最初に見た時は、はっきり言って下手だった。
中学2年の夏。
地区大会二回戦。
相手チームに、黒髪を片側にまとめた小せえ女がいた。
ドリブルは見るからに雑だった。
ボールが身体から離れ過ぎてるし、手元を見る回数も多い。シュートは打とうとすらしない。
──パスだって上手くない。
「っ、わ!」
こっちが詰めると、慌てたように両手でボールを押し出す。回転も汚ねえ。高さも微妙で不細工なパス。
なのに通った。そのまま向こうに点が入る。
「ナイス!」
「……ちっ」
うちの方が強かった。
あからさまだろ、こいつらベンチに二人しかいねえし。
見るからに初心者もいる。
わりいけど狙わせてもらった。
「真莉!」
「分かってる!」
ボールを持ったそいつへ詰める。
たったそれだけで、向こうは慌てたように手でボールをつく。
──取れる。
「っ、こう!」
はずだった。
直後そいつが身体をひねって、変な位置からボールを放った。
「──は?」
あたしの脇を抜けたボールが、右奥にいた選手へ届く。
そのままシュートを決められた。
「ナイス御堂!」
「うへへ、ま、まあね!」
「……どもんな。まぐれかい」
ありえねーパス。チームメイトと呑気に喋ってっけど、怪我とか怖くねえのかよ。
……どうでもいいけど。
今度は逃げ道も潰した。目の前にあたし。右には味方。左にも一人いる。
「……っ、諦めて、ボール渡せや!」
「〜〜、く、くわっ」
身体の横から、片手で投げたようなクソみてえなパス。
速くもねえ。綺麗でもねえ。
それでも味方が走ってきた場所へ転がって、またシュートを決められた。
「マグレだ気にすんな」
「……知ってるわ」
花音に背中を叩かれ声をかけられる。
別に落ち込んでねーから!
ただ、なんでか不自然なことが起きていて──
「御堂!」
「ちょ! そっち空いてるって!」
そいつがまたボールを受ける。
コートにいる敵も味方も、全部知ってるみたいに動いていた。
そこでようやくあたしは騙されたことに気づいた。
♢
試合中、フリースローで時計が止まった時だった。
隣にいたそいつへ、小声で話しかける。
「いつまで下手な振りしてんだよ」
「……は?」
「このまま負けんぞ。こっちは別にいいけど、つまんねえことしてんじゃねえよ」
騙しあいは否定しねえ。だけど最後に本気のプレーが見たかった。
この時はただ、それだけだった。
「……私、バスケ部の助っ人で来ただけなんだけど」
「…………は?」
「体育以外で試合するの、二回目だっつの。なんなわけ?」
本気で、こいつの言ってる意味が分からなかった。
「あ、くそ、話しかけてくんなよ!」
その声に顔を上げると、花音がリバウンドを拾ってくれていた。
「おらっ、速攻!」
「…………」
だけどあたしは走れなかった。
そこからはもう思い出したくねえ。
「真莉! 左!」
「分かってる!」
「空いてる!」
「っ、うっせえ!」
女が視界に入る。
もうこいつに分からせてやることしか考えられなかった。
「真莉、一回下れや」
花音が無表情であたしを見ていた。
「は⁉︎ んでだよ!」
「集中できねえなら出てけや!」
「っ、離せよ!」
「真莉!」
体力ならあり余ってんのに、まさか下げられるとは思わなかった。
あいつは結局、最後まで下手だった。
♢
「っしゃあ!」
「ナイスー!」
当然試合には勝った。今日大活躍した花音が嫌らしい顔で絡んでくる。
「真莉が急にヘラるから焦ったわ!」
「……ほんと、悪かったよ」
花音はまじでさっぱりしてんな。
「っ、急に素直っ!」
はっ。まあ、納得し辛えけど、勝ちは勝ち。
忘れて、次へ切り替えろ。
そう思いながら、なんとなく向こうのベンチを見た。
「……あ?」
あの女が泣いていた。他の奴らも悲しんではいるけど、泣いてはねえのに。
タオルで顔を隠して、それでも隠し切れていない。
「初心者が負けて泣いてんじゃねえよ」
体育館の廊下ですれ違ったとき、言ってしまった。なんでか腹が立ってた。
「…………は?」
