ザンスカール帝国のディストピア〜カテジナ・ルースの女王の系譜〜 作:ロドニー
「ちょっと待てぇぇぇぇ! なんでザンスカール帝国の開発局にバスターガンダムがあるんだよ! しかもなんで俺がこいつに乗って、11歳のガキと命がけの鬼ごっこをしなきゃならないんだーーーっ!?」
ザンスカール帝国本国、開発局の巨大モビルスーツ用ハンガー。
ディアッカ・エルスマンの特大のツッコミが、金属壁に虚しく反響した。
本来なら、彼とメイリン・ホークの二人でマリアシティをアマテラスの案内で観光するはずだった。
しかし、その予定は唐突に木っ端微塵に吹き飛んだ。
原因は、キラとカテジナ・ルースの次女であり、母親譲りの残虐性と天真爛漫さを併せ持つ11歳の爆弾娘、アマテラス・ルースである。
ディアッカのアラビアンな容姿に一目惚れしたという彼女は、「模擬戦デートをしましょう!」と無邪気に笑いながら、彼をこの開発局へ連行したのだ。
デートという名の「恋の狩り」。
もちろん、獲物はディアッカである。
ハンガーに佇むのは、かつてオーブがオーストラリアの反組織へ軍事支援として送り、ザンスカールが鹵獲したというオーブ製の再生産型バスターガンダム。
ザンスカール系の見慣れない機体よりはマシだと、ディアッカがそれを選んだ直後、アマテラスが搭乗した「デート用の機体」が姿を現した。
「ディアッカ様ぁ! どこへ逃げても無駄ですよぉ!」
地響きと共に現れたのは、物理的に獲物を捕まえる気満々の、凶悪な顔を晒すサイコガンダムマークⅡ。
11歳の少女が乗るにはあまりにも過剰で、あまりにも絶望的な質量兵器だった。
一方、その開発局試験場を一望できる指揮所もまた、別のベクトルで地獄と化していた。
カテジナに連れられてこの場所にやってきたメイリンは、混乱の極みに達した表情で固まっていた。
眼下で繰り広げられる絶望的な模擬戦を見守るはずの場所。しかし、メイリンの視界を占めていたのは、全く別の身の毛もよだつ光景だった。
「カテジナ、疲れただろう? はい、特製のハーブティーだよ。冷めないうちに飲んでおくれ」
「あ、あら、キラ……ありがとう。でも、部下の前よ? そんなに甘やかされたら、私……」
カテジナ中将の側付きである夫、キラ大佐が完璧なスパダリ振りを遺憾なく発揮し、妻をこれでもかと甘やかしている。
対するカテジナは、戦場での冷徹さはどこへやら、顔を真っ赤にして少女のように初々しい反応を見せていた。
(お前ら複数の娘が居る夫婦だろォォォォォォ!!)
心の中で血を吐くようなツッコミを入れるメイリン。
だが、さらに恐ろしいのは周囲の部下たちだった。
普段から見慣れている開発局の面々は、手元で真面目に模擬戦のデータを記録しながらも、口々に囃し立てる。
「ヒューッ! 大佐、もっとやっちゃってください!」
「中将のあの顔、ごちそうさまです!」
甘い空間とカオスな職場環境の二重苦。
メイリンの胃壁はすでに限界を迎えていた。
クロノクル皇太子の婚約者として執務を手伝うため、ルース邸を留守にしている姉・ルナマリアが戻るまで、あと二日。
(早く帰ってきてお姉ちゃん……! もう私、保たないよ……!!)
