ザンスカール帝国のディストピア〜カテジナ・ルースの女王の系譜〜   作:ロドニー

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アマテラスとクロノクルのやらかしの余波 中編

 

 ルナマリア・ホークが目を覚ました時、そこはオーブの青い海でも、ミネルバの無機質な医務室でもなかった。

 最後に覚えているのは、ドッゴーラⅡに放った収束式ロングレンジキャノンを無効された無力感、最後にビームナギナタを接近戦ならと突撃したが、眼前に迫るのは巨大な腕の壁だった。

 

 オーブ沖の上空に居た筈が、激しい衝撃と共にに気付けば、周囲は美しいオーブの砂浜。

 

 吹き飛んだコクピットハッチにぽっかりとコクピット内から見上げると見える満点の青空から、突如見える死を連想する様に見下す様なドッゴーラⅡの姿。

 

 死を覚悟した彼女を待っていたのは、あまりにも奇妙で、あまりにも穏やかな「捕虜生活」だった。

 

 目を覚ました最初の場所は、エンジェル・ハイロゥと呼ばれる巨大なサイコミュ要塞の医務室だった。

 

 そこでは敵であるはずの兵士や医師たちが、まるで最愛の家族に接するかのように手厚く、熱心に彼女の傷を治療してくれた。

 

 ギスギスした戦場の空気は一切なく、むしろ不気味なほどの慈愛に満ちた空間。

 

 そして体調が回復すると同時に、彼女はさらに別の場所へと移送された。

 

 「……ここ、本当にコロニーなの?」

 

 案内された部屋の窓から外を眺め、ルナマリアは息を呑んだ。

 

 彼女が知っているザフトのプラントとも、地球連合の開放型コロニーとも全く違う。

 

 密閉型でありながら、内部にはどこか中世ヨーロッパを思わせるクラシカルで、なおかつ宗教的な厳かさを纏った街並みが広がっている。

 

 そこは、宇宙世紀に全てのザンスカール帝国の国民をエンジェル・ハウロォに利用し滅亡したが、CE世界に転移した事で復活したザンスカール帝国の本拠地――サイド2のコロニー郡だった。

 

 ルナマリアが与えられたのは、その帝国の象徴であるマリア女王の宮殿……のすぐ側に建てられた、女王の別邸の一室だった。

 

 「ルナマリア様、お目覚めですか? お着替えのご用意が整っております」

 

 ノックの音と共に現れたのは、仕立ての良い衣服に身を包んだ上級使用人たちだった。

 

 彼女たちの態度は、捕虜に対するそれとは程遠い。

 

 まるでどこかの由緒正しき貴族の令嬢を迎えるかのように、恭しく、洗練されていた。

 

 「あ、ありがとう……。でも、本当に私、こんな風に扱われていいの? 私は一応、ただのMSパイロットだし、捕虜なんだけど……」

 

 「滅相もございません。マリア閣下は、すべての迷える魂に慈悲を与えられます。ルナマリア様がこの地へ導かれたのも、女王陛下の深いお導きによるもの。どうぞ、我が家のように、心安らかにお過ごしください」

 

 使用人は穏やかな微笑みを崩さない。

 

 その瞳には、狂信的とも言えるほどの、しかし純粋な「善意」が宿っていた。

 

 用意されたドレスは、最高級のシルクで編まれた気品あるものだった。

 

 ザフトの赤服を着て戦場を駆けていたルナマリアにとって、それは鏡を見るのが気恥ずかしくなるほど、自分を「女の子」に引き戻す衣装だった。

 

 日々の暮らしは、ただただ優雅だった。

 

 朝は小鳥のさえずりを模した環境音で目覚め、一流のシェフが作った美しい朝食を摂る。

 

 広大な庭園を散歩すれば、行き交う人々がみな、彼女に対して丁寧に一礼していく。

 

 誰も彼女を責めない。

 

 戦争のことも、コーディネイターとナチュラルの諍いも、ここには存在しないかのように。

 

 (みんな、優しすぎる……。でも、どうして?)

