ザンスカール帝国のディストピア〜カテジナ・ルースの女王の系譜〜 作:ロドニー
ザンスカール帝国の木星帝国討伐作戦の最中、火星軌道上宙域は、まさに地獄の様相を呈していた。
漆黒の宇宙を埋め尽くすのは、木星帝国が誇る圧倒的な大艦隊と、万を超えるモビルスーツの群れ。
その暴力的な数の前では、いかに精強なザンスカール帝国の艦隊といえども、絶望的な防戦を強いられるはずだった。
だが、ザンスカール帝国の旗艦「アドラステア改」の底底部には、その絶望を覆すための「牙」が秘められていた。
先の大改装において、アドラステア級の象徴でもあった巨大な地球クリーン作戦用のタイヤはすべて撤去されていた。
その広大なタイヤ跡のスペースに設けられたのが、超巨大モビルアーマー『ドッゴーラⅡ』専用の下部格納庫である。
不気味なほど静まり返った格納庫の管制室で、一人の男が冷や汗を拭いながらモニターを睨みつけていた。
ザンスカール帝国開発局局長側付き技士、キラ・ルース大佐である。
旧姓をキラ・ヤマト。
かつて戦場を揺るがした伝説のエースは、今や技術者として、そして父親として、過酷な運命の渦中に身を置いていた。
「コンテナブロックの換装、急いでくれ! あと1分……いや、30秒で終わらせるんだ!」
キラの指示を受け、整備アームが巨大な兵装ブロックをせわしなく動かす。
そこに格納されているのは、全長800メートル級の怪物。サイコミュ搭載型超巨大モビルアーマー『ドッゴーラⅡ』。
かつてのドッゴーラ改の武装をすべて継承しつつ、ガンダリウム複合材とルナチタニウム合金複合材を交互に蓄積した「8層装甲材」を纏い、ミノフスキードライブエンジンとIフィールドジェネレーターを搭載した、まさに動く要塞。
今回の出撃にあたり、各種ファンネルを搭載していたコンテナブロックを、より確実な面制圧を可能とする「ファンネルミサイル搭載型コンテナブロック」へと換装する作業が行われていた。
そのタイムリミットはわずか10分。
「局長! 換装完了しました! オールグリーンです!」
「よし、ハッチを開放! ツクヨミ、アマテラス、聞こえるかい? 換装は間に合った。だけど、決して無理はしないでくれ。お母さんを……カテジナを悲しませるような真似だけは……」
通信の向こうから返ってきたのは、父親の心配を余所に、酷く冷徹で、同時に酷く無邪気な、相反する二つの少女の声だった。
「わかってるよ、お父様。そんなに心配しなくても、あんな木屑みたいな有象無象、すぐに片付けてあげるから」
そう応えたのは、長女のツクヨミ。13歳。
機体色は、光すら吸い込むような漆黒色。
その容姿と、冷酷でありながら底知れない激情を孕んだ性格、そして豊満なスタイルは、母親であるカテジナ・ルースと瓜二つだった。
高レベルのニュータイプ能力を誇り、さらにその瞳には、かつてキラが持っていた「SEED」の輝きを宿している。
「あはは! お父様、見ててね! どっちがたくさん虫ケラを潰せるか、お姉ちゃんと勝負するんだから!」
続いて弾んだ声を上げたのは、次女のアマテラス。
12歳。
機体色は、どこまでも澄み渡るような蒼穹色。母親譲りの残虐性とスタイルを持ちながらも、根本的な性格は天真爛漫。
彼女もまた、ツクヨミに劣らぬ高レベルニュータイプであり、「SEED」の保持者だった。
「アドラステア改、下部ハッチ開放! ドッゴーラⅡ、両機、発進する!!」
轟音と共に、2頭の巨大な大蛇が宇宙へと解き放たれた。
