「…………」
「…………」
真白の練習を見始めて、今日で十日目くらいか。こんなに毎日来て、友達付き合いは大丈夫なんだろうか。
なんて思うけど、学校帰りに買い物をしてくれて、晩御飯代は手間賃含めて律儀に払って……その他もろもろ、正直本当に助かっている。
というか既に三日も学校をサボっている僕が言える事じゃない。
ただ、
「……今日は座学だから、普通の格好でいいって言ったよね」
真白はいつもの黒と白の運動着を着て、いつでも全力疾走までできる格好でやってきた。
「昨日家でもっといい動き見つけて……矢印見せて」
「ねえ何十回シュートフォーム変える気なの!?」
試行錯誤と微々調整、それが簡単にできるPCでの矢印確認が、真白の性格と噛み合い過ぎてしまった。
「あ、あと一回! 今週はあと一回だから!」
「今週は!?」
対人練習ができない今、固めていいのは走る止まる曲がるみたいな基礎動作と、止まったボールを蹴るフォームくらい。
PC練習は矢印がどう動くか、どう整えるかがメインだったのに!
「……矢印に依存するの良くないってことくらい、分かるよね」
「だって……先に最適解知ってた方が、家でも練習しやすいし!」
最適解って。人間ただ歩くだけでも、どれだけ矢印出すと思ってんの。
「ちゃんともう、動きは良くなってきてるからさー」
一時はただ歩く、という事さえ意識し過ぎのグチャグチャだったけど、家で相当復習してるんだろうな。
日に日に真白の動作は綺麗になっていく。
「……学校でも、友達に言われた……」
言いたかったことだったのか、真白は顔を赤くしながら少し自慢げに言う。
なら良かった。まあ、まだこだわりたいなら丁度いい。
「今日はさ。真白に合いそうな動画見つけたから、それを見てほしいわけ」
「動画って……そんなのスマホに送ってくれれば見てきたのに」
「真白の身体はだいぶ疲労溜まってんの。そういう時は座学なの」
最適解を人が全ての動きで持つには、時間が全然足りないわ。
「真白は最適じゃなくて、正解を沢山持つのが強いと思うんだ。そしてこの動画は間違いなく、正解の一つ」
「……ふーん。ねえ、これ見たら矢印映してもらっていい?」
「休養の大事さ、部活では教わらなかったの?」
フォームチェックなんてある程度までいくと間違い探しみたいになるのに、よくここまでハマれるわ。
僕は真白に背を向けて、PCと向き合う。
《終わったよ。容量的に送れるのはあと二本かな》
(十分だよ、ありがと)
僕はマウスを操作して、それを開く。
そして、明るい室内練習場が映った。
人工芝、白いライン。正面にはゴール。
天井には照明が並び、奥にはボール射出用の機械が置かれている。
画面の中央に、ひとりの男が立っている。
前髪を軽く流した爽やかで、好感しか持ちようのない好青年。
「…………誰」
「僕のサッカーの原点になった人」
細身なのに無駄のない身体。
右足に軽くボールを乗せている。
「……まさか兄さん、このサッカー配信者を見て練習してたってこと?」
「まあそんな感じ」
「はあ……」
真白はガッカリ。という音が聞こえそうなほど、大きく肩を落としている。
なんか特別な練習でも期待してたのかな。
『今日はトラップからシュートまで。基本の完成形をやります』
「う、うわぁ……自分で完成形とか言ってる……」
「言ってるけどなに? この人より完成させたやつがいるなら見てみたいけど」
「なんかさ。この髪型とかも、視聴者受け意識し過ぎて信用できないんだけど」
「なんだと」
こんなに爽やかなのに。真白はどうも感性が幼すぎるらしい。
「別に、トラップなら兄さんに聞けばいいし」
画面の中の男は、右足でボールを軽く跳ね上げてから、カメラに向かって指を立てる。
『トラップっていうのは、止める技術じゃない。次のプレーに繋げる技術です』
「知ってる」
「黙って聞きなさい」
「……兄さんこの人好き過ぎない?」
『ボールを止めるだけなら誰でもできる。大事なのは来た力をどこへ逃がすか。自分の身体をどこへ置くか。そして次の一歩をどうするか』
「……え、なにこれ、画面の端、変」
真白は話をろくに聞かずにマウスを触っている。
適当にドラッグした瞬間、画面がぐるりと動いた。
「っ、は!?」
視点が横へ回る。
ゴールが画面の端へ流れ、代わりに壁際の機材が映る。
さらに真白がマウスを動かすと、天井、床、後ろのベンチまで見えた。
「これ、確か360度……カメラってやつ?」
「見たいところを色んな角度と距離で見れるんだよ」
「はー、初めて見た。こんなんなんだ。確かに、機材にはこだわりを感じるけど……」
真白はしばらくマウスを動かして、ぐるぐる視点を回していた。
「トラップ&シュートって、基本過ぎるし」
「あーん?」
僕が不満気にすると「だ、大事なのは分かるけど、こんなの一人で練習できるし」
なんてぶつぶつ言いながら、真白はようやく視点を正面に戻した。
その基本を延々とこなせる真白だから大事なんでしょうが。
