳にも激しい怒りと悲痛な色が浮かんでいたが、艦長としての理性が辛うじて彼女を繋ぎ止めていた。
「キラ君は生きている……生き恥を晒されようとも、生きてさえいれば、奪還のチャンスはある。ここで私たちが全滅したら、本当に彼を救い出す術はなくなるわ」
画面の向こうでは、カテジナの妖しい笑みと、帝国の狂気的な歓声が響き渡っている。
この時、アスランたち反ザンスカール組織の面々は、まだ知らなかった。
キラを即座に「死刑」に処さず、遺伝子の搾取という生殺しの状態にしたことが、ザンスカール帝国にとっても予測不能な「ツケ」を払う事となることを。
キラ・ヤマトという人類最高峰のコーディネイターの存在を完全に消し去れなかった(生かし続けた)結果、CE世界の住民たちの反発と抵抗の火は消えることがなかった。
プラントのコーディネイターたちは同胞の最高峰が辱められていることに激怒し、地球の残存勢力もまた帝国の異常性に一致団結して立ち向かうことになる。
ザンスカール帝国が、プラント側のコロニーを完全に制圧し、この世界の制宙権を完全に掌握するまでに――ここから、実に「10年」という泥沼の歳月と、莫大な戦力の消耗を費やす羽目になる。その長い抵抗の歴史が、今、この最悪の発表とともに幕を開けたのだった。