宇宙空間では、ドッゴーラⅡの換装時間を稼ぐために前線で踏み止まっていた、アークエンジェル改(マリュー・ラミアス艦長)、エターナル改(アンドリュー・バルトフェルド艦長)、ミネルバ改(タリア・グラディス艦長)の3隻が、木星帝国の猛攻に晒され、まさに絶体絶命のピンチに陥っていた。
さらに、その周辺を護衛していたマユラ、アサギ、ジュリの乗る量産型ゴトラタン隊も、圧倒的な物量を前に消耗しきっていた。
当初は180機を数えたゴトラタン隊だったが、撃墜こそ免れているものの、すでに4割が大破し、命からがら母艦へと撤退していく惨状だった。
「もう持ちこたえられない……ッ! アサギ、ジュリ、直撃が来るよ!」
マユラが悲鳴のような通信を上げた瞬間、木星帝国のモビルスーツ群が一斉にビーム・ライフルの銃口を向けた。
「させないよぉっ!!」
天真爛漫な叫びと共に、蒼穹の巨体が戦場に割り込んだ。
アマテラスのドッゴーラⅡである。
彼女の意思に呼応し、機体から無数のフィン・ファンネルが射出された。
それらは幾何学的な陣形を組み、アークエンジェル改、エターナル改、ミネルバ改、そしてマユラたちのドコラタンを包み込むようにして、強固な光のバリアを展開した。
木星軍の放ったビームが、バリアに接触した瞬間に激しく霧散する。
「マユラお姉ちゃんたち、下がってて! ここからは私とお姉ちゃんの時間だから!」
「ツクヨミ、合わせるよ! ファンネルミサイル、一斉射!!」
蒼穹と漆黒の巨体から、無数のコンテナハッチが開放され、夥しい数のファンネルミサイルが漆黒の宇宙へと放たれた。
それはまるで、自らの意思を持つ光の雨のようだった。
木星帝国のモビルスーツやモビルアーマーの装甲は、旧世紀の遺物とも言えるチタン合金製。
かつてのザクⅡやゲルググと同等の素材に過ぎない。
最新鋭の複合装甲を持つザンスカールの兵器に比べれば、それはあまりにも脆弱だった。
サイコミュによって完全に制御されたファンネルミサイルは、敵機の回避行動をあざ笑うかのように軌道を修正し、ピンポイントで「パイロットが感知するコクピット」へと突き刺さっていく。
「な、なんだこの誘導性は!? 避けられ――うわあああっ!?」
「化け物め! どこから狙って――」
断末魔の叫びと共に、木星帝国のMSが次々と光球へと変わっていく。
ひとたまりもなかった。一撃で確実にコクピットを消し去るその精度は、戦場を恐怖で支配した。
だが、本当の恐怖はここからだった。
「ツクヨミ、そっちへ行ったよ!」
「ええ、逃さないわ」
2機のドッゴーラⅡは、背部のミノフスキードライブから、巨大な「光の翼」を展開した。
それは凄まじい推力を生み出すと同時に、触れるものすべてを消滅させる巨大なビーム・サーベルそのものでもある。
漆黒と蒼穹の巨躯が、光の翼をなびかせながら、木星帝国のMSの群れへと突撃した。
回避が間に合わない敵機が、光の翼に接触した瞬間にドロドロに融解し、あるいは文字通り「轢き殺されて」いく。
さらに、ドッゴーラⅡの側面から奇襲をかけようとした木星軍のMS部隊に対し、ツクヨミは冷酷な笑みを浮かべた。
「鬱陶しい羽虫どもね……絡まりなさい」
機体各所から放たれたビームストリングが、敵MSの四肢を絡め取る。
ツクヨミはそのまま減速することなく、ビームストリングで捕らえた敵MSの群れを引き摺りながら急加速した。
そして、引き摺り回した敵MSを、そのまま木星帝国軍の巡洋艦のブリッジへと正確に叩きつけた。
ズドォォォン!!!
