ストックがあってちゃんと覚えてたら可能な限り毎日投稿していきたいと思ってます。
基本的にPixiv→ハーメルンの順でテキストを投稿すると思うのでPixivとラグが発生します、ご了承ください。
今回投稿したのはこちら(https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=27392812)です。
「君たち100人の学生の内、天才はたった1%であり、残りの99%はその礎だ」
大学入学とともに夢と希望を抱えた学生達に、学科長が言ったのはあんまりな言葉だった。向上心も目標もなく、ただ世界史が苦手だったからこの道に進んだ私はこう思った。
(なら私は路肩の石ころだ)
§
やらかした。酔ってないのに酔ったふりして学閥のおえらいさんのカツラを取ってしまった。でもセクハラしてたんだ、私の先輩に。許せなかったんだ。若気の至りということでここは一つ許してもらえないだろうか……
ということがあり、許されずに、私は島流しの憂き目にあった。おまけに先輩は私が荷物をまとめている間に婚約報告をしていた。マジか、マジかよ、世知辛い。
島流し先を聞かされて絶望した。酒寄ラボ。期待とは裏腹の理解されない天才がいる場所。栄転の名目でやっかい払いをするのに最適だ。
「いいじゃないか、あの有名な天才酒寄さんに指導してもらいなさい」
主任の生温かい言葉に舌打ちをしながらキムワイプをボストンバッグに投げ入れた。
酒寄彩葉氏について説明しよう。いや説明する必要あるか? 流行語大賞にもなった、最も教科書入りに近い、稀代の大天才。
大学入学と共にロボット工学に打ち込み、学部生にして国際学会に参加し、論文を出せばネイチャーに掲載され、名のある賞は片っ端から受賞した。若い超絶有能な女性の理系研究者、それもロボット工学部門の。そんな人が出れば国を挙げて持ち上げ、お祭り騒ぎだった。
そんな彼女がある日突然、
「電子空間上に構成された人格をインストールし、生身の人間のように生活できる義体の研究」
なんて荒唐無稽プロジェクトを提唱した瞬間、世間は手のひらを返した。有り体に言うと世の中の人は彼女にもっと短期的に金になる研究をしてほしかったのだ。おまけに何を作るのかと思えば、
「ツクヨミの管理人、月見ヤチヨ」
ときたもんだ。馬鹿馬鹿しくて私ですら冷笑した。何考えてんだこいつ、気持ち悪いオタクじゃないか、と。
彼女を正しい道に引き戻そうと数多の博士、教授が声をかけて招き入れようとした。だがみんな彼女から手を引いた。多くの学者にとって出来る弟子を取ることは誉れだ。でも弟子が大成するのは自分が隠居した後がいい。彼女は出来すぎた。招き入れた学者達が現役の間に、ともすれば数年の内に、追い抜かれ食らいつくされそうなくらいに。
こうして放逐され、恐れられ、それでも貴重な存在なのだからと与えられたのが、彼女のための研究室だった。これが酒寄彩葉氏が若くして所長をつとめている理由だ。要するに単なる象徴に成り下がったのだ。そんなとこに追いやられるなんてなぁ。しくじったよ。
酒寄ラボには様々な測定器と高性能なサーバー、ホワイトボードに書き連ねられた数式と理論の欠片、堆く積み上げられた文献、それから月見ヤチヨのフィギュアとそれを掲げる祭壇と鳥居があった。
「きっしょ……」
およそ初めて訪れた研究室で発する言葉ではなかった。あーあ、私はここで終わるんだ。せっかく研究所に勤められたのに、転職しないといけないな、などとこれからのライフプランを見直し始めたとき、
「あ、新しい人?」
文献の山の向こうから声がした。ヤバい、人がいたのか、さっきの不適切な発言を聞かれていたかもしれない。こりゃ転職とか言わずに一度実家に帰るべきか?
「酒寄です。これからよろしく」
「さかより、所長?」
…………いやうん、映像や新聞で見たことはあったけど、んだよこの美人はよ。天は二物を与えるんだな。私の分の一物を返してほしかった。
「じゃあ早速なんだけどこれの測定お願いします」
「はい。はい!?」
渡された測定タスクを見て目を剥いた。
「これ納期は」
「今週中にお願い」
終わるかよこんな量!
