ザンスカール帝国のディストピア〜カテジナ・ルースの女王の系譜〜 作:ロドニー
サイド2・1バンチコロニー。
ザンスカール帝国開発局本局の第三ハンガーは、異様な熱気に包まれていた。
眩いばかりのワークライトが照らし出すその中心で、開発コード「ストライクフリーダムガンダム(仮)」の巨体が、急ピッチで組み上げられていく。
「おい、そこだ! 12番フレームのクリアランスがミリ単位で狂ってるぞ! 装甲の噛み合わせを再チェックしろ!」
行き交う怒号の中、キラ・ルース大佐(旧姓キラ・ヤマト)は、タブレットを片手に複数の技術士官や技士たちに囲まれていた。
画面に表示された複雑なエネルギー伝達経路の図面を、指先で素早くスクロールしていく。
「大佐、この仕様書、やはり無茶がありますよ!」
一人のベテラン技士が、額の汗を拭いながらキラに詰め寄った。
「直列に配置された超小型核融合炉、これほどのエネルギーを本当にこのMSサイズに収めるおつもりですか? ……いや、それならいっそ、このドッゴーラⅡ用に開発された戦艦級の核融合炉を小型化したやつ、これをドッゴーラⅡの改修に融通できませんかね? その方が現場としてはどれほど楽か……」
技士の泣き言のような提案に、キラは苦笑しながらも、視線はタブレットから外さずに答えた。
「それはカテジナに聞いてくれよ。あの超小型核融合炉の図面と、システム仕様一式は、もう妻……カテジナ中将局長に渡してあるんだ。あっちの随時生産される分は、今開発中のサイコミュ搭載型重モビルスーツの動力として内定しているはずだからね」
「局長に、ですか……。じゃあ、現場がいくら欲しがっても回ってこないわけだ」
技士は肩を落とした。カテジナがこの機体を「開発局預かり」として予算と場所を融通してくれた代償は、まさにその技術開示だった。
ストライクフリーダム(仮)から流用できる最新技術は、すべて妻であるカテジナの手へと渡っている。
「それにね」
と、キラは真剣な目に切り替えて技士を諭した。
「流用できない技術の理由も、ちゃんとカテジナには説明してあるんだ。この機体に積むミノフスキードライブエンジンⅡや、三種類の交互蓄積8層装甲材にフェイズシフト装甲を足した新型装甲材……これらを稼働させるには、ドッゴーラⅡ用の動力が最低でも2基分の出力が必要になる。今のドッゴーラⅡの基本フレームのままじゃ、エネルギーの負荷に耐えきれずに自壊してしまうよ」
「……出力が桁違いすぎる。恐ろしい機体だ」
技士は改めて、目の前の未完成のガンダムを見上げた。
その頃、キラとカテジナの娘であるアマテラスは、専用のドッゴーラⅡを駆り、オーブ本国への強行偵察任務へと赴いていた。
母親譲りの苛烈な残虐性と、少女特有の天真爛漫さを併せ持つ彼女は、オーブ沖での戦闘に突入。
そこで、オーブが鹵獲したゾロアットを解析し、独自に開発した核融合炉搭載型ゲルググメナースをテスト中だったルナマリア・ホークと遭遇する。
激しい戦いの末、アマテラスはルナマリアを圧倒。
機体を大破させ、パイロットであるルナマリアのみを捕虜としてザンスカール帝国へと連れ帰った。
その衝撃的な報が届いたのとほぼ同時期に、ストライクフリーダムガンダム(仮)は一応の完成を見せ、ロールアウトを迎えた。
しかし、そこからが本当の地獄だった。
最終調整に、さらに丸一年の歳月を費やすことになったのだ。
「クソッ! まただ! 第2、第3動力を直列に繋いだ途端、波長が乱れる!」
「大佐、テストパイロットのレイヤ少尉の懸念が的中しました! 三基の動力の同調がまるで上手くいきません!」
ハンガーに技士たちの悲鳴が響く。