敵のモビルスーツを弾丸代わりにされ、ブリッジを粉砕された巡洋艦が、狂ったように火を噴きながら爆沈していく。
「あははは! お姉ちゃん、ナイスコントロール!」
「当然よ。さあ、次はあの塊を片付けましょう」
そのあまりにも狂気じみた、そして圧倒的な蹂達を、遠巻きに見つめる者たちがいた。
ザンスカール帝国モビルスーツ隊の隊長たち――アスラン・ザラ、シン・アスカ、レイ・ザ・バレル、そしてディアッカ・エルスマンの4人である。
彼ら3人(アスラン、シン、レイ)は、かつてオーブが無条件降伏を喫した後、ルース大公家の私兵部隊の隊長として迎え入れられていた。
かつてオーブ沖での強行偵察の際、当時まだ実戦テスト中だったアマテラス機のドッゴーラⅡが、マユラたちの乗るムラサメ改をフィン・ファンネルの檻に閉じ込め、メガ粒子砲で一網打尽にしようとした恐るべき姿をモニター越しに見てはいた。
だが、実戦におけるドッゴーラⅡの、この「完全な戦闘力」を目の当たりにしたのは、これが初めてだった。
アークエンジェルを母艦とするゴトラタン隊隊長アスラン。
エターナルを母艦とするゴトラタン隊隊長シン。
ミネルバを母艦とするゴトラタン隊隊長レイ。
アドラステア改を母艦とするゴトラタン隊隊長ディアッカ。
4人はほぼ同時に、部下たちへ通信を入れた。
『全員、直ちに母艦周辺まで後退しろ! 繰り返す、全機、ドッゴーラⅡの戦闘半径から離脱せよ!』
「隊長!? まだ戦えます! 木星軍を追撃させてください!」
マユラが食い下がるが、アスランの声はこれまでにないほど切迫していた。
『ダメだ、マユラ! 下がれ! あの2機の近くにいたら、敵も味方も関係なく巻き込まれて轢き殺されるぞ! 巻き込み事故防止だ、いいから戻れ!!』
戦場を縦横無尽に蹂躙し、光の翼で敵を焼き尽くし、ビームストリングで引き摺り回した敵を戦艦に叩きつける2頭の巨大な大蛇。
アスラン、シン、レイの3人は、その暴れ振りに、ただただ戦慄するしかなかった。
「……これが、ルース大公家の娘たちの力か……」
シンの声が震えていた。
「戦術という概念が崩壊しているな。あれはただの天災だ」
レイもまた、冷や汗を流しながら呟く。
やがて、ドッゴーラⅡの苛烈極まる猛攻により、万を数えた木星帝国軍の一陣は完全に瓦解。
生き残った僅かな艦艇が、恐怖に駆られたように後方へと退却を始めていた。
戦況がひとまず落ち着きを見せる中、母艦付近で待機していたアスラン、シン、レイの3人は、ふと、隣に並ぶディアッカの乗るゴトラタンへと視線を向けた。
その目は、畏怖と、どこか同情、そして言葉にできない恐ろしさに満ちていた。
なぜなら、この化け物じみた姉妹のうち、次女のアマテラスを、かつて模擬戦デートという名目の決闘において、旧式のバスターガンダムで撃破した男こそが、目の前にいるディアッカ・エルスマンだったからだ。
ちなみにアマテラスの乗機はサイコ・ガンダムMk-IIだった。
「……おい、ディアッカ」
アスランが、通信越しに何とも言えない声で呼びかける。
「お前、本当によくあんな女の子に勝てたな。いや、あの狂暴なアマテラス様を相手に、バスターでサイコ・ガンダムMk-IIを落とすとか、どんな執念だ」
すると、ディアッカのコックピットから、魂の底からの絶叫が返ってきた。
『うるせええええええッ!! 勘違いするなアスラン! 俺はなぁ、あんな危険極まりないお嬢様と婚約なんて、死んでもしたくなかったんだよ!! だからあの時は、本当に死に物狂いで、文字通り命がけで撃破しただけだ畜生!!』
必死の形相で叫ぶディアッカだったが、シンとレイの視線はなおも冷たい。
