ザンスカール帝国のディストピア〜カテジナ・ルースの女王の系譜〜   作:ロドニー

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出撃艦隊の慣熟訓練と男達の飲み会

 

ザンスカール帝国貴族議会が「木星帝国討伐のための大規模慣熟訓練」を決議した翌日、サイド2・8バンチコロニー宙域には、人類の技術の結晶であり、ある狂気の結晶でもある巨大艦隊が集結していた。

 

 ザンスカール帝国開発局所属艦アドラステア改。かつてバイク戦艦として宇宙を恐怖に陥れたその巨体からは、象徴であったあの巨大なタイヤが綺麗さっぱり撤去されていた。

 

 大改装の末、空いた無駄なスペースに押し込まれたのは、新型の8基直列配置動力炉と、超高出力の「ミノフスキードライブエンジンⅡ」。

 

 その結果、武装こそ原型を留めているものの、主砲の威力は単純計算で倍増、艦全体のエネルギー出力は測定不能の域に達していた。

 

 

 上部格納庫には120機もの量産型ゴトラタン初期生産型が整然と並び、その奥にはキラ・ヤマト専用の「ストライクフリーダムガンダムⅡ」、そしてザンスカール帝国モビルスーツ隊総隊長カテジナ・ルース中将の専用機「ゴトラタンⅡ」が怪しい輝きを放っている。

 

 さらに下部格納庫には、800メートル級サイコミュ搭載型超巨大モビルアーマー「ドッゴーラⅡ」が2機、不気味に鎮座していた。

 

 漆黒色に塗装された機体は、キラとカテジナの長女で13歳のツクヨミ専用機。

 

 そして、美しい蒼穹色に塗られた機体は、次女で12歳のアマテラスの専用機である。

 

 このアドラステア改を総旗艦とし、脇を固めるのはアークエンジェル改、エターナル改、ミネルバ改の3隻。

 

 これらもまた量産型ゴトラタン初期生産型を20機ずつ搭載し、アドラステア改と同等の動力とミノフスキードライブエンジンⅡを強引に組み込まれていた。

 

 その結果、かつての「ローエングリン」や「タンホイザー」といった陽電子砲・特装砲は、もはやコロニーレーザー並みの破壊力を持つハイパーメガ粒子砲へと文字通り「バグった」進化を遂げている。

 

 

 アドラステア改のブリッジ。

 

 その最上段にある総司令席に座る皇太子クロノクル・アシャー元帥は、こめかみを指で押さえながら深く、深くため息をついた。

 

 「……なぜ、私がこの艦隊の総司令なのだ。ベラ・ロナ准将」

 

 艦長席に座るベラ・ロナ准将は、凛とした表情のまま、どこか遠い目をして答えた。

 

 「女王陛下のご指名です、クロノクル元帥。

 

 木星帝国討伐という大義名分を前に、皇族自らが指揮を執ることで軍の士気を高める……表向きはそういうことになっております」

 

「裏向きはどうなんだ」

 

 「カテジナ中将とキラ大佐の『家庭の事情』に、誰も巻き込まれたくなかったから、に尽きます」

 

 「知っていたよ!」

 

 クロノクルは叫びそうになるのを必死に堪えた。胃がキリキリと痛む。

 

 このアドラステア改には、まだ恐ろしい兵器が積まれていた。

 

 ニュータイプ専用重モビルスーツ「リグ・リング」。

 

 かつて宇宙世紀を震撼させたMSN-04サザビーを彷彿とさせる重装甲・重武装の機体を、ザンスカールの最新技術と、元コーディネイターにして今やザンスカール最高の技術者でもあるキラ・ルース大佐の技術を融合させ、ギリギリまで小型化した怪物マシンだ。

 

 それが4機。

 

 与えられたのは、ルース七姉妹の「二組の双子」である。

 

 三女ハルミ(7歳)。

 