 

 ベッドに横たわり、天井の美しいフレスコ画を見上げながら、ルナマリアは胸を焦がすような違和感と戦っていた。

 

 この心地よさに身を委ねてしまえば、自分が戦う理由も、かつて守ろうとした仲間たちの顔も、すべて忘れてしまいそうになる。

 

 ザンスカールという国が持つ、恐ろしいほどの包容力と、その裏にある狂気。お姫様のような暮らしの中で、ルナマリアの心は、静かに揺れ動いていた。

 

 その答えは、ある日突然、向こうから賑やかにやってきた。

 

 「ちょっと、そこの荷物は丁寧に扱いなさいよ! 破れたりしたらどうするの!」

 

 静かだった別邸の玄関が、にわかに騒がしくなる。

 

 何事かと思って部屋を出た私の目に飛び込んできたのは、大量の教材を抱えた使用人たちの姿と、彼らを引き連れるようにして歩いてくる二人の少女の姿だった。

 

 一人は、よく知っている。

 

 オーブ沖。ゲルググメナースの評価試験中に、突如襲来した超大型MA『ドッゴーラⅡ』。

 

 巨大だった、ステラのデストロイガンダムか可愛く見える程、その圧倒的な防御力と圧倒的なパワー、そして、死を連想する圧倒的な火力を前に私は為す術もなく撃墜され、気づけばここに連れてこられていたのだ。

 

 「あ、ルナマリアお姉ちゃん! やっと会えた!」

 

 そのドッゴーラⅡのパイロットであり、ザンスカール帝国の申し子と呼ばれる9歳の少女、アマテラスが天真爛漫な笑顔で私に駆け寄ってきた。

 

 母親譲りの苛烈さと残虐性を戦場で発揮する悪魔のような子供だが、今はただの無邪気な少女に見える。

 

 「あのね、実戦型評価試験のとき、お姉ちゃんのことすっごく気に入っちゃったの。だから、勝手に捕虜として連れ帰ってきちゃって……ごめんなさい!」

 

 ぺこりと頭を下げて謝るアマテラスに、私は毒気を抜かれつつも苦笑いするしか確認の方法がなかった。

 

 だが、私の視線はすぐに、アマテラスの隣に立つもう一人の少女へと釘付けになった。

 

 その瞬間、全身の血が凍りつくような感覚に襲われ、私は言葉を失った。

 

 (嘘……でしょ……?)

 

 十年前の、あの悍ましい記憶が脳裏をよぎる。

 

 メサイア要塞戦。

 

 真っ先に撤退を決めたオーブ軍艦隊の殿(しんがり)を務めたのは、あのキラ・ヤマトだった。

 

 しかし彼は、カテジナ・ルースが駆る『ドッゴーラ改』の前に敗北し、捕虜となった。

 

 そして世界が震撼したのはその後だ。

 

 狂気と歪んだ執念に満ちたカテジナは、全宇宙への見せしめとして、あの「最強のコーディネイター」であるキラに対して公開種付けという狂気の暴挙に及んだのだ。

 

 いま目の前にいる少女は、その時のカテジナ・ルースに、恐ろしいほど瓜二つだった。

 

 美しいが、どこか背筋を寒くさせるような冷徹さを宿した瞳。

 

 私を見下ろすような傲然たる立ち振る舞い。

 

 少女はふっと妖艶な笑みを浮かべると、鈴の転がるような声で名乗った。

 

 「初めまして、ルナマリア・ホーク。私はツクヨミ・ルース。カテジナ・ルースとキラ・ルースの娘であり、長女よ」

 

 母親の容姿だけでなく、その苛烈な性格まで色濃く受け継いでいることが、その一言だけで十分に伝わってきた。

 

 キラ・ヤマトの血を引きながら、ザンスカールの狂気に染まった少女。

 

 呆然とする私をよそに、ツクヨミは使用人たちが運び込んだ大量の教材を指差した。

 

 「さて、あなたがどうしてここでこんな贅沢な暮らしをさせられているか、不思議に思っていたでしょう? その答えがこれよ」

 

 「答え……? この教材が?」

 

 「ええ。今日からあなたには、ここで徹底的な『皇族教育』を施します」

 

 ツクヨミの冷徹な宣告に、私は思わず一歩身を引いた。

 

 「皇族教育!? なんで私が……! 私はただのモビルスーツパイロットよ、ザンスカールの皇族なんて何の関係もないわ!」

 

 叫ぶ私に対し、ツクヨミはただ、母親そっくりの底知れない笑みを深めるだけだった。

 

 隣ではアマテラスが楽しそうにクスクスと笑っている。

 

 「何故、ですって? それはまだ教えられないわ。すべては……秘密よ」

 

 ツクヨミの冷たい指先が、私の頬をそっと撫でる。

 

 なぜザンスカールの皇族教育を受けなければならないのか。

 

 教えてくれない彼女たちの態度に困惑しながらも、私の脳裏に、数日前に捕虜にされた瞬間の光景が鮮烈にフラッシュバックした。

 

 撃墜され、コックピットから引きずり出された私。

 

 ヘルメットを乱暴に脱がされたとき、私を見たアマテラスは目を輝かせてこう叫んだのだ。

 

 『わぁー、綺麗な赤髪ですごく可愛い! クロノクル叔父様のお嫁さんにするね!』

 

 嘘でしょう?