『結局、その後お部屋に夜這いされて、既成事実作られて外堀埋められて、婚約させられたじゃないですか』
シンがボソリと、確信を突く。
『ああ。ディアッカ、お前の努力は結果として、彼女の残虐性と独占欲に火をつけただけだったな。本末転倒だ』
レイが淡々と追撃する。
『お前ら他人の事だと思って優秀な解説すんじゃねええええッ!! 俺の人生の 傾斜はあの日から狂ってんだよ!!』
頭を抱えて叫ぶディアッカに対し、アスランは深く、深くため息をついた。
そして、呆れ果てた声でこう言い放った。
「自業自得だろ。お前が変に格好つけて勝ったりするから、余計に気に入られたんだ。……まあ、それを言うなら」
アスランはそこで言葉を切り、今度は隣のシンへと、鋭い視線を向けた。
「シン。お前もディアッカのことを笑えないぞ。お前だって、長女のツクヨミ様からの、あの『カテジナさん譲りの猛攻撃(精神的かつ物理的アプローチ)』に、あっさりと陥落して婚約した口だろうが」
「う、うぐっ……!?」
図星を突かれたシンが、コックピットの中で一瞬で顔を真っ赤にし、言葉に詰まる。
「俺は……俺はただ、ツクヨミ様があまりにもお母様(カテジナ)に似た目で『私を拒むなら、今すぐこの世界を燃やし尽くしてあげる』って微笑むから、世界を救うために犠牲になったというか、その、純粋な愛にですね……!」
「はいはい、そういうことにしておいてやるよ」
アスランの冷ややかな声が、シンの言い訳を容赦なく切り捨てた。
そのブーメランは、シンに深く、鋭く突き刺さっていた。
遠くの宇宙では、木星帝国を散々に蹂躙した漆黒と蒼穹のドッゴーラⅡが、「お父様〜! 敵さん逃げちゃった〜!」と、実家に戻るかのような軽い足取りでアドラステア改へと帰還していく姿が見える。
戦場を支配した恐怖の余韻と、あまりにも俗世的な婚約者たちの悲鳴が、火星軌道上の通信回線に虚しく響き渡るのだった。
木星帝国の第一陣が、火星の赤い砂を背に後退していく。
その光景をアドラステア改のブリッジモニターで見届けた瞬間、私の胸の奥からせり上がってきたのは、狂気にも似た歓喜だった。
「あはははは! 見たか、木星の虫ケラどもが! 逃げていく、この私から、私たちの力から逃げ惑っているわ! 素晴らしい、実に滑稽で、実に愛おしい道化たちだこと!」
ブリッジに私の高笑いが響き渡る。
狂おしいほどの全能感。
だが、その笑い声に同調する者は誰もいない。
私のすぐ隣、艦長席に座るベラ・ロナ准将――かつてセシリー・フェアチャイルドと呼ばれ、私の薄汚い孤児時代を知る数少ない女は、深く被った艦長帽の庇をさらに下げ、冷徹な沈黙を保っていた。
彼女の指先が、所在なげに椅子の肘掛けを叩いている。
その沈黙が、私に冷水を浴びせるようで少しだけ癪に障った。
「何よ、ベラ。面白くない顔をして。勝ったのよ? 私たちの娘たちが、あの忌々しい木星の軍勢を蹴散らしたの。もっと誇りに思ったらどう?」
「……カテジナ。第一陣を退けたに過ぎないわ。それも、こちらの予想を遥かに上回る消耗を強いられての、ね」
ベラは低く、落ち着いた声で言った。
宇宙海賊クロスボーン・バンガードを率い、第一次木星帝国戦役を戦い抜いた彼女の瞳には、勝利の酔いなど微塵もなかった。
戦後、彼女がテテニスと共にパン屋を営み、マリア女王の先代女王に謁見したあの時代から、彼女の本質は何も変わっていない。
だからこそ、私は彼女にこのアドラステア改の舵を任せたのだ。
「わかっているわよ、そんなことは。ですがね、ツクヨミとアマテラスの戦いぶりを見ただろ? あの二人がいれば、木星など恐るるに足りないわ」
私は自分の引き締まった腹部にそっと手を当てた。そこにはもう、二ヶ月前まで宿っていた命の鼓動はない。