 母親のカテジナ譲りの類稀なる容姿と、父親のキラ並みの天才的な頭脳、そして異常なまでの高レベル・ニュータイプ能力を持つ。

 

 普段は地球のオーブ復興作業に駆り出されているツクヨミの秘書官兼侍女のメイリン・ホークを相手に、容赦のない「知識の暴力」を振るって泣かすのを趣味としているが、その後、同じくオーブにいる執事のイザーク・ジュールにさらに圧倒的な知識と実力で論破され、逆に泣かされるまでがセットになっている、そんなおませな天才児だ。

 

 四女ナツキ(7歳)。ハルミの双子の片割れで、スペックは全く同じ。

 

 五女アキネ(6歳)。

 

 六女ユキ(6歳)。

 

 この4人の幼女たちは、幼少期に試作機段階のリグ・リングを「ニュータイプレベルが高すぎて脳波で内部回路を焼き切って物理的に壊す」という前科を持っていた。

 

 今回搭載されたのは、その反省を踏まえて彼女たち専用に完全に調整された「幼児対応・世界崩壊仕様」のリグ・リングだった。

 

 「報告いたします!」

 

 ブリッジの通信士が引きつった声を上げた。

 

 「コ、コロニー宙域にて、キラ大佐のストライクフリーダムⅡと、カテジナ中将のゴトラタンⅡが接触!……いえ、交戦を開始しました!エネルギー反応、通常の模擬戦の枠組みを遥かに逸脱しています!」

 

 「始まったか……」

 

 クロノクルはメインスクリーンを見上げた。

 

 画面に映し出されたのは、金色と真紅と黒色の光の嵐。それは慣熟訓練の始まりを告げる、ある意味での「夫婦喧嘩」だった。

 

 事の始まりは、二組の双子たち――ハルミ、ナツキ、アキネ、ユキの4人が、今回の木星帝国討伐の大規模慣熟訓練に「実戦部隊として志願する」という書類を提出したことだった。

 

 これに激怒したのがキラであり、同時に激怒したのがカテジナだった。

 

 「いくらリグ・リングを乗りこなせるからって、7歳と6歳の子どもを戦場に出せるわけがないだろう!」

 

 ストライクフリーダムⅡのコックピットで、キラは叫びながらビームサーベルを振り下ろす。

 

 マルチロックオンシステムが作動し、カテジナのゴトラタンⅡの周囲に精密な威嚇射撃が浴びせられる。

 

 「甘すぎるのよキラ!あの子たちのニュータイプ能力はすでに私やあなたを超えているわ!戦場で自分の身を守る力があるなら、帝国のためにその力を振るうのがルースの血筋というものよ!」

 

 カテジナは叫び返し、ゴトラタンⅡの巨大なビームトンファーを起動。

 

 ストライクフリーダムⅡのビームサーベルを真っ向から受け止め、凄まじい火花が宇宙に散った。

 

 「そういう問題じゃない!カテジナはいつもそうだ、子どもたちの教育に関しても極端すぎるんだよ!」

 

 「なんですって!?私が間違っていると言うの!?じゃあ、長女と次女がすでに実戦を経験して、女王陛下からの直接命令でドッゴーラⅡを与えられているのはどう説明するのよ!」

 

 「ツクヨミとアマテラスはもう13歳と12歳だ!」

 

 「大して変わらないわよ!1歳や2歳の差が何だというの!」

 

 ドコラタンⅡの隠し腕から伸びたビームサーベルが、ストライクフリーダムⅡのシールドを激しく叩く。

 

 キラは神業的なスラスラーワークでそれを回避し、クスィフィアス3レール砲でドコラタンⅡの姿勢を崩しにかかる。

 

 2人の技量は完全に極まっており、ビームサーベルとビームトンファーが目にも留まらぬ速さで乱舞する様は、傍から見れば一級品の芸術、あるいは地獄のダンスのようだった。

 

 「……あの、叔父様(クロノクル元帥)」

 

 

 アドラステア改のブリッジに、通信回線を通じて暢気な声が入ってきた。下部格納庫からだ。

 

