ザンスカール帝国のディストピア〜カテジナ・ルースの女王の系譜〜   作:ロドニー

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ルナマリアのお披露目会と姉妹の再会 後編 上

  

 厳かな静寂が満ちる皇太子宮の執務室に、重苦しい溜息が二つ、同時に重なった。 

 

 ここはサイド2・1バンチ、ザンスカール帝国の本国。

 

 女王マリア・ピァ・アーモニアが戴冠する豪華絢爛な宮殿の一角である。

 

 立太子を経て皇太子となったクロノクル・アシャー、そしてその傍らに立つルナマリアは、机の上に広げられた一枚の書状を前に、揃って頭を抱えていた。 

 

 それは、宮廷の侍従長が直々に持参した、諜報部からの極秘報告書であった。

 

 「……信じられん」 

 

 クロノクルがこめかみを押さえ、低く、掠れた声を漏らす。

 

 「ルナマリア。お前の妹の行動力には、かねてより警戒していたつもりだったが……これは私の想像を遥かに絶している」

 

 「申し訳ありません、クロノクル様……。メイリンがこれほどまでの無茶を仕出かすとは、私も夢にも思わず……」 

 

 ルナマリアは青ざめた顔で、報告書に記された信じ難い足跡を目で追った。 

 

 事の発端は、ザンスカール帝国軍が厳重な海上封鎖を敷く、地球のオーブ本国である。

 

 メイリン・ホークはあろうことか、護衛のディアッカ・エルスマンを伴い、オーブに入港中だった地球連合船籍の赤十字船『ジャンヌダルク号』に密航。

 

 そのまま封鎖網の隙を突いて地中海のマルタ島へと渡った。 

 

 それだけではない。

 

 イタリアに上陸した彼女らは、ザンスカール帝国軍の強固な占領下にあるヨーロッパ大陸を陸路で縦断し、ジブラルタル宇宙港へと到達。

 

 そこから月面都市アンマン行きの定期シャトルに潜り込み、同じく帝国の監視下にある月面都市群を平然と渡り歩いたのだ。 

 

 さらに、月面からサイド2・12バンチ国際宇宙港行きのシャトルに乗り換え、ザンスカール唯一の玄関口である12バンチへ到着。最後は国内線のシャトルに揺られ、ついにこの本国1バンチへ辿り着いたという。 

 

 地球の戦火から宇宙の最前線、そして敵国の中枢へ。ザンスカール軍の包囲網も、国境の検問も、彼女らの前には存在しないも同然だった。

 

 執念とも言えるその行動力は、もはや恐怖すら感じさせる。

 

 「現在、メイリン達はルナマリア様が滞在されているルース邸に身を寄せております」 

 

 静かに告げたのは、報告書を持って現れたカテジナ・ルースであった。

 

 彼女の表情にも、流石に隠しきれない動揺と焦燥が滲んでいる。

 

 「諜報部からの連絡を受け、私が慌てて宇宙港へ向かい、彼女らを確保いたしました。ディアッカ氏共々、現在は邸内で監視下に置いてあります。ですが……」

 

 「よし、すぐに向かう!」 

 

 クロノクルが弾かれたように立ち上がった。

 

 ルナマリアもまた、妹の顔を張り飛ばさんとばかりに一歩を踏み出す。

 

 一刻も早くその無謀な妹を捕まえ、事の真意を問い質さねばならない。

 

 しかし、二人の行く手を遮るように、一人の老人が音もなく立ちはだかった。

 

 「お待ちください、皇太子殿下。そしてルナマリア様」

 

 白髪の侍従長が、冷徹なまでに落ち着いた声で二人を制する。

 

 その手には、ずっしりとした重みを感じさせる新たな書類の束が握られていた。

 

 そして彼が視線で示した先には――執務机の上にうずたかく積まれた、山のような決済待ちの書類があった。

 

