このシリーズは生々しいので読むときは気合を入れてください、無理そうなら無理をして読む必要はないですからね、読むものは選ぼう。
こちらはPixivに投稿済みの同名作品に手を加えたものです。
今回はこちらでした。
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=28970028
背の順はいつも後ろの方。誕生日が来るのはクラスの誰よりも早くて、風邪もあまりひかなかった。バランスの取れた食事、運動、睡眠。健康に直結することに触れられる環境で育った。その分初潮を迎えるのも早かった。保健室の先生に納得したような顔で、
「綾紬さんだものねぇ」
と言われたのを覚えている。大人の目から見ても、私はそういう成長の早い部類の人間のようだった。
教わった通りに道具を使い、失敗を繰り返しながら慣れていき、特に変わったことのない成長を遂げたと思う。自分は普通だと思っていた。確かに生理中はちょっと痛くなることもある。でもやり過ごせたし、ひどいときも軽い痛み止めですぐにおさまった。病院とも縁がなかった。これが普通だと思ってた。
中学二年生、修学旅行のとき。同じ班の子が生理だからとお風呂の時間をずらした。先に支度をして部屋を出ようとしたとき、その子に袖を引かれた。
「芦花、痛み止め持ってる?」
「うん。これでいい?」
渡した小箱を見て彼女は顔を曇らせる。血の気の引いた青白い顔、お腹を庇ってまるまった背中、何かを耐えるように肩を掻き抱く細い指。一目見てわかる、この子は具合が悪い。
「ごめん、それじゃ効かないわ」
「そうなの?」
「先生にもらってきてくれるかな」
「うん、布団被って待ってて」
廊下に出た時、外の空気を余計に冷たく感じた。知らなかった、あんなに痛い人もいるんだ。友達なのにそんなに痛いことを理解してあげられなかった。
「あれじゃ効かないんだ」
悲しかった。寂しかった。自分の痛みが弱いことを恥ずかしく思った。
§
今日は真実の口数が少ない。お弁当の進みも悪いし、若干顔色も悪い。
「真実、風邪?」
彩葉が心配そうに声をかける。真実は首を振った。
「いやー、今日からアレでさ」
「あぁ……」
「痛み止めいる?痛みが強くなる前に飲んでおきなよ」
「ありがとう芦花、もらえると嬉しいー」
「ちょっとまってね」
鞄を開いてポーチを取り出す。そこからシートを3枚出して真実に見せた。
「イブプロフェンと、アセトアミノフェンと、ロキソプロフェン、どれが真実に合う?」
「お、おー、芦花って薬屋さん?」
「こんなに持ってる人初めて見た」
真実と彩葉が目を丸くした。友達の痛みを理解できないと知った日から、痛み止めは複数種類持ち歩くようになった。その人の体質によってどれが効くのかは違う。だったらどれにでも対応できるように、複数持っていればいい。そうすれば少しでも痛みを和らげることができるから。私が理解できないものを減らしてあげられるから。傲慢だとは思う。でも親しい人には楽になってほしかった。
「うーん、イブかな?」
「はいどうぞー」
「芦花、いつもこんなに持ち歩いてるの?」
「そうだよ。彩葉もいる?」
「あ、いや、私は」
彩葉が目を泳がす。彩葉と同じクラスになって数か月、疑問に感じたことがある。この子はいつだって無理をしてしんどそうだ。でも、生理の時特有の血の気のなさや痛みに耐えている様子ではない。もしかして、と思うのに口にできない。ここまで踏み込んでしまっていいのだろうか。
「彩葉ってさー」
シートから押し出した薬を水で飲み下して、真実が口を開く。
「アレのときしんどい方?」
「んー……なんかしばらくきてないんだよね」
「え」
「え」
「あ、いやいやいや、やばい方の意味じゃなくて」
慌てて否定する彩葉に一瞬安心する。いや、でも、そうじゃなくて、それって普通じゃない。
「いろはー、無理しすぎでは?」
「は、ははは、勘弁してください真実さん……今月バイトのシフトぎちぎちで」
「忙しいのはわかるけど、ちゃんと休んで」
「ごめんね芦花も心配かけて。でもほら、なければないで楽だし?」
