100年後のサッカーを、君に。   作:peko34

14 / 17
12 懐かしの光景

「ふぅー……さっぱりした」

 

 右腕のギプスに巻いていたビニール袋を外しながら、シャワー室から出る。

 

 今日の運動はおしまい。昨日より歩ける距離も伸びたし、体幹トレーニングの回数も増えた。

 運動をはじめて2週間弱で結果が出始めるこの身体。だめだよ、これ以上脳を焼いたら炭になっちゃうよ……

 

 タオルで髪を拭きながら部屋へ戻ると、いつの間にか真白がやって来ていた。

 しっかり動きやすい服に着替えて、机の前で何か弄っている。

 

「真白もう来てたんだ。あれ、ボールは?」

「……汚れるから玄関。兄さんボール買ったら? 家に人がいて、まずそこ聞かないでしょ」

 

 買ったら絶対我慢できなくなるし……今は真白の上履きの代わりが先かな。

 AI業務は実績制だった。はじめたばかりの僕は報酬の少ない仕事しか受注できなくて。

 

「それで──ああ、それ気になる?」

 

 真白の手元を見る。机の上に置いておいた、黒と赤。二台の小さな車──ラジコンだ。

 葉月の私物段ボールの奥に入ってたんだ。

 

「こういうのが好きって、意外なんだけど」

 

 ふーん? 妹には隠してた趣味なのかな。

 サッカーボールより少し小さいサイズ感。この時代の車を凄くリアルに表現できてると思う。

 

「これ凄いんだよ。外のオフロードでもしっかり走ってさ──」

「あ、そういうのはいいや」

 

 聞いてきたくせに、興味ないとばかりにすぐ机に戻す。そういうとこぞ……

 

「…………てかさー、なんか余裕あんね」

「? なんのこと?」

 

 真白は少しだけ目を逸らす。

 

「いや……今まで聞き辛かったんだけど」

「うん」

「学校。平気だったの?」

 

「……ああ」

 

 どうだろう。昨日は結局、篠宮さんには復讐帳を見られて普通に怒られた。

 『何もしてない僕に辛く当たるバカ女』

 あのアプリの中では珍しくこの一文だけだったのに……

 

 ただ篠宮さんは、檜山くんの名前も書かれているのを見て爆笑していたから、有耶無耶にはしてくれただろうか。

 支倉さんは苦笑いが直らない。

 

 だから別に二人と仲良くなったわけじゃない。

 篠宮さんが近くにいるおかげか、露骨な嫌がらせはなくなった。でも一人でいるのは変わらない。

 

 篠宮さんには恩返ししたい。支倉さんには、よく分からないけど贖罪もしたい。

 耳に入る会話を聞く限り、二人とも『バスケ』とかいう運動部らしい。

 調べてみると、ボールを蹴っちゃいけない競技。それだと僕は、あまりお役に立てないんだ……!

 

 ピッチの上で、誰より輝く自分でいたい。

 その一心で学校での負債を返そうとしたのに、僕の詰めの甘さで借りを増やしてしまった。

 順調とは言えないか……

 

「でもまあ大丈夫だよ。嫌がらせも今のところ収まってるし」

「……一度はされたんだ。友達は?」

「お、惜しかったんだ」

 

 あそこで篠宮さんにスマホを奪われなければ、ワンチャンあったかもしれないのに……!

 

「…………平気そうにしてるだけ凄いけどさ」

 

 真白はポツリと言って、少しだけ視線を落とした。

 

 え、なに。まさか僕の状況知ってたりする? 

 妹には絶対知られたくないんだけど!

 

「それよりもう行かない? わたし準備できてんだけど」

「……そだね。じゃあまた車椅子お願い」

 

 まあ、学校のことは学校で考えればいい。

 

 真白にはいつもと同じように車椅子を持ってもらう。

 僕はボールと、水筒、その他をリュックへ突っ込んで公園へ向かった。

 

       ♢

 

「…………ねえ」

「んー?」

 

 公園の網の中に入ったところで、真白の機嫌が急速に悪くなる。

 

「PCは?」

「持ってきてないよ」

「は⁉︎ なんでよ!?」

 

 なんでって。3日も同じ地味な練習だったのに、まだやりたいの?

