ザンスカール帝国のディストピア〜カテジナ・ルースの女王の系譜〜   作:ロドニー

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ルナマリアのお披露目会と姉妹の再会 後編 下

 

 サイド2・1バンチ、ザンスカール帝国の首都マリアシティ。

 

 その中心にそびえ立つ豪華絢爛な宮殿の皇太子宮執務室で、ようやく最後の書類にサインがなされた。

 

 「……終わった、な。ルナ」

 

 「お疲れ様、クロノクル。本当に、丸三日もかかるとは思わなかったわ……」

 

 皇太子クロノクル・アシャーは、疲れた様子で机に突っ伏した婚約者、ルナマリア・ホークの頭を優しく撫でた。

 

 この三日間、押し寄せる軍と政治の書類の山に追われながらも、クロノクルはルナマリアに対して常に完璧な気配りを絶やさなかった。

 

 疲れた彼女の肩を揉み、極上の紅茶を淹れ、時には甘い言葉で励ますその「スパダリ」な対応に、ルナマリアはその都度内心で悶え転がっていたのだが、今はそれ以上の難題が彼女の頭を占めていた。

 

 「それにしても……メイリンとディアッカの件、本当に頭が痛いわね」

 

 ルナマリアが溜息交じりに呟くと、クロノクルも眉間を押さえて深く同意した。

 

 二人の耳に届いた、ルナマリアの妹メイリン・ホークと、ディアッカ・エルスマンが辿った旅路。

 

 ザンスカール帝国が海上封鎖を行っているオーブから赤十字船ジャンヌダルク号に密航し、地中海のマルタ島へ。

 

 そこから帝国の占領下にあるヨーロッパ大陸を死に物狂いで横断してジブラルタルへ向かい、そこからさらに月面都市を経由して、このサイド2までやってきたというのだ。

 

 「オーブからここまで密航してくるなど、常軌を逸している。だが、それほどの危険を冒してまでザンスカールへ来た真意が、未だに見えてこないのが不気味だな」

 

 「ええ。早くルース大公邸に戻って、メイリンたちに直接問い詰めたいわ。……あ、でも、大公邸のあの美味しいご飯も恋しいかも」

 

 不謹慎ながらも本音を漏らすルナマリアに、クロノクルはふっと表情を緩めた。

 

 メイリンたちをこの宮殿に呼び出すのは簡単だが、宮殿内はギロチンを信奉する「ガチ党員」たちの目が光っている。

 

 下手に動けば、オーブからの密航者として二人が処刑されかねない。

 

 ならば、ルナマリアの滞在先であり、カテジナの邸宅でもあるルース大公邸に帰るついでに、そこで密かに接触する方が遥かに安全だった。

 

 「よし、では行こうか。私の愛しい婚約者を、これ以上飢えさせるわけにはいかないからね」

 

 「もう、クロノクルったら……!」

 

 手を差し伸べるクロノクルのエスコートに、ルナマリアは再び頬を染めながら執務室を後にした。

 

 しかし、この時の二人は、自分たちの知らないところで事態が斜め上に大激変していることなど、知る由もなかった。

 

 二人が先日の報告で把握しているのは、カテジナの次女であるアマテラス(11歳、母親譲りの残虐性と天真爛漫さを併せ持つ恐怖の少女)と、ファラ・グリフォン中将が引き起こした第8バンチコロニーの損傷事件までだ。

 

 開発局の試験場に封印されていた「ドッゴーラⅡ」が完全起動し、ディアッカとの模擬戦デートをファラに邪魔されて激怒したアマテラスが『SEED』に覚醒。

 

 その結果、ドッゴーラⅡに蹂躙されてファラの「ザンネック」が大破したという、開発局長カテジナ中将からの公式報告までは知っていた。

 

 だが、二人が知らない「その後の顛末」は、さらに凄まじいものだった。

 

 大破したザンネックから救出されたファラ中将は、アマテラスとディアッカの模擬戦(デート)を邪魔したことを素直に謝罪した。

 