一定の出力まで上げれば嘘のように安定するのだが、そこに至るまでのアイドリング状態で、どうしてもエネルギーの同期が崩れるのだ。
キラは徹夜でログを解析し続け、ついにその原因を突き止めた。
「初期不良だ。直列に配置した順番に対して、動力の出力上昇にわずかなタイムラグがある。第1基目が立ち上がったコンマ数秒後、第2基目が追いついていない。この初期応答のズレが原因だ。制御プログラムのパルスを100万分の1秒単位で書き直す。もう一度、セッティングをやり直そう」
キラの執念のデバッグにより、問題は解決された。
場所をサイド2・8バンチコロニーの試験場へと移し、その誕生の地で、機体は「ストライクフリーダムガンダムⅡ」として正式にロールアウト。
ついに初飛行へと挑む。
かつての懐かしいデザインのノーマルスーツに身を包み、ヘルメットを抱えてキャットウォークを歩くキラの前に、一人の女性が立ちはだかった。
カテジナ・ルース中将局長――彼の妻だ。
「正に執念ね……」
カテジナは呆れたような、しかしどこか満足げな顔でキラを見つめた。
「ここまでの熱量を、あのガンダムという器に注ぎ込むなんて。あなたという男は、本当に変わらないわ」
「こればかりは僕の性分だからね。付き合ってくれた開発局のみんなには感謝しているよ。行ってくる、カテジナ」
キラは微笑み、コックピットへと滑り込んだ。
コロニー内での初飛行は、完璧な成功を収めた。
機体は恐ろしいほどの安定性を見せ、次なるステージ――暗礁宙域での「光の翼」を使った光速移動テストへと移行する。
それは、誰も見たことのない領域の輝きだった。
かつて、娘のアマテラスがドッゴーラⅡの光の翼を使い、強行偵察のためにサイド2から地球軌道上まで駆け抜けた時の記録は「二十分」だった。
これだけでも人類の常識を覆す驚異的なスピードだった。
しかし、ストライクフリーダムガンダムⅡが背面のウイングを展開し、青白い光の翼を広げて空間を跳躍した瞬間、タイマーの数字は狂ったように縮んでいく。
「……うそ、だろ……」
データを監視していた技士が、震える声で呟いた。
地球軌道上到達までの時間は――僅か「五分」。
ドッゴーラⅡの4倍。
常軌を逸したその加速力と最高速度に、コックピットの中でGに耐えるキラ自身すら、驚愕を隠せなかった。
「五分、か……。これなら、どんな戦場へも、一瞬で……」
宇宙の闇を切り裂く光の翼の残光のなか、ストライクフリーダムガンダムⅡは、絶対的な力を証明するように静かに佇んでいた。
サイド2の21番チコニーに位置するザンスカール帝国開発局。
新型モビルスーツ「ストライクフリーダムガンダムⅡ」がロールアウトし、暗礁宙域での光の翼のテストが一段落した頃、僕――キラ・ヤマトは、我が家の愛娘たちに袖を引かれていた。
「お父様、お願い! 助けて!」
長女のツクヨミが、母親であるカテジナと瓜二つの美貌を必死に歪めて懇願する。
容姿だけでなく、どこか苛烈な性格までそっくりな10歳だ。
「そうよお父様! アマ、とっても困っちゃったの!」
その後ろで天真爛漫に笑っているのは、9歳の次女アマテラス。
母親譲りの残虐性を無邪気な笑顔の裏に隠した、我が家の爆弾娘である。
事の始まりは、アマテラスの突飛な行動だった。
彼女は、僕の義兄であるクロノクル・アシャーから「アマテラスが気に入った娘なら結婚してやる」という言質を見事に勝ち取っていたのだ。
そしてオーブへの強行偵察任務の際、巨大MAドッゴーラⅡを駆って、迎撃に出たオーブ軍のルナマリア・ホークを撃墜。
そのまま「お気に入り」として帝国へ連れ帰ってしまった。