 「メイリン殿らの身柄はカテジナが責任を持って保護しております。逃げ出す心配はございません。それよりも殿下、本日中に裁可を頂かねばならぬ軍の物資調達書、および各バンチからの陳情書がこれだけ残っております」

 

 「侍従長! 今はそれどころでは――」

 

 「いいえ、これどころでございます。国政の滞りは、帝国の乱れに直結いたします。皇太子としての責務を果たされぬ限り、この部屋から一歩も出すわけにはまいりません」 

 

 老侍従長の眼光は鋭く、一切の妥協を許さない光を宿していた。 

 

 クロノクルとルナマリアは、同時に視線を机の上の「山」へと向けた。

 

 百や二百ではきかない、文字通りの書類の壁。

 

 ザンスカール帝国の肥大化に伴い、皇太子にかかる負担は日に日に増大していたのだ。 

 

 二人は顔を見合わせ、そして絶望的な沈黙に沈んだ。

 

 妹がすぐ近くにいるというのに、手が届かない。

 

 国家という巨大な歯車が、二人の足を完璧に縫い止めていた。

 

 「……わかった。すぐに取りかかる」 

 

 クロノクルは力なく椅子に腰を下ろし、ペンを握った。

 

 ルナマリアもまた、胃の痛みに耐えながらその補佐に着く。 

 

 窓の外には、変わらず美しいサイド2の人工の空が広がっている。

 

 その光が三度入れ替わり、執務室の書類の山がようやく底をついたのは、それから丸三日を費やした後のことであった。

 

 二人の目は完全に宛てがわれ、心身ともに疲弊しきっていたが、その胸中にあるのは、

 

 ただ一つ。(待っていなさい、メイリン……!) 

 

 三日間の怒りと疲労を限界まで溜め込んだ姉の執念が、静かに燃え上がっていた。

 

 サイド2・1バンチコロニーの政庁宮殿。

 

 その一室に、重苦しい沈黙が満ちていた。ザンスカール帝国皇太子クロノクル・アシャーと、その婚約者であるルナマリア・ホークの前に積み上げられたのは、山のような決済待ち書類である。

 

 そしてその最上段に置かれた一枚の特務報告書こそが、二人の頭痛の種そのものだった。

 

 「メイリンが……ディアッカと共に、ここに密航してきたというのか」

 

 クロノクルは眉間を押さえ、深くため息をついた。実の妹のあまりに無謀な行動を知り、ルナマリアの顔からは血の気が引いている。

 

 今すぐにでも執務室を飛び出し、妹の胸ぐらを掴んでその真意を問い質したい衝動が二人を突き動かそうとした。

 

 しかし、その動きは背後に控える老侍従長の鋭い咳払いによって阻まれる。

 

 「皇太子殿下、ルナマリア様。私情は後ほどに。まずはこの決済書類の処理を優先していただきとう存じます」

 

 国家の平穏という大義名分の前に、二人は席を立つことすら許されなかった。

 

 だが、妹たちの身の安全という意味においては、幸いにも心配はなかった。

 

 女王マリア、そしてその実弟であるクロノクル——二人にとって義理の妹にあたるカテジナ・ルースが、自身の邸宅である「ルース大公邸」に二人を保護しているという報せが入っていたからだ。

 

 しかし、安堵したのも束の間、二人は再び頭を抱えることになる。

 

 その原因は、報告書の差出人欄にあった。カテジナ・ルースが局長を務める「技術開発局」。

 

 そして、その報告書を直々に持参したカテジナ自身が、侮蔑と怒りの入り混じった複雑な表情で二人の前に立っていたからである。

 

 「……身内の恥を、このような形で晒すことになるとはね」

 

 冷徹なカテジナにしては珍しく、その声には苦渋が滲んでいた。

 

 彼女の言う「恥」とは、開発局で許可されたある模擬戦の結果だった。

 

 ザンスカール帝国が極秘裏に進めるサイコミュシステムの研究。

 

 その一環として、巨大要塞エンジェル・ハイロゥのデータバンクからサルベージされた基本設計を基に、帝国は「サイコ・ガンダムMk-II」を現代の技術で製造していた。

 