 しかし、その際にディアッカが、妖艶なファラ中将をチラチラと見ては顔を真っ赤にしていたのである。

 

 それに激しい嫉妬の炎を燃やしたのが、11歳のアマテラスだった。

 

 彼女はその日の夜中、ディアッカの寝室に忍び込み、彼にベッタリと「マーキング」を敢行。

 

 外堀どころか本丸の堀までも完全に埋め尽くし、なんと翌朝には、アマテラスとディアッカ・エルスマンとの既成事実を理由に「婚約」が成立してしまっていたのだ。

 

 そして現在。

 

 その「アマテラスとディアッカの婚約」という、全宇宙がひっくり返るような爆弾報告は、宮殿の別の場所で行われていた。

 

 マリア女王の私室。

 

 「ちょっと聞いてよ、マリア姉さん! あのエルスマンの男、うちのアマテラスに夜這いをかけられた挙句、観念して婚約指輪をはめやがったのよ!」

 

 「まあまあ、カテジナ。アマテラスちゃんも、お母様に似て情熱的なのねぇ」

 

 ザンスカールの支配者たるマリア・ピァ・アーモニア女王の私室で、ルース大公カテジナ・ルースは、まるで実の姉に愚痴をこぼす妹のような口調で頭を抱えていた。

 

 マリアは内心、素丸出しのカテジナにも淑女教育リターンズ編を考えながらも、上品に微笑みながら紅茶をすすり、淑女の猫被りを捨ているカテジナの怒濤の愚痴を受け流している。

 

 何も知らずに「妹たちの真意を確かめよう」とルース大公邸へ向かうクロノクルとルナマリア。

 

 そこで二人を待ち受けているのは、密航の真相どころか、11歳の少女に完全捕獲されて、カピカピに干乾びたディアッカの姿と、ルース家の実情を知り、ツッコミ過ぎて胃痛で藻掻くメイリンの姿だった。

 

 ルナマリアは上機嫌だった。

 

 実にか細く、しかし確かに、その唇からは楽しげな鼻歌が漏れ聞こえている。

 

 激務に追われること丸三日。

 

 ようやく解放された彼女は、婚約者であるクロノクル皇太子のエスコートを受けながら、住み慣れたルース大公邸の門をくぐっていた。

 

 もしこの鼻歌を歌う姿を、カテジナとその長女ツクヨミに見つかりでもすれば、「ルナマリア様、淑女の教育を基礎からやり直す必要がありそうですね」と、母親譲りの冷徹な笑顔で再び地獄の『淑女教育リターンズ編』による、恐怖のスパルタ教育に叩き込まれるのは確実だった。

 

 だが、今のルナマリアにはそんな恐怖すら吹き飛ばすほど、大公邸の美味しい料理への飢えと、解放感が勝っていたのである。

 

 「ふふん、ふふ〜ん♪」

 

 「ルナマリア、気持ちは分かるが少し声を控えなさい。誰に見られているか……」

 

 クロノクルが苦笑しながら窘めるのと同時に、二人はダイニングの扉を開いた。

 

 そして、その瞬間に二人の身体は完全に凍りついた。

 

 「な……っ!?」

 

 「これは……一体どういう状況だ……!?」

 

 二人が目にしたのは、まさに地獄絵図、あるいは怪奇現象としか言いようのない光景だった。

 

 部屋の中央、ソファーの周辺にいたのは、カテジナの次女アマテラス(11歳)である。

 

 先日の報告書によれば、彼女の乗るサイコガンダムMk-IIを大破させたのは、歴戦のパイロットであるディアッカ・エルスマンだったはずだ。

 

 そのディアッカが、今、そこにいた。

 

 ただし、およそ人間のものとは思えない状態だった。

 

 精力を限界まで……文字通り「意味深なほど」限界の限界まで絞り尽くされたディアッカは、水分を完全に失った煮干しのようにカピカピに干からび、うつろな目で天井を見つめている。

 