当然、カテジナが冷や汗を流しながらマリア陛下に報告したところ、陛下は二人に大激怒。
だが、言質を取られたクロノクル義兄への「特大の罰」として、なんとルナマリアを本当に彼の妻(皇太子妃)として迎え入れることが決定してしまった。
現在、ルナマリアは捕虜ではなく、客分として女王別邸で過ごしている。
しかし、それは同時に、ルナマリアがザンスカール帝国の恐るべき「皇族教育」を受けることを意味していた。
思い出すだけで背筋が凍る。
義姉であるマリア女王の教える「帝国史」と「帝王学」は……コワイ、コワイ、コワイ。
いや、娘たちの前でトラウマを掘り起こすのはやめよう。
「それでね、お父様。ルナマリアお姉様に、私とツクヨミで淑女教育をしてるんだけど……」
「全然ダメ。オーブの軍人だからって、お茶の淹れ方もドレスの裾の捌き方も、まるでなってないわ。
これじゃおば様(マリア女王)の前に出せない」ツクヨミがため息をつく。
アマテラスへの罰の一環として、すでに淑女教育を終えている娘二人が、ルナマリアの講師役に指名されたのだ。
「だからね、お茶会でルナマリアお姉様の緊張をほぐすために、お父様特製のデザートが食べたいの!」
学生時代の幼馴染、フレイにも好評だった僕のフォンダンショコラと、数種類のマカロン。
それらを携えて、僕は女王マリアの別邸へと足を運んだ。
サロンの見える物陰から、こっそり中の様子を覗き込む。
「違うわ、ルナマリア。カップを持つときは指を伸ばしすぎず、かといって力を入れすぎない。ザンスカールの貴婦人は、指先一つで男の命を左右する優雅さを持たねばならないのよ」
「ツ、ツクヨミ様……こう、でしょうか……?」
軍服を脱がされ、見慣れない豪奢なドレスを着せられたルナマリアは、借りてきた猫のように震えていた。
「ほらほら、お顔が強張ってるわ! ほら、笑って? 私がドッゴーラⅡで落としてあげた時の方が、まだいい顔してたわよ?」
アマテラスが純粋無垢な邪悪さを滲ませて笑う。
その時、ルナマリアの視線が、お盆を持ってサロンに入ってきた僕へと向いた。
彼女の目が、驚愕で見開かれる。
(――嘘、でしょ……!? あの人は、十年前のメサイヤ要塞戦で行方不明になった、オーブの、キラ・ヤマト……!?)
ルナマリアの脳裏に、かつて世界中に放映された最悪の映像がフラッシュバックした。
捕虜となったキラ・ヤマト。
ギロチンによる公開死刑の直前、暴走したカテジナ・ルースが彼を組み伏せ、全世界のモニターに映し出された狂気の『公開種付け』。
ザンスカール帝国に完全に取り込まれ、変わり果てた伝説のパイロットの姿。
「……っ」
恐怖のあまり座席に深く沈み込むルナマリア。
そんな彼女を余所に、僕は苦笑いを浮かべながら、カテジナの休憩時にいつもやっているように、自然な動作でお茶とデザートをサーブした。
「どうぞ、ツクヨミ、アマテラス。それと、ルナマリアさんも。僕の特製フォンダンショコラです。温かいうちにどうぞ」
「わぁい! お父様のフォンダンショコラ大好き!」
「感謝します、お父様。……ルナマリア、あなたも食べなさい。お父様が妻(カテジナ)以外に甘い言葉を囁くことはないけれど、このお菓子だけは本当に甘くて美味しいのだから」
洗練されすぎた僕は完璧な夫としての所作。
ルナマリアは、冷え切ったフォンダンショコラを口に運びながら、己の置かれた状況を痛感していた。
(あのキラ・ヤマトすら、こうやってザンスカールに馴染んで生きている……。私がここで生き残るためには、この悍ましくも恐ろしい淑女教育を死に物狂いでやり遂げるしかないんだ……!)