 

「今日は代わりにこれがあるから」

 

 リュックから取り出すのは二台のラジコンだ。

 真白は地面に置かれたそれに目を落とし、たった1秒すら考えない。

 

「…………私はいい」

「いやいやいやいや」

 

 PC持ってくると言って、網の出口へ向かおうとする真白を慌てて止める。

 

「真白はそろそろ僕を信じるべき!」

「私、車とか! ほんっと興味ないんだけど!」

「だからー、ほら見てなって」

 

 葉月くんは本当にいい物持っててくれた。

 コントローラーから電波を飛ばして、車を自由自在に動かせるおもちゃ。

 マシンの性能がいいのかな、本当にすごいんだ。

 

 有効距離は8メートル。『近距離』で、電波を『送信』するだけ。ルールはスマホやPCと変わらない。

 

《接続完了》

 

 左手にラジコンのコントローラーを持つ。

 別にボタンを押す必要はない。

 

 スマホやPCよりもずっと単純な仕組みらしいね。

 端末を通して、完全に僕の思い通りに動かせるんだから!

 赤い車が人工芝の上を走り出す。

 

「なんなの」

 

 右を走らせて、旋回して左。

 一度止まって急加速。

 真白の周りをぐるっと回って僕のところへ戻ってくる。

 

「……だからなんだよ!」

「今日のルールは簡単」

 

 真白の足元へボールを転がす。

 

「この車が、真白の持ってるボールに触れたら僕に一点」

「…………は?」

「15秒耐えたら真白に一点。ただしボールを浮かせたり、遠くに蹴った時はタイマーストップね」

「い、いやそんなの、勝負になるわけ──」

「その通り。人間さまなら、あっさり負けないでよ」

 

 赤いラジコンを走らせる。

 

「ちょ──!」

 

 真白が慌てて右足でボールを逃がす。

 車はそのまま軌道を変えて追う。

 

「え、なにこれ!」

 

 左から攻めると、生意気に真白も左へ逃がす。

 前から向かうと足裏で引いた。いいね。

 横から行くとバランスを崩した。うわ、下手っぴー。

 

「ちょ、ちょっと待って! これ絶対普通に操作してないよね!?」

「もしかしてこのコントローラーが見えない?」

「ひ、左手一個でこ、こんな細かく──」

 

《非効率》

(ん?)

 

 黒いラジコンも動き出す。

 

「…………は?」

 

 赤のバギーは正面、背後からは黒のセダン。

 鬼畜か端末(きみ)は……

 

「絶っっ対! コントローラー一つでできることじゃない!!」

「いってーん、にてーん。実力差あると数えるの疲れるな……」

「っ……!」

 

 あ、本気で怒った顔。

 ムキになれるのはいいことだ。

 

「せ、せっかく壊さないよう気を付けてあげてたのに!」

「この僕が操作して、中学生に壊されるわけないでしょ」

「〜〜〜っ!!」

 

 赤を突っ込ませる。

 真白がボールを右へ逃がした先へ、黒が待ち受けている。

 

「うわっ!」

 三点。

 

「ちょ、待っ──」

 四点。

 

「今のなし!!」

 なしな訳あるかい。五点。

 

 ものすごい勢いで点が増えていく。

 これさあ……

 

(ちょっと、最初から厳し過ぎではー?)

《一台だと視野が狭くなる》

 

 ……むぅ。それはそうかもしれないけど。

 

《それでも視線下がりすぎ問題は消えない》

(……まあ、その辺はボールタッチを磨いてからでも遅くはないよ)

 

 今はボールが身体から離れない感覚。

 相手が来ても慌てず触れる感覚が先だ。

 

 もう一度、真白が構える。

 今度は最初から両方を見るつもりらしい。

 

 細かくボールを触りながら、挟まれないよう位置調整する作戦のようだ。

 女子サッカーをちゃんと見て分かったけど、真白はしっかり上手い選手側だった。

 だけどそれでも──

 

「……っく、くうっ!」

 

 僕と君、二台は無理じゃない……?

