このシリーズは生々しいので読むときは気合を入れてください、無理そうなら無理をして読む必要はないですからね、読むものは選ぼう。
こちらはPixivに投稿済みの同名作品に手を加えたものです。
今回はこちらでした。
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=29057483
なんかぼーっとするな、と思った。多分熱のせい。久々に風邪をひいた。結構しんどくて、かぐやに泣かれたり看病されたりした。
かぐや、赤ちゃんだったのに人の看病できるようになったんだ、とか、あのおじやおいしかったな、とか、食器の片づけできるようになったんだな、とか、色々考えることはあった。
「んー、彩葉熱なかなか下がんないね」
「これくらいなら」
「だめー!休んでっ」
体温計を見るともう高熱ではない。微熱って感じ。昨日まではそこそこ高熱だったけど、ここまで体が回復しているのを考えると、やっぱり適切な栄養を取ることは大事なんだなと痛感する。
ここのところかぐやに振り回されているとはいえ、今まで壊滅していた食生活を爆発的に改善してくれたのもかぐやだった。むしろ今までギリギリ限界だったのを、こんなに振り回されながらもここまで過ごせたのは、かぐやのつくってくれたご飯で十分な栄養が得られたからだと思う。
「配信、どうなの」
「じゅんちょー。いろPが風邪ひいちゃったからどうしたらいい? って聞いたらオタクは色々教えてくれる」
「へぇよかったじゃん」
「しゅーごーちってやつ」
「難しい言葉知ってるね」
「芦花が言ってた」
てことは芦花に私が体調崩したこと言ったのか。芦花に言ったってことは真実にも言ってるわけで。かぐやのことだから言わないわけないけどさ。
「心配、かけたな」
かぐやに聞こえないようそう呟いて布団をかぶって横になった。異変が起きたのはその翌日だった。
風邪とは違う倦怠感、言いようのない不快感、思考よりも一瞬遅れて動く体。あれ、これ昨日までのと違う。隣でかぐやがまだ寝てる。風邪だって言ってるのに結局ずっと隣で寝てたなこいつ。
もそもそ起き上がってまずトイレに行き、下着を下げ……
「あ、あぁー……」
不調の理由をすぐに理解した。やっば、前に来たのいつだっけ? てか道具どこ置いたっけ、まだストックあったっけ、替えの下着は。窮地に陥ると途端に頭の回転が早くなる。カチカチカチ、とはまっていくように答えが導き出される。前回は確か半年前、道具は洗面台の下、ストックはないからやばいかも、替えの下着は……洗面所のドアがノックされる。
「いろはー、トイレ?」
「かぐや、悪いんだけど私の替えの下着取ってきてくれる?」
「んえ、いいよ。ちょっと待ってて」
しばらくしてもう一度ノック。
「もってきたー」
「ありがと」
最低限ドアを開けて受け取り、後処理をする。少し汚してしまった便座もきっちり拭いて流し、汚した下着とパジャマを洗面台に運ぶ。
「ねーもう開けていい?」
「いいよ」
入ってきたかぐやが私の手元を見てぎょっとする。あ、そういえば、かぐやこういうの見たことない。
「い、いろは、それ、真っ赤なの、血」
「あーその、これはさ、生理ってやつで」
「ヴェ、なにそれ」
「説明は後で。とにかく着替えさせて」
夏の生ぬるい水が汚れを落としていく。真っ赤に染まった洗面台。こりゃかぐやは怖いだろうな。見せたくなかったな。
着替えをして、かぐやにツクヨミチューブで適当に小中学生向けの生理に関する教育動画を見せた。なんとなく理解してくれたようなんだけど、そろそろ私の体調が悪くなってきた。あー最悪、これやばい気がする。
「んーっと、要するにその血が出るやつって、人間に必要な仕組みってこと?」
「うん……そう……」
「なるほどなるほど。人間っておもろ。あれ彩葉どったの?また熱上がってきちゃった?ひえひえ貼る?」
「や、そういう、んじゃなく」
耳鳴りがする。頭の中で発泡スチロールをこすり合わせているような、不快で脳に響く音で満ちている感覚。お腹の中をぎゅっと強く押されているような痛み。鋭い痛みではなくて、鈍くて重たい痛みがずっと、ずっと続く。
「ぐ、ううぅ……」
「ねえ彩葉、大丈夫?かぐやどうしたらいい? ごはん? お薬?」
思い返す、去年のこと。寒い寒い冬の日。同じように痛みに悶え苦しむ私に、優しく薬をくれようとしたのは芦花だった。かぐやの申し出に首を振る。
「いい、くすり、いらない」
「でも苦しそうだよ」
「せいりは、びょうきじゃない、し」
「痛いのなくすお薬とかさ、そういうの」
「いらない、だいじょぶ」
「絶対、ぜーったい、だいじょーぶじゃないって!あ、そうだ、オタクたちに聞いたらまたしゅーごーちってやつで」