メイリンが心の中で泣き言を呟いたその時、眼下の試験場で劇的な動きがあった
「うおおおおおっ! 来るな! 寄るな! 熟女好きの俺でも流石に11歳はストライクゾーン外だーーーッ!」
迫り来るサイコガンダムマークⅡの巨大なマニピュレーターが、バスターの装甲をかすめる。
文字通りのゼロ距離。
捕まれば終わる。
ディアッカは極限の集中力の中で、バスターのトリガーを引き絞った。
「これで大人しくしてやがれぇ!!」
至近距離から放たれたガンランチャーの炸裂弾が、サイコガンダムマークⅡの右膝関節を正確に撃ち抜く。
凄まじい爆発と共に、巨体がバランスを崩して派手に転倒した。
勝った、とディアッカが胸を撫で下ろしたのも束の間。
「あはははは! まだですよ、ディアッカ様ぁ!」
悪夢は終わらない。
倒れたサイコガンダムマークⅡの頭部が文字通りドッキング・アウトし、バスターを追いかけてきたのだ。
母親譲りの執念深さに、ディアッカの顔が引き攣る。
「しつこい女は嫌われるって教わらなかったかよ!?」
ディアッカは咄嗟に機体を反転させると、再生産型バスターに追加武装として施されていたワイヤーウィンチを射出。
試験場内に転がっていた巨木にワイヤーを引っ掛け、その反動を利用して急加速した。
頭部ユニットの猛追を紙一重でかわし、反動で倒れた巨木はサイコガンダムマークⅡの頭部に覆い被さり行動不能となり、バスターガンダムの限界ギリギリでどうにか勝利する。
こうして、ザンスカール帝国の明日に響く(主にディアッカの命とメイリンの胃壁の)命がけの模擬戦デート第一ラウンドは、辛うじてディアッカが逃げ切る形で幕を閉じたのだった。
ルナマリアが帰還するまで、あと二日。二人の明日はどっちだ。
「負けた? いいえ、あれは熱烈なアプローチの始まりよ!」
昨日の模擬戦でディアッカのバスターガンダムに木っ端微塵にされたというのに、アマテラス(11歳)の辞書に『敗北』の二文字は最初から存在しなかった。
母親であるカテジナ・ルース譲りの残虐性と、子供特有の天真爛漫さを併せ持つ彼女にとって、敗北とはすなわち「一目惚れした男を落とすための最高の口実」に過ぎないのだ。
今日も今日とて、開発局の試験場は二人の「模擬戦デート」の舞台と化していた。
「ちょっとアマテラスちゃん!? またそんなもの持ち出して!」
指揮所のモニター前で、同行させられているメイリン・ホークの絶叫が響き渡る。
カテジナから「娘のお守り」として渡された視察用タブレットを片手に、彼女は全力で画面に突っ込んでいた。
「だってメイリン、昨日のサイコガンダムMk-IIはちょっと型が古かったと思うの。だから今日は、開発局のリストで見つけた少し新しいのにしたわ!」
「少し新しいって、クィン・マンサじゃない!! どこが少しなのよ! サイズも火力もおかしいでしょ、頭身の概念どこ行ったの!?」
アマテラスが嬉々として操縦する巨大な緑色の巨躯が、試験場の地面を揺らす。
一方、バスターガンダムのコクピットで迎え撃つディアッカ・エルスマンは、早くも胃痛に襲われていた。
(おいおい、11歳が乗っていい機体じゃねえだろそれ……!)
指揮所のメイリンは、心の中で必死に祈っていた。
お願いだからディアッカさんだけはボケ側に回らないで。
突っ込み役のキャパシティはもう私一人じゃ限界なの。
しかし、メガ粒子砲の嵐を紙一重で回避しながら、アマテラスのクィン・マンサが放つメガ粒子砲。
「ねえディアッカ、私のこの愛の砲火、受け止めてくれる!?」
無邪気な狂気に突っ込みを返すだけで、ディアッカの脳細胞はすでに限界を迎えていた。
しかし、この混沌としたデート(?)は、予期せぬ急な乱入者によって強制終了することになる。
ドォォォォン!!
