読んで字のごとく、なかなかに特殊な話なのでタイトルを見て「うわ」になったら引き返しましょう。
この作品はPixivに投稿している同名作品に一部手を加えたものです。
今回はこちらでした。
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=28830981
はじめましての方ははじめまして、そうでない方はこんにちは。私は酒寄研究所に勤務するしがない小間使い裏方使いっ走り研究員。酒寄所長の指導の下、日々最先端ヒューマノイドの研究に従事し、時に所長の天才的な発想に感銘を受け、時に天才にしても限度とラインがあるだろという言動に胃が爆発四散している。
酒寄彩葉所長については皆さんご存知だろう。私より詳しいんじゃないかな。所長は学生の頃からヒューマノイドの研究に打ち込み、わずか数年でKG型とYC型の義体を開発。かぐやちゃんとヤチヨと面白おかしく暮らしている。私は恐れ多くもその二体のヒューマノイドの整備とメンテナンスを仰せつかっているのだが、どうもこいつらは私を何でも言っていいおもちゃだと思っている節があるようで……
「ごめん、もっかい言って?」
「ヤッチョに生理実装してほしいなーって」
「なんでまたそんなことを」
「本当の意味で人間に近づくなら、必要かなって」
思わず額に手を当てた。頭痛が痛い。何言ってんだこの8010歳女児は。そりゃ確かに所長はこいつらを本当の意味で人間にしようとしてますよ、えぇ知ってますよ。だからってさあ!
「……確認なんだけど、ヤチヨはその生理について理解してる?」
「もちろんちゃんとわかってるよ」
「うんまぁ、わかってるならいいんだけど」
「でもおさらいしたいから、君の口から説明してほしいなー」
おいおい、冗談きついよ。えーとか、うーとか言っていると、廊下の方から元気な騒音が聞こえてきた。あいつの足音だ。ほぼ蹴りあけられるような勢いで実験室のドアが開いた。
「かぐやっほー! お邪魔しま~す」
「邪魔するなら帰ってくれないかな」
「だってぇ、ヤチヨがこれから面白いことするって言ってきてぇ」
かぐやちゃんだ。彼女はヤチヨとは同一人物。ちょっと私も受け入れるまで時間がかかったけど、親機があってヤチヨとかぐやちゃんがそれぞれ子機であると考えればギリギリ納得できた。要するにこの二人は人間ではない。人間ではないけど、関係者である研究所の職員たちと真実さんや芦花さん、ブラックオニキスの御三方、何より酒寄所長がこれに疑問を抱いていないのだから、私のような些細な存在が頭を悩ませても仕方がない。
問題はもっと他にある。こいつら、面白そうな話と思って瞬時に共有しやがった。ふざけんなよ。
「ねえねえねえお話してよ」
「ヤッチョも聞きたいなー」
好奇心の塊、興味津々。こうなるとテコでも動かねえことはよく存じ上げている。人生、諦めが肝心。肩をがっくり落としてから腹をくくり、二人をいつも座っているふかふかの置いてある席に移動させた。
「そのオーダーに応えるよ。でも、割と生々しい話になるから、嫌だなと思ったら耳をふさいだり目を閉じたりすること」
「りょー」
「おっけーい」
所長、お許しください。あなたのいない間にあなたのパートナーたちに、保健体育の講義をします。
§
ホワイトボードの前に立って図を描きながら説明を始めた。
「まず、生理の定義なんだけど」
「定義って、数学じゃないんだからさぁ」
「ではそんな余裕ぶっこいてるかぐやちゃん、生理ってなんだと思う?」
「え? 血が出るやつ」
そう言うと思った。残念ながらそれははずれだ。私は目の前で腕をクロスして特大のバツ印を作ってやった。
「違います」
「ヴェエエエエエ!?」
「生理とは、脳、卵巣、子宮が連携し、一定の期間に起こるホルモンの変化により発生する事象を指します」
「血が出ることだけじゃないんだよかぐや」
「なんだよー、ヤチヨは知ってるなら教えてくれたっていいじゃん」
「それはー、間違いからしか学べないものもありましてー、スーパーアンサーAと言いますかー」
またヤチヨが変なヤチヨ語録作ってる。まあヤチヨはちゃんと理解したうえで聞いてることがわかったからよしとする。
「かぐやちゃんがさっきから言ってる、血が出るやつ、は月経のことだね。月経は脳から始まるホルモンのリレーの末に発生します」
ホワイトボードに図を描き始めた。
「いやフローチャートじゃん!」
「これが一番説明しやすいんだよっ私医学は専攻じゃないからね?」
気を取り直して説明を開始する。