 オフロード車でもないセダンで、ダブルハットトリックにリーチを掛けた端末に話しかける。

 

《心配しなくても、モチベーションは上昇してるよ》

(……うそお)

 

 僕がここまで点を取られたら、すでに下唇を噛みちぎっている。

 

「っ、この、この、このこのっ! たかがオモチャのくせにぃぃ!!」

 

 見る限り、負けず嫌いは僕と変わらない。

 だけど……ああ、そっか。

 

(……真白とは、君の方が相性良さそうだね)

 

 忘れてた。真白には、僕と正反対の『武器』があったんだ。

 

 真白へと視線を戻すと、呼吸が荒くなっている。額からはすでに結構な汗が流れていた。

 

「──はい2分休憩」

「まだ──」

「休憩」

「…………」

 

 渋々、真白はボールの上から足を下ろす。

 網の外に置いていた水筒を取りに行き、スポーツドリンクを飲んでいる。

 

「はぁっ……ふぅ……はぁ……」

 

 真白の武器。それは足の速さにも、筋肉量、身体付きからも見られない。

 でもここへ来て、実は真白に対して驚きっぱなしなことが一つある。

 

 真白は『真面目さ』の化け物だ。

 中学生が、自分を犠牲にしてでもこんな僕を見捨てられない。こんなの絶対どうかしてるんだよ。

 

 言われたことを一つずつ噛み砕いて、自分の身体に落とし込む。

 一度納得したことなら、飽きもしないで何度でも繰り返す。

 

「2分経った! 休憩終わりでしょ!?」

「……はいはい」

 

 端末が真白を評価するわけだ。ああ懐かしい。

 100年後、神経端末が最適解を吐き続けるサッカーで、最後に覇権を握った『マニュアル特化型』

 

 トラップ。細かなボールタッチ。

 左右の足で、威力まで揃えた精密なシュートコントロール。

 

 オーバーワークになりにくいことはアホほど研ぎ澄ませてくる鉄仮面共。

 アスリート食の基準を、全てサプリに変えた大戦犯。

 真白からは、あいつらと同じ匂いがしていた。

 

 

 

 練習相手候補として見ると、弱点は次々見えてくる。僕への負荷も高めたいし、そこは徹底的に突いて自覚させる。

 

 真白からは何度も「待って」と中断され、ぶつぶつと呟く。

 その度に色々考えてくるから、不覚にも中学生相手に少し楽しめている。

 ──時間は過ぎていく。

 

「はあっ、は、はあ……」

 

 今日は真白にも負荷高めだったし、こんなとこかな。

 あとでこの方向の武器強化でいいかは、本人に聞くとして──

 

「じゃあ僕はご飯作ってくるから、まだ残るようなら今のことも考えながらボール蹴るように」

 

 真白は力の流れに意識を向けるようになって、まだまだ自主練で伸びる段階。

 今のところは放っておいても良さそうだ。

 

「……なんで、今日終わんの早くない!?」

「まあ、炊飯器に変えたしね。でもほら、コーンは置いてくから」

 

 リュックからミニ三角コーンを取り出して、地面に並べる。

 ドリブルの障害物にも、簡単なライン代わりにもなる便利グッズ。

 それがこの時代では、なんと5個100円。気付いたら4セット買っていた。

 

「っ、いや、これ動かないじゃん!」

「……普通は動かないよ?」

 

 昨日見たサッカー部の練習でもこんな練習だった。贅沢になるのはよくない!

 

「そ、それとこれとは違うの!」

「まあまあ。あ、もう練習は軽めにねー」

 

 持ってきたラジコン水筒その他をリュックに入れて、帰り支度を始める。

 僕も……少し頭を使って疲れたかな。

 これが今の僕にできる精一杯のサッカー。楽しいけど……もどかしい!