試験場のルーフトップを突き破り、禍々しい一機のモビルスーツが降臨した。
その姿を見た瞬間、ディアッカの脳裏に、十年前のあの忌まわしきメサイア要塞戦の光景がフラッシュバックする。
いや、それ以上に、宇宙世紀の悪夢そのものがそこにあった。
「なっ……ザンネックだと!?」
鈴の音が、試験場全体に不気味に響き渡る。サイコ・ウェーブのプレッシャーと共に通信回線へと割り込んできたのは、妖艶かつ狂気を孕んだ高笑いだった。
「ふはははは! 若い者が色恋沙汰の模擬戦などと、ぬるいことをやっているな!」
まさかの乱入者。
それは、いまだにパイロットとして現役を張り、カイラスギリー要塞司令を務めるファラ・グリフォン中将その人であった。
「ファラ中将!? なんでここにいるんですか!?」
メイリンのタブレットが恐怖でガタガタと震える。
「ふん、定期視察だ。だが、戦場に甘い風を吹かせる者がいると聞いてな、ギロチンの錆にしてくれようと馳せ参じたわ!」
巨大な三日月型のサブ・フライト・システムに乗り、巨大なザンネック・キャノンをディアッカとアマテラスに向けて照準するファラ中将。
「ちょっとおばさん、人のデートの邪魔しないでよ!」
クィン・マンサのコクピットでアマテラスが頬を膨らませる。
「おば……!?」
しかし、指揮所にいるカテジナは動かなかった。
いや、愛娘のアマテラスから感じた、ニュータイプ特有の猛烈な嫌な気配に動けないが正解だった。
カイラスギリー要塞司令、ファラ・グリフォン中将の駆るザンネックが、カテジナ・ルースが局長を務める開発局の試験場へ乱入してきたのは、まさに唐突の一言だった。
轟音を立てて降臨した巨大な紅いMSを前に、試験場の一角が凍りつく。
「チッ……なんなんだよ一体!」
バスターガンダムのコックピットで、ディアッカ・エルスマンは思わず頭を抱えて固まっていた。
せっかくのデートが台無しである。
だが、ディアッカ以上に激怒し、完全にキレかかっている少女がそこにいた。
クィン・マンサのコックピットに座る、アマテラス。
開発局長カテジナの娘であり、母親譲りの残虐性と、それとは裏腹な天真爛漫さを併せ持つ少女。
彼女にとって、この乱入は最悪のタイミングだった。
「……なぁ、今なんて言ったんだ? クソガキ」
ザンネックの回線から、ファラの低く冷え切った声が響く。
ファラと母親のカテジナはかつての同期であり、年齢も5歳ほどしか離れていない。
しかし、アマテラスが放った容赦のない一言は、ファラの額に青筋を浮かべ、理性を消し飛ばすには十分すぎる威力を持っていた。
アマテラスは、それまでの令嬢然としたお淑やかさも、天真爛漫な笑顔も完全に投げ捨て、鋭い眼光でファラを罵倒する。
「デートの邪魔すんな、クソババア!!」
瞬間、試験場の空間が爆発的なプレッシャーに包まれた。
キレたアマテラスから放たれた、怒りのニュータイプ波動。
それは目に見えない巨大な津波となって、開発局の地下深くまで伝播していく。
その波動に呼応するように、地下ドックの最深部で「怪物」が目を覚ました。
それはアマテラスの本来の専用機。
かつて一年前に、オーブへの強行偵察任務で一度だけ実戦投入された、全長800メートル級の超巨大モビルアーマー――ドッゴーラ改の後継機種、『ドッゴーラⅡ』だった。
未だに成長の止まらないアマテラスの超規格外なニュータイプ能力に合わせるため、再調整が必要とされ、父親のキラが幾重にもプロテクトをかけて封印処理を施していた機体である。
だが、主の怒りはキラの封印を容易く食い破った。
完全起動状態となったドッゴーラⅡが、轟音と共に地下ドックを破砕して出現する。
それはまるで、アマテラスの乗るクィン・マンサを護るかのように、巨大な鋼鉄の身体で蜷局(とぐろ)を巻いた。
ギチギチと音を立ててザンネックを睨みつける巨躯を前に、さっきまで頭に血が上っていたファラは、怒りすら忘れて顔を引き攣らせた。
「な、なんなの、この化け物は……っ!?」
驚愕はそれだけで終わらない。
アマテラスには、両親から譲り受けた至高の才能があった。母カテジナの圧倒的なニュータイプ能力。
そして、父キラと同じ天才的な操縦技術と、極めて高い空間把握能力。
それは彼女の姉妹全員に共通する資質だったが、アマテラスだけには、もう一つ「決定的な違い」があった。
キラと同じ、精神の限界を超越する力――。
(――お前なんか、絶対に許さない……!)
