「……あー、感じ悪いかもしんねえけど」
篠宮さんは面倒くさそうに頭を掻いている。
「走り込みで倒れ込むやつら、大袈裟だとは思ってた」
「⁉︎ やっぱり! う、うわぁぁ、天才であるが故の共感欠如……持ってるやつはいつもこうなんだ!」
「……あ、あとはまあ、中一んころ、三学年合わせたマラソン大会でも上位に入ったな」
「そんなに早くから才能開花を!? 恐ろしい……こんな人をハンデもなしに走らせて、学校は何考えてるんだ!」
「うっせえ! わざとらしいんだよ!」
授業中調べてみたら、バスケは身長が特別大事なスポーツとのこと。
すごい偏見だけど、この身長なら活躍に飢えててもおかしくない。
篠宮さんは怒りながらもどんどん口角が上がっていく。
「あれ、だけど一位じゃなかったんだ」
「なっ、てめ、こんだけ言って、大したことねえってオチじゃねえだろうな!?」
「そうじゃなくてさ。なんで勝てなかったのかなって」
そんな心臓だけで決まるものでもないけど。
バスケット。滅茶苦茶走るスポーツらしいのに、中学ではやってなかったのかな。
「……いや普通に負けたわ。足がつりかけて、仕方ねえから足揉んで走って、完敗だったわ」
「どこつったの?」
「あ? 普通に、もも裏だけど」
「ふーん」
エンジンは余ってるのに、タイヤが先に焼けていた、かな。
「分かった。その場合のスペアタイヤはこっちで用意しておく」
「……なんも分かんねえよなんの話だよ」
こればっかりは端末を通さないと絶対信じてもらえないから。
「つーか。心臓、ねえ」
篠宮さんは自分の胸に手を当て、音を聞こうとしている。
「ま、それがマジかは置いといて。不覚にも話は面白かったわ」
ひとつ笑って、話は終わりとばかりに机の中から化学の教科書を取り出している。
「え、なんで、まだ話は──」
「ふっ、あれだけの変態かまして持ち直すとは思わんかったわ」
……初めて普通に褒められた。
ま、まあ、そんなでもないんだけどさ。ってそうじゃないわ!
「……急に興味を失った理由は聞いてもいい?」
「あたしの課題はスタミナじゃねーの。そこ鍛えたところで試合にゃ出られねーんだよ」
「あー」
なるほど……ね。いくら走るといっても、スタミナさえあれば活躍できるスポーツじゃないのか。
そんなうまい話はさすがにないか……
「まあいいか。では次の話」
「次の話はねーんだわ! ホントに食い下がってくんな!」
「こ、今度こそ篠宮さんの役に立つ話だから!」
「……なんだよこいつ。どうすりゃ引いてくれんだよ……」
篠宮さんは渋々と、持っていた教科書を机に置いてくれた。
危なかった……さっさと本題へ移ろう。
「篠宮さんって、御堂さんとなにかあるよね。もやもやしたなにか──って、どんだけ睨むの!?」
話の途中なのに、今にもまた足が飛んできそうだ。
「……距離感間違え過ぎじゃね。踏み込んでいい話かどうかも分かんねーの?」
「な、内容を聞きたいわけじゃないよ? ただ僕はそういうの解決する手段があるって言いたくて」
「そういうのってなんだよ」
「だからもやもや全般だって。愛情、憎しみ、嫉妬、憧れ、罪悪感──」
「……クスリでも売りつけそうな導入やめろや」
おっと。ふふ、これ実は僕が編み出した方法だから、ちょっと勿体ぶっちゃった。
「──篠宮さんさ。一月後、サッカーで御堂さんに勝ってみない?」
相手の土俵で勝つ。
はい最強。まあ厳密には解決できるわけじゃない。
「これ凄いんだよ!? どんなに複雑な思いだって、脳内麻薬で全部洗い流せちゃうの! 僕もほんと嫌いな人いたんだけどね? 格ゲーマーとか言ってたけど身体を動かす技術で僕に勝てるわけな──っと」
ついVRゲームの話しちゃった。大丈夫かな。
「…………」
篠宮さんは無表情のまま僕を見て、なにも答えない。
馬鹿にされると思ったけど、なんかこの人全然反応が読めないな。
さらに追撃を仕掛けるか迷っていると、教室に鐘の音が響いた。
「え、チャイム。なんで、早くない?」
周りを見ると、いつの間にか教室には僕ら二人だけだ。
そうだ……さっき檜山のカットインがあったんだった。いいところだったのに、あの男!
