Pixivに投稿済みの同名作品と同一の内容になります。
今回のものはこちらでした。
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=27466564
かぐやちゃん復活ライブから数日、酒寄ラボは次のステップのための会議を行っている。あれだけド派手に歌って踊ってた所長が白衣を着て資料を映しているのを見ていると脳みそがどうにかなりそうだ。ライブのことは忘れよう、色々とつらいものがある。
「次のテーマなんだけど」
所長が前置きして投影したスライドには、
『ツクヨミへの味覚実装』
と書かれている。ついにきたか。所長、味覚にこだわってたもんな。
「最終目的はかぐやに味覚を実装させることだけど、それの前段としてツクヨミで味を感じられるようにする」
めちゃくちゃ言ってるな。ていうかロボットであるかぐやちゃんに味覚を搭載させることとツクヨミで飲み食いできることに繋がりを感じないんだけど。ラボのメンバーがつっこみを入れないからなんか言うタイミングが掴めない。誰か、誰かなんか言ってくれ……
す、と古株の佐藤さんが挙手した。助かった、これで所長がめちゃくちゃ言ってることに切り込める!
「所長、それは任意の食材を再現する方針ですか?」
「ゆくゆくはそうなればとは思うけど、そこを目指す前にステップを踏みましょう」
「ほほう、となると所長肝いりのアレですね」
「さすが佐藤さん、話が早くて助かる~」
ダメだ佐藤さんは所長とツーカーだ。他のメンバー達もうんうんと頷いているし、「いよいよアレか」なんて声も聞こえる。私がおかしいのか?
「そういうわけで、ツクヨミでヤチヨにパンケーキを食べさせましょう」
笑顔で次のプロジェクトを宣言する所長に、頭痛がした。
§
実験室で器具の準備をしていると所長がご友人等を連れてきた。本日の協力者だ。
「じゃ、真実、芦花、よろしくね」
「おっけーい」
「はーい」
「では実験の内容説明よろしく」
「はぁ……そこは所長がしといてくださいよ」
「私これからツクヨミの方の準備しないといけないから」
「わかりました。ではお二人とも、毎度のことですがこちら説明書と同意書になりますので一読お願いします」
資料と器具を手渡しながら説明を開始した。
「本実験の目的は視覚と嗅覚による味覚へのアプローチです。お二人にはお渡しした改良型スマコンを装着していただきツクヨミへログイン、そこで3Dモデルのパンケーキを食べた際の脳波をこちらの脳波計で測定します。この際伝達される情報は3Dモデルからの視覚情報と、改良型スマコンからの信号による香りの錯覚です。直後にリアルでパンケーキを食べていただき再び脳波計で測定します。ツクヨミでパンケーキを食べた際とリアルでパンケーキを食べた際の感想をその時にお聞きしますので、どのような感覚がしたか、メタバース上での感覚とリアルの感覚でどういった差を感じるかを教えていただきたいです」
「はーいしつもーん」
「どうぞ諌山さん、じゃなかった、えっと」
「あー、ね、諌山で慣れちゃってたもんね。名前で呼んでくれていいよ」
「……では真実さん」
年上の女性をファーストネームで呼ぶのはいささか抵抗があるが、本人がいいと言っているならいいだろう。
「この改良型スマコンって、何ができるの?」
「基本的な仕様は現在普及しているスマコンと同じです。新たに電気信号を発する機能を追加しています。これは網膜を経由して三叉神経に刺激を与えます。要するに目から電気刺激与えてパンケーキの香りがしているような気分にさせます」
「えぇ? そんなのできるの?」
「はは……そう思いますよね」
所長がこんな突拍子もないことを言い出したとき、掃除中に転んで頭でもぶつけたのかと思った。なんのことはない、我々には新たな協力者ができたのだ、なんのことはなくないが、大問題だが。
「でっきるよーん!」
実験室に元気よく入ってきたのはかぐやちゃんだった。高級な身体なんだからあまり走らないでいただきたいが、この前バリバリ歌って踊ってたし、なんなら私が調整したんだよなぁ。
「目の周りって神経がいっぱい集まってるから、電気でびびびってやったら、うおっなんかグッドな香り~ってなる! 電圧は人体に問題ないレベルだから安心してね」
「えぇー? ホント?」
「まぁかぐやちゃんが言うなら本当じゃない? 私もいっこ聞いていい?」
「なんでしょうか綾紬さん」
「芦花でいいよ」
「…………芦花さん、どうぞ」
年上の女性をファーストネームで呼ぶのはいささか抵抗があるが、本人がいいと言っているならいいだろう。このラボで学んだことは、慣れちゃった方が楽だということ。慣れたくないなぁ。
「感じるのは香りでしょ? 味と関係あるの?」
「あります、というのも、味のほとんどは見た目と香りなんです。例えば、かき氷のシロップ、あれは味は全て同じですが、色と香りだけで種類を分けています。レモン味は黄色でレモンの香料が入ってますし、メロン味は緑色でメロンの香料が入ってます」