八女であるフユミは、無事にこの世に生を受けた。
だが、その出産は祝福されたものではなかった。
妊娠八ヶ月だった私に、あの方を騙るカガチやタシロどもが、あろうことか出産促進剤を盛りおったのだ。
あの時、私のニュータイプの波動は、木星帝国軍の遥か後方に潜むカガチ一派のスクィード級戦艦をはっきりと捉えていた。
『そこにいる。そこにいるのはわかっているのよ、カガチ!』
脳裏に焼き付いたあのどす黒い悪意。
だが、距離が離れすぎていて、私の怒りの炎は奴らに届かなかった。
あの時の悔しさと、腹を裂かれるような痛みが、今の私を突き動かしている。
「カガチ……タシロ……。お前たちの小細工など、このルース大公家当主であり、開発局局長たるカテジナ・ルースがすべて叩き潰してあげるわ……」
言葉の端から怨嗟が漏れ出る。
しかし、ベラの言う通り、勝利の余韻に浸る時間は一瞬だった。
私たちの木星帝国への奇襲作戦は、情報漏洩か、あるいは奴らの勘の鋭さによって完全に失敗していた。
火星軌道上宙域で待ち伏せを受けていたのだ。
「現在の戦況を報告します!」
ブリッジのオペレーターが悲痛な声を張り上げる。
「ファラ中将が指揮する地球軌道上艦隊、およびザンスカール近衛艦隊の本隊全八十隻がこの宙域に到達するまで、あと四十八時間! それまで本先行艦隊のみで、この戦域を維持せねばなりません!」
「四十八時間……」
ベラが呟く。
「敵の残存戦力、および後続の予測は?」
「木星帝国のモビルスーツ隊は、推定数千機! 今後、最低でも八回に及ぶ波状攻撃が予想されます! 休息の時間は皆無です!」
それだけではない。
手元のコンソールに表示されるアドラステア改、アークエンジェル改、エターナル改、ミネルバ改の各格納庫の状況は、まさに地獄絵図そのものだった。
「初戦に出撃した全百八十機の量産型ドコラタン、うち三割が大破・行動不能。整備兵たちが死に物狂いで修復に当たっていますが、現在動かせる稼働機は百二十機まで低下しています!」
通信ウィンドウが開き、下部格納庫のチーフ整備兵の顔が映し出される。油塗れで、髪を振り乱した男が叫んでいた。
「閣下! 冷却剤が足りません! モーターの焼き付きが酷すぎる! ゴトラタンのフレームが、あのドッゴーラ並みの高機動に耐えきれていないんです! 次の波が来たら、あと何機を上げられるか……!」
「四の五の言わずに直しなさい!」
私は通信を怒鳴りつけた。
「動かない機体はただの鉄屑よ! 腕の一本や二本、溶接してでも繋ぎ止めなさい! 私たちの後ろには、生まれたばかりのフユミがいるのよ! 母親が戦っている間に、娘を死なせるわけにいかないでしょうが!」
「は、はいっ!」
通信を切ると、私は大きく息を吐き出した。
私の専用機、ゴトラタンⅡ。そして、私の夫であるキラ・ルース――旧姓キラ・ヤマト大佐が、この艦の下部格納庫で待機しているはずだ。
あの人の作った『化け物』たちが、今も格納庫で静かにその牙を研いでいる。
ゴトラタンⅡ。
試作機の武装を継承しつつ、キラが開発したストライクフリーダムガンダムⅡの技術をこれでもかと詰め込んだ機体。
ドッゴーラⅡ専用の巨大な動力を小型化し、三基も直列配置した超高出力機関。
装甲はガンダリウム複合材とルナチタニウム合金複合材を交互に蓄積した八層装甲材、さらにその外殻をフェイズシフト装甲で覆っている。
推進器はストライクフリーダムガンダムⅡと同型のミノフスキードライブエンジンⅡ。
有り余る余剰エネルギーをそのまま叩き込むIフィールドジェネレーターに、サイコミュシステム、そして頭部にはバイオコンピュータとバイオセンサーの複合システム。