 画面に映ったのは、母親のカテジナに瓜二つの美しい容姿とスタイル、そして性格を持ちながらも、13歳にしてすでに婚約者であるシン・アスカを完全に精神的・肉体的に陥落させた長女、ツクヨミだった。

 

 「パパとママ、またやってるね。慣熟訓練の初日からこれじゃ、木星に行く前に船が壊れちゃうよ」

 

 「ツクヨミ……お前からも言ってくれ。妹たちを戦場に出すなどと、キラ大佐が怒るのも無理はない」

 

 クロノクルが胃を押さえながら言うと、ツクヨミの隣から、もう一つの画面が割り込んできた。

 

 母親譲りの残虐性と抜群のスタイル、しかし性格はなぜか天真爛漫という、非常にタチの悪い12歳の次女、アマテラスである。

 

 彼女は夜這いという既成事実によって、すでに婚約者であるディアッカ・エルスマンの本丸(精神的破滅)まで陥落させていた。

 

 「えー?でもハルミたち、もうリグ・リングで量産型ゴトラタン隊をボコボコにしてるよ?ねえ、ディアッカ?」

 

 アマテラスが振り返ると、その後ろで量産型ドコラタンのパイロットスーツを着たディアッカ・エルスマン少佐が、魂の抜けたような顔で虚空を見つめていた。

 

 「……ああ、そうだ。俺たちの量産型ゴトラタン初期生産型が、まるで幼稚園の遊具のように扱われた。7歳児に『おじさん、操縦雑だね』って言われながらファンネルで囲まれた時の恐怖が、お前らにわかるか……?」

 

 ディアッカは今やアドラステア隊の量産型ゴトラタン初期生産型の隊長という立場だったが、すでに精神的寿命を迎えているようだった。

 

 その頃、アークエンジェル改、エターナル改、ミネルバ改の各モビルスーツ隊も、この夫婦喧嘩を遠巻きに眺めるしかなかった。

 

 アークエンジェル改のモビルスーツ隊長、アスラン・ザラ少佐は、愛機のコックピットで通信を開いた。

 

 「シン、レイ。聞こえるか。……キラとカテジナ中将の戦闘データを見ろ。あれは訓練ではない。完全に私怨(教育方針の違い)が入っている。巻き込まれるなよ」

 

 エターナル改のモビルスーツ隊長、シン・アスカ大尉は、ツクヨミからの精神的プレッシャーで少々やつれた顔をしながら応じた。

 

 「わかってますよアスラン。っていうか、俺の婚約者のツクヨミが『パパがママに負けたら、シン、あなたが代わりにママを倒してね』とか無茶苦茶なこと言ってくるんです。無理に決まってるでしょう、あのカテジナ中将ですよ!?」

 

 ミネルバ改のモビルスーツ隊長、レイ・ザ・バレル大尉は、冷静沈着な声で言った。

 

 「シン、諦めろ。ルース家の女性に関わった時点で、我々の敗北は決定している。現にディアッカ少佐を見ろ。12歳のアマテラス様に完全に私生活まで掌握され、もはや抜け殻だ」

 

 「レイ、お前は他人事だと思って……!」

 

 宇宙空間では、キラとカテジナの戦闘がさらに激化していた。

 

 「キラ!私のリグ・リング部隊の何が不満なのよ!ハルミたちがあの機体でどれだけの戦果を上げられるか、あなたなら計算できるでしょう!」

 

 「性能の話をしてるんじゃない!親として、あの子たちに普通の子供らしい生活をさせたいんだ!カテジナ、君はいつも突っ走りすぎる!」

 

 「私を否定する気!?いい度胸ね、だったらその生意気なガンダムごと、叩き落としてあげるわ!」

 

 ゴトラタンⅡのミノフスキードライブが最大出力で解放され、巨大な光の翼が広がる。

 

 ストライクフリーダムⅡもまた、同じくミノフスキードライブⅡを展開。

 