 問題は、その性能試験を兼ねた模擬戦で起きた。カテジナの次女であり、今年11歳になるアマテラス・ルース。母親譲りの苛烈な残虐性と、それに相反するような天真爛漫さを併せ持つ彼女は、あろうことか、密航してきたディアッカ・エルスマンに一目惚れしてしまったのだ。

 

 「模擬戦デート」と称して巨大な黒いガンダムに乗り込んだアマテラスだったが、結果として残されたのは、サイコ・ガンダムMk-IIが大破したという信じがたい報告だった。

 

 「サイコ・ガンダムMk-IIが……大破? 相手は、あの旧型のはずだろう」

 

 クロノクルの声が驚愕に震える。

 

 アマテラスの相手を務めたのは、メイリンと共に拘束されたディアッカ・エルスマン。彼が乗っていたのは、かつてザンスカール帝国軍がオーストラリア侵攻作戦の折に鹵獲した、地球連合軍の遺物「バスターガンダム」だった。

 

 宇宙世紀の旧型のサイコミュ大型MAに等しい機体が、数十年前の旧式機に撃破された。

 

 その事実に再び頭を抱えるクロノクルだったが、隣のルナマリアはただ青ざめたまま、唇を噛み締めて何も言えずにいた。

 

 ルナマリアには、苦い記憶がある。

 

 一年前、オーブ本国に対してザンスカール軍の新型MA「ドッゴーラII」が単機で強行偵察を仕掛けてきた際、そのパイロットを務めていたのが、当時10歳のアマテラスだった。

 

 当時、評価試験中だったルナマリアのゲルググメナースは、幼い少女の駆るドッゴーラIIに対して手も足も出ず、無惨に撃墜されたのだ。

 

 あの怪物を相手に、バスターガンダムで勝つなどという芸芸が、果たして人間技だろうか。

 

 カテジナが静かに、一枚の音声記録のディスクを端末に差し込んだ。

 

 「……これが、戦闘終了直前の、ディアッカ・エルスマンの通信記録よ」

 

 スピーカーからノイズ混じりの絶叫が響き渡る。

 

 『――勘弁してくれ! 幼い幼女に告白されるより、俺は年上の熟女の方が好きなんだよォォォォッ!!』

 

 その瞬間、バスターガンダムのジェネレーターが出力上限を突破し、爆発的な火事場のクソ力が発揮されたのだという。

 

 通信が切れると、執務室には凍りついたような沈黙が降りた。

 

 クロノクルとカテジナは、信じられないものを見る目で、ゆっくりとルナマリアの方を振り向いた。

 

 「一体これはどういう意味だ」と言いたげな、深い疑問を湛えた視線だった。

 

 しかし、当のルナマリアだけは、深く得心のいった様子で小さく頷いていた。

 

 「……ああ、やっぱり。ディアッカさんですものね。あの人は筋金入りの熟女好きだから……そりゃあ、11歳の子に迫られたら、死に物狂いにもなるわ……」

 

 妹の密航、狂気の模擬戦、大破したサイコガンダムマークⅡ。

 

 シリアス極まる帝国の危機の中心で、ルナマリアだけが、かつての同僚のあまりにもブレない「性癖」に、ただ一人深く納得していたのだった。

 

 翌日、宮殿の執務室の空気は凍りついていた。

 

 「……カテジナ、か?」

 

 クロノクル皇太子は、机の上の書類から目を上げた瞬間、その場に凝固した。

 

 そこに立っていたのは、誇り高きベスパの象徴たる姿ではなかった。

 

 軍服はあちこちが裂け、煤と油にまみれ、まるで戦場を何日も彷徨ったかのようにズタボロになったカテジナ・ルースの姿だった。

 

 「カテジナさん……? そんな、どうして……」

 

 傍らに控えるルナマリアは、絶句して言葉を失った。いつもルース邸で優雅に自分たちを迎え、行き届いたもてなしをしてくれる麗しい主の変わり果てた姿が、どうしても目の前の現実と結びつかない。