「だめ」
それだけは絶対に。ただでさえ、生理のことは理解されにくい。異性にはもちろん、同性にも。人によって痛みの程度が違うし、周期や期間、対応方法も違う。
こんなものが病気でないなんて、と心底思う。病気じゃないから、これは治すことができない。治療して、消し去ることはできない。いつかなくなるその日まで、向き合い続けなければならない、呪いみたいなもの。ただ自分が生き物である以上、振り回され続けるホルモンの波。
「いわないで、だれにも」
「そこまで言うなら言わないけど。芦花と真実には聞いていい?」
「まみだけにして、ろかはだめ」
「どして?」
「ろか、しんぱいしすぎる」
「あーまあ、うん。芦花そーゆーとこある。かぐやは大好きだけど」
知ってる。だから心配かけたくない。かぐやが真実になにやら連絡を取っているのを見た。目を閉じて細く長く息を吐く。体に与える刺激を小さくして、呼吸も小さくして。こうやっていつも痛みに耐えてきた。
自分が悪いことはよく理解している。壊滅的な生活習慣、偏った食事、無理をしないと成り立たない生計。高校生の体力に甘え切っていることに自覚はある。でもお母さんだって私よりもっとすごいことをして平気だった。私だってそれができたっていい。できて当然だ。だってお母さんと違って面倒を見ないといけないのが自分とかぐやだけだから。
かぐやがやってきて、相変わらず生活習慣は壊滅的だ。でも食生活が充実してきて、人と一緒に暮らすことでストレスもあるけどそれ以上に安らぎを感じるようになってきた。つまり、体がストレスの影響下を脱して平常に戻ろうとしている。平常とはつまり、当たり前のように周期的に生理の来る体。定期的にこの苦しみを味わう体。
「彩葉、真実から連絡来たから色々聞いて……って彩葉やっば、汗びっしょりだよ! やっぱ熱」
「じゃない、これ、ひやあせ」
痛すぎて汗がにじんでいる。無遠慮に、容赦なく、内臓を握りつぶされるような痛み。頭がチカチカして目が開けられない。ずっと続く痛み、子宮が収縮する痛み。
聞いたことがある。生理痛って陣痛の予行練習だって。お母さん、こんな痛い思いを二回もしてるんだ。お兄ちゃんの時と、私の時と。だったら、私だって耐えないと。ただの予行練習なんだから。
スマホで何やらやり取りをしていたかぐやが、画面から目を離す。そして、そろりそろりと近づいてきて、横に膝をついた。
「ねーねー彩葉」
「うん」
「真実がね、あっためてあげてって」
「そ、うなんだ」
「だからかぐや、今から彩葉の腰よしよししてあっためてもいい?」
「いい、けど」
「やたっ」
かぐやのあたたかい手が触れて腰をさする。体温と摩擦で温かくなっていく。
「あのね、真実がホッカイロ持ってきてくれるって」
「わるいよ、そんなの」
「いーからいーから。みんな元気な彩葉が一番だって言ってた。元気になろうなっ」
気合の入った顔でガッツポーズをするかぐや。あぁ、なんとなく覚えがある。お父さんがいた頃、風邪を引いたお母さんの看病をするときに、お兄ちゃんとこうやって気合を入れてやってたっけ。自分が頼られてると思うと気合が入るんだよな。かぐやもそうなんだ。これを、頼られてて誇らしいと思ってくれるんだ。
「じゃ、がんばる」
「うっし、ほかに何かしてほしいことある?」
「かぐや」
「なになにー?」
「ぎゅってしていい?かぐやあったかいから」
「もち!」
ぱっと顔を輝かせてかぐやが布団に滑り込んでくる。なかなか温まらなかった布団の中が、ぽわっと熱を抱く。腕を回してかぐやを抱き寄せる。あたたかい、赤ちゃんみたいな体温。やわらかくて、落ち着ける。
それでも、体温が上がると出血量も多くなる。細くなっていた血管が緩むから。押し流される血液にまた歯の根が合わないほどの痛みを感じる。かぐやの背中に額を押し付けて、強く抱きついてしまう。
「は、ぐ、う……」
「彩葉、痛いね」
「ぐ……ごめ、かぐ」
「かぐやさ、彩葉がどんだけ痛いのかとか、どんなふうに痛いのかとか、全然わかんないんだけど」
かぐやの指が私の手に触れる。冷え切った指先をかぐやの手に包まれ、じわじわ温度を取り戻していく。
「でもいたくなくなるまでここにいるからね」
「ん」
「ずっと一緒だよ、彩葉」
また痛みの波が来る。内臓を握りつぶされるような強い痛み。耳鳴りがして、頭痛がして、奥歯がガチガチ音を立ててぶつかって、うめき声が出て、じわっとこめかみに汗がにじんで。でも今は苦しくなかった。かぐやがすぐそこにいてくれるから。
明日で一応このシリーズは終わりの予定です。
明後日からはまたストックの続く限り研究所の日常風景をお届けします。
まぁ、明日のも日常風景をっちゃ日常なんですが。
ではまた明日!