 2つの巨大な光が激突しようとした、その時だった。

 

 「「「「パパもママも、だーーーいきらい!!!」」」」

 

 全通信回線をジャックして、アドラステア改の居住区、あるいは格納庫のどこかから、耳をつんざくような幼女たちの合唱が響き渡った。

 

 ハルミ、ナツキ、アキネ、ユキの4人である。

 

 「パパとママが喧嘩するなら、私たち、もう木星にも行かないし、ご飯も食べない!」

 

 「ハルミ、お勉強の暴力でメイリンお姉ちゃんを泣かすのもやめる!」

 

 「ナツキ、リグ・リングのシミュレーターでイザークおじさんをハメ殺す練習もしない!」

 

 「パパとママのバカ!もう知らない!」

 

 その瞬間、宇宙を埋め尽くしていた殺気が、ピタリと止まった。

 

 ストライクフリーダムⅡのビームサーベルが消え、ゴトラタンⅡのビームトンファーが収縮する。

 

 「……ハ、ハルミ?ナツキ?アキネ?ユキ?」

 

 キラの声が、一瞬で「ただの焦った父親」のものになった。

 

 「待って、パパは君たちのために……」

 

 「うるさいわよキラ!あの子たちが嫌いって言ってるじゃない!……ハルミ、ナツキ、ママが悪かったわ。だから嫌いなんて言わないで……!」

 

 カテジナの声もまた、一瞬で「取り乱した母親」のそれに変わった。

 

 2機のモビルスーツは、先ほどまでの激しい戦闘が嘘のように、お互いに気まずそうに距離を取り、そのままアドラステア改の格納庫へとトボトボと帰還していった。

 

 アドラステア改のブリッジ。

 

 メインスクリーンに映る静かな宇宙を見ながら、クロノクルは深いため息とともに、机に突っ伏した。

 

 「終わったのか……?」

 

 「そのようですね、元帥。二組の双子様方の一喝により、事態は収束いたしました」

 

 ベラ・ロナ准将が、事務的に報告する。

 

 「……しかし、ベラ。この大規模慣熟訓練は、これから『2ヶ月』の予定なのだぞ?」

 

 「はい」

 

 「初日でこれだ。私はあと2ヶ月、この頭痛と胃痛に耐えなければならないのか?」

 

 「女王陛下からの命令ですので」

 

 クロノクルはゆっくりと顔を上げ、格納庫の方角――そこにいるであろう、自らの義理の妹であるカテジナ・ルースを、怨念の籠もった目で見つめた。

 

 「カテジナ……。お前がキラと結婚して子供を儲けた時、私は少しはマシな家庭になるかと思った。だが、生まれてきた子供たちがどいつもこいつもバケモノ(ニュータイプ)で、しかもお前の残虐性とキラの戦闘技術を最高純度で受け継いでいるとは、夢にも思わなかったぞ……!」

 

 「元帥、あまり愚痴を言うと、ツクヨミ様やアマテラス様に聞かれますよ。彼女たちのサイコミュ能力は、このブリッジの会話を拾うなど造作もないことです」

 

 「ひっ……!」

 

 クロノクルは慌てて口を噤んだ。

 

 地球のオーブ復興現場では、今頃メイリン・ホークがハルミからの通信が来ないことに安堵し、イザーク・ジュールが「ザンスカールのガキどもが」と悪態をついている頃だろう。

 

 しかし、この宇宙の地獄に比べれば、そこは天国のような場所に違いない。

 

 アドラステア改のブリッジには、ただ、これからの2ヶ月間、精神が持つかどうかを真剣に悩み始めた総司令クロノクル・アシャー元帥の、悲壮な沈黙だけが流れていた。木星帝国が攻めてくる前に、この艦隊は家庭内崩壊で沈むのではないか。

 

 そんな一抹の不安を抱えながら、大規模慣熟訓練は、最悪の形で幕を開けたのだった。

 

 

