100年後のサッカーを、君に。   作:peko34

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18 篠宮真莉

 最初に見た時は、はっきり言って下手だった。

 

 中学2年の夏。地区大会二回戦。

 体育館に、シューズの擦れる音が響いていた。

 

 相手チームに、黒髪を片側にまとめた小せえ女がいた。

 ドリブルは見るからに雑だった。

 ボールが身体から離れ過ぎてるし、手元を見る回数も多い。シュートは打とうとすらしない。

 

 ──パスだって上手くない。

 

「っ、わ!」

 

 こっちが詰めると、慌てたように両手でボールを押し出す。回転も汚ねえ。高さも微妙で不細工なパス。

 

 なのに通った。そのまま向こうに点が入る。

 

「ナイス!」

「……ちっ」

 

 うちの方が強かった。

 あからさまだろ、こいつらベンチに二人しかいねえし。

 見るからに初心者もいる。

 

 わりいけど狙わせてもらった。

 

「真莉!」

「分かってる!」

 

 ボールを持ったそいつへ詰める。

 たったそれだけで、向こうは慌てたように手でボールをつく。

 ──取れる。

 

「っ、こう!」

 

 はずだった。

 直後そいつが身体をひねって、変な位置からボールを放った。

 

「──は?」

 

 あたしの脇を抜けたボールが、右奥にいた選手へ届く。

 そのままシュートを決められた。

 

「ナイス御堂!」

「うへへ、ま、まあね!」

「……どもんな。まぐれかい」

 

 ありえねーパス。チームメイトと呑気に喋ってっけど、怪我とか怖くねえのかよ。

 ……どうでもいいけど。

 

 今度は逃げ道も潰した。目の前にあたし。右には味方。左にも一人いる。

 

「……っ、諦めて、ボール渡せや!」

「〜〜、く、くわっ」

 

 身体の横から、片手で投げたようなクソみてえなパス。

 

 速くもねえ。綺麗でもねえ。

 それでも味方が走ってきた場所へ転がって、またシュートを決められた。

 

「マグレだ気にすんな」

「……知ってるわ」

 

 花音に背中を叩かれ声をかけられる。

 別に落ち込んでねーから!

 

 ただ、なんでか不自然なことが起きていて──

 

「御堂!」

「ちょ! そっち空いてるって!」

 

 そいつがまたボールを受ける。

 コートにいる敵も味方も、全部知ってるみたいに動いていた。

 そこでようやくあたしは騙されたことに気づいた。

 

       ♢

 

 試合中、フリースローで時計が止まった時だった。

 隣にいたそいつへ、小声で話しかける。

 

「いつまで下手な振りしてんだよ」

「……は?」

「このまま負けんぞ。こっちは別にいいけど、つまんねえことしてんじゃねえよ」

 

 騙しあいは否定しねえ。だけど最後に本気のプレーが見たかった。

 この時はただ、それだけだった。

 

「……私、バスケ部の助っ人で来ただけなんだけど」

 

「…………は?」

「体育以外で試合するの、二回目だっつの。なんなわけ?」

 

 本気で、こいつの言ってる意味が分からなかった。

 

「あ、くそ、話しかけてくんなよ!」

 

 その声に顔を上げると、花音がリバウンドを拾ってくれていた。

 

「おらっ、速攻!」

「…………」

 

 だけどあたしは走れなかった。

 そこからはもう思い出したくねえ。

 

「真莉! 左!」

「分かってる!」

「空いてる!」

「っ、うっせえ!」

 

 女が視界に入る。

 もうこいつに分からせてやることしか考えられなかった。

 

「真莉、一回下れや」

 

 花音が無表情であたしを見ていた。

 

「は⁉︎ んでだよ!」

「集中できねえなら出てけや!」

「っ、離せよ!」

「真莉!」

 

 体力ならあり余ってんのに、まさか下げられるとは思わなかった。

 

 あいつは結局、最後まで下手だった。

 

 

 

       ♢

 

「っしゃあ!」

「ナイスー!」

 

 当然試合には勝った。今日大活躍した花音が嫌らしい顔で絡んでくる。

 

「真莉が急にヘラるから焦ったわ!」

「……ほんと、悪かったよ」

 

 花音はまじでさっぱりしてんな。

 

「っ、急に素直っ!」

 

 はっ。まあ、納得し辛えけど、勝ちは勝ち。

 

 忘れて、次へ切り替えろ。

 そう思いながら、なんとなく向こうのベンチを見た。

 

「……あ?」

 

 あの女が泣いていた。他の奴らも悲しんではいるけど