このシリーズは生々しいので読むときは気合を入れてください、無理そうなら無理をして読む必要はないですからね、読むものは選ぼう。
こちらはPixivに投稿済みの同名作品に手を加えたものです。
今回はこちらでした。
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=28857072
その日は、朝起きた時になんとなくお腹が痛かった。布団、寝てる間に妹に取られたからお腹冷えたのかな、と少し背中を丸めてお腹をさすりながら起き上がった。
「お姉ちゃん、お尻に鼻血がついてる」
朝ご飯を食べに食卓へ向かっているとき、弟にそう言われた。小学校4年生の時だったと思う。聞き慣れない言葉の組み合わせに首を傾げた。お尻に、鼻血。なんのことだろう。確認しようにも自分ではうまく見えない。
「ねえお母さーん、お姉ちゃん血が出てる」
今度は妹が台所にいるお母さんに声をかけた。5人分の朝食を用意していた両親が、手を止めて顔を見合わせたのが目に入った。私は勘が鋭い方でも、察しがいい方でもない。でもなんとなく、何か両親をそうさせることが起こったのだけは理解できた。
「朝食の支度はやっておくからお母さん行ってあげて」
「ありがとう。真実、ちょっと洗面所いらっしゃい」
お父さんが妹と弟を食卓へ連れて行き、お母さんが私を洗面所へ誘導した。その道すがら、お母さんは私の引き出しから下着を一枚取り出した。私が洗面所に入るのを確認して、お母さんは引き戸を閉じて他の人が洗面所に入ってこれないようにした。
「慌てないで、落ち着いてね。大丈夫だからね」
そう優しく声をかけつつ、お母さんは私にパジャマと下着を脱ぐように言った。こんなことを言われると、逆に肩に力が入ってしまう。深呼吸をして、おそるおそるはいているパジャマのズボンと下着を脱いだ。
「……うわ、血だ」
血がついてる。赤黒くて、生々しくて、ちょっと怖かった。なんでこんな、どこか怪我したわけでもないのに、こんなに血が出たら絶対痛いのに、擦り傷や切り傷なんて比じゃないくらい痛そうなのに。でもこの血の量に釣り合うほどの痛みはなかった。お腹が痛いのだって、なんとなくぼんやりとした痛みでこの出血量と噛み合わない。
「気分悪くなったりしてない?」
「うん。お母さん、私どっかおかしくなっちゃった?」
「うぅん。びっくりしたわよね。生理がきたのよ」
生理。学校でのことを思い出した。一か月前に男子たちが外でドッジボールをしている間、カーテンの閉められた教室で女子だけ先生から聞かされた話。私もドッジボールがしたかった。外で遊べる男子たちがずるいと思った。だからあんまり真面目に聞いてなかった。
『これはお腹の中で赤ちゃんを育てるための準備です』
先生にそう言われたときだけちらりと黒板を見た。へーそうなんだ、よくわかんないや。だって赤ちゃん育てるのって大人のやることだし、私まだ子供だし。前の席の子から回されてきた楕円形の平べったいおむつみたいなものもちょっと観察するだけですぐ後ろに回した。まさかそれが他人事じゃなくなるなんて思ってなかった。
「お母さんもこんなに早く真実に生理が来るなんて思ってなかったから何の準備もしてなかったわ。でもあなたは好き嫌いなくよく食べるし、身長も伸びてきたしそろそろ来てもおかしくなかったわね」
「準備って?」
「下着が汚れないようにする道具があるのよ。ナプキンっていうの」
「あー、学校で見たかもしんない」
「じゃあ何も知らないわけじゃないのね、よかった。今日はお母さんのを渡すから、学校が終わったら一緒にドラッグストアに買い物に行きましょう。お腹痛くない?」
「ちょっと痛い」
「あら大変。真実が飲んでも大丈夫な痛み止めあったかしら……お母さんお薬探してくるから、その間に着替えちゃいなさい。下着にナプキンはつけておいたから」
「はぁい。汚しちゃったのどうしたらいい?」
「それは水で洗いなさい。お湯で洗うと血が固まって落ちなくなっちゃうからね」
お母さんが洗面所から出ていくのを見送ってから着替えをして、洗面台に水を流した。ひやっとした感触、流れていく薄まった赤。少し強めにお腹が痛んだ気がした。
§
放課後、お母さんとドラッグストアに行って色々買い物をした。帰ってきてから妹と弟を外に遊びに行かせて、お母さんと買ってきたものを確認する。
「色々あるから、どれが真実に合うのか試さないとねぇ」
「はえー、こんなに種類あったんだ。学校で見たのは一つだけだったなぁ」
袋を確認する。羽付き、羽なし、昼用、夜用と書かれたナプキン、紙おむつみたいなやつ、家にあるのより小さいボトルの洗剤。
「羽のありなしは好みかしらね。お母さんは羽付きのを使ってるけど」
「なにがいいの?」
「ずれにくいのよ。でもくっつけるのに失敗すると羽が貼り付いちゃって気になることもあるわね」
今日お母さんから渡されたものを思い出した。お昼休みにトイレで交換したときに、うまくいかなくて一つ無駄にしてしまった。
「だから、慣れるまでは羽なしの方がいいかもしれないわね。位置の調整もしやすいでしょうし」