 そんな、彼とは対象的に朝露に濡れた大輪の花のように艶やかで、以前にも増して美しさを解き放っているアマテラスが、実にかわいらしく膝枕で甘やかしていた。

 

 母親譲りの残虐性を、天真爛漫な無邪気さという最悪のオブラートで包み込んだ11歳の少女は、獲物を仕留めた肉食獣の満足感を漂わせている。

 

 「あ、ルナ姉様! おかえりなさーい!」

 

 大好きなルナマリアの気配を察知したアマテラスは、満面の笑みを浮かべた。

 

 と同時に、膝の上にいたディアッカのことなど完全に忘れ、勢いよく立ち上がる。

 

 ゴトッ、と鈍い音を立てて床に文字通り「落とされた」ディアッカは、ピクピクと手足を痙攣させるだけで声も出ない。

 

 見かねた侍女が、手慣れた様子でディアッカを部屋の隅へとモップのように引きずっていき、そっと仕切りの裏に隠してから、精力剤と高濃度栄養剤をチャンポンした特製点滴をその腕に素早く突き刺した。

 

 「ルナ姉様ぁ!」

 

 「あ、アマテラス……ただいま……」

 

 抱きついてくるアマテラスを、笑顔で迎えられたのは淑女教育の賜物だったが、若干だけ引き攣った笑顔で受け止めるルナマリア。

 

 しかし、視線を別の方向に転じると、そこにはさらに凄惨な現場が広がっていた。

 

 テーブルに突っ伏し、激しい胃痛のあまり息も絶え絶えに侍女へ薬を求めているのは、ルナマリアの妹のメイリンだった。

 

 聞けば、ディアッカとアマテラスの「模擬戦(という名のデート)」のツッコミとカテジナからは報告書作成の手伝いに加え、ルース家の誇る個性派揃いの7人姉妹たちに限界を超えてツッコミを入れ続けた結果、彼女の胃壁はすでに崩壊寸前だった。

 

 「メイリン、大丈夫……?」

 

 「あ、お姉ちゃん……もう無理……胃が、胃がね、溶けてるの……」

 

 侍女から受け取った強力な胃薬ガスター10を震える手で飲み干すメイリン。

 

 だが、運命は容赦なく彼女にさらなる追い打ちをかける。

 

 「メイリンお姉ちゃん! 胃薬飲んだなら、もう遊べるよね!」

 

 「こっち来て! 暖炉の前で続きのお話しよう!」

 

 現れたのは、6歳になる三女ハルミと四女ナツキの双子だった。

 

 二人は瀕死のメイリンの両腕を掴むと、容赦ない力で暖炉の前へと連行していく。

 

 「嫌ぁぁ、もうツッコミのストックがないのぉぉ!」

 

 メイリンは叫びながら抵抗したが、幼女の無垢な筋力の前には無力だった。

 

 無論、暖炉の前には、すでに5歳になる五女アキネと六女ユキの双子が、手ぐすね引いて待ち構えていた。

 

 彼女たちの前に広げられているのは、とても幼女が読むような絵本ではない。

 

 鈍器のように広辞苑並みに分厚い、専門家向けの『最新ミノフスキー粒子力学とその空間応用』である。

 

 「ねえメイリンお姉ちゃん、この『ミノフスキー・イヨネスコ型熱核反応炉におけるIフィールドの収束密度と、それに伴う反物質粒子の対消滅エラー率の相関関係』についてなんだけど」

 

 「オーブの技術なら、ここの偏向シールドの数式、もっと簡略化できるよね? どうやるの?」

 

 「し、知らないわよそんなのぉぉ! 私、オーブでちょっとプログラミングとか通信を齧っただけで、ゴリゴリの物理宇宙力学は専門外よぉぉ!」

 

 容赦のない天才幼女たちの質問攻めに、メイリンは白目を剥いて再び胃痛で胸を掻きむしった。

 

 そんな阿鼻叫喚のダイニングであったが、ルース大公邸の侍女たちはプロフェッショナルだった。

 

