こちはらpixivに投稿済みの同名作品に一部手を加えたものになります。
今回はこれでした。
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=28161873
お中元の季節、つまり賞与の季節だ。くそったれこんなところ辞めてやる! と思っても賞与に横っ面をはたかれて心変わりするのを何度くりかえしただろう。人間は弱い生き物です。
今日は研究所に真実さんがお中元のお裾分けを持ってきてくださった。ありがたい。
「紅秀峰っていうさくらんぼだよ」
「佐藤錦じゃないんですね」
「そうそう。味濃いから私はこっちのが好き〜」
さすがグルメ系インフルエンサーなだけあって真実さんは美味しいものに詳しい。半分以上私の個人的な研究室と化している実験室にみんなで集まってお茶会が開始された。メンバーは、真実さん、芦花さん、ヤチヨ、かぐやちゃん、私。所長は今来客対応中。
紅秀峰は佐藤錦よりも一回り大きく、肉厚で弾力がある。これは冷いお茶かな、と思い準備に取りかかった。ちゃんとみなさん用の涼しげなグラスも用意する。
「はじめさぁ、こういうとこマメだよね」
「見た目って大事だよ。この前味覚の実装の時にやったじゃん、視覚も味覚に関連するって」
「いやさー、こういうことできるのにどうしてモテないのかなって」
「おうおうおうおうケンカ売ってんのかひとつ500円で買うぞ」
「ヤッチョはその口の悪さだと思うなー。それがなおれば素敵な人だよ」
「かぐやもー。でも口が悪くないはじめとか別人だよね」
「表出ろ」
「やーんこわーい、ろかー、まみー、たすけてー」
一生やってろ。同一人物で一瞬助け舟出したようにすんなや白々しい。
お茶を用意できたのでさくらんぼを食べ始めた。うお、うっま……みずみずしくて口の中に濃い甘みが広がる。ぱつぱつに張った皮を歯で破るのさえ美味しい。
「すごい、おいしい! 真実、いいもの分けてくれてありがとう」
「芦花がそんなに喜んでくれると嬉しいなー」
「うおー! これめっちゃあまい! なにこれー!」
「これは、久々にパンケーキ越えのもの見つけたかも。ありがとう真実」
「おぉ、かぐやちゃんにもヤチヨにもヒットした。はじめちゃんは?」
「すごいですこれ。今まで食べたさくらんぼが過去のものになりました」
真実さんは満足げに微笑んだ。
「いやねー、子供たちにもあげたいんだけど、まだ小さいから飲み込んじゃうのが怖くて。見せちゃうと欲しがるから家ではちょこっとしか食べてないんだよね」
「あぁ……大変ですね」
「真実お疲れさま。大きくなったらみんなでおいしいものたくさん食べさせてあげようね」
「かぐやの特製パンケーキ山盛り食べさせちゃる!」
「ヤッチョもなにか考えとくね」
「さんきゅー! いやぁ持つべきものは友達ですねぇ」
そう言っていただけるとありがたい。特殊な人が多いこの環境に、真実さんのようなごくごく一般的な感性の人がいてくれることはとても貴重で重要だ。私の精神が壊れないためにも……たまにおかしくなりそうなんだよ、この人らヤバくて。いや、グルメ系インフルエンサーも、普通じゃないな。もういっそ私もなるか、インフルエンサー。なろうとしてなれるもんでもないね。
「あのさー」
かぐやちゃんの方を見る。指先でさくらんぼのヘタをつまんでいる。
「これ口の中で結べる?」
「ヤッチョ知ってるよ、それできる人、キス上手いんだよね」
「んだよそのしょーもねー宴会芸は」
「お、じゃあトップバッターはじめ!」
やるんかい、やらなあかんのかい。いや、やるけどさ。やりゃいいんだろ。