 

 積み上げられたマナー書や帝王学の教材、そしてツクヨミの冷たい微笑み。

 

 すべての点と線が、最悪の形で頭の中で繋がっていく。

 

 皇族教育。

 

 それは、ザンスカール帝国の高官、あるいは皇族の妻となるためのもの。

 

 まさか、この至れり尽くせりの軟禁生活も、この大量の教材も、すべては私をクロノクル・アシャーの「花嫁」として仕立て上げるための、おぞましい花嫁修業だというの!?

 

 自身の置かれたあまりにも奇妙で逃れられない運命の歯車に、私はただ、戦慄するしかなかった。

 

 

 

 ルナマリアが皇族教育を始める少し前、オーブ軍総司令本部の地下では葬儀の様な静けさと焦りが在った。

 

  ルナマリアがモビルアーマー「ドッゴーラⅡ」に敗れ、捕虜として連れて行かれてから三日が経過していた。

 

 高濃度のミノフスキー粒子を散布された戦場であっても、鹵獲したゾロアットのセンサーを解析して急造した新型レーダーがあれば対抗できる――そう踏んでいたオーブ軍総司令本部は、いまや大混乱の渦中にあった。

 

 期待の新型レーダーが、突如として一切の機能を喪失し、ただの鉄屑と化してしまったからだ。

 

 薄暗い作戦室のモニターを見上げながら、マリュー・ラミアスは険しい表情で腕を組んだ。

 

 「ミノフスキー粒子下でも完全に機能していた索敵網が、これほど完璧に遮断されるなんて……。電波障害のレベルが違いすぎるわ」

 

 「ああ、お手上げってやつだな。こちらの通信も索敵も、完全に目と耳を塞がれた状態だ。これじゃあ、ルナマリアちゃんがどこに連れて行かれたのか、足取りを追うことすらできやしない」

 

 アンドリュー・バルトフェルドが、苦いコーヒーを口にしながらため息をつく。

 

 その隣で、ダリアとラクスもまた、深刻な面持ちで戦況マップを見つめていた。

 

 「ただの粒子散布ではありませんね。何らかの指向性を持った強力な妨害電波――いえ、ジャミングが重ねられていると見るべきです」

 

 ダリアが分析を口にすると、カガリ・ユラ・アスハが机を叩いて悔しさをにじませた。

 

 「クソッ、ルナマリアの身も心配だが、この状況で敵が攻めてきたらオーブは防戦一方になるぞ! 鹵獲技術で作ったレーダーが、なぜ急に効かなくなったんだ!?」

 

 ラクスは静かに目を閉じ、アフリカ戦線の捕虜にしたベスパのパイロット達から得た異世界から持ち込まれた歴史の記録、そして敵である「ザンスカール帝国」の過去の戦歴を脳内で手繰り寄せた。

 

「……理由は、シンプルなのかもしれません。ザンスカール帝国は、私たちがミノフスキー粒子に対応したレーダーを持っていると確信したのでしょう。だからこそ、元の世界で地球連邦軍に対して行った『徹底的なレーダージャミング』を、この世界でも実行に移したのです」

 

 コズミック・イラの世界において、ザフトや地球連合、そしてオーブには、本来「ミノフスキー粒子」という概念そのものが存在しなかった。

 

 そのため、敵にとっては粒子を撒くだけでレーダーを無効化できる、極めてイージーな戦場だったはずなのだ。

 

 しかし、オーブ側がそれに対応してきた。

 

 ならば敵の取るべき行動は一つ。

 

 UC153年当時、リガ・ミリティアや連邦軍を苦しめた実績ある、当時投入されたジャミングシステムを引っ張り出してくることだ。

 

 今から十年も前の旧式とはいえ、この世界にとっては未知の超技術。

 

 ザンスカールはジャミング衛星やレーダージャミング艦を前線に投入し、オーブの目を取り上げ、逆に自分たちはレーダーを使い放題という、最悪の非対称戦環境を作り出したのである。

 

 その事実の裏にある「意図」に、ミネルバの艦長であるタリア・グラディスが、ある恐ろしい仮説を導き出した。

 

 「……待って。もしそうだとしたら、ルナマリアが捕虜になったあの戦闘は、ただの不幸な事故ではないわ」

 

 作戦室の視線がタリアに集まる。

 