「そうだけどさぁ。うーん、あのね、私高校受験の時緊張しすぎて一か月くらい遅れたんだよね。そしたらさ、めーっちゃ痛かったから、彩葉マジで気を付けなね。ほらお弁当のおかず分けてあげる」
真実が彩葉のお弁当に唐揚げを乗せた。
「そうだよ彩葉。ちゃんとご飯食べて。今度試験勉強さ、駅前のファミレスでやろうよ。教えてもらうお礼に奢るから」
私も卵焼きを彩葉のお弁当にのせる。質素すぎる、彩葉の節約弁当。彩葉は頑張りすぎだ。時間を削って、お金を削って、命も削って。もっと普通の生活をしてほしい。それが難しいとわかっていても、彩葉に健康に生きてほしいと思ってしまう。この子の苦しみのほんの一片でも私が背負えたら、と願ってしまう。
§
そんなことがあって数週間後のことだった。朝一番に教室に行くと、彩葉が机に突っ伏していた。いつもしゃんと背を伸ばして前を見ている彼女にあるまじき事態。ただことではないとすぐにわかった。こんな時に二人きりでよかったと思った。彩葉、こういうとこ誰にも見られたくないだろうから。
「い、彩葉、大丈夫?」
「う……ろか?」
「どうしたの、どこか痛い?」
「いや、ははは……ちょーひさびさにあれきちゃって。まみとあんなはなし、したからかなぁ」
彩葉、そんなに痛いの?まっすぐ座れなくて、声にも覇気がなくて、顔色なんて血の気が引いてるのを通り越して真っ白。呼吸も浅くて痛みを耐えられていない。
「薬、痛み止め飲もう。ロキソプロフェンあるから。強いやつだけど、それなら、きっと」
「ごめん、いらない……くすりのんだらくせになっちゃうから、これくらい」
「全然そんな風には見えないって」
「だいじょうぶ、みんながくるまでには」
「お願い、薬飲んで。辛そう」
「ろかのがつらそうだよ」
彩葉が力なく微笑む。どうして私は痛くないんだろう。どうして私は生理が軽い方なんだろう。どうして健康な生活をして丈夫でいられるんだろう。恵まれた性質、恵まれた体、恵まれた環境。全部いらなかった。こんなもののせいで大事な人の辛さを理解できないなんて。
「くすり、ありがとう、でもさ、きかなくて」
「薬効かないくらい痛いの?」
「うん。しはんのは」
「それ病院行った方が」
「そうだね、そのほうが、きっといいんだろうね」
ぐったり目を閉じる彩葉。彩葉はきっと病院に行かない。薬も飲まない。ただただ痛いのをやりすごすことしかしない。頻度が低いから、とか思ってるのかもしれない。でもそもそも頻度が低いのが問題なのであって、正常に、周期的にきていればきっと。
そこで気づいてしまった。もし、毎回彩葉にこんな痛みが訪れていたとしたら。だったら私が彩葉に普通の生活ができるようにと願ってしまえば、それは彩葉に毎月この激痛を望むことと同じになってしまう。じゃあこのまま、年に数回だけのままでいることを望むの?だめだ、わからない。私は彩葉じゃないから、彩葉の痛みが理解できないから、毎月くれば軽くなるかも、なんて淡い期待を抱いてしまう。
生理痛には個人差があることは聞いている。私みたいに全然痛くない、痛くても軽い痛み止めでやり過ごせる人もいれば、彩葉みたいに動けないほどの痛みを感じる人もいる。ひどい話だ、と思う。どうして平等に、等分に痛みを感じられないんだろう。そうすれば彩葉が感じる痛みを少しでも背負えたのに。
「せめて保健室行こう。ついていくから」
「いや、でも」
「歩けないでしょ?肩貸すから。湯たんぽもらえるだけでだいぶ違うから」
促して立たせる。傾いた体を支える。ぞくっとするくらい冷たくて軽い彩葉の身体。私と全然違う。健康の反対側。安定の反対側。自分が持ってるものなんて何もいらないと思った。彩葉が楽になるためだったら何もなくなっていいって思えた。
「彩葉、しっかり」
「ごめんねろか」
「いいから」
どうして私は痛くないんだろう。悲しくて辛くて、自分が嫌いになりそうで。滲んだ涙を彩葉に気づかれないように拭った。ぐっと前を見据え、保健室へ一歩一歩、足を進めた。高校一年生の冬、寒い寒い日だった。
夕べぐっすり寝ちゃったから予約投稿忘れてたよね、許してください。
芦花ちゃんの解釈は一生わかりません、監督を逆さまにして振ったら何か出てくるかな?
明日は酒寄さんの話の予定です。
ではまた明日!