 

 カテジナは無言のまま、小刻みに震える手で一冊の報告書をクロノクルの執務机へと滑らせた。

 

 その表情は完全に死んでいる。

 

 「……目を通してちょうだい。サイド2・第8バンチ開発局、およびその試験場が……『大破』したわ」

 

「大破だと!?」

 

 クロノクルが弾かれたように報告書を掴み、ページをめくる。

 

 隣からルナマリアも息を呑んでそれを覗き込んだ。

 

 そこに書き連ねられていたのは、あまりにも凄惨で、あまりにも頭痛を誘発する「模擬戦」の顛末だった。

 

 事の発端は昨日。模擬戦という名のデートで敗北を喫した、カテジナの次女・アマテラス。母親譲りの苛烈な残虐性を、天真爛漫な笑顔の裏に隠したその少女が、ディアッカ・エルスマンに対して「再戦」を挑んだことに始まる。

 

 ディアッカの機体は、昨日と変わらずバスターガンダム。

 

 対するアマテラスが持ち出したのは、サイコミュ・システムの調査と称し、エンジェル・ハイロゥのデータバンクから極秘裏に造り上げられた悪魔の巨大MA——クィン・マンサであった。

 

 「クィン・マンサだと……!? 開発局は何を考えてこんな怪物を動かした!」

 

 クロノクルが早くもこめかみを押さえる。

 

 だが、報告書の地獄はここからが本番だった。

 

 模擬戦の最中、あろうことかカイラスギリー要塞司令であるファラ・グリフォン中将が、自身の専用機ザンネックを駆って乱入したのだ。

 

 せっかくのディアッカとの「デート」を邪魔されたアマテラスは、その瞬間に限界を迎えた。

 

 激昂したアマテラスから放たれたのは、空間を歪めるほどの強烈なニュータイプの怒りの波動。

 

 その狂気的な精神波に呼応するように、試験場内に厳重に封印処理されていたはずの蒼穹色の巨大竜型MA——アマテラス専用機「ドッゴーラⅡ」が完全起動。

 

 その圧倒的なエネルギーの奔流により、専用ドックは一瞬で木端微塵に吹き飛んだ。

 

 「嘘……ドッゴーラⅡが起動したっていうの……!?」

 

 ルナマリアの顔から血の気が引いていく。

 

 報告書に記された戦闘記録は、もはや天災の記述だった。

 

 アマテラスは『SEED』を発現させて覚醒。

 

 怒り狂う彼女の意思のまま、ドッゴーラⅡはファラのザンネックを執拗に追い回した。

 

 大口径ビーム砲が空間を焼き、ビームストリングスが逃げ道を断ち、数百を超えるファンネル群が全方位からザンネックを追い詰める。

 

 極めつけは、ドッゴーラⅡの背中から放たれた「光の翼」だった。

 

 光の奔流と共に瞬間移動したドッゴーラⅡは、気がつけばザンネックの背後に回り込んでいたという。

 

 逃げる暇もなく、ドッゴーラⅡの巨大なマニピュレーターがザンネックを完全捕捉。

 

 そのまま凄まじい質量をもって、コロニーの大地へと叩きつけられた。

 

 結果、ファラ中将の専用機ザンネックは大破。

 

 奇跡的にファラ本人は無傷だったものの、戦闘の余波で第8バンチの外壁の一部が損壊するという大惨事へと発展したのだ。

 

 「……なお、ファラ中将からは正式な謝罪があり、試験場およびコロニーの修理全般は、カイラスギリー要塞守備隊が全責任を持って行う旨の申し出がありました。……報告は以上よ」

 

 カテジナが力なく告げると、執務室は深い静寂に包まれた。

 

 クロノクルは片手で顔を覆い、カテジナは虚空を見つめたまま動かない。

 