『カテジナさんなら、この子を完全に扱えるよね?』
ロールアウトの際、あの人はそんな呑気な顔をして笑っていたのだ。
その結果、あまりの加速性能に死にかけ、私は機体から降りるなり、キラの頬を全力でぶん殴ってやった。
「あんたは私を殺す気か!」と。
私は悪くない。
当然の権利だ。
おかげで、それまで頑なに拒んでいた対G対応の特殊ノーマルスーツを、流石の私も着用せざるを得なくなった。
だが、そんな化け物染みた加速を持つストライクフリーダムガンダムⅡを、ただの一般的なノーマルスーツで、平然とした顔で操る私の夫の方が、よっぽど狂っていると私は今でも信じている。
(母親である、カテジナもツクヨミとアマテラスがドッゴーラⅡを乗る際、通常のノーマルスーツだとは知らない。)
「カテジナ、下部格納庫へ行くのでしょう?」
ベラがシートから私を見上げた。
その瞳には、私への哀れみと、確かな信頼が混ざり合っていた。
「ええ。指揮官がブリッジに引き籠もっていては、兵たちの士気が下がるわ。それに……あの馬鹿な夫の顔を見ないと、私のニュータイプ能力が怒りで暴走しそうだもの」
「キラ大佐は、あなたのためにあの機体を作ったのよ。表現の仕方は不器用かもしれないけれどね」
「不器用の限度を超えているわよ。あんな、人の形をしただけの超新星爆発みたいな機体を妻に渡す男がどこにいるの。……艦内の指揮は任せたわよ、ベラ」
「ええ、任せて。ザンスカールの栄光のためではなく、私たちの子供たちの未来のために、この盾は破らせないわ」
ベラの言葉を背に受けながら、私はブリッジを後にした。
エレベーターに乗り込み、下層へと向かう。金属が擦れ合う不快な振動が、私の体を揺らす。
目を閉じると、先ほどの戦場の光景が、娘たちの意識を通して脳裏に蘇ってきた。
長女のツクヨミ。
私と瓜二つの容姿とスタイル、そしてこの激しい性格を受け継いでしまった十三歳の少女。
次女のアマテラス。
私譲りの残虐性と、それでいて恐ろしいほどに天真爛漫な笑顔を絶やさない十二歳の少女。
あの二人が駆る二機の八百メートル級ドッゴーラⅡが、木星のモビルスーツを紙切れのように引き裂いていく光景。
それは母親の私から見ても、背筋が凍るほどに美しく、そして残酷な舞踏だった。
『お母様! 見て、見てよ! あの虫ケラたち、私たちが近づくだけでバラバラになっていくわ!』
『お姉ちゃん、そっちはずるい! 私にももっと壊させてよ! あははは、たーのしい!』
娘たちの無邪気な精神の波動が、私の脳をチクチクと刺す。
あの子たちは、間違いなく私の血を引いている。戦場でしか己の存在を証明できない、ルースの血を。
ガシャン、と重苦しい音を立ててエレベーターが止まった。
扉が開くと、熱気と油の臭い、そして激しい金属音が私の五感を襲う。
「おい! そっちのラインを急げ! 漏れてるぞ、推進剤が!」
「サイコミュの同調率が戻らない! バイオコンピュータの冷却を急げ!」
整備兵たちの怒号が飛び交う中、私は毅然とした足取りで通路を進む。
彼らは私を見るなり、直立不動の敬礼を捧げた。
私はそれを手で制し、さらに奥の特設ドックへと向かう。
そこに、彼らはいた。
深紅と黒の禍々しい装甲を纏ったゴトラタンⅡ。
その隣には、神々しくも冷徹な白と金の輝きを放つストライクフリーダムガンダムⅡ。
二機の化け物の足元で、一本のレンチを手に、作業服を油で汚している男がいた。
キラ・ルース大佐。
私の大公配であり、この狂った世界で唯一、私を「カテジナさん」と呼ぶ男。
「キラ」
私の声に、彼はビクリと肩を揺らし、振り返った。