私は苦々しい顔をしながら口の中にさくらんぼのヘタを入れた。もごもご舌で動かして、噛んでみて、なんとか引っ張ろうとして、奮闘してもどうにもならない。
「無理だ、口の中青臭くなってきた」
「いけるいける、がんばって」
ヤチヨに言われたらできる気がした。すると、なんとなく口の中で輪っかが出来上がった。これでいけ、いけ、い……ゴクン。
「あ、飲んじゃった」
「ぷ、あはははははははは、なにそれー!!」
「うるっせーな! じゃあやってみろよ!」
「はーい二番かぐやいきまーす」
かぐやちゃんは数秒口をもごもご動かすと、何かをぺっと手のひらに吐き出した。結ばれたさくらんぼのヘタだ。
「ほらできた」
「うっそだろ」
「三番ヤチヨ、いっきまーす」
次はヤチヨ。かぐやちゃんと同じように口をもごもご動かす。しばらく動かし、なにやら小難しい顔をして、眉間にしわを寄せ……
「ギブアップなのです、ヨヨヨー」
「いやできないのかよ。かぐやちゃんと同じハードウェアなのに」
「器用さの点はかぐやに劣るの」
「所長……そんなパラメータ調整してんのか」
正直引く。次は、真実さん、だけど。
「それねー、この前家でやってみてうまくいかなかったからパス。歯に挟まって嫌だった」
「んーじゃあ仕方ないね。次、ろか〜」
「えー? やってみるけど」
みんなさくらんぼのヘタに夢中になって真実さんご夫婦がなにやら楽しそうなことをしていたことに気づいていない。いいなーそういうの。私も結婚するなら真実さんみたいな穏やかであったかい人がいいし、真実さんの旦那さんみたいにノリを合わせてくれる人がいい。いい人ってのは大抵もう結婚してんだよな。
そんなことを考えている間にも芦花さんは奮闘している。集中してる美人、いいな、目の保養だ。最近思うんだよね、私って顔の綺麗な人に弱いなって。
「あ、できた」
芦花さんはぱっと顔を輝かせてそう言った。そして、舌のうえにそれを乗せて見せてくれた。あいや直接見せてくれるのはちょっと色っぽすぎてぇ……そこにあったのはきっちり固く結ばれたさくらんぼのヘタ。自分でやって失敗したからわかる。あれだけ固く結ぶの、やばい。
「うわ芦花すっご」
「わぁ……」
「え? ダメだった?」
「すみません私からはなんとも」
「んー、ここみんなやってみてる人だからわかるけど、それだけ固く結べるのすごいよ、芦花」
「うそ真実まで?」
さーて空気が怪しくなってきましたよっと。ここはオチ担当の所長にやってもらって空気を変えたい。そんなことを望んでいると来てくれるのが我らが酒寄所長でして。ありがとう所長。ほらすげーことして芦花さんを救って。
「お待たせー。あ、お茶会してる」
「お疲れさま彩葉、ちゃんと冷やしてあるよ」
「ありがとうヤチヨ。みんなで何してたの?」
「所長、そのさくらんぼのヘタを口の中で結んでください、今すぐ」
「え、どうしたの田中さん」
「今あなたに求められてることですよ、ほら」
2回結びくらいじゃ驚かないよ、だって所長だもん。天才で変態のピグマリオンコンプレックスだもん。てかかぐやちゃんができるの所長のせいだろ。
所長は首を傾げて(かわいい)からさくらんぼのヘタを口に含み、もごもごと動かした。しばらくして、手のひらに制作物を乗せて見せた。
「これでいい?」
見事な蝶結びだった。
「うっわ」
「彩葉……」
「うおー、やっべぇ」
「わぁ……すごいね……」
「え、田中さん、私なにか間違えた?」
助けを求めるような視線を受けながら、感情を吐き出した。
「さすがに、それは、きしょい」
「うそ!?」
今日も所長は最低です。
紅秀峰は美味しいのでおすすめです。
それではまた明日!