§
こうして酒寄ラボで72時間進捗叩けますかを続けること数ヶ月。膨大な量の測定とパラメータ調整で気が狂いそうだった。深夜まで作業が終わらず、眠気を主張したときに酒寄所長の口から、
「うちの仮眠室三段ベッドだから安心して」
と聞かされたときは絶望を通り越して無になった。そういう問題じゃない。帰って自宅の煎餅布団で寝たい。ただ人とは儚いもので、その内そんな欲求も薄れ、ラボ近くのコインランドリーと銭湯の常連になった。家賃払うの馬鹿馬鹿しくない? いやそこを捨ててしまったらおしまいだ。
酒寄所長と仕事をし始めて、学者陣がこの人を投げ出した意味を肌で感じた。所長は時折、遙か遠くの回答を突然出す。最初は偶然だと思った。しかしそれが三回四回と繰り返される内に尊敬や感動よりも恐怖が大きくなっていった。
先月のことだ。触感フィードバックの調整に悩んでいたとき、所長はホワイトボードの数式を眺め、ラボ内を数周歩き、片手をポケットに入れたままペンを走らせた。
「これでやってみて」
「係数168? 何の根拠が」
半信半疑で動かしてみると、あれだけうまくいかなかったものが嘘のようにうまくいった。怖くなった。この人はなんなんだ。
「所長、どうして、どうやってあの数値を」
「んー、経験」
嘘だ。私とそんなに年が変わらないじゃないか。それでこんな、難題をラボ数周の間に紐解けるわけがない。
困惑する私にラボのメンバーは
「所長はああいう人だから。慣れちゃった方が楽だよ」
なんて言った。
慣れてしまえたらどれだけよかったか。自分が任された仕事の、自分が積み重ねてきた分野の問題を、ああもすんなり解決されてしまうのは、心にくるものがある。
ラボには時折来客があった。業者や同分野の学者もいたが、もっぱらよく来るのは所長の友人達や兄だった。
所長の友人達は実験に協力してくれたり、義体の外観調整に助言をくれたりした。なんでも諌山さんはグルメ系インフルエンサー、綾紬さんは美容系インフルエンサーだそうで。
諌山さんには頻繁に味覚センサー、嗅覚センサーの被検体になっていただいていた。所長曰わく、
「真実は味の言語化が上手だから、パラメータ調整に貢献してくれる」
だそうで。だったら所長ももっと思考の言語化をしてくれと思うなどした。
綾紬さんは義体の不気味の谷現象解消に大きく貢献してくださった。所長曰わく、
「芦花はどうやったらかわいく見えるかについていつも真剣だから、最高に信頼できる」
だそうで。だったら所長ももっと人間味のあるかわいい存在になってくれと思うなどした。
所長の兄上は、正直よくわからない。所長と似て顔が整ってるとは思う。よくもう二人男性を連れてきていて、所長とその人達が話すときは我々はラボから追い出される。部外者の兄に話せて部下に話せない内容ってなんなんだ。
§
「所長、いい加減、教えてくださいよ、あなたは、なんなんですか」
「君、実は絡み酒なんだ?」
「話を逸らさないでください。YC型はわかります。国内外で広く知られている月見ヤチヨのリアルアバターの作成なら、エンタメ方面のロボティクスとして認められます。でも、なのに、なんで、なんなんですかもう一体の義体は」
「あれはほら、自費だから」
「自分で金出してりゃいいわけじゃないんすよ。スペアなら同じ外観にすればいいものを、なぜ違う外観に……あれは誰なんです」
「あー、えっとー、そうだね君にもそろそろ説明しないとか。あれはね、かぐや。私の大切な人。遠くに行ってしまって、でも私はかぐやを取り戻したい。そのためにずっとがんばってきて、これからもがんばり続ける」
「意味がわかりません。要するに亡くなった恋人でも再現したいんですか?」
「違う。再現、ではなく再会」