アマテラスの脳裏で、何かが弾けた。
脳内を満たす純粋な殺意と集中力。初めて覚醒した『SEED』の輝きが、彼女の瞳を冷徹な色に染め上げる。
ドッゴーラⅡに呼ばれるように、流れるような動作でそのコックピットへと乗り換えたアマテラスは、もはや先ほどまでの感情的な少女ではなかった。
精密機械のように冷酷な、完全なる狩人だった。
「消えちゃえよ、おばさん」
アマテラスの意志のままに、800メートルの巨躯が脈動する。
ドッゴーラⅡの全身から放たれたのは、空間を埋め尽くす数十条の極太ビーム。
ザンネックの退路を完全に断つように、うねる光の鞭――ビームストリングスが容赦なく襲いかかる。
さらに、機体のコンテナが狂ったように開放された。
ヒュヒュヒュヒュヒュヒュ!!
空間へ吐き出されたのは、数百基を軽く超える多種多様なファンネル群。
それらは一斉にザンネックを包囲し、全方位からのオールレンジ攻撃を開始した。
「くっ、あぁぁぁぁぁ熱い、調子に乗るんじゃないよぉっ!!」
かつて戦場を恐怖で支配したファラ・グリフォン中将に、反撃の機会など万に一つも残されていなかった。
ザンネックのサイコミュを狂わせんばかりの圧倒的な火力と手数の前で、彼女に許されたのは、ただ惨めに、必死に宇宙(そら)を逃げ惑うことだけだった。
開発局の試験場は、まさに凄惨たる光景へと変貌していた。
「あはははは! 逃げて逃げて、もっと私を楽しませてよ!」
天真爛漫な笑い声を響かせながら、アマテラスの瞳は怪しく輝いていた。
完全にキレた彼女はSEEDを覚醒させ、母親譲りの容赦なき残虐性を剥き出しにしている。
彼女が駆る蒼穹色の巨躯――アマテラス専用ドッゴーラⅡは、試験場の空間を蹂躙していた。
その猛威に晒され、文字通り死に物狂いで逃げ惑っているのは、ファラ・グリフォン中将のザンネックである。
ドッゴーラⅡから放たれる凄まじい面制圧攻撃と、空間を埋め尽くす数百ものファンネル群。
それらの猛追から逃げ回るという異常事態は、当然のようにカテジナ・ルースの耳にも入ることとなった。
いや、耳に入れるまでもなかった。
カテジナは強烈なニュータイプの波動を感知し、娘がキレた瞬間にすべてを察知していたのである。
カテジナは即座に通信回線を開いた。
繋いだ先は、未だ試験場に残されているバスターガンダムのコクピット。
「ディアッカ、聞こえる? 危険よ、すぐにそこから避難しなさい」
「……チッ、了解だ。あのバケモノに巻き込まれちゃ堪った高価な機体が泣くからな」
ディアッカ・エルスマンは冷や汗を拭いながら、即座にバスターガンダムを後退させた。
一方の戦場では、ザンネックがすでにズタボロになりながらも、ファラの執念の操縦によって辛うじて撃墜を免れていた。
その様子を通信越しにモニターしていたカテジナは、冷徹な声音で呟く。
「安心しろ……もう時期終わるわ」
アマテラスの苛立ちが限界に達した。
必死に逃げるファラに対し、つまらなそうに鼻を鳴らす。
「もう、つまんないの!」
次の瞬間、ドッゴーラⅡの背後から眩い光の翼が展開された。爆発的な加速を見せた蒼穹の巨躯は、一瞬でザンネックの背後へと回り込む。
「捕まえた!」
ドッゴーラⅡの巨大なマニピュレーターがザンネックの身体を容赦なく掴み、そのまま凄まじい質量を乗せて地面へと叩きつけた。