サイド2・1バンチの片隅に佇む、厚い琥珀色の光に満ちた高級バー。

 

 木星帝国討伐作戦を控えた大規模慣熟訓練の前夜、重厚な革張りのソファに腰を下ろした5人の男達は、それぞれが背負う「あまりにも濃すぎる現実」に、グラスを傾けながらため息をついていた。

 

 「……なぁ、アスラン。お前が一番まともに見えるのは気のせいか?」

 

 ディアッカ・エルスマン少佐が、琥珀色の液体を喉に流し込みながら、死んだような目でアスラン・ザラに問いかけた。

 

 アスランは静かにグラスを回し、氷の音を響かせる。

オーブの無条件降伏。

 

 あの凄惨な飢餓状態からの救済。

 

 そこまでは5人全員同じ地獄を見ていた。

 

 だが、その後の人生のステータス画面が、全員どこかバグっている。

 

 「まとも、か。……そうかもしれないな。カガリはルース大公家の寄子として子爵になり、4歳になる娘のヒナを連れてオーブ復興のために地球へ降りた。私はルース大公家私兵部隊の隊長として、ここに残って任務をこなすだけだ。遠距離恋愛のような寂しさはあるが……命があるだけ、家族が笑っていられるだけで、私は満たされているよ」

 

 「……けっ。相変わらずお前は、そういう爽やかな顔をして周囲の神経を逆撫でする天才だな」

 

 美しい銀髪をいらだたしげにかき揚げたのは、イザーク・ジュールだった。

 

 彼もまた、飢餓治療の後に数奇な運命を辿った一人だ。

「

 言うな、イザーク。お前だって、あのメイリンに説得されて『執事』に就職した時は、全宇宙が耳を疑ったぞ」

 

 ディアッカがにやにやと笑う。

 

 「うるさい! メイリンがあまりにも必死に泣きつくから、仕方がなく席を置いたまでだ! ……フン、ルース七姉妹のガキどもめ。私の完璧な礼儀作法と実力の前に、泣いて許しを請う日々を忘れたわけではあるまい」

 

 「でもイザーク、お前、最近その『泣かした七姉妹』から、妙な信頼を勝ち取って私生活までストーキングされてないか?」

 

 レイ・ザ・バレルが、いつになく冷徹なトーンのまま、静かに核心を突いた。

 

 「な、なぜそれを知っている、レイ!」

 

 「シンから聞いた。執事室のクローゼットに七姉妹の誰かしらが潜伏していると」

 

 「……あの一族の女どもは、どいつもこいつも距離感という概念が欠落しているのだ……!」

 

 イザークが頭痛をこらえるように額を押さえる。

 

 その隣で、完全に魂が口から抜けかけている男がいた。シン・アスカである。

 

 「……シン、お前はもうすぐルース大公家の『婿殿』だな。おめでとう」

 

 レイがシンの肩にぽんと手を置いた。

 

 レイはルース大公家の私兵部隊に入り、今やシンの最大の精神的支柱だ。

 

 シンのこの荒れ果てたメンタルを支えられるのは、世界でレイしかいない。

 

 「おめでたく、ないですよ……レイ……。なんで俺が、あんな……あんな……」

 

 「ツクヨミ様か。カテジナ様に瓜二つの容姿と苛烈な性格、そして13歳とは思えない抜群のプロポーションをお持ちの、次期大公であらせられるお方だな」

 

 アスランが真面目な顔で事実を列挙する。

 

 それが余計にシンの心を抉った。

 

 「そうですよ! 降伏した瞬間にあの人に気に入られて、『お前を私の婿にする!』って宣言されて、毎日毎日、モビルスーツの特攻並みの猛攻撃を受けて……! 俺、耐えきれなくて、ついにこの前、陥落しちゃったんですよ……婚約しちゃったんですよ!!」

 

 シンは机に突っ伏して頭を抱えた。

 