ヘルメットの下の端正な顔が、どこかホッとしたように緩む。
「カテジナさん……無事だったんだね。ブリッジの笑い声、ここまで聞こえてきそうだったよ」
「うるさいわね。私がどんな気持ちで戦況を見守っていたか、あなたにはわからないでしょう。それより、この子の調子はどうなの?」
私はゴトラタンⅡの巨大な脚部を見上げた。
「動力源の三基直列配置は、理論上は完璧だよ。だけど、やっぱりカテジナさんのニュータイプ波動が限界を超えて流れ込むと、バイオセンサーが悲鳴をあげる。ストライクフリーダムⅡの方は、僕の準サイコミュで制御を分散させているからいいけど……ゴトラタンⅡは、カテジナさんの精神を直接、力に変換しすぎるんだ」
キラは心配そうに私を見つめる。
その瞳が、私をイライラさせる。
「心配なんていらないわ。私はカテジナ・ルースよ。カガチたちに腹の子供を弄くられ、木星の連中に待ち伏せされて、大人しく引き下がるような女に見える?」
「見えないよ。だからこそ、僕は怖いんだ。カテジナさんが、自分ごとすべてを燃やし尽くしてしまいそうで」
「……馬鹿ね」
私は一歩歩み寄り、キラの胸ぐら(作業服の襟元)を掴んで、無理やり自分の方へと引き寄せた。
彼の顔が目の前に来る。
「燃え尽きるわけないでしょう。私には、まだ育てなきゃいけないフユミがいるの。そして、あの戦場で狂ったように笑っているツクヨミとアマテラスを、現世に繋ぎ止めておく錨が必要なのよ。私が死んだら、あの子たちは本当の化け物になってしまうわ」
「カテジナさん……」
「だから、あんたもしっかり働きなさい。ストライクフリーダムⅡの出撃準備はできているんでしょうね?」
「うん。ミノフスキードライブエンジンⅡの同調は終わってる。いつでもいけるよ。……次は、僕も出る」
キラの瞳に、かつて『伝説のコーディネーター』と呼ばれた男の、静かだが絶対的な戦意が宿るのを見た。
彼は私を守るため、そして子供たちのために、再びその手を血で汚す覚悟を決めている。
その時、格納庫内にけたたましい赤色灯が点滅し、サイレンが鳴り響いた。
『敵襲! 敵襲! 木星帝国軍、第二陣および第三陣の合同部隊が接近中! モビルスーツの数は約八千! あと十分で本先行艦隊の防衛圏内に突入します!』
ベラの緊迫した声が、館内放送から流れる。
「来たわね……波状攻撃の、これが本当の始まりよ」
私は掴んでいたキラの襟を離し、自身の対G対応ノーマルスーツのヘルメットを被った。
バイザーの向こうで、私の瞳が昏く燃え上がる。
「キラ、遅れないで。ツクヨミとアマテラスだけに良い格好はさせないわよ」
「わかっているよ、カテジナさん。僕たちの家を、子供たちの未来を、ここで終わらせはしない」
キラもまた、自身のヘルメットを装着し、ストライクフリーダムⅡのエレベーターへと走る。
私はゴトラタンⅡのコックピットへと飛び乗った。
シートに身を沈め、リニアシートのベルトを締め上げる。
「システム、起動。バイオコンピュータ、バイオセンサー、全リンク接続」
ゴォン、と重低音が響き、ゴトラタンⅡの三基直列の動力源が目覚める。
有り余るエネルギーが、機体全体を震わせ、私の脳内に直接、宇宙の広がりを叩き込んできた。
モニターに映る、前方の暗黒。
そこに、無数の光の点が現れる。
木星帝国のモビルスーツの群れだ。
「さあ、始めましょうか、木星の虫ケラども。私の、私たちの本当の怒りを、その身に刻みなさい!」
ゴトラタンⅡは、ミノフスキードライブエンジンⅡから光の翼を広げ、アドラステア改の発進ゲートから、火星の虚空へと解き放たれた。
敵の第二陣、第三陣が迫る中、火星軌道上の過酷な48時間を生き抜くための戦いが、今、幕を開ける。