「ブルーハワイは?」
「青色でブルーハワイの香料が入ってます」
「ブルーハワイの香料って、なに?」
「……持ち帰って後ほどメールで回答します」
味は見た目と香りである、ここまでは理解できるし実体験もあるから受け入れられる。でも網膜に電気刺激を与えて、三叉神経にアプローチかけるのはちょっと、めちゃくちゃだろと思った。そりゃまぁ、太陽見たらくしゃみが出る、みたいに網膜からの刺激が鼻に伝達される例があるのはわかるけどさ。
網膜からの刺激について思いついたのはかぐやちゃんだった。それをスマコンに導入する方法を導き出したのは酒寄所長だった。所長は、かぐやちゃんというブースターを手に入れてしまって止まることを知らないやべぇ奴になり、人類の限界を超越したことを言う頻度が爆上がりした。元々そういうとこはあったけど、かぐやちゃんを得てからより露骨に、如実になった。曰く、止まってたら人生の時間がもったいない、だとかで。
確かに、人生は何事もなさぬにはあまりにも長いが、 何事かをなすにはあまりにも短い、という格言はあるが、所長の言うそれはどこか切実で。しかし所長一人で事を成すにはあまりにも無謀なので、我々木っ端職員はこう進言した。
『手を動かすのは我々下々の者にお任せください。あなたは頭脳労働をして、適宜休め』
これが弊ラボの壁に掲げられている「酒寄、寝ろ」の書が生まれたきっかけである。書いたのは佐藤さんだ。あの人書道三段だから。
かぐやちゃんがロボットの身体で元気に歩き回るようになってから所長はしっかり休みつつ、頭が痛くなるテーマに取り組むようになった。私は思う。とんでもねえ女に身体を与えちまったな、と。なんだよ月から来たって、そういう設定? なんだよ月の超テクノロジーって、えぇまぁ確かにかぐやちゃんの思いつきはとんでもねえもんだけど。でもってなんで所長はそれについていけるんだ。所長とかぐやちゃんが何かしらを企んでる様子を端から見ると脳に瞳を授かった連中の会話だ。気を抜くと私の正気はなくなりそう。
「お待たせー、ツクヨミの準備できたよ」
「ありがとうございます。では実験を開始します」
§
エナジードリンクを啜りながら測定結果とランデブーをする。グルメインフルエンサーなだけあって真実さんの指摘は的確だった。また、芦花さんの色覚センスも参考になった。
香りと見た目からパンケーキを食べたような感覚にさせることは概ねうまくいっている。とはいっても、目指すところに対して三割程度だ。いや三割でもすごいけど、ほぼほぼ三叉神経へのアプローチと改良型スマコンによる成果で、我々木っ端職員達が手を動かしている部分の進捗は無に等しい。
というのも、まずパンケーキの香りを構成する要素が多すぎる。うまくサンプリングできない。そのものをデータ化できない。まとまりがなく、それぞれの要素にばらけていて、断片的だ。いうなれば、粉と牛乳と卵を別々に並べて「これはパンケーキの構成要素」と言われているようなもの。
現在ツクヨミで使用しているパンケーキのデータは嗅覚センサーで測定したものをそのまま使っているが、今回の実験は「ツクヨミ内で再現するのであれば特徴を際立てさせるためにデータに味付けをする必要があるのでは」という仮説の下で行われた。案の定特徴付けは必須だという結果になったのだが大きな問題がある。
『どのパンケーキを基準としてデータをいじるか』
字面は間抜けだけど指標がなければものは作れない。メートルという単位なくして身動きができないことと同じ。ヤーポン? 知らない、滅ぶべし。
本日ウン十回目のため息をついてエナジードリンクに手を伸ばす。しかしそれは空を切った。顔を上げるといつの間にか来ていた酒寄所長が私のガソリンを奪い去ったところだった。
「君、飲み過ぎだよ。身体に良くない」
「所長に言われたくないですね。誰でしたっけ、500ml缶開け続けてご友人に正座させられたの」
「あれはその、時間が惜しくて、ブレイクスルー目前だったし」
「私だってそうですよ。いえブレイクスルーには指先もかかってないのですが」
「結構進んでるじゃん、進捗としては三割でしょ?」
「頭おかしい三割ですけどね。といっても所長とかぐやちゃんのやってくれた分から先には進んでません。データに一貫性がなくて」
「あーうん、まぁ、私とかぐやがやった分が進捗ってなら、進捗はないに等しいかな」
そんなはずはない。デバイス側から人体に刺激を与えるロジックは間違ってないしうまくいってる。むしろこの研究だけでえらく評価されるレベルだ。
私は所長に対して抱いている疑念を、おそるおそる口にした。
「あなたにとって重要なのは、デバイスから人体へ新しい刺激を与えることではなく、『ヤチヨにパンケーキを食べさせること』ですね?」