 「贅沢な悩みだな、シン。13歳とはいえ、将来の最高権力者の夫の座が約束されたんだ。胸を張れ」

 

 ディアッカが冷やかすが、そのディアッカの顔も大概引きつっている。

 

 「どの口が言うんですか、ディアッカさん!! あなたこそ、次女のアマテラス様(12歳)にロックオンされて、大変なことになってるじゃないですか!」

 

 シンがガタッと立ち上がり、ディアッカを指差す。

 

 ディアッカの脳裏に、凄惨な『模擬戦デート』の記憶がよみがえった。

 

 「……言うな。俺はただ、姉のルナマリアとクロノクルとの婚約の真意を暴きたいって言うメイリンの護衛で、サイド2に同行しただけなんだ。なのにオーブで指名手配されて帰れなくなって、亡命する羽目になり……気づけば、あのカテジナ譲りの残虐性と天真爛漫さを併せ持つ12歳に気に入られていた」

 

 ディアッカは遠い目をした。

 

 「『模擬戦しましょう、ディアッカ様!』って言われてさ。俺のバスターガンダムに対して、あの子、サイコ・ガンダムMk-IIで来やがったんだぞ? 殺す気満々じゃねぇか。で、俺が必死に立ち回って撃墜したら……あいつのハートに火がついちまった」

 

 「そこからの行動力が、ルース家の血筋たる所以だな」

 

 レイが、まるで他人事のように淡々と付け加える。

 

 「夜這いだぞ!? 夜中に目が覚めたら、12歳のガキが俺のベッドに侵入してて、『既成事実です!』って、全裸で満面の笑みで宣言されたんだぞ! どんなホラーだよ! それで今や、既成事実を理由に婚約成立だ。おかげで俺は、開発局本局局長側付きのテストパイロット(少佐)に収まっちまった。……俺の人生、どこでボタンを掛け違えたんだ?」

 

 男5人が揃って深いため息をつく。

 

 オーブの若きエースやエリートだった男たちが、サイド2の居酒屋(高級バー)で、12歳や13歳の少女たちに人生を狂わされている。

 

 この世の終わりみたいな空間だった。

 

 その時、バーのドアが静かに開き、独特の、どこか浮世離れしたオーラを纏った男が入ってきた。

 

 白を基調とした、ザンスカール帝国開発局局長側付き技士の、大佐の制服。

 

 かつて「自由」の名を冠したモビルスーツを駆り、戦場を無双した伝説のパイロット。

 

 キラ・ルース(旧姓:キラ・ヤマト)大佐であった。

 

 「みんな、お疲れ様。明日の大規模慣熟訓練、よろしくお願いしますね」

 

 キラは穏やかな、しかしどこか悟りを開いた聖者のような微笑みを浮かべて、5人のテーブルに近づいてきた。そして当然のようにディアッカの隣に腰を下ろす。ディアッカは現在、このキラ大佐の部下という立場だ。

 

 「……大佐、お疲れ様です」

 

 ディアッカが複雑な表情で敬礼しようとするのを、キラは手で制した。

 

 「プライベートだから、普通に話してよ。僕だって、たまには息抜きがしたいんだ」

 

 キラが注文したノンアルコールのカクテルが運ばれてくる。

 

 5人の視線が、一斉にキラに注がれた。

全員の目が【この中で一番不憫な、究極の被害者】を見る目に変わっていた。

 

 キラ・ヤマト。13年前のメサイヤ戦。彼はあの苛烈極まる女性、カテジナに撃墜され、捕虜となった。

 

 そこからが、彼の本当の地獄……いや、奇妙な運命の始まりだった。

 

 カテジナに異常なまでに気に入られたキラは、ベッドに拘束され、暴虐と屈辱の限りを尽くされた。

 

 ザンスカールの苛烈な洗礼をその身に浴び続け、なんと長女を妊娠・出産。それを機にルース家に婿入りさせられ、今や「キラ・ルース」となったのだ。

 

 「……キラ。その、何だ。最近はどうなんだ?」

 