腹を括ったルナマリアの姿勢は、そこから真剣そのものになった。
それから半年。
彼女はツクヨミとアマテラスの厳しい(そして時に容赦のない)指導に耐え抜き、ついにツクヨミから「初級合格」の太鼓判を貰うに至った。
だが、地獄はここからだった。
「半年!? 初級を終わらせるのに半年もかけるなんて、私の娘として情けないわ!」
ちょうど七人目の娘(七女)を出産したばかりの我が妻カテジナが、産後すぐとは思えない気迫で教育現場に途中参入してきたのだ。
「ふふ、そうねカテジナ。私も少し、手伝わせてもらうわ。未来の皇太子妃のためにね」
さらに、慈愛に満ちた「淑女の笑み」を浮かべたマリア女王までが参入する。
帝国の最高権力者二人の参戦により、ルナマリアの受けるストレスは跳ね上がった。
ある日、精神的疲労と極度の緊張からの食欲不振が重なり、ルナマリアはサロンの床にバタリと倒れ伏してしまった。
「ルナマリアお姉様!!」
その場に駆け寄り、ルナマリアを抱きしめて大泣きしたのは、他ならぬアマテラスだった。
「ごめんなさい! 私が、叔父様に言質取って、私が面白半分で連れてきちゃったから……! 死んじゃ嫌だ、ルナマリアお姉様!」
「あ……アマ、テラス、様……」
「様なんて言わないで! アマテラスでいいの! ごめんなさい、私、もう意地悪しないからぁ!」
天真爛漫な残酷さを持っていたアマテラスにとって、自分が原因で人が壊れかけるのを見たことは、これ以上ない「良い罰(教育)」となった。
これ以降、アマテラスは驚くほどルナマリアに懐き、教育の手伝いも親身なものへと変わっていった。
僕はその間、リグ・コンティオ系の後継機種「リグ・リング」の製造に関わりながら、ストライクフリーダムガンダムⅡの調整に明け暮れ、影から彼女たちを見守ることしかできなかったけれど。
そして、皇族教育が開始から一年が経った。
ルナマリアは、地獄の皇族教育、さらには皇太子妃教育までをすべてやり遂げた。
その最後の仕上げ、すなわちザンスカール皇族として避けられぬ儀式――ギロチン刑の執行が、全世界へ向けて公開された。
処刑されるのは、旧プラント最高評議会議長、ギルバート・デュランダル。
「……罪人を、刑台へ」
ドレスを身に纏い、凛とした声で命じるルナマリア。その瞳に、かつてのオーブ軍人の迷いはない。
完全にザンスカールの「皇族」としての覚悟が宿っていた。
彼女が毅然とレバーを引き、ギロチンが落ちる。
直後、マリア女王から、ルナマリアとクロノクル義兄の婚約、そしてクロノクルの立太子が全世界に発表された。
僕たち家族全員は、女王のいる玉座の一段下で見守っていた。
「……無事に終わったね、カテジナ」
「ええ。あの小娘、大したものだわ。マリアお姉様のシゴキに耐えきるとはね」
カテジナが満足そうに微笑む。
式典が無事に終わり、安堵の息を漏らしたその時、僕の前にツクヨミが歩み出てきた。
その手には、モビルスーツパイロット用のノーマルスーツのヘルメットが握られている。
カテジナそっくりの美しい顔に、好戦的な笑みが浮かんでいた。
「お父様。ルナマリアの教育も終わりました。……私と、全力の模擬戦をしてください」
「え……ツクヨミ?」
「私はドッゴーラⅡを駆ります。お父様は、あの『ストライクフリーダムガンダムⅡ』で来てください。最強のコーディネイターの力、私に味あわせてください!」
その瞳の奥にある狂気と情熱は、まさに全盛期のカテジナそのものだった。僕は苦笑しながら、けれど引き締まった表情で、娘の挑戦を受け入れるべく頷くのだった。