「……あなた私のこと馬鹿にしてますよね、どうせ話しても理解されないって面してますよ。まぁいいです、どうせ私にはわかりませんから」
「馬鹿にしてるつもりはないけど、そう見えてるんだったらごめん。君は諦めずに食らいついてきてくれるから助かってる」
「そら私は後がないですから。学閥のおえらいさんに睨まれてるんでここにいられなくなったら実家帰らないといけないんすよ」
「実家かぁ。ご両親は?」
「健在ですよ。二人とも公務員で、土日は仲良くくっついて出かけてます。子どもからしたら目のやり場に困りましたね」
「……そっか」
「なんすかそのしょぼくれた顔は、調子狂うな。とりあえず、そのかぐやさんってのと再会したいってんなら、表皮のシリコンを熱伝導性の高いものに変えて、排熱を熱伝導方式と水冷式の二本槍にしましょう」
「いいけど、どうして?」
「触れたとき温かい方がいいんじゃないすか?」
「…………はは、ありがとう」
§
扉の向こうで女性二人が会話をする声がうっすらと聞こえる。酒寄ラボに配属されて2年、本日はKG型の初稼働日。先日のYC型の起動は諸手を挙げて喜べるような感じではなかったのだが、声のトーンからしてKG型の起動は成功したようだ。
酒寄所長は相変わらず理解できない。時折、遥か遠くから回答を得たかのように行動し、目的のためなら自分を削ることに抵抗がなく、わき目もふらず前へ進む。そのひたむきさが恐ろしかった。まぶしかった。美しかった。
私は世界にたった1%の天才のための礎である。でもその天才の中に0.1%だけしかいない限られた奇跡に巡り会えてしまったら、僭越ながらそのまぶしい道のりの整備くらいはさせていただきたい。路肩の石ころとして、あなたの成功を見たい。
「パンケーキ!」
高い元気な声が聞こえた。嗅覚センサーと味覚センサー、完成させないとな。
部屋の中から酒寄所長の嬉しそうな声が聞こえた。センサーのパラメータ調整へ向かう前に、ちょっと泣いた。
§
なぜラボのメンバーで並んで東京ドームにいるんだ。なぜ最前列なんだ。なぜライブなんかやるんだ。てか私、かぐやちゃんのライブ用に股関節のパラメータいじらされたよな? 所長、私情増し増しのこと、私の業務時間にやらせたよな? なんなんあの人は。
YC型がうまくいったからなんとかなったものを、一時はどうなるかと思った。YC型のパラメータもかなりアクティブ寄りに調整させられたのもこのためか。所長さぁ、本当にさぁ、よく仕事の合間縫ってダンスの練習したよね。あの人何ができないんだ。天は所長に与えすぎだ、私にも一つくらい寄越してくれ。
ステージにライトが当たる。音楽が始まる。かぐやちゃんとヤチヨが出てきて、後ろから所長が出てくる。
「あの、本当なんですか?」
隣にいるラボの同僚に話しかける。
「何が?」
「所長が、その」
「所長はいろPの中の人だよ」
「うっそだろ……」
「どうしたんだい?」
「推しです……」
酒寄所長、あなたは本当に、最低です。
§
入れるところのなかったシーン集
「所長、新しいパーツが届きました」
「ありがとう。それの調整は私がやるから」
「タスク量的に大丈夫なんですか? てかなんすかこのパーツは……防水仕様、特定の信号に応じて出力が発生、出力時潤滑剤分泌、潤滑剤は別途補充が必要……」
「だから私がやるから」
「所長、最低です」
§
「所長はVim派ですか?emacs派ですか?」
「LaTeX使ってる」
「読み方が摩訶不思議なやつを」
§
「富士山登るって正気ですか?かぐやちゃんのバッテリー保ちませんよ。少なくとも予備が三つは必要で、重量はかなりなものになりますよ」
「筋トレするから大丈夫」
「そういう問題じゃ、もういいや疲れた行ってきてください、かぐやちゃんのパーツ新しくしときます」
明日も投稿していきましょう、ではまた次回。