画面の中の男が、後ろへ手を上げる。
奥の機械が、低い駆動音を鳴らして動く。
次の瞬間、サッカーボールが勢いよく射出された。
「え、なに」
ボールは一直線に男へ向かって飛んでいく。
胸の高さより少し低い、難しい場所。
そして身体に当てて勢いを殺すだけでも難しい速度で。
だけど画面の中の男は落ち着いたまま、タイミングよく地を蹴った。
軽く飛び、左足のアウトサイドにボールが触れた瞬間、音が消えたように見えた。
跳ねない、暴れない。
少しでも足の力加減が狂えば、少しでも触れる場所がズレていたら、どこか遠くへ飛んでいたはずのボールが、左足の外側に沿って滑るように減速していく。
受け止めるんじゃなくて、ジャンプした態勢のまま流している。
着地と同時、男の身体はシュート体勢に入っていた。
トラップで落としたボールは、右足の振り抜きに一番都合のいい位置へ置かれている。
軸足が芝を噛んで腰が回る。
肩が遅れてついてきて──腕が開いて──
全身の力が、一本の線みたいに右足へ集まって──
『ボンッ』
乾いた音がPCから響く。
サッカーで出していい音じゃなかった。
ボールは一直線に飛び、ゴールネットへ突き刺さる。
『これがトラップ&シュート。基本の完成形です』
なのに画面の中の男は、何でもないことみたいに返ってきたボールを足元へ転がしている。
『難しいことをしているように見えるかもしれませんが、分解すると単純です。来る力を■■■──逃がす方向を決める。自分の身体の中を■■■──次の力に変える。以上』
端末を示唆する言葉は当然カット。大したことは言ってないから別にいい。
「…………以上、じゃないだろ!!」
真白は突然机を「ダン」と叩いて、10秒巻き戻しボタンを連打している。
「……ふふっ、くくっ、ね!? トラップ&シュートだって練習次第で、ここまでできるんだよ!」
「…………この人、プロ、じゃないよね」
「プロだよ」
「うそ! 見たことない!!」
「……試合には、出られなかったからね」
「なんでこれで出れないの!? な、名前は!?」
僕はしつこく問い詰めてくる真白からマウスを奪って、次の動画を再生する。
「こ、これ、矢印のやつ……この動画でも見れるの!?」
今度は力の流れと、強さを表示するモードで再生するために。
「──彼は流星。輝き堕ちた『流れ星』」
「…………は?」
「名前は
「兄さんのギャグほんとつまんない!!」
「!?」
三音の名前のくせに……!
「せ、生成AI……? や、それならここまで画面動かして、矛盾が出ないわけないし──」
「なにを疑ってるんだか……」
「だって! こんなの出回ってたら絶対話題になるし! そもそもなんで今までこの動画教えてくれなかったの⁉︎」
勢いよく振り向いたと思ったら、そのまま僕の肩を掴んでガクガクと揺さぶってくる。
えーい、うっとおしい。
「あのねえ。こっちにも真白を信じる時間は必要だったの」
「……っ、は?」
真白は何か言い返そうとして、結局口を閉じた。
「今までの動画も欲しいんだっけ? 送るけどさ、めちゃくちゃ容量大きいから覚悟はしといてよ」
人を信じるまでたった十日間。
いや、出会ってからは二十日くらいか、それでも未来人としての危機感は欠片もない。
「……は、な、ええっ……」
けど、もういいや。
嫌いな兄からの信用を、顔をここまで真っ赤にして重く捉える真面目少女。
これを疑い続けるって滅茶苦茶効率悪いっての。
「はあ……やっぱり真白タイプなら自主練に映像は必要だったな……成長期の貴重な10日間も効率悪いことさせちゃったか……? いや、うーん……」
「っ、あ、あのさあっ!! 兄さんが、い、今どれだけ危険なこと言ってるか分かってんの!? 今までのもって、私が注目欲しさに動画サイトに上げたりしたらどうなるかとか、想像もつかないの!?」
顎に手を当て考えていたら、いつの間にか真白の赤い顔が目の前に迫ってる。
「……っ!? え、な、なに? ごめん聞いてなかった」
「〜〜〜っ、バカ!!」
(なんて言ってた?)
《流星が危険だって。どうもこの子は人を押し除けてでも上達する意欲が足らない。道徳教育も行うべき》
(ははぁ。まあそう言わないでよ。リスクを知ってくれてるなら心強いさ)
「あと明日はこの一ノ瀬サッカー部に体験入部する人も来るから」
「!? な、ちょ」
「真白には一人でもできる事増やしておきたいなって」
「──兄さんっ!!」
「? なにさっきから。怖い顔して」
「…………そこ座って。この世界のこと、一から教えてあげるから」
ぷ。この世界のことって、僕は異世界人かって。
んー。引きこもってたらしいから、常識知らずとでも思われたかな。
「ま、聞こうじゃないか」
とりあえず、その身体で練習したいとか言われなくなってよかったよ。
あとはこの長くなりそうなお説教。
明日来るお客さんのために、三日前──学校でのことを振り返りながら聞くとしようかな。
確か、その時僕が約束したのは──