「うん。そう。幻滅した?」
「いやかぐやちゃんの身体作ってる時点で今更です」
「あ、うーん、そうだった。ライブのときのメンテ本当にありがとうね」
「言われたらやりますよ、つってもあれマジ意味不明でしたけど。今のプロジェクトの話に戻しますが、なんで先にスマコンの改良に着手したんですか。さっさとパンケーキのデータ化に走ればよかったものを」
「科研費が」
「あぁ」
世知辛い。とかく学者の世は世知辛い。いくらプロゲーマーの、それもブラックオニキスからの出資があったとて、お金はいくらあっても足りない。味覚センサーもオシロスコープも高い高い。
「はぁ、まぁ、ヤチヨにパンケーキを食べさせることがあなたの夢なら、やりようはあります。他の食材のことを一旦忘れて、変数ではなく定数を扱えばいいならなんとかなります。ただし、所長にも手を動かしていただくことになります」
「いいよ。何する? 久々にブレッドボード触る?」
「いえ、あなたにはパンケーキを焼いてもらいます。山ほど」
ブレイクスルーに手がかすった。
§
「そんで、どーやったの?」
「あれ? かぐやちゃんは行かなくていいの?」
「かぐやはねー、この魅惑のぼでーに味覚搭載されるまで楽しみにしとくんで。君こそ行かなくていいの?」
「いや無粋でしょ。こういうとき脇役はクールに去るもんなんだよ」
「ヴェー、オタクめんどくさ」
「なんとでも言えっ」
「で、実装の流れ教えて教えて」
「まず、雑多なパンケーキに対応することを一旦諦めて、『所長のパンケーキ』に焦点を絞ることにした」
「あーだから彩葉はずっとパンケーキ焼いてたんだ」
「そういうこと。所長のパンケーキの特徴を抽出してデータを整備、受信するヤチヨが受け取れる形の信号に変換させる。これは嗅覚信号になるので、さらにそこに複数種類の情報を追加していく」
「ほうほう、それであのカメラとマイクが出てきたわけですな?」
「うん。ツクヨミ内のパンケーキの見た目に、所長が作ったパンケーキの画像を加工したものを使用、さらに焼いているときの音を使った。所長のパンケーキを再現するためにね」
「これさ、かぐやわかんないんだけど、なんで音まで使うの?」
「味覚は見た目、香りに強く依存する。食欲を減衰させる色味のものはおいしく感じないし、苦手なものは鼻をつまんでしまえば食べられる。もう一つ大きな要素がある。記憶だよ」
「あー、だから彩葉のパンケーキを『再現』することにしたんだ。あれ? きみって彩葉とヤチヨの約束知ってたっけ?」
「知らないし興味ない。聞いたところで理解できないし理解しようとするだけ無駄。所長の研究動機をわかろうとすると深淵覗くことになるから絶対しない」
「言い方ぁ!」
「でも、なんとなく察してるよ。あの人、ヤチヨに自分のもってるもの、もってたもの、手に入れたものを見せたいんでしょ。この理解で限界」
「あれ? めっちゃ理解できてると思うけど」
「やだやだ、所長のことなんかわかりたくない。で、かぐやちゃんがわざわざ私のとこに来たのはこんな雑談をするため?」
「ふふん、それではお見せしましょう。じゃじゃーん! 人工臓器! それからー、経年劣化する組織液! これでかぐやもみんなと同じ時間を生きられるよっ」
「うわ、わ、わぁ」
「あごめーん、臓器気持ち悪かった?」
「所長! 早く帰ってきて所長! この子怖いよ! なんでこんなもん作れるんだよ! それつまりロボットに寿命を与えるってことじゃん! 生命倫理が壊れる!!」
§
実験名: ツクヨミにおけるアバターに対する味覚の実装
結果: 成功(酒寄彩葉作パンケーキは8010年を越えた)
§
入れるところの見つからなかったシーン集
「毎週月曜日にかぐやちゃんのメンテをさせるのやめてほしいんですよ」
「でも週末過ぎたら心配でしょ」
「だったら連れて帰るのやめていただきたいんですよね。でも私からそんな不躾なことを言うのは憚られるんで折衷案を提示します」
「どうぞ」
「前提として、かぐやちゃんのそっちのパーツより手首のパーツの方が安価です。ですので所長が黙って抱かれてください」
「…………」
「バレてないと思ってたんですか? 最低ですよ酒寄所長」
§
「時々思うんだけど、君って私のことなんだと思ってるの?」
「建前上、尊敬してる科学者ですよ」
「本音は?」
「ピグマリオンコンプレックス」
「言うね……」
「私も自分の推しがこんな人だなんて知りたくなかったですよ、なんであなたがいろPなんですか。パンケーキの実験見に行かなかったのだっていろPがヤチヨにパンケーキ振る舞ってるの見たら尊さで職務を全うできなくなるからですよ、わかってるんですか、いやわかんないでください、キモいオタクがキモくなってるだけなんで」
「えっとー、今度ツクヨミで遊ぶ?」
「やめてください認知しないでくださいアカウント名バレたら首吊ります」
ではまた明日投稿していきましょう。