 「敵の本当の目的は、私たちがミノフスキー粒子に対応する索敵能力を持っているかどうかを確認するための『強行偵察』だったのよ」

 

 「おいおい、タリア艦長」

 

 アンドリューが眉をひそめて反論する。

 

 「いくら確認のためとはいえ、あの800メートル級の巨大モビルアーマー、ドッゴーラⅡをわざわざ強行偵察なんかに投入するか? リスクとコストが合わなすぎる」

 

 「いえ、アンドリュー。タリア艦長の仰る通りかもしれません」

 

 ラクスが冷静な声で遮った。

 

 「敵にとっては一石二鳥、あるいは三鳥の作戦だったのです。強行偵察のついでにこちらのレーダー能力を確認し、さらに――あの怪物のような新型機の実戦評価試験を同時に行っていた、と考えれば辻褄が合います」

 

 「強行偵察のついでに、新型のテストだと……っ!?」

 

 カガリはラスクの冷徹な仮説に、戦慄を禁じ得なかった。

 

 敵はオーブを脅威とすら見なさず、実験のモルモットのように扱っていたのだ。

 

 そして、その恐怖はまたたく間に現実の絶望へと変わっていった。

 

 レーダーが使えなくなってから一月。

 

 オーブやクライン派などの反組織が裏から支えていた世界各国の戦線は、ドミノ倒しのように崩壊していった。

 

 最初に動いたのはアフリカ戦線だった。

 

 かつてアフリカ戦線から撤退を余儀なくされていたザンスカールの「バイク乗り(アインラッド部隊)」たちが、この好機に一気に息を吹き返したのだ。

 

 目を持たない地球連合とザフト軍の残党軍は一方的に駆逐され、ダカールの陥落と共にアフリカは瞬く間に蹂躙された。

 

 そして更に北アメリカ戦線の崩壊による反組織の部隊の大敗走。

 

 さらにザンスカール帝国は、資源確保を目的としてオーストラリアへ奇襲侵攻を開始。

 

 事態を重く見たオーブ軍総司令部は即座にオーブ空軍の増援を派遣したが、レーダーを封じられた空の軍勢は敵の迎撃の前に文字通り壊滅した。

 

 本来であれば、こうした局面で踏みとどまるはずの「ムラサメの三人娘」たちも、先日のオーブ沖での戦闘による重度の火傷により、いまだ高度治療室のベッドの上で生死の境を彷徨っており、出撃することすら叶わなかっ。

 

 悪い連鎖は止まらない。

 

 ヨーロッパ戦線が完全に崩壊し、連動するように南アメリカ戦線も連合軍の残存部隊の降伏により瓦解した。

 

 世界中の拠点が落とされ、オーブ本国が孤立するのは、もはや時間の問題だった。

 

 「……ここまで、なのか……」

 

 司令本部に充満する絶望の空気の中、カガリは拳を血がにじむほど強く握りしめ、前を見据えた。

 

 「いや、まだ終わらせない……! 通信を繋げ!」

 

 カガリは決断した。

 

 「世界各地の反組織に出向しているすべてのオーブメンバーに対し、即座にオーブ本国への全面撤退を命じる! 残された全戦力を以て、オーブ本国の防衛体制を極限まで強化する!」

 

 「しかし、代表!」

 

 オペレーターの一人が悲痛な声を上げる。

 

 「世界中からの補給経路が断たれれば、孤立したオーブは遠からず飢えることになります!」

 

 「分かっている!」

 

 カガリは遮るように叫んだ。

 

 「これより、国内の食料、および医薬品はすべて『配給制』へと移行する! 国民には苦しい思いをさせるが、国が滅びればそれすら残らない! どんな手段を使ってでも、この難局を生き延びるぞ!」

 

 毅然と言い放ったカガリだったが、その背中には冷たい汗が流れていた。

 

 レーダーを失い、世界を失い、孤立無援となったオーブ。残された時間は、もう一刻もなかった。

 

 

 

 「アマテラス、ちょっとおいで」

 

 今は、キラ・ルースとしての顔を持つ彼に呼ばれた時、私はいつものように天真爛漫な笑みを浮かべてパパの元へと駆け寄った。

 

 だけど、パパの表情は少しだけ困ったように曇っている。

 

 「本来の任務はオーブ本国への強行偵察とドッゴーラⅡの実戦型評価試験のだったはずだよね? それを勝手に書き換えて、ルナマリアを『お持ち帰り』なんて……。ママをあんまり困らせちゃ駄目だよ」

 

 「えー、だってその方が面白そうだったんだもん!」

 

 母親譲りの残虐性と無邪気さを併せ持つ私は、ケラケラと笑いながら返す。

 

