このシリーズは生々しいので読むときは気合を入れてください、無理そうなら無理をして読む必要はないですからね、読むものは選ぼう。
こちらはPixivに投稿済みの同名作品に手を加えたものです。
今回はこちらでした。
一旦落ち着こう。やるかやらないかで言ったらやるのが酒寄彩葉。踏み外すか踏み外さないかで言ったら踏み外すのが酒寄彩葉。そして、他でもないヤチヨの頼みなら文字通り何でもするのが酒寄彩葉。
ヤチヨは言った。生理を実装してほしい、と。所長は答えた。色々準備はしてあるから、と。これは本腰を入れて冷静に聞かないといけない。さもないとこの人やらかすぞ。
「所長、冷静になりましょう」
「十分冷静だけど」
「よくないです、あなたヤチヨのことになると周り見えなくなりますから」
「大丈夫大丈夫。まぁまず状況を整理しようか」
所長は警戒心丸出しの私を宥めつつ、かぐやちゃんとヤチヨの隣に座らせた。これからは講師交代、私も生徒の立場だ。所長の講義とか最高だな、わくわくしてきた……ちゃんとメモろう。
「まず、君は月経の際、またはその前、どういった状態になる?」
「微熱、思考能力の低下、頭痛、耳鳴り、眠気、腹部の鈍痛、胃腸の不調、あと吐き気ですかね」
「……うん、そっか。これらはホルモンの変化や子宮の収縮によって引き起こされる。さてこれをYC型に実装するためには?」
一番の近道はホルモン系統に相当するものを作ってしまうこと。いや、近道ってほど近くはないんだけど、これが一番まっすぐな道順だ。目的に向かって一直線。所長だったらこのルートを取る。
「所長だったらホルモン系統の整備を目指すと思います」
「そうだね」
やっぱそうなんだ……化け物か。いやいいんだよ酒寄彩葉だから。一方でそれをするためには。
「でもこれ、月のテクノロジーに頼ることになりますよね」
「その通り」
「やめましょう」
月のテクノロジーはすごい。かぐやちゃんとヤチヨ曰く、以前の肉体は飛来したロケットからエネルギーを得て、ナノマシンで構成していたらしい。そんなものをひょいっと作れてしまう、人類の理解を超越した技術。これは所長が善人だから悪用しないだけであって、使おうとすればいかようにも使えてしまうものだ。人を傷つけることにだって使える。
そういうわけなので、私たちは現在、できる限り月のテクノロジーに頼らないで研究を進める方針を取っている。人には早すぎる技術に頼ろうとする時点でその研究はとん挫している。そう考える方が理にかなっている。
「つまり、これを目指そうとすると長期的な研究になるね。もちろんこの路線は正しい。けどかなりのリソースが必要になるし、本格的にチームを組んで取り組む必要が出てくる」
「おそらく実現のためにナノマシンの開発が必要になると思います」
「なるね。だから、これの実現のための研究、その研究のための研究、さらにその研究のための研究が求められる」
研究の入れ子構造だ。よくあるやつ。目的のための手段、そのための手段、さらにその……となっていき、どんどん膨れ上がる。今回のはまさにそれだ。
「途方もないです。そもそもナノマシンを実現する方法にたどり着けていません」
「まぁそれはこの前見つけて」
「いまなんつった」
「横道にそれるからまた今度ね」
いやいやいやいや、まってまってまって、何してんだこの人! ま、まあ、本旨ではないから一旦置いておく。冷や汗噴き出た。
「それで、考えたんだけど……ヤチヨ」
所長はヤチヨに視線を送る。嬉しそうに微笑むヤチヨ、あれはもう反射なんだろうな。
「なにかななにかな?」
「かぐやに比べて睡眠時間が短いよね?」
「あー、それは、ツクヨミのお仕事があったりー、なかったりー、配信で忙しかったり~?」
「はーい、ヤチヨは夜中にメン限でネットミーム増し増しの配信やってまーす」
「ちょ、かぐやっ!」
つい所長と一緒になって生暖かい笑みを浮かべてしまった。なるほどね、Yachi8000は深夜に登場する、と。
「今のかぐやとヤチヨって、人格データを参照しながら中のCPUとかGPU、NPUで色々計算して、それを発話とか動作に変換してるんだよね。で、それらの処理やハードをまとめて管理するためにOSが入ってる。ここまではいい?」
「うん、ヤチヨもしっかり理解してるよー」
「だから、必要だよね、スリープ状態での諸々のアップデートやデフラグ、最適化の処理」
「……ご、ごめんね、処理ためちゃって」
思わず額に手を当てた。ヤチヨ……寝不足じゃん。そりゃよく寝るえらえらかぐやちゃんのが元気なわけだ。
「そこでこう考えたんだ。緊急性の低いアップデートや諸々の処理は、まとめてやっちゃえばいいんじゃないかなって」
「所長、それだと再起動の回数と所要時間が」
「かかる。なのでそれを、一週間くらいかけてゆっくりやろうと」
「なんでそんな面倒な……あー、なる、ほど」
つまりそういうことだ。この人、機械的にヤチヨに生理を定義付けようとしてる。天才か、いやこれ変態でしょ。だってOSアップデートのこと生理って言おうとしてるんだぞ、ド変態じゃん、変態の天才。