大地を揺るがす轟音と共に、大破したザンネックは完全に沈黙した。
やがて、煙が立ち込めるコクピットから、満身創痍のファラが這い出てきた。
奇跡的に生きていた彼女は、ふらつきながらも開発局の指揮所へと足を進める。
そして、部屋に入るなり、待ち構えていた二人の前で深く頭を下げた。
「……申し訳、ありません……。お二人のデートを、お邪魔してしまったようで……」
その様子を、最初から最後まで一部始終モニターで見届けていたメイリン・ホークは、心の中で叫んでいた。
(いやいやいや! デートの邪魔とかそういうレベルじゃないでしょ!? 娘さん試験場丸ごと消し飛ばす勢いだったよ!? 誰もそこツッコまないの!?)
全力でツッコミを入れたくて堪らなかったが、緊迫した(あるいは妙にズレた)空気のせいで言葉が出ない。
ただただ引きつった笑みを浮かべることしかできなかった。
そんな混沌とした騒ぎの裏で、着実に時は流れている。
メイリンの姉、ルナマリア・ホークがルース邸に戻るまで、残された時間はあと一日となっていた。
戦場の緊張感とは全く異なる、だが確実にある種の命の危機を感じさせる空気が、その場を支配していた。
メイリン・ホークは、目の前の光景をただ呆然と見つめるしかなかった。
視線の先では、ディアッカ・エルスマンが視線を泳がせている。
彼がチラリと、本当にほんの僅かに視線を向けた先にいるのは、ファラ・グリフォン中将だ。
大人の色香を纏った年上の女性を前に、あの軽薄そうな男が、あろうことか顔を真っ赤に染めている。
(……まさか、ディアッカさんって年上の女性の方が好みなの!?)
メイリンが心の中で驚天動地の事実に行き着いた瞬間、その場の温度が急速に氷点下へと叩き落とされた。
気付いたのは、アマテラスだ。
彼女は分かりやすく両の頬をぷくっと膨らませ、その瞳にドロリとした嫉妬の炎を宿していた。
大好きな男の視線が自分以外の、それも成熟した女性に向けられている。
それがアマテラスには我慢ならなかった。
(……不憫、かも)
デートを完膚なきまでに邪魔され、嫉妬に狂うアマテラスの姿に、メイリンは一瞬だけ同情の念を抱きかけた。
しかし、すぐさま首を振ってその思考を消去する。
無理もない。
つい先ほど、彼女が巻き起こした「惨状」が脳裏に焼き付いて離れないのだ。
アマテラスは巨躯を誇るドッゴーラⅡを駆り、あのザンネックを執拗に追い回した挙げ句、文字通り地面に叩きつけた。
あの光景を思い出すと、恐怖で喉が引き攣り、余計な同情の言葉など一言も出てこなかった。
そんなメイリンの複雑な心境など露知らず、ファラ中将は凛とした声を響かせ、開発局長の座にあるカテジナ・ルース中将へと問いかけた。
「カテジナ中将、訊ねたい。……あのドッゴーラⅡは、既に完成しているのか?」
「ロールアウトこそさせましたが……『完成』には程遠い状態ですよ」
カテジナの淡々とした言葉に、メイリンは思わず息を呑んだ。
あれで、あの化け物じみた破壊力と機動力を示しておいて、まだ未完成だというのか。
驚愕する一同を前に、カテジナは冷徹な技術者の顔で解説を続けた。