 何事もなかったかのように、笑顔でルナマリアとクロノクルを席へと案内し、お目当ての豪華な料理を次々とテーブルに並べていく。

 

 「さあ、お食事でございます、ルナマリア様、クロノクル様」

 

 「あ……ありがとう……」

 

 ルナマリアは、目の前で行われている幼女の拷問と、部屋の隅で点滴を打たれている乾物の戦士から目を逸らした。

 

 考えるのをやめた。

 

 心を無にした。

 

 カテジナ仕込みの完璧な淑女の所作を保ちながら、ルナマリアはカトラリーを手に取る。

 

 背筋を伸ばし、肘は張らず、美しく、優雅に。しかし、その手元のスピードは異常だった。

 

 シュババババッ! と空気を切り裂くような音が聞こえたかと思うと、皿の上の肉料理や温野菜が、まるで手品のように一瞬で消滅していく。

 

 動作自体は完全に気品に満ちた淑女なのだが、あまりの高機動な食事風景に、クロノクルはフォークを握ったまま固まっている。

 

 その凄まじい残像を、暖炉の前から這う這うの体で脱出してきたメイリンが、薄れゆく意識の中で見つけて叫んだ。

 

 「ちょっとお姉ちゃん!? 動きは綺麗だけど食べるスピードがモビルスーツ並みに速いよ! 残像が見えてる! 画質が追いついてないから!!」

 

 妹渾身のツッコミが炸裂した。

 

 しかし、その声を聞き逃さない者たちがいた。

 

 「あ! メイリンお姉ちゃん、声が出るくらい元気になったんだね!」

 

 「じゃあさっきの、ミノフスキー粒子の格子欠陥に関する計算の続き、教えて!」

 

 ガシッ、と再びハルミとナツキに両足を掴まれる。

 

 「あ、詰んだ」

 

 メイリンの短い辞世の句と共に、彼女は再び暖炉の前の知性派地獄へと引きずられていき、今度こそ完全に轟沈して泡を吹いて気絶する。

 

 その横で、ルナマリアは美しくスープを口に運びながら、心の中で「やっぱり大公邸のご飯は最高ね!」と、満足げに微笑むのだった。

 

 ルース大公邸の食堂には、シリアスとコメディの境界線がゲリラ豪雨のように降り注いでいた。

 

 「……うう、もうやめて……お願いだから、常識という名のストッパーを誰か連れてきて……」

 

 要約、二組の双子姉妹から解放され、気絶から目覚めたが、長テーブルの端でメイリン・ホークは完全に事切れていた。

 

 手元のグラスには水。

 

 その横には、胃痛の限界を訴える彼女が切望してやまない『ガスター10』のパッケージの山が空となり力なく転がっている。

 

 ルース七姉妹の常軌を逸した言動に全精力を注いでツッコミを入れ続けた結果、彼女の胃壁はすでにボロボロだった。

 

 しかし、そんなメイリンの惨状すら、もう一人の犠牲者に比べれば「マシ」と言わざるを得ない。

 

 食堂のソファに転がっているディアッカ・エルスマンの姿は、さながら砂漠に一ヶ月放置されたミイラのようだった。

 

 事の始まりは、ファラ中将を見て鼻の下を伸ばしていたディアッカの態度である。

 

 それに激しい嫉妬を燃やしたのが、カテジナの娘でありルース七姉妹の次女、アマテラスだった。母親譲りの苛烈さと天真爛漫な狂気を併せ持つ彼女は、ディアッカを自身の私室へと強制連行。

 

 そこから先は、全身の隅々に至るまでキスマークによる濃厚なマーキングを施され、果ては眠っているディアッカの客室へと入り夜這いによって、容赦無く性的な限界のその先まで文字通り「絞り尽くされる」という地獄の(あるいは一部の人間にとっては天国のような)刑罰が執行されたのだ。

 

 干からびたディアッカの魂は、今も天井付近をふわふわと彷徨っているように見える。

 