「まず、脳の中で自律神経やホルモンの中枢である視床下部から、ホルモンの司令塔である下垂体へ指示が出ます。下垂体からホルモンが分泌され、それを受けて卵巣内で排卵の準備が始まる。これが第一段階」
クソ真面目に描いたフローチャートなのに金髪の生徒はやる気がなさそう。なんだよ、かぐやちゃんが説明しろって言ってきたのに。
「今度は卵巣から分泌されたホルモンを受けて子宮内膜が厚くなる。このホルモンが極大に達すると、脳から排卵のトリガーになるホルモン、黄体化ホルモンが分泌されて排卵が起こる」
「せんせー、ホルモンばっかでーす」
「言ったでしょ、ホルモンのリレーなんだよ。君たちの電気回路みたいなもん」
説明は条件分岐に差し掛かる。そもそも、このホルモンのリレーは子を成すための仕組みだ。
「卵子の受精が成立し子宮内膜に着床した場合、妊娠が成立する。妊娠が成立しない場合、内膜を成長、維持させてきたホルモンの分泌量が急激に低下、子宮内膜が維持できなくなり、剥がれ落ちて血液と共に排出される。これを月経という」
「んあれ、てことはげっけーって無精卵捨てるってこと?」
「大体そう。ヤチヨは、ここまで大丈夫?」
「ばっちぐー!」
なんだろう、ちょいちょい反応から押し入れの匂いがする。さて、ここからお待ちかねの月経についてだ。新しい図をホワイトボードに描く。
「いやだからぁ!」
「うるっさいな、私は工学部出身なんだよ!機能的な図になるんだって!お望み通り月経の説明するんだから座っててよ!」
味気ないものを作っている自覚はある。あるけど、説明は続ける。
「真っ赤な経血が確認された日を月経の1日目とカウントする。人によっては前日から腹痛や腰の重たさを感じる。 2日目が一般的に痛み、経血量が最も多くなりやすい日、ぶっちゃけしんどい。3日目以降に徐々に痛みと経血量が減っていき、5~7日目に終わることが多い」
「かぐやも見たことあるでしょ、ドラッグストアとかにある生理用品で、多い日って書いてあるのはこういうやつのこと」
「あー、あれかぁ」
かぐやちゃんはホワイトボードを見ながらポンと手を打った。それから、ぐるっと視線を私に向ける。
「さっきしんどいって言ったじゃん? 毎回しんどいの?」
「割とね。でも私は薬でコントロールしてるから」
「そんなことできんの?」
「修学旅行や部活の大会、特に受験と被らないようにするため学生のうちから婦人科で薬を処方してもらって生理周期のコントロールを行うことも多いよ。私は受験の時に被りたくなくて薬飲み始めて、今も継続してる。こういうときに処方されるのがホルモン剤、まぁピルって呼ばれるやつ」
「お、漫画で見た。飲んでるから安心ってやつ」
どんな漫画読んでんだこいつ……所長には黙っておこう。そして、何か勘違いしているようだ。
「安心が何を指すかについては深く踏み込まないけど、別にそうとも限らない。薬の主目的はホルモンの波を穏やかにして、痛みや出血量を減らしたり、周期を安定させること。そっちのは副次的なものだから別途対策は必須……とはいっても、かぐやちゃんには関係ないか。相手所長だし」
「ヴェ、じゃあ漫画嘘じゃん」
「漫画を鵜呑みにしてはいけませんねぇ。かぐやもまだまだだにゃー」
「むーっ、ヤチヨも知ってるんなら教えといてよ」
私は鞄から緑色のシートを取り出して二人に見せた。
「ほら、これが私の使ってる低用量ピル。1から順に飲んでいって、28まで。28まで飲み終わると大体出血する」
「へー、ヤッチョも初めて見た。最後の4つ真っ白なんだね」
「これは偽薬。ホルモン剤を投与して、最後の4日に投与しないことによって出血のタイミングを作る。でも飲むのを止めると再開のタイミングを忘れるから、リズムを崩さないように何の効果もない錠剤を飲むんだよ」
「はえーおもろ。飲んでると楽?」
「まあね。調子いい時は痛み止め飲まないで済む。あとはまあ、学会の日と被らないように周期ずらしたりとかはやるね。そういうことがしたいときは、都度都度病院行って相談してる」
「お、病院行ってる。えらい」
「うんうん、えらいえらい」
なんで病院行くと褒められるんだ。まぁ、確かに、所長は病院嫌いだけどさ。
実験室のドアがノックされる。時間的に、そろそろ所長が休憩と称してサボりに来るタイミング。
「おじゃましまーす、休憩しに来たよ」
「お疲れ様ですおサボり所長」
「あれ?何か面白そうなことしてるね」
所長は興味津々にホワイトボードを覗き込む。うわ顔近づけるな今日も顔が良い!