 幼馴染のアスランが、極めて慎重に、腫れ物に触るようなトーンで切り出した。

 

 キラはカクテルを一口飲み、ふふ、と笑った。

 

 「どう、って? 相変わらずだよ。毎日が賑やかでね。なんと言っても、娘が8人もいるから」

 

 「「「「「8人!!!!?」」」」」

 

 アスラン以外の、独身(および絶賛巻き込まれ婚約中)の男たちの声が綺麗にハモった。

 

 「そうなんだ。ツクヨミもアマテラスも、下の子たちの面倒をよく見てくれるから助かるよ。ただ、シン君やディアッカ君が僕の義理の息子(になる予定)だって聞いた時は、本当に世間は狭いなと思ったけどね」

 

 キラは悪気のない笑顔で、シンとディアッカを見る。

シンはあまりの恐怖にガタガタと震え出した。

 

 「き、キラさん……じゃなくて大佐……。カテジナ様って、その、家ではどんな感じなんですか? 俺、ツクヨミ様に毎日『お前は私の犬だ!』とか『私以外の女を見たらミンチにしてやる!』とか言われて、生きた心地がしないんですけど……。あの人の母親なんですよね!?」

 

 シンの悲痛な叫びに、キラは顎に手を当てて「うーん」と考え込んだ。

 

 「カテジナさん? 家ではね……すごく可愛いよ?」

 

 「「「「「はあぁぁぁぁぁぁ!?」」」」」

 

 今度はアスランも含めて、5人の声が完全に一致した。あの、全宇宙を震撼させた狂気の象徴、カテジナが「可愛い」? 宇宙の法則が乱れたかのような発言だ。

 

 「いや、本当に。確かに最初はね、ベッドに拘束されて、毎日『この生意気なツラを歪ませてやる!』ってひどいことをされたり、屈辱的な言葉をたくさん浴びせられたりしたよ? 僕も当時は泣いてばかりだったしね」

 

 キラはサラリと、とんでもないトラウマ級の過去白状した。ディアッカの顔が青ざめる。

 

 「でも、僕もだんだん慣れてきちゃって……。ほら、ザンスカールの開発局局長側付き技士として、僕、モビルスーツの調整とかで彼女の役に立てるようになったじゃない? それで、ある時から彼女の要求を全部完璧に先回りしてこなす、いわゆる『スパダリ』的な振る舞いを心がけるようにしたんだ」

 

 「す、すぱだり……?」

 

 イザークが未知の単語に眉をひそめる。

 

 「うん。カテジナさんが『お茶!』って言う前に、彼女が一番好きな温度のお茶と、その日の体調に合わせたお菓子をサッと出したり。彼女が仕事でイライラして帰ってきたら、何も言わずに後ろから抱きしめて、頭を撫でてあげたり。寝る前には、彼女の足をマッサージしながら、今日どれだけ彼女が美しかったかを耳元で囁いたり……」

 

 バーの空気が、急速に凍りついた。

 

 アスランは頭を抱え、レイは静かに目を閉じ、イザークはグラスを落としそうになり、シンとディアッカは開いた口が塞がらない。

 

 「そうするとね」

 

 キラは少年のように目を輝かせ、どこか楽しそうに語を強める。

 

 「あのカテジナさんが、ものすごく初な、少女みたいな反応をするんだよ。

 

 顔を真っ赤にして、モジモジしながら『……あ、ありがとう、キラ……』って、蚊の鳴くような声で悶えるんだ。

 

 その反応を見るのが、最近の僕の密かな楽しみなんだよね」

 

 静寂。

 

 圧倒的な静寂がバーを支配した。

 

 (((((この人、完全に調教(逆)を完了させてる……!!!)))))