 「……何なんだ、これは」

 

 その凄惨(?)な光景を冷ややかな目で凝視していたのは、クロノクル・アシャーだった。

 

 ついさっきまで、彼は執務室の重苦しい空気の中、義妹であるカテジナと、その夫であるキラ・ルースから、ルース姉妹たちの「やらかし」について深刻な報告を聞かされてきたのだ。

 

 国家を揺るがしかねない重い案件の数々。

 

 それなのに、目の前に広がっているのは、あまりにもドタバタなB級コメディの惨状。

 

 (ダメだ……。あの姉妹たちにターゲットにされたら、俺もいつか、あのメイリンのようになる……!)

 

 (実際は、アマテラスの弄り倒す為の玩具でお気に入りであるのを理解している為、姉からの報復の恐れて手を出さないと二組の双子は決めているのをクロノクルは知らない)

 

 背筋に極寒の戦慄が走った。

 

 幸いにも、自分の婚約者であるルナマリア・ホークは、この大公邸に滞在するうちにルース姉妹たちのあしらい方を完全にマスターしている。

 

 だが、巻き込まれたら終わりだ。

 

 ディナーを終えたクロノクルは、生き急ぐように席を立った。

 

 「ルナ、私は一度宮殿に戻る。また明日」

 

 「あ、うん。お疲れ様、クロノクル」

 

 引き留める間もなく、クロノクルはルナマリアの唇に軽くキスを落とすと、脱兎のごとく大公邸を後にし、安全な宮殿へと帰還していった。

 

 残されたルナマリアは、彼の慌てぶりに首を傾げつつも、手元の空いた皿を見つめる。

 

 「うーん、なんかちょっと食べ足りないかも……。すいませーん、デザートのお代わりお願いします!」

 

 メイリンがガスター10に対する薬物の抗体が出来たのか、幾ら飲んでも効かないガスター10の山の空瓶、さらなる胃痛に胃を抑えて悶絶し、ディアッカが干からびている横で、ルナマリアだけは実に逞しく、旺盛な食欲を発揮していた。

 

 宮殿の執務室に戻ったクロノクルは、大きくため息をつき、デスクの上に山積みにされた

 

 「ルース姉妹達のやらかし報告書」の束を引き寄せた。

 

 静寂の中、彼は改めてその内容を漁り読み始める。

 

 そこにあったのは、笑い事では済まない文字通りの『重大案件』の羅列だった。

 

 まず、三女ハルミ・四女ナツキの双子、そして五女アキネ・六女ユキの双子。

 

 計二組の双子姉妹(全員が姉二人以上の実力を持つ強力なニュータイプ)が引き起こした事件。

 

 彼女たちはリグ・コンティオ系の派生型ニュータイプ専用重MS「リグ・リング」に搭乗し、サイコミュシステムを完全にオーバーフローさせてリグ・リングのシステムダウンを引き起こす。

 

 次に、次女アマテラスがルナマリアを捕虜にしたという、強行偵察任務の一部を勝手に変更する。

 

 さらに呆れたのは、開発局で行われたそのアマテラスの「模擬戦デート」の記録だ。

 

 デートと称して持ち出されたサイコガンダムMk-IIとクィン・マンサによってド派手に大破している。

 

 極めつけは、長女ツクヨミの件だ。

 

 カテジナと瓜二つの容姿と苛烈な性格を持つ彼女はドッゴーラⅡで、謎のガンダムタイプで新型モビルスーツに乗りSEED状態である父親であるキラ・ルースを相手に本気の模擬戦を敢行。

 

 問題なのは、謎のガンダムタイプの製造に纏わる未報告とドッゴーラⅡが両腕、胴体下を形成するコンテナブロックを木っ端に斬り刻まれ、コンテナに内蔵するファンネルまでも刻まれ、ドッゴーラⅡが中破する結末だった。

 

 父親への屈折した愛情と闘争心がぶつかり合ったその戦闘データは、ただの身内の衝突とは思えないほど凄惨な数値を叩き出していた。

 