「今日、バスケ二回目なんだろ? 負けて当然だろ」
言ってから、自己嫌悪が止まらない。
「……分かってるだろうけど、私がバスケ練習してたらお前なんかすぐ抜けるから」
だから言い返してくれて、助かった。
罪悪感なんて吹き飛ぶほどに、言い返す言葉が出なかったから。
あたしの身長でできる事──パスとドリブル。
ポイントガードとして徹底的に磨いてきた。
その一つが、こいつに数カ月経たずに抜かれる未来が見えてしまったから。
「チーム競技でその視野の狭さ、信じらんないわ。あり得ないから」
周囲を見る感覚を取り戻すのに、半年掛かった。
♢
それから、高校へ入って。
「あー、アタシこれからサッカー一本でいくわ」
花音の突然の言葉からまた、スランプがはじまった。
「ちょ、急になんだよ⁉︎」
「あの御堂がここ来てんだよ。なんか誘われた」
「……は? あいつ、有名人だろ。なんでうちにいんだよ」
「なんか自分で考えた戦術試せて、一番強いとこ探してたんだと。顧問が素人なんだってさ」
「あいつも一年だよな……戦術なんて口だせねーだろ!」
「チームは歓迎ムードだったな。めちゃくちゃ進学先吟味したらしいわ」
い、意味わかんねえ。それ、競技者のトップレールから外れてまでしたいことか……?
別に、あたしに関係ねえけど。
「真莉、外!」
「っ!」
ボールを持って、目の前の相手を抜く。
「──真莉!」
「っ、やべ……!」
声に気付いて、慌ててパスを出すが遅い。
相手ボールになる。
「……すんません!」
「ううん、次!」
直したはずの視野が、また悪化してやがる。
周りを見て、熱くなり過ぎない。味方を使う。
分かってんのにレギュラーを意識するほど、上手くいかなくなった。
あいつはもう、自分の競技で中心にいる。
ケンカを売ったあたしがベンチにも座れてねえのを見たら、あいつはなにを思う?
『チーム競技でその視野の狭さ、信じらんないわ』
「…………っ」
気付けば、また味方の声が遠くなっている。
焦れば焦るほど、あの日御堂に言われた通りになっていった。
「篠宮! 一度外で頭冷やしてきなさい!」
3度目のポカで、ついにコーチに追い出された。
自分でも当たり前だと思う。
でもまあ、落ち着く時間は欲しかった、か……
体育館の外の段差に腰かけた目の前では、花音が楽しそうにボールを追っている。
中学んときはどうやって立ち直ったんだっけなー。
「……たしか、御堂の名前を調べて、サッカーの年代別代表だと知って──」
ああ、住む世界が違うやつなんだと分かってから──
「え、なに」
「──っ⁉︎」
横にタオルを持った御堂が立っていた。
馬鹿か! 花音がいるんだから、サッカー部もそりゃいるだろ!
「え、私じゃない? いや代表の御堂って」
「…………」
「あ、まさか先輩でした? すんません」
「…………死ね」
「なんで!?」
あー、阿保らしい。まじで頭冷えたわ。なに意識してんだよ恥ずかしい。
覚えられてねえじゃん。
それからはもう順調だった。
コーチの評価は大分落としちまったけど、この調子なら冬にはベンチ入りを目指せる。
視界が開けていくのを感じる。
あともう少しで、あたしはようやく楽しくバスケに──
『篠宮さんさ。一月後、サッカーで御堂さんに勝ってみない?』
戻れるはずだったんだ。
『視野が狭いって、凄くいいね!』
このデブ、頭かち割ってやろうかと思った。
でもなぜか、手は出なかった。
……いつから、こんな認められることに弱くなった? 言ってることめちゃくちゃ過ぎんのに。
「ねえ、真莉。どうしたの? い、一ノ瀬君に、なんか言われた……?」
「支倉さー、今日部活終わったら、ランニング付き合ってくんね」
「……え? ぶ、部活のあとに、は、走るの?」
なんであの時支倉が引いてたのか、後になって分かった。
「はッ……は、ぁ……っ、ぁ゛……っォェェ……!」
「……いや悪い。アイドル支倉にそんな声出させて」
部活終わりに土手まで移動して、なのにその時間でスタミナがほとんど回復していない。これが普通だったのか?