 

「逃げた! 私の勝ち!」

「……クインティプルスコアが付いてそれでいいなら、真白の勝ちでいいよ」

 

 勝負事になると小学三年生まで精神年齢が落ちるのは……ギリギリ長所としておこう。

 

 このタイプが未来で覇権を取ったのは、端末あってこそ。僕にはまだまだ全然ピヨピヨとしか聞こえないしね!

 

       ♢

 

 お肉を焼きながら、今日見たサッカー部の練習を思い出す。

 

「…………うーん」

 

 もう、見にいくことはなさそう、かな。

 

 何人か上手い子はいた。特に檜山くん。

 まだ一年生なのにすっかり上級生とも仲良くて、練習でも一切手を抜かなかった。

 

「でもギスギスしてたなあ……」

 

 勝つのが一番か、楽しいのが一番か。

 そんなこと気にしないのが一番か。

 

 檜山くんも、僕も前者側だ。勝つことこそ最強。勝つから一番楽しい。

 だけど──

 

「遊びにでも来てんのかよ、こいつら」

「あー、うっざ。熱血したいなら公立くんなよ」

 

 なんでケンカしちゃうの!? 好みは人それぞれじゃないの!?

 

 サッカーに少しでも興味を持つ人間を見つけたら、絶対に逃すな。僕も端末もそうやって生きてきた。

 

 見るだけでいい。

《本日試合開催予定地一覧:送信完了》

 

 週一でもいい。

《週に一度身体を動かす50のメリット:送信完了》

 

 ボ、ボール触るだけでも……き、君には才能が……あったり、なかったりぃぃ!!

《相手端末に警戒反応:誤認を誘導する発言は訂正を推奨》

 

 いや、端末はすこし邪魔だったかな……

 

 

『なー。なんでお前らみたいなのって、本気でやれねーの?』

 檜山くんがダラダラ走る同級生にかけた、笑顔の言葉が忘れられない。

 

《…………》

 ここへ来てからよく自我を出すようになった端末が、見学中はなにも喋らなかった。

 

 当たり前だ。僕が心底甘いことを言っている。

 

 自分はチームを滅茶苦茶選ぶタイプで、チームを建て直そうとした経験なんかない。

 だけどどうしても、ガチ勢とエンジョイ勢の対立だけは楽しめなくて……!

 

《流星に監督なんかは無理そうね》

 ……だね。

 

 意識の統一、メンバー選び、戦術の固定。これをやらないのではなく、できない監督なんて論外だ。

 引退後はそっち路線を仕事にできたら、一生楽しいと思ってたんだけどなあ……

 

 いや待てよ……逆に所属チームがないからこそ、自由に教えて、自由に布教おじさんになるのはどうだろう。

 

 雑念入りそうで調べてないけど、この時代のサッカー選手は給料凄そうだし。

 貯金さえあればわざわざ仕事にする必要はない。

 

 これは……間違いなく楽しい。ふふふ、檜山くんのおかげで引退後の夢まで決まってしまった。

 

 笑いながら鶏肉をひっくり返す。

 

 とはいえ、だ。

 芝高サッカー部の期待が外れたわけじゃない。

 

 明日は女子サッカー部の練習日。

 しかも調べたところ、去年は公立高校ながら県大会ベスト16。

 

「…………ふふ」

 

 今日見た女子サッカーの動画も面白かった。

 でもどんな練習をして、どんな努力を積んだか知った後の試合はもっと──と、いかんいかん。

 

 目的と手段が入れ替わってる気がする。あくまで僕が見たいのは生の練習内容。

 この時代の選手がどこを大事にして、どこを鍛えているか──

 

 包丁を置き、身体が動かないうちに潰しておきたいことを頭の中で並べる。

 

 鍋の中で味噌汁が小さく揺れる。

 耳を澄ますと、窓の外で何かが壁にぶつかる音が聞こえた。

 

 ダン。

 

 ダン。

 

 ダン。

 

 一定の間隔で、一定の音。

 

「なんで威力まで揃えようって発想になるんかなー」

 

 あれもこれも手を出す僕とは大違い。

 つくづくあれは、すごい武器だと思う。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。