 「……はぁ」

 

 読み終えたクロノクルは、思わず額を押さえた。

 

 国家の存亡に関わるようなミリタリー・シリアスの極致である報告書。

 

 そして、大公邸の食堂で繰り広げられていた、ガスター10とミイラ男のラブコメ惨状。

 

 「いくら何でも、温度差で風邪を引くぞ……」

 

 彼は静かに書類を閉じると、まだ見ぬ明日の胃痛に備え、自分用の胃薬であるガスター10をデスクの引き出しからそっと取り出すのだった。

 

 カテジナの屋敷、ルース大公邸の一室。

 

 豪華なマホガニーの扉が閉まった瞬間、メイリン・ホークは死線から生還した兵士のように深いため息をついた。

 

 「……死ぬ。本当に死んでしまうわ……」

 

 胃のあたりをきつく押さえ、メイリンはソファに崩れ落ちる。

 

 つい先ほどまで、彼女はカテジナの娘たち——三女ハルミと四女ナツキの双子、そして五女アキネと六女ユキの双子という、計二組の年端もいかない少女たちに囲まれていた。

 

 彼女たちが無邪気な笑顔で放ってきたのは、メイリンの専門外である「ミノフスキー粒子力学の応用」に関する地獄の質問攻め。

 

 元ザフトの情報分析官としてのプライドも、あの容赦ない知識の暴力の前にはただの紙切れ同然だった。

 

 限界を超え、白目を剥いて気絶する寸前で救い出してくれたのは、アマテラスだった。

 

 ちなみに、その双子たちの上の姉である次女のアマテラス(11歳)は、母親譲りの残虐性と天真爛漫さを併せ持つ恐るべき少女だ。ディアッカ・エルスマンに一目惚れした彼女は、現在進行形で彼の外堀と本丸のお堀を急速に埋め立てている。

 

 先日のファラ・グリフォンとの一戦——アマテラスとディアッカの模擬戦デートを邪魔したファラを観るなり鼻の下を伸ばした熟女が大好きなディアッカに激しい嫉妬を燃やしたアマテラスは、なんと夜這いを仕掛けて既成事実をもぎ取るという暴挙に出たばかりだった。

 

 そんな大公邸の喧騒から離れたルナマリアの私室。

 

 メイリンは、痛む胃をさすりながら部屋の造りを見回し、思わずツッコミを入れた。

 

 「……ちょっと、お姉ちゃん。これ、本当に一兵士だった女の子の部屋? 高位貴族か、大企業の令嬢の部屋じゃないのよ……」

 

 その言葉に応えるかのように、音もなく現れた専属の侍女が、ルナマリアには気品ある香りの紅茶を、メイリンには胃に優しいハーブティーをサーブし、一礼して滑らかに去っていった。

 

 洗練された一連の動作と、部屋の目を剥くような豪華さに、メイリンは妙な納得感を覚えた。

 

 (間違いないわ……淑女教育を受けている。元ザフトの情報分析官だからわかる。お姉ちゃんのあの優雅な身のこなしは、徹底的に叩き込まれたものだわ)

 

 一年前、オーブ領海でアマテラスが駆る「ドッゴーラⅡ」に撃墜され、捕虜となったルナマリア。

 

 彼女が消息を絶ってから、メイリンたちがようやくその生存を知ったのは、わずか三ヶ月前のことだった。

 

 ザンスカール帝国がオーブに対して行った、あの衝撃的な「ジャック放送」。

 

 画面に映し出されたのは、女王マリアに謁見する、悲劇の令嬢ルナマリア・ホークの姿。

 

 そして、クロノクル・アシャーとの婚約と、彼の立太子発表。オーブの軍総司令部でその放送を見た時の、胸が締め付けられるような衝撃をメイリンは思い出していた。

 

 悲痛な面持ちで俯く妹を見て、ルナマリアはぽつり、ぽつりと語り始めた。

 