「というわけでこうします」
所長がホワイトボードにペンを滑らす。
「あのさー、なんで彩葉もこういうのかくの?」
「これの方がわかりやすいでしょ?」
「そうだけどー」
かぐやちゃんはご不満だそうだ。まぁわかるけどさ。機能的すぎるよね、わかりやすいけど。
「まず、月経時における体調の変化を分解して考えよう。根本は確かにホルモンの変調によるものだけど、現象はバラバラにすれば模倣ができるよね」
「理屈の上ではそうですね」
「理屈の上で可能ということは?」
「……はい、できますね」
理屈でできることは実現してしまうのが酒寄彩葉だ。私が信じて見上げる、尊敬している酒寄所長だ。
「ヤチヨ、こんな感じだけどいいかな?」
「うん、ありがとう彩葉」
所長は安心したようにため息をついた。そして表情を引き締める。
「というわけで田中さん」
「はい」
「取り掛かってもらっていいかな?」
「承りました、あなたのオーダーにお応えします」
答えながら、頭の中で次々具体的な実装方法を組み立てていった。
§
そして、初めての稼働日を迎えた。今日のお昼ご飯はかぐやちゃんが作ってきてくれた赤飯のおにぎり。
「かぐやちゃん、マメだね……これ全部自分でやった?」
「もち!小豆茹でるとこからやった」
「マメだけに」
「ぶー、つまんないそれ」
「ちょっとくらいふざけさせてよ。こっちは緊張してんだから」
ヤチヨには、一か月分たまったアップデート等の処理をまとめて、数日間に分けて行うよう手を加えた。初日に更新データの取得と検証およびスケジューリング。二日目にOSコアや主要ドライバといった負荷のかかる処理。三日目に身体各部の更新とキャリブレーション。四日目にデータ整合性の確認やインデックスの再構築。五日目に通常動作に戻れるかのテストを行い、問題がなければ終了。
我ながらよく作ったもんだ。所長から処理負荷の重さで月経のピークを表現する提案を受けた時は、天才さと変態さのどっちを評価したらいいのかわからなくて頭が爆発するかと思った。それなりのことを成し遂げた気はするけど、人として大切なものを失った気がする。
かぐやちゃんは、私がおにぎりにゴマ塩を振りかけて食べるのを見て、満足そうに頷いて立ち上がった。
「んじゃかぐやそろそろヤチヨんとこ行くね」
「なんか、珍しいね。こういう時にかぐやちゃんがヤチヨのとこ行くの」
ヤチヨはかぐやちゃんに気を遣うことがある。二つもらったもののうち、大きい方をかぐやちゃんにあげたり、綺麗な方のお皿を渡したり。かぐやちゃんもヤチヨに気を遣う。ヤチヨに関わることを秘密にしておいたり、大事な時は所長と二人っきりにさせてあげたり。だから、てっきり今回は二人っきりにしてあげるのかと思っていた。そのために暇をつぶすためのものも用意していたけど、珍しく当てが外れてしまった。
「いやさ、頭痛くなったり、しんどくなったりするんでしょ?」
「まぁそうだね、そうなるように設計した」
「かぐやはさー、そういうのめんどくさっ、いらねー! って思っちゃうけど、ヤチヨはそれも含めて知りたいって言えるのさ、すっげーって思ってて」
「わかるよ。すごいよね。私も選べるならいらないもん」
「多分、ヤチヨってそれくらい人間のこと好きなんだよね」
「あぁ」
わかる気がする。ヤチヨは人間を理解したい。好きだから。共に生きてきたから。だから不便であっても、可能ならなくしたいものでも、自分で体験して理解したい。こういうのも愛情なんじゃないかな、と思う。
「でっかい愛だよね」
「うん、そうだね。でっかくて重たいや」
「それ! ヤチヨって重たい女だから」
「こらやめてあげなさい」
「えへへ。でもさ、ヤチヨがそうやって覚悟してもしんどいもんはしんどいから、そばにいようと思って。ヤチヨはかぐやだから」
穏やかに目を細める表情がどことなくヤチヨに似ている。そうだね、君たちは二人で一人だし、一人で二人だ。
「てことで行ってまいります」
「はい行ってらっしゃい。もし問題あったら連絡して。所長にもデータ全部渡してるから大丈夫だと思うけど」
「おっけーい。ほんじゃおつかぐ~」
ひらひら手を振って実験室を出ていく金色のお姫様。ごめんねかぐやちゃん、私がめんどくさい設定を付与したヤチヨをどうかよろしく。
「……さて」
深呼吸して所長から届いたメールを開く。タイトルからすでに嫌な予感がする。この人またとんでもないこと考えてるぞ。
「いや、まぁ、お供するんですけどね」
お供しますよ、しますとも。頭上にピカピカ光る北極星、それを目指して、それの行く先まで。あなたたちのハッピーエンドまで、お供させてください。
てことで、明日はこいつまで+書き下ろしを収録した胡乱ブックを頒布してきます。
詳しくは活動報告の方へどうぞ。
こうやってお知らせするのは皆さん嫌かな?
まだハーメルンの空気感よくわかってないです。
明日はバカ忙しいので一旦お休みです、許してヒヤシンス。
ほんじゃ次回は明後日!