 ルナマリアもまた、あまりの規模の崩壊劇に頭を抱えるしかなかった。三人の間に、重苦しい沈黙と頭痛だけが共有される。

 

 そして、クロノクルの机の上に容赦なく積み上げられていく、事後処理のための膨大な書類の山。

 

 ルナマリアはその紙の束を眺めながら、完全に意識を遠のらせていた。

 

 (ああ……帰りたい。現実逃避したい……。ルース邸の、あの美味しくて優雅な食事が恋しい……)

 

 目の前のボロボロのカテジナを見つめながら、ルナマリアはただ、平穏だった日々の食卓を思い浮かべて、心の中で涙を流すのだった。

 

 カテジナ・ルースが執務室を去った後、張り詰めていた空気がようやく微かに緩んだ。

 

 しかし、残された私――ルナマリア・ホークと、私の婚約者であるクロノクル・アシャー皇太子が置かれた状況は、お世辞にも楽観できるものではなかった。

 

 軍服をズタボロにしたカテジナの姿は、開発局の試験場で起きた事態の凄まじさを物語っていた。

 

 「……はぁ」

 

 どちらからともなく、深い溜息が執務室の重苦しい空気に溶けていく。

 

 事の発端は、カテジナとキラ・ヤマトの次女であり、私たちの姪にあたる11歳の少女、アマテラスだった。

 

 天真爛漫でありながら、母親譲りの苛烈な残虐性を秘めた彼女は、一目惚れした青年、ディアッカ・エルスマンとの「模擬戦デート」を楽しんでいた。

 

 それをファラ・グリフォン中将の駆るザンネックに邪魔され、激怒。

 

 キレたアマテラスとファラ中将による、試験場を巻き込んだ凄絶な激闘へと発展したのだ。

 

 幸いにも死傷者はゼロ。

 

 しかし、ファラ中将のザンネックは大破し、開発局の試験場がある第8バンチコロニーの外壁は深刻な損傷を被っていた。

 

 「外壁の修理に関しては、ファラ中将がデートを邪魔したお詫びとして、カイラスギリー要塞守備隊が全責任を持って引き受けると言ってきている。……そこは、大きな問題ではないのだ」

 

 クロノクルが眉間を押さえながら、苦渋に満ちた声で言った。

 

 軍事的なリソースで解決できる問題なら、いくらでも処理の仕様がある。

 

 問題は、物質的な破壊ではなく、その破壊を引き起こした「力」の質にあった。

 

 カテジナの報告にあった、信じがたい一節。――アマテラスの、SEEDの覚醒。「ルナマリア」クロノクルが、縋るような、あるいは確かめるような視線を私に補足した。

 

 「アマテラスの、あの凄まじいニュータイプ能力については、今更言うまでもない。だが……『SEED』とは、一体何なのだ。私には、遺伝子がもたらす精神の変革、その全容が掴めない」

 

 問われた私は、かつての対戦の記憶や、プラントで囁かれていた研究データに思考を巡らせる。

 

 「……遺伝子の突然変異、あるいは人類の進化の可能性、とも言われています。意志の力で限界を超え、戦闘能力を爆発的に跳ね上げる。キラ様や、アスラン・ザラが持っていた力です。まさか、アマテラスちゃんが、あの若さでニュータイプの能力だけでなく、SEEDまで発現させるなんて……」

 

 恐るべき血の証明だった。

 

 父親の類稀なる戦士としての資質と、母親の狂気的なまでの執着心と戦闘センス。

 

 それらが11歳の少女の中で、最悪の形で噛み合ってしまったのかもしれない。

 

 「これ以上の暴走は看過できん」

 

 クロノクルは決断を急ぐように、デスクの端末を叩いた。

 

 「姉のツクヨミ――あの、母親と瓜二つの容姿と性格を持つ長女の専用機、漆黒色のドッゴーラⅡは現状維持とする。だが、アマテラスの専用機である、あの蒼穹色のドッゴーラⅡについては、本日を以て無期限の封印処理とする。あれほどの力、子供に扱わせていいものではない」