かつて世界を震撼させたモビルスーツの残骸が漂う、旧メサイヤ要塞宙域。
冷徹な静寂が支配するその空間に、圧倒的な質量と異様なまでのプレッシャーを放つ2つの機体が対峙していた。
「私と戦ってください、お父様」
通信回線から響く、弱冠12歳の娘——ツクヨミの声。
それは、かつて数多の戦士を恐怖に陥れた母親、カテジナ・ルースの若き日の声と完全に酷似していた。
コックピットのモニターに映し出される彼女の容姿、そして何よりも、その瞳。
カテジナと同じ美しい青い瞳は、今や昏く濁り、狂気と愛執が入り混じった光を宿している。
完全にヤンデレと化した娘の視線に、かつての最強のコーディネイター、キラ・ルース(旧姓キラ・ヤマト)は思わず一歩後ずさった。
「ツクヨミ……どうしてこんなところで……」
「お父様を独り占めしたいからです。私のすべてを受け止めて、私だけのものになって……!」
ゾッとするようなプレッシャーが、精神波となってキラの脳幹を揺さぶる。
高レベルのニュータイプ能力による精神圧。
だが、キラは覚悟を決めた。
父親として、この歪んだ愛情の暴走を止めなければならない。
「わかった。……受けて立つよ、ツクヨミ」
二人が乗る機体は、まさに「象と蟻」だった。
ツクヨミが駆るのは、全長800メートル級の超巨大MA『ドッゴーラⅡ』。
ドッゴーラ改の凶悪な武装を継承し、全身に数百基のファンネルを格納したコンテナを有し、Iフィールドとミノフスキードライブ「光の翼」までをも備えた、ザンスカール帝国開発局の狂気の結晶である。
あまりの巨体ゆえに、母艦であるアドラステアの格納庫に入り切らず、左舷カタパルトにワイヤーで強制固定されてここまで運ばれてきた化物だ。
対するキラが駆るのは、19メートル級の『ストライクフリーダムガンダムⅡ』。
こちらもドラグーンを準サイコミュ仕様に改修し、Iフィールドを搭載。
装甲材質はドッゴーラⅡと同じだが最外殻にはフェイズシフト装甲が施され、特筆すべきはその動力源だった。
ドッゴーラⅡと同型の核融合炉を搭載し、それを超小型化した、なんと三基直列配置。
出力は文字通り3倍、発生させるミノフスキードライブの出力においては、800メートルの巨躯を誇るドッゴーラⅡを遥かに凌駕する怪物機である。
その戦いを、ザンスカール帝国開発局所属艦アドラステアの艦橋から見つめる視線があった。
局長であるカテジナ・ルース。
そして、その傍らには、11歳の次女アマテラスに手を引かれてやってきたルナマリア・ホークの姿があった。
「アマ、お父様とお姉様、本当に戦っちゃうの……?」
ルナマリアが不安げに尋ねると、アマテラスは天真爛漫な笑顔を浮かべた。
しかし、その瞳の奥には母親譲りの残虐性が隠されている。
「うん! お姉ちゃん、ずっとお父様と『ひとつになりたい』って言ってたから。プライベートだからアマって呼んでね、ルナお姉ちゃん!」
無邪気に笑うアマテラスを見ながら、ルナマリアは冷や汗が止まらなかった。
と同時に、彼女の脳裏に、かつてオーブ沖で交戦した時の記憶が鮮烈に蘇る。
(待って……あの時、私はアマちゃんが乗るドッゴーラⅡと戦った……。あの巨大な腕をほんの一振りされただけで、私の機体は一瞬で撃墜された。それに、たった4基のファンネルで、味方のムラサメ改3機がパイロットは無事だったけど全滅させられた……。あの時、私は絶望したけれど……今思えば、あの時のアマちゃん、全く本気じゃなかったんだ……!)