 

 5人の脳裏に、同じ戦慄が走った。

 

 捕虜となり、暴虐と屈辱の限りを尽くされ、ベッドに拘束されて子供を産まされた男。

 

 一見すれば、これ以上ない不憫で悲惨な運命の主人公だ。

 

 しかし、13年の月日は、キラ・ヤマトという怪物を、さらなる高み(?)へと押し上げていた。

 

 彼はその圧倒的な包容力と完璧な主夫・技術者スキルで、あの狂気のカテジナを「ただの初なツンデレ少女」へと完全に去勢していたのだ。

 

 「あ、でもね」

 

 キラは思い出したように人差し指を立てた。

 

 「時々、昔の癖で『あんたなんか、いつでも消せるんだからね!』ってナイフを突きつけられたりするけど、そういう時は優しくナイフを取り上げて、お姫様抱っこでベッドに運ぶと大人しくなるよ。シン君もディアッカ君も、ルース家の女性を扱う時は、とにかく甘やかすのがコツだよ。彼女たちは、寂しがり屋の裏返しだからね」

 

 「……あ、圧倒的すぎる……」

 

 シンがガタガタと震えながら、レイの袖を掴んだ。

 

 「レイ……俺、あの一族の婿になるの、やっぱり無理かもしれない……。キラさんみたいに変異できない……!」

 

 「落ち着け、シン。お前にはお前の良さがある。……多分、犬として徹すれば生き残れる」

 

 「レイ、それ慰めてない!!」

 

 ディアッカは、自分の未来を想像して白目を剥いた。

 

 「12歳が夜這いしてくる時点でホラーなのに、将来的に俺も『アマテラス、今日も可愛いよ』とか言って、ナイフを取り上げる生活をするのか……? テストパイロットの仕事より命がいくつあっても足りねぇよ……」

 

 イザークは信じられないものを見る目でキラを凝視していた。

 

 「キラ・ヤマト……。貴様、かつての戦いでも恐ろしい男だと思っていたが、まさか私生活において、ここまで底の知れない怪異と化していたとはな……」

 

 「酷いな、イザーク。僕はただ、家族を愛しているだけだよ?」

 

 キラは首を傾げ、実にあざとく微笑んだ。

 

 アスランは、静かに自分のグラスに酒を注ぎ足した。

 

 そして、全員に向けてグラスを掲げる。

 

 「……明日の訓練、そして木星帝国討伐作戦。我々の前途には、多くの困難が待ち受けているだろう」

 

 アスランの言葉に、全員が視線を合わせる。

 

 「だが、私は確信した。宇宙のどんな脅威、どんな新型モビルスーツ、どんな残虐な独裁者が現れようとも……」

 

 アスランは、キラを、そしてシンとディアッカを見つめた。

 

 「我が部隊の男たちの『家庭環境』という名の地獄に比べれば、木星帝国など、ただのそよ風に過ぎないということを」

 

 「「「「……間違いない」」」」

 

 シン、ディアッカ、イザーク、レイが力強く(しかし絶望に満ちた目で)グラスを合わせた。

 

 キラもまた、「ふふ、みんな大袈裟だなあ」と笑いながら、ノンアルコールカクテルのグラスをカチンと合わせる。

 

 「あ、そうだ」

 

 キラが楽しそうに付け加えた。

 

 「明日の訓練が終わったら、我が家で夕食会をしようってカテジナさんが言ってたんだ。 シン君もディアッカ君も、ツクヨミとアマテラスが待ってるから、絶対に遅れないでね。遅れたら、カテジナさんが『ギロチンにかける』って張り切ってたから」

 

 シンとディアッカの顔から、完全に血の気が引いた。

 

 「「……訓練、死ぬ気で生き残ります」」

 

 

 二人の決意表明が、高級バーの夜に虚しく響き渡った。

 

 

 木星帝国討伐の前に、彼らには超えなければならない、あまりにも巨大で愛(狂気)に満ちた身内の壁が存在していた。

 

 

 コメディのような悲劇か、悲劇のようなコメディか。

サイド2の夜は、男たちの涙と、一人のスパダリ大佐の笑顔と共に、更けていくのだった。

 

 

 

 

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