 けれど、パパの後ろから、私より一つ年上の長女であり、私の姉であるツクヨミが冷ややかな視線を注いできた。その容姿はママであるカテジナ・ルースと瓜二つ。

 

 そして、性格もばっちりママの冷徹さを受け継いでいる。

 

 「いい加減にしなさい、アマテラス。あなたの気まぐれに付き合わされるこちらの身にもなって頂戴」

 

 ツクヨミにぴしゃりと言い放たれ、私はちぇっと唇を尖らせた。

 

 そこへ、カツカツとヒールの音を響かせてママが仕事から戻ってきた。緊迫した空気を纏うママは、私たち姉妹を見据えると、容赦のない通告を口にする。

 

 「二人とも、よく聞きなさい。これから言い渡す任務が終わるまで、クロノクル叔父様に会いに行くことを禁止します。一切の接触を認めません」

 

 「ええっ!? なんで!?」

 

 私が思わず声を上げると、ママは冷淡に一枚の書類を掲げた。

 

 「マリア女王陛下からの勅命よ。……それだけではないわ。これは貴女たち二人への正式な命令書です」

 

 手渡された命令書に書かれていた内容。

 

 それは、私たちが開発局のモビルアーマー『ドッゴーラⅡ』の専属パイロットの任を解き、サイド2にある女王別邸へと移動すること。

 

 そして――捕虜として連れてきたルナマリア・ホークの『皇族教育』に当たれ、というものだった。

 

 私たちの一族はマリア女王家とは名字こそ違えど、大公家であり、れっきとした皇族だ。

 

 「皇族教育……」

 

 ツクヨミがその言葉を呟いた瞬間、私たち姉妹の脳裏に、かつて叩き込まれた苛烈な淑女教育と、脳がねじ切れるかと思ったほど難解な帝王学の日々が蘇った。

 

 二人の目が同時に、ハイライトを失って遠いものになる。

 

 そしてパパもまた、かつて学ばされたザンスカール帝国王室の歴史の異常なまでの難しさと、過酷な帝王学の講義を思い出し、青ざめた顔で遠い目をしていた。

 

 だが、本当の地獄はそこからだった。

 

 別邸での任務に先立ち、私たちの元へ「皇族教育に必要な教材」が運び込まれてきたのだ。

 

 それは、部屋を一つ埋め尽くさんばかりの、文字通りの『教材の山』だった。

 

 分厚い歴史書、礼儀作法の教本、血統図、帝王学の論文集――。

 

 「……これを、あのルナマリアに叩き込めと?」

 

 ママも先代女王陛下の養女となり成人してから通った道だったが、その山を見上げて片手で額を押さえ、ツクヨミと私もその圧倒的な量に絶望して頭を抱えた。

 

 母娘三人で頭を抱える中、パパの様子が明らかにおかしい。

 

 いつもならママのために何でもスマートにこなすスパダリなパパなのに、その教材の山を見た瞬間、過去の猛烈なトラウマがフラッシュバックしたらしい。

 

 「う、頭が……。あの時の、カテジナとマリア女王陛下の補習が……ひぃっ……!」

 

 ガタガタガタガタ、と歯の根が合わないほどに震え出し、パパはその場に膝をついて完全に使い物にならなくなってしまった。

 

 そして、運命の別邸移動の日。

 

 女王別邸に勤める上級使用人たちが出迎えてくれたが、彼らもまた、私たちと共に運び込まれてきた「教材の山」を見た瞬間、プロとしての笑顔を完全に消し去り、顔を引き攣らせていた。

 

 これがどれほど過酷な教育を意味するか、彼らも嫌というほど理解しているのだ。

 

 当然、これらの貴重な書物を落としたり、ページを汚したりすることなど論外。

 

 一分の隙も許されない。

 

 「おい、そこの者! 落とすなよ! 一冊でも傷つければ、マリア女王陛下への不敬とみなすからね!」

 

 私は天真爛漫な笑みを浮かべたまま、しかし目は一切笑わずに、別邸の美しい庭を歩きながら、教材を運ぶ使用人たちに鋭く注意を飛ばす。

 

 「ふふ、アマテラスの言う通りよ。もし汚しでもしたら……分かっているわね?」

 

 隣を歩くツクヨミも、ママそっくりの冷徹な微笑を浮かべてプレッシャーをかける。

 

 これから始まる、ルナマリア・ホークへの地獄の皇族教育。

 

 私たちは教材の山を見つめながら、その哀れな捕虜の未来に、少しだけ邪悪な期待を膨らませるのだった。

 

 

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