「そしたら最初はこっち使ってみる」
「それから、夜寝るときはこっちね」
お母さんが示したのは黒と青の袋に入ったものだった。袋の画像的に、昼間に使ってたものより長くて分厚い。
「寝てる間は背中の方に流れちゃうし、寝返りとかで横にもれることがあるから大きいのを使うのよ」
「そうなんだ。なんか暑そー」
嫌だなってなんとなく思った。嫌だな、と思うと「嫌だな」がどんどん重なる。面倒なナプキンの交換も、お腹がなんとなく痛いことも、常に付きまとう不快感も。
「お母さん、私ずーっとこれやらないといけないの?」
「そうねぇ、閉経するまで、大体月に一回」
「へいけいって?」
「生理が来なくなること」
「すぐそれになってほしい」
「仕方ないのよ、人間は生き物だから。いずれ赤ちゃんをお腹で育てるための準備なの」
「お母さんもまだくるの?もう赤ちゃん育てないのに?」
「そうねぇ」
「やだなぁ」
お母さんは苦笑いして背中を撫でてくれた。あたたかい手だった。
「お母さんもやだなぁって思ったけど、かわいい子供たちに三人も出会えて幸せよ」
「そうなんだ……」
「真実が赤ちゃんを育てるかどうか、それはあなたの自由だけど、体は勝手に準備を始めてしまうから。付き合っていかないといけないの。困ったことがあったらお母さんや、保健室の先生に相談なさいね」
「うん」
夕食の時間になって食卓へ向かう。珍しくお赤飯だった。つやつやのもち米に混じった小豆。お父さんがゴマ塩を振ってくれた。
「ねえなんで今日お赤飯なの?」
妹がお茶碗に盛られたそれを見て首を傾げる。
「まぁ今日はそういう日だから」
お母さんが私のお茶碗にもお赤飯を盛ってくれた。
後から知ったこと。初めての生理、初潮を迎えた子がいるとお赤飯を炊いてお祝いするらしい。確かに妹の時も夕食はお赤飯だった。夜用のナプキンは結局ズレてしまって、翌朝には買ってきてあった生理用の洗剤がさっそく活躍した。もう下着と布団を汚すのが嫌で、嫌だったけど紙おむつみたいなやつを使った。汚す心配がなくて安心したけど、でもやっぱり嫌だった。
§
「諌山さん、ちょっといい?」
「ほいほい、どしたの?」
青白い顔をした後ろの席のクラスメイトが声をかけてきた。お、これは、あれかな、となんとなく察した。確か鞄の中に入ってたはず。
「生理来ちゃって、道具もってない?」
「あるある。普通の方でいい?」
「ん? うん」
鞄からポーチを取り出す。周囲を見回して、誰も見ていないことを確認する。よし、大丈夫。特に男子が見てなければ問題ない。手のひらの中に包むようにして隠してそっと渡す。毎度思う、闇取引みたいだって。ちょっと面白い。
「はい」
「ありがと」
「保健室行く?」
「うん。トイレ行ったらいってくる。本当にありがとうね」
彼女を見送ってからふと目をやると、芦花がこっちを見ていた。目が合うと手招きされる。誘われるがままについて行き、教室の隅っこで二人して落ち着いた。
「あの子大丈夫かな?」
「芦花は優しーねぇ。保健室行くって言ってたから大丈夫大丈夫」
「そっか。痛み止め持ってるから必要なら渡そうと思ったんだけど」
「まーそれは戻ってきてからでいいんじゃないかな。保健室でもらうかもだし」
「そうだね」
芦花の視線がポーチに落ちる。中身が気になるのかな。彼女が口元に手を当てて顔をこちらに近づけてくる。内緒話か。耳を寄せた。
「真実さ、さっき、普通の方って言ったけど、そうじゃないのって何?」
「あー、これ」
ポーチの口を開いてこっそり見せる。細長い、カートリッジタイプのもの。芦花の動きが止まるのを感じた。
「えっと、それって」
「うんそう」
タンポンと呼ばれるもの。下着に貼りつけて汚れを防止するナプキンと違って、そもそも流れ出てこないようにするためにせき止める道具。つまり、体の中に入れて使うもの。
「……そっか、真実彼氏いるもんね」
「あ、うん、まぁ、はい、そうですね」
それもある、確かにある。だから中身は人に見せないようにしてきた。今回だって、芦花だから見せただけ。多分彩葉だったら見せなかったかなぁと思う。彩葉も芦花と同じくらい大事な友達だけど、心理的な距離は芦花の方が近い。彩葉は、そうだな、見守り対象って感じ。
「これ便利だよ。どろっとしたの出てこないし、体育の時とかもあんまり気にならないし、ちゃんと使えばお風呂とかプールとかも入れる」
「へー、いいねそれ」
「私量多いほうみたいでさー。お母さんが見つけてきてくれたんだよね。細いやつだったら普通に使えるから、必要そうだったら探してみて」
「うん。ありがと」
「こっちこそ、引かないでくれてありがと」
芦花が首を傾げる。どうしてそんなこと、と言いたそうな顔。そっか、芦花の選択肢の中に最初からそれはなかったんだ。なんとなく安心して、芦花の肩に頭を軽く預けてみた。彼女は私の背中を撫でてくれた。お母さんと同じ、あたたかい手だった。
ここからあと2回分2030年の高校生の子たちの話になります。
事前に告知しておきますと、明日は芦花ちゃんの話です。
ではまた明日!