「はあ、遅刻させてごめん。僕もう帰らなくちゃだから、もし続きが気になってくれるならここに──っ!?」
僕の連絡先を書いたノートの切れ端を取り出したところで、ひったくられた。
「え……なに」
「お前さ、その自分の土俵で負けた側の気持ちとか、考えたことあるわけ?」
「……え、あ、あーと、ごめんなさい。勝負の世界の話だから、いいかなーと軽く考えてました」
マズった。良くない感情だとは分かってるのに、同じ競技者なら受け入れてくれると勝手に決めつけちゃった。
「別に責めてるわけじゃねーから」
「いや怒っとる……正直言うとそりゃあ。悔しかっただろうなーとか、昨日眠れたかなーとか沢山考えたけど」
それよりもう、次の授業始まっちゃってるけど……
言ってみるけど、篠宮さんに動く気配がない。
代わりに、篠宮さんは取り出したスマホを僕の机に置いた。
「録音するわ。いちいちお前の言う事疑うのだるいし、いいよな」
「……それはもちろん」
証拠を残すことで、僕に適当な発言を許さない。かな。嘘ついてるわけじゃないし、全然構わない。
「あ、でも疑わしいんなら、質問してくれれば全然答えるよ」
時間がなかったから飛ばした部分もある。
まさか延長戦してくれるなんて、思ってもみなかった。
「はーん。じゃあ、あれだ。御堂はスタミナ弱点とか言ってたやつ。また随分と都合のいい話だよな」
「えと、なんの話?」
「心臓ってそういう事だろ。あたしのスタミナなら御堂に勝てるとか──」
「──ぷ。あはは! 何言ってんの!? 都合の話なら、むしろ最悪と言っていいのに!」
昨日は試合映像探してたら、日本代表ユニフォームで試合してたんだよ?
こんな人にドデカ感情抱えてるって、前世でどんな悪いことしたんだ!
「でもその自信は、素敵だね!」
「……っ、テメエは、いっぺん死ねっ!」
あーもう、だから暴力はダメだって。
僕にこんな蹴りが当たる訳ないからいいけどさ。
「じゃあついでに言っとくね。御堂さんに勝つといっても、それは100人に2人は篠宮さんの勝ちと判定する程度の話ね」
「っ、それは判定負けっつーんだよ!」
「でも部外者の判定なんて、篠宮さんは気にしないでしょ?」
「あ? 部外者って、どういう…………」
篠宮さんは言いかけて、顎に手を当て考えている。
「……その二人の中に、御堂は入るって、話か」
「絶対入るよ。あんなにプライド高くて、先輩にも一切臆さず指示出して、勝ち負けこだわってないわけないもん」
なによりどれだけ実力を見せつけたところで、篠宮さんに好き勝手やられる張本人。
誰より負けを実感するはずだ。
「って、あり得ねえわ! サッカーなんて知んねえけど、心臓と一月の努力だけでどうにかなるもんじゃねえだろ!」
「えーと、そりゃ篠宮さんのバスケ経験も勘定に入れてるけど、え、入れてもいいよね」
切り返しの技術やフットワーク。急停止と横移動。少しバスケの映像を見ただけだけど、育ってないわけがない。
「ち…………やっぱそうかよ。あたしのバスケしてる姿を見たわけじゃねえんだな」
「……身体付きで努力してる人くらいは分かるんだけど」
普通の運動部ってくらいだと自信ない。
でも檜山と篠宮さんクラスなら、診断なしでもめちゃくちゃ分かる。
「努力とかじゃねえっつの。あたしにはチーム競技の才能ねえんだと」
「……ねえんだと?」
「んなこと知るかよっつって続けてるけど、ま、実際支倉とかと差は感じるしな。期待には添えねえわ」
「協調性とかの話……?」
そんなもん僕だってない。というか支倉さんは相手が悪過ぎる。
「視野狭すぎだってよ。すぐカッとなって周りが見えなくなって。そんなんでチーム競技やるとか信じらんない、とか言われたわ」