 

 皇太子としての、当然の危惧であり判断だった。

 

 しかし、その措置を決定した直後、クロノクルの指がピタリと止まる。

 

 「……待て。何か、おかしい」

 

 「クロノクル?」

 

 彼の顔から、急速に血の気が引いていくのが分かった。

 

 クロノクルは青ざめた顔で、過去の通信記録のアーカイブを狂ったように漁り始めた。

 

 「半年前だ……。半年前、キラ・ルースから上がっていた報告書があるはずだ。確か、そこには……!」

 

 画面に表示されたスクロールを、私とクロノクルは貪るように見つめた。

 

 そこには、背筋が凍りつくような事実が記載されていた。

 

 『――アマテラス・ルースのニュータイプ能力の急激な上昇に対し、蒼穹色のドッゴーラⅡのサイコミュ追従性が限界に達したため、同機は既に半年前の時点で完全なる封印・凍結処理を施してある。アマテラス専用機は、起動不能の状態である――』

 

 「嘘……じゃあ、カテジナさんの報告にあった『ドッゴーラⅡとザンネックの激闘』って、どういうこと……?」

 

 私の声が震える。

 

 カテジナは確かに言った。

 

 ファラにキレた段階で、アマテラスが乗っていたのは、別の試験機であるはずの「クィン・マンサ」だったと。

 

 二人の頭の中で、バラバラだったパズルのピースが最悪の形で噛み合っていく。

 

 アマテラスは最初、クィン・マンサのコクピットにいた。

 

 そして、ディアッカとの時間を邪魔された怒りによって、彼女のニュータイプ能力とSEEDが同時に完全覚醒したのだ。

 

 クィン・マンサのサイコミュ・システムが、彼女の底知れない怒りの波動を媒介し、何倍にも増幅させて宇宙(そら)へと放出した。

 

 その強烈な精神波は、遠く離れた格納庫で眠っていた、すでに封印されていたはずの「蒼穹色のドッゴーラⅡ」のサイコミュを直撃したのだ

 

 機体が、主(あるじ)の怒りに呼応した。

 

 完全凍結されていたシステムが、彼女の精神波だけで強制駆動し、まるで呼ばれるようにしてアマテラスの元へと飛来した。

 

 そして彼女は、吸い込まれるようにクィン・マンサからドッゴーラⅡへと乗り換えた――。

 

 「器(モビルスーツ)が、人間の意志に呼ばれたというのか……? 封印を、精神波だけで食い破って……!」

 

 クロノクルは頭を抱え、絶句した。

 

 それはもはや、兵器とパイロットの関係を超越した、オカルトの領域だった。

 

 11歳の少女が秘める精神エネルギーの質量に、戦慄を禁じ得ない。

 

 だが、恐怖はそれだけで終わらなかった。

 

 ピピッ、とデスクの端末が非情なアラートを鳴らす。

 

 開発局から追記された、詳細な被害報告書だった。

 

 画面の最下部に書かれた一文に、私とクロノクルは言葉を失った。

 

 『追記:模擬戦発生時、アマテラス様が最初に搭乗されていたクィン・マンサのサイコミュシステム全基を確認。アマテラス様の放出されたニュータイプ波動の過負荷に耐えきれず、システムが内部から完全に焼き切れています。修復不能』

 

 巨大なニュータイプ専用機であるクィン・マンサのシステムを、ただの「怒り」だけで物理的に焼きちぎったのだ。

 

 「クィン・マンサのサイコミュを……焼き切った……?」

 

 私は目眩を覚えた。

 

 アマテラス専用機のドッゴーラⅡを封印したところで、何の意味もない。

 

 彼女自身が、既存のあらゆるシステムを狂わせ、破壊する、歩く戦略兵器そのものなのだから。

 

 静まり返った執務室の中で、私とクロノクルはただ、深い絶望とこれから訪れるであろう激動の予感に、激しく頭を抱えることしかできなかった。

 

 

 

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