「ミノフスキードライブの超高出力。そこから生み出される超高速移動に、耐え切れるだけの装甲材が現在この世界には存在しないのです。そのため、現段階では代用として、ガンダリウム複合合金とルナチタニウム・セラミック複合材を交互に8層重ねた特殊装甲を使用しています」
その言葉には、百戦錬磨のファラすらも驚愕の表情を隠せなかった。
「……そこまでの代物なのか」
「ええ。理論上の実効速度であれば、アステロイドベルト(小惑星帯)から地球軌道上まで、十分も必要とせずに到達します。……文字通りの『光速』。ですが、現在の装甲ではその機動に耐えられず、摩擦熱で自滅し、燃え尽きることになるわ」
恐るべきオーバーテクノロジーの全貌。しかし、そんな国家機密級の会話すら、嫉妬に狂うアマテラスの耳には入っていなかった。
彼女は逃がさないと言わんばかりの腕力でディアッカを文字通り「回収」すると、足早に自室へと連れ去っていった。
その日の夜中。
メイリンが用を足すために廊下に出て、アマテラスの部屋の前を通りかかった時のことだった。
防音を施してあるはずの扉の隙間から、漏れ聞こえてくる声があった。
それは、どこか艶めかしく、そして悍ましい、絶対的な所有権を主張するような「声」だった。
(……ディアッカさん、完全に『マーキング』されたな……)
メイリンは深い、深い溜息をついた。
血は争えない。
親が親なら、その娘もまた同じ。
獰猛な肉食獣の遺伝子は、確実に次世代へと受け継がれているのだと思い知らされた。
翌朝、食堂に現れたディアッカの姿は、見る影もなかった。
全身の水分を根こそぎ吸い尽くされたかのようにカピカピに干からび、幽霊のように静かに佇んでいる。
一方で、その隣に座るアマテラスは、まるで朝露を浴びた大輪の花のように、肌も髪も艶々に輝いていた。
あまりにも対照的な二人の姿。
それを見たキラは、父親としての防衛本能が決壊したのか、食堂に響き渡る声で絶叫した。
「ディアッカ! 娘は絶対にやらんぞ!!」
だが、アマテラスは悪びれる風もなく、むしろ勝ち誇ったような笑みを浮かべて言い放った。
「あら。お父様、もう『頂きました』わ」
「「ぶふっっっっ!?」」
その瞬間、優雅に朝のスープを口に含んでいた母親のカテジナと、姉のツクヨミが、示し合わせたかのように同時にスープを盛大に吹き出した。
げほげほと激しく咽せる二人の横で、アマテラスはどこまでも大公令嬢としての気品を保ったまま、干からびたディアッカを見つめる。
「責任を取って、私を娶ってくださいね?」
その堂々たる姿を見て、ようやく呼吸を整えたカテジナが、呆れたように、しかしどこか満足げに呟いた。
「……ふふ、流石は私の娘ね」
カテジナの脳裏に、十年前の光景が蘇る。
あの、全宇宙に向けて放送された、キラへの「公開種付け」という狂気の記憶。
彼女の瞳に、妖しい炎が灯る。
「ねえ、キラ? 私たちも、そろそろ8人目の子供を作ろうかしら……?」
妖艶な視線を向けられたキラを横目に、メイリンは手にしたスプーンを握りしめたままフリーズしていた。
(待って。どこから突っ込めばいいの!? ディアッカさんの趣味!? アマテラス様の肉食っぷり!? それともカテジナ中将の唐突な子作り宣言!? 全力で突っ込むべき場所が多すぎて、もう私のキャパを超えてる……!)
ルナマリアがルース邸に戻るまで0日。メイリンの胃は持つのだろうか。