……心臓の話は、マジだったとでも言いてえのかよ。
だったら御堂に勝つってのも──
「…………馬鹿じゃねえの」
「バ、バカって言った!!」
「いやお前じゃなくて……」
まあ、試すのはタダか。
「え、紅白戦参加してくれるの⁉︎ あ、ありがとー! いつもバスケ部には助っ人頼んで、ほんとごめんね」
「あ、いや、あたしがちょっと試したいことあったんで」
「? そうなんだ。でも助かる! 22人なんて全然集まんないんだから!」
御堂のマークを申し出た。驚かれたけど、なんでかすんなり決まった。
あとで聞いた話。
かっこ悪くても、上手く切り替えて上を目指せる人たち。全然好きで、嫉妬する。
「あー、真莉、だっけ?」
「っ、……は?」
「助っ人ほんと助かる! ねえ、このままサッカー部入らない⁉︎ 今ならなんと、すぐにBチームのレギュラーだ!」
「…………名前。覚えてたのかよ」
「あ、いや、花音がそう呼んでたから。……やべ」
「──な、てめっ」
「あー……どっかで会ってたらほんと申し訳ない! もうまじで忘れっぽいんだよ私」
忘れられて、ホッとしていたはずなのに……
「負けて泣いて、もうスッキリしましたってやつかあ?」
っ、なんでクソみてえなこと聞いてんだよあたしは!
御堂からへらへらとしていた顔が引っ込んで、少し心がスッとしてしまった。たった一瞬だけど。
「……なんそれ。私がなんかで負けて覚えてないなら、お前には負けてないってことだから」
返す言葉に、爆弾乗っけてくる奴なのは変わってなかった。
だめだ。もう、ムカつきが止まらない。
楽しくバスケ、なんてものには間違いなく戻れない。
試合は一切、相手にもされず終わった。
当たり前だ。努力と才能の世界で、これ以外の結末なんて起こっていいわけもねえ。
……なにが、エースキラーだ。
あたしをドリブルで抜いた時には、「あ」なんて声が聞こえた。自らに相当な縛りまで課していたらしい。
「助っ人お疲れー! や、試合前はごめん! ちゃんと思い出したわ、まさか金髪になってるとは思ってなくてさー」
うるせえ。
花音も金髪にしてっけど、覚えてたんだろうが。
「懐かしの……視野の狭さで思い出させちまったか?」
「ぅ……い、いや、その溢れ出るガッツでね! えーと、女子サッカー部は、いつでも君の参加を待っている!」
もう、無理だ。
無駄に突っかかってクソなことしか言わねえ自分が、ムカついて仕方ねえ!!
女一人で男の誘いに乗るのは頭がおかしい。
意味わかんねえけど、あたしに復讐企ててた男だぞ?
「知らねえ」
どうせもう視野は戻りそうにねえし、こいつ潰せる可能性があんだろ?
練習してるって公園は見に行った。
何故か車椅子に乗ってて、妹らしきやつと喧嘩してて、怪しさしかなかった。
でも……もういいわ。あの薄気味わりい男のバカげた話に、全部賭けてやるわ!
17話を後から読み直して、あまりに冗長で詰め込みすぎだったので1000文字ほど削っちゃいました……
この先、以前読んだ設定とか出てくるかもしれません。ごめんなさい!