 「捕虜になった時ね、アマテラスが言ったのよ。『燃えるような美しい赤髪で可愛い。叔父様のお嫁さんに持って帰る!』って」

 

 「……は?」

 

 「撃墜されて重傷だった私は、すぐにエンジェル・ハイロゥの医務室で手厚い治療を受けたわ。その後、サイド2の1バンチコロニーにある女王陛下の別邸に移されて、教師役はツクヨミとアマテラスの姉妹から皇族教育を受けさせられたの」

 

 ルナマリアは苦笑しながら、ハーブティーを啜るメイリンを見た。

 

 「でもほら、私って民間人で軍属だったせいで平民癖が抜けないじゃない? パンをそのまま齧ったり、スープを音を立てて飲んだり。だから淑女教育の初級から一歩も進まなくて、アマテラスとツクヨミはかなり苦労したみたい。見かねたカテジナ様と女王マリア様まで教育に参加し始めてね……」

 

 「……想像しただけで恐ろしいわね」

 

 「そう。それで私、疲労と食欲不振で、終いには栄養失調と重症の過労でぶっ倒れちゃったのよ」

 

 メイリンが目を丸くする。

 

 「そうしたら、アマテラスが大泣きしながら謝ってきたの。一年前、オーブへの強行偵察に出る前に、クロノクル叔父様から『アマテラスの気に入った娘なら結婚してやる!』って言質を取っていたんですって。それで、気に入った私を本当に『お土産』として持って帰ってきたのが真実だったのよ」

 

 ルナマリアの表情が、少しだけ真剣なものに変わる。

 

 「だけどね、皇太子妃教育っていうのは、ザンスカール帝国の上位皇族の『闇』を知るということ。そして皇族の闇を知るということは、秘密を知る者として、いつか毒杯を煽って死ぬ覚悟を持つか、さもなければ自ら闇を護る側になるか、どちらかしかないの。皇族でもある大公家の令嬢だったアマテラスは、成人してから皇族(公爵以上の皇族)が学ぶ内容だったし、その時初めてその現実を知ったのよ。自分のお気に入りで大好きなルナマリアを、自分の軽率さのせいで死なせてしまうかもしれない恐怖と後悔で、あの子、ボロボロに泣きじゃくって……」

 

 ルナマリアはそっと自分の胸に手を当てた。

 

 「必死に泣きながら謝るあの子の姿を見て、私、決めたの。誰に強制されるでもなく、自分の意思で、皇族教育の先にある『皇太子妃教育』を最後まで受けてやろうってね」

 

 姉の語る凄絶な決意と裏事情を聞き終えたメイリンは、絶句した。

 

 お姉ちゃんは、私の知らないところで、とてつもなく強い意思を持って戦っていたのだ。

 

 そんな妹の感傷を破るように、ルナマリアはベッド脇の机から、一通の書類を取り出した。

 

 「ところで、メイリン」

 

 「……何?」

 

 差し出されたのは、見慣れたオーブ軍の紋章が入った「手配書」だった。

 

 そこには、メイリン・ホークとディアッカ・エルスマンの顔写真と、軍脱走の容疑の文字が躍っている。

 

「これ……!」

 

 「あなたとディアッカが、私の真意を確かめるためにオーブを密航して脱出した段階で、オーブの諜報部もあの大冒険(サイド2・1バンチまでの命懸けの旅路)を完全に掴んでいたらしいわよ」

 

 ルナマリアの唇が、妖艶で、どこか冷徹な貴族の笑みを深く刻んだ。

 

 「脱走兵の結末なんて、軍法会議の裁判で死刑か銃殺刑の二択しかないわ。……ねえ、メイリン? あなたとディアッカ、ザンスカール帝国に亡命しちゃいなさいよ。強く、お勧めするわ?」

 

 元ザフトの赤服としての威厳と、ザンスカール皇太子妃としての圧迫感を同時に放つ姉を前に、メイリンは再び胃の痛みに襲われ、ハーブティーを一気に飲み干すしかなかった。

 

 

 

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