「……視野。あー、それは、まあ」
それが本当なら、確かにチーム競技では辛いかもしれない。
スポーツ視野は鍛えづらいし、実感も出にくい。正直子どもの頃から育てたい能力ではある。
篠宮さんもヘラっとした顔で言ってるけど、弱点を僕なんかに喋るタイプか? 相当刺さった言葉なんだと思う。
「というかその口調。もしかしてそれ言ったのが御堂さんってこと?」
「……言っとくけど、先に突っかかったのはあたしだから」
「あ、いや、どっちが悪いとかじゃなくて」
他人に指摘するって、やっぱり自分の武器を理解して使ってたのかなー、あの人ほんと最高だなーって。
今は置いておこう。
「でも視野が狭いって、すごくいいね!」
「……あ?」
「なんか無駄に不安にさせちゃった。先にどういう提案するのか言えばよかった」
「いや……てめえも御堂の視野を絶賛してただろうが!」
「大事だけどさ、サッカー初心者が広い視野でなにすんの」
足でボールを扱うのって、実は本当に難しいんだから。
「僕が篠宮さんに提案するのは、どんな相手だろうが張り付いて、引きずり回して沼に沈める『エースキラー』」
「…………」
「『持久力』の化け物が、バスケ仕込みの動きで自分だけを見つめてくる。ふ、ふふ……あは、いいじゃん、目指せトラウマ製造機!」
ムキになるってのもいいなー。
試合中ならちょっと困りものだけど、練習では伸びそうだし。むしろ初心者にはありがたい性格だ。
「し、視野が狭くていい、なんて聞いたこともねえよ! 適当ばっか言ってんじゃねえ!」
「そのへんは実感が必要だね。いま僕、妹にサッカー教えててさ。興味があったら参加してみない? 毎日やってていつでもいいから」
「は、はあ?」
なんだか質問に答えてたら、言いたいこと全部言えちゃった。
「お試しでもいいよ。1時間……いや、じゅ、10分でも」
「……っ、てめえの、そういう態度が──っ」
軽く見えたかもしれないけど適当言ったつもりはない。
信じて欲しいと、絶対目だけは逸らさない。
「……よく分かんねーけど、一ノ瀬はあたしの確執に付き合う、てか?」
「そんな上からじゃないから。ぜひお供させてくださいって言ってる」
「……一ノ瀬にも、なんか狙いがあるってことな」
「あるね。聞く?」
「どうでもいい。つーか元はあたしが悪いんだが? こっちについていいのかよ」
「それこそどうでもいいよ。僕がそんなに善人に見える?」
もはや「借りを返したい」なんて、当初の目標すらおまけと化しているのに。
「……言っとくけど、参加するなんて言ってねーからな」
「もちろん。限界まで食い下がったし、これでだめなら仕方ない」
「限界どころじゃねえわ……」
そうだね、さすがにこれ以上は迷惑過ぎる。
ほとんど空のリュックを持って、一瞬で帰宅準備を終える。
だけど篠宮さんは動く気配もなくなにか考えている。
「……んだよ、帰るなら帰れよ。なんで帰りたがってんのかもしんねーけど」
「うん、じゃあ──聞いてくれてありがとね」
向こうは「おー」とだけ言って、窓から外に目を向けている。
そのまま教室を出ると、ドアの近くに支倉さんが待っていた。
「……ごめん、全然予想してなかった。支倉さんまで遅刻させちゃった」
「え? ううん、勝手に待ってただけだし! あ、話は聞こえてないから!」
「大丈夫だって。支倉さんもありがとね!」
「……いい笑顔っ! えーと、真莉黄昏ちゃってるけど」
まあ、気付けばめちゃくちゃ情報量詰め込んじゃったから……
と、そうだ、花音さんを避けることになっちゃったし、気分もいいし──
「迷惑ついでに、お昼に来るっていう花音さんに伝言お願いしてもいいかな」
たまにはお節介でもしようかな、なんて。