「生理のこと教えてもらってたんだ。ねーヤチヨ」
「うん。かぐやが色々間違って理解してたからね、職員さんに教えてもらってたのです」
「ねーなんでかぐやのことばっか!そもそも、ヤチヨが始めた話っしょ」
「そうなの、ヤチヨ?」
小首を傾げる所長。くそかわいい脳が焼ける。そうだ、そもそもの発端はヤチヨだった。
「彩葉、ヤチヨはYC型義体に生理を実装してほしいの」
「……なるほど、そういう。君はどう思う?」
突然私に話を振らないでほしいなぁ……なぜなら前向きな回答が出せないので。
「現状不可能です。さらに言うなら、意義がありません」
「その理由は?」
「まず、生理は妊娠のために必要なメカニズムです。YC型にその機能は必要ありません、なんせパートナーが同性である所長ですから。今更所長も、ヤチヨが別の人と、なんてしおしおしたこと考えないですよね」
所長は照れくさそうに苦笑した。うんその顔もかわいい。
「それは、うん、そうだね。他に理由はある?」
「第二に、生活において障害になります。生理に伴うホルモンの変調は行動が制限されること、体調が崩れることで基本的に望まれないものです。私が先ほど二人に見せた薬のように、回避する、ずらす、軽減する方向に技術や学問が進んでいます」
「あぁ、そこまで説明してくれたんだね」
「二人とも興味を持っていたので。第三に、物理的に実装が困難です。 人工臓器内で成長、剥離する内膜を生成するのは、技術的に実装する手段が現状はないかと」
「うん。今すぐは無理だね」
所長ならいつかできるんだろうなぁ、となんとなく思った。この人なんでもできるから。
「それから」
と、口を開いてまた閉じた。この理由は言うべきじゃない気がした。月経は痛みと切り離せないから、それをヤチヨに味わわせるのはかわいそう、なんて理由は、ちょっと重たいなと思った。
「……なんでもないです。とにかく、今は無理です。ここから研究して、と所長がおっしゃるのなら、私は部下なので従いますが」
「君がそう言うときは大抵何か引っかかってるときだよね。ありがとう、理解できたよ。理由も、納得いくものだし破綻していない。私もそう思う。今は無理。でもここから進めるなら、可能性はあるね」
所長はヤチヨとかぐやちゃんの方を向いた。優しい穏やかな目だ。でもよく知ってる、あれ二人のお願いを聞くときの目だ。
「ヤチヨとかぐやはどうしたい?」
「かぐやはやだー。めんどそうだし、だるそう」
「私は……」
ヤチヨは視線を泳がせた。彼女に悪いことをしただろうか。優しいヤチヨのことだ、私が、無理だ、意義がない、なんて言い方をしたから考えを引っ込めてしまっただろうか。
「ヤチヨ、正直に話してほしい。私は聞く準備ができてるから」
「彩葉……私は、やっぱり実装してほしいな。本当の意味で人間に近づけるなら、不便も意義のないことも受け入れていきたい」
所長が満足げに微笑む。うわ顔が良い。そしてヤチヨの頭をなでる。うわ景観が良い。これを国の重要文化財にしよう。
「わかった。こんなこともあろうかと、色々準備はしてあるから」
は? 今なんつったこの稀代の大天才?
この人は私の尊敬する人だ。私の人生の道しるべとなる北極星だ。さらに私の推しいろPの中の人だ。そんな人が何を目指しても、間違った方向に行かないように苦言を呈しつつも絶対について行く。そう誓ってそう願って今日まできた。でも、物事には限度があって、あんた何の準備してたって?
「しょちょう、ほんきでいってますか?」
口から飛び出た言葉はぎこちなかった。
挿絵、これでいいんだろうか?
本の最初に入れる話なのでちょい回りくどいですが、まぁなんな、こんな感じの話をしばらく投稿します。
なおお勉強部分は医療従事者に一応見てもらったので著しく間違ってはないです。
てことでまた明日!