子供たちの規格外の強さと、それを笑顔で容認するカテジナという家庭環境の恐ろしさに、ルナマリアは戦慄するしかなかった。
「模擬戦、開始よ。二人とも、開発局の予算を無駄にしたら承知しないわよ」
カテジナの冷徹な声が通信に響くと同時に、宙域の静寂が爆散した。
「お父様ぁぁぁーーーっ!!」
ツクヨミの叫びと共に、ドッゴーラⅡの巨躯から青白い「光の翼」が広大に展開される。
それと同時に、ファンネルコンテナが開放され、数百基のファンネルが星屑のように宇宙(そら)へ放たれた。
空間全体を埋め尽くす光の弾幕。
ニュータイプのプレッシャーが実体化したかのような圧迫感が、キラを襲う。
「くっ……これが、ツクヨミの力……!?」
ストライクフリーダムⅡのコックピットで、キラは即座にマルチロックオンシステムを起動。
だが、敵の数が多すぎる。
チチチチチッ! と激しい警告音が鳴り響く。
「逃がしません……逃がしませんよ、お父様! 私の愛からぁぁぁぁぁぁ!」
濁った瞳のツクヨミがレバーを押し込む。
数百の光条が、あらゆる角度からストライクフリーダムⅡへ収束する。
並のパイロットなら、精神圧だけで圧死するか、一瞬で消塵と化す攻撃。
だが、キラ・ルースは「かつて世界を二度救った男」である。
「ツクヨミ……君の気持ちは嬉しいけれど、こんなやり方は間違っている!」
その瞬間、キラの脳内で何かが弾けた。
種(SEED)が、割れる。
同時に、ツクヨミの脳内でも完全に同調するように、種が弾け飛んだ。
親子同時のSEED覚醒。
キラの瞳からハイライトが消え、限界を超えた超知覚の世界が広がる。
ストライクフリーダムⅡの背部から、ドッゴーラⅡのそれを遥かに凌駕する、極大の、神々しいまでの「光の翼」が吹き荒れた。
三基直列の超小型ジェネレーターが咆哮を上げる。
「何っ……この出力値は!? 蟻が象を圧倒しているというの!?」
アドラステアの艦橋で、オペレーターが悲鳴を上げた。
キラの操作はもはや神速だった。
準サイコミュ仕様のドラグーンが射出され、空間を縦横無尽に駆け巡る。
ドッゴーラⅡの放った数百のファンネルに対し、キラはドラグーンとビームライフル、そして圧倒的な機動性をもって迎え撃った。
ドォン! ドォン! ドォン! ドォン!
宇宙空間に、連鎖する爆発の光輪が咲き乱れる。
信じられないことに、キラは数百のファンネルによる波状攻撃を、すべて完璧に見切り、撃墜、あるいは回避していた。
防ぎきれない余波は、機体のIフィールドが完全にシャットアウトする。
「嘘……私のファンネルが、網羅されていく……!? さすがはお父様! ああ、でも、だったらこれでどうですかぁぁぁぁぁぁ!!」
ツクヨミはドッゴーラⅡの長い蛇状の胴体をくねらせ、その巨躯そのものを質量兵器として突撃させてきた。
超巨大なビームカッターと化した光の翼が、ストライクフリーダムⅡを両断せんと迫る。
「ツクヨミ、目を覚ますんだ!」
キラはストライクフリーダムⅡを加速させた。
三倍の出力を誇る光の翼が、文字通り空間を歪めるほどの速度を生み出す。
巨躯ゆえに大回りの旋回しかできないドッゴーラⅡの死角へ、キラは一瞬で回り込んだ。
「しまっ——」
「これで、終わりだ!」
キラの圧倒的な技量が炸裂する。
ストライクフリーダムⅡは、ドッゴーラⅡのIフィールドを無力化する超高出力のビームサーベルを両手に形成。
すれ違いざま、一閃。
そして、二閃、三閃。
それは、神業と言うほかなかった。
キラはドッゴーラⅡのコックピットブロックと致命的な機関部を完全に避け、武装、推進剤タンク、そして連結器のみを、超高速の連撃で正確に切り刻んだのだ。
ドバァァァン!!
ドッゴーラⅡの巨躯がバラバラに分解され、爆炎に包まれる。
後に残ったのは、頭部とコックピット周辺だけが辛うじて繋がった、文字通りの『達磨(だるま)』状態となった無残な鉄くずの山だった。
「ああ……お父様……強い……素敵……でも、私の負け、なのね……」
モニター越しに、キラの圧倒的な強さを突きつけられたツクヨミ。
自分の全力を軽々とあしらわれ、完膚なきまでに叩きのめされたことで、彼女の心の中で張り詰めていた「ヤンデレ的な独占欲」が、急速に冷めていくのが分かった。
あまりの格の違い。
追いつけない背中。
それは、12歳の少女の歪んだ初恋が、粉々に打ち砕かれた瞬間でもあった。
「終わったね……」
キラは深く息を吐き、SEED状態を解除した。
疲労感がドッと押し寄せる。
数日後。
ザンスカール帝国開発局・本局のドッゴーラⅡ専用巨大ハンガー。
「ギャァァァァァーーーッ!!! 何だこれは!! 何なんだこれはぁぁぁ!!!」
「800メートル級の最新鋭MAが、見る影もない達磨になって帰ってきたぞ!?」
「予備パーツはある! 予備パーツはあるが……こんなの全面組み直しだ!!チクショウォォォ!!」
「おい、徹夜だ! 五徹(五日連続徹夜)は確定だぞ!! 誰だこんな無茶な使い方したアホはァァァ!!そうだよ、ルース親子だよ!!」
ハンガー内は、中破(というかほぼ大破)したドッゴーラⅡの無残な姿を前に、発狂する整備兵や開発局職員たちの怒号と悲鳴で地獄絵図と化していた。
彼らの目は血走り、髪をかきむしりながら工具を投げつけている。
一方、開発局長室。
「…………」
カテジナ・ルース局長は、デスクの上に山高く積まれた書類の束を前に、こめかみを押さえて激しい頭痛に耐えていた。
すべて、今回の模擬戦によって発生した『始末書』『理由書』『予算追加申請書』、そして軍上層部からの『説明要求書』の山である。
コンコン、とドアが開き、キラが申し訳なさそうな顔で入ってきた。
「あの、カテジナ……ツクヨミの様子は?」
「部屋に引きこもって失恋ソングを聴いてるわよ。それはいいわ、時間が解決するから」
カテジナは冷徹な、しかしどこか燃え尽きたような目でキラを見つめた。
「それよりキラ。これ、どうするの?」
彼女が指差した始末書の山。
「ドッゴーラⅡの修繕費だけで、来期の開発局の国家予算が半分吹き飛んだわ。おまけに整備班は全員狂乱状態でストライキ寸前。身内の親子喧嘩でここまでやってくれたパイロットの身元引受人として、私、なんて書けばいいのかしら?」
「あ、はは……ごめん……」
「ごめんで済んだら宇宙要塞(メサイヤ)は落ちないわよ!!」
バン! とデスクを叩き、カテジナは本日50枚目となる始末書にペンを走らせる。
その背後では、アマテラスがルナマリアに「お母様、般若みたいな顔になってるね!」と無邪気に笑いかけていた。
キラ・ルースは悟った。
娘のヤンデレ化を止めることには成功したが、妻の本当の怒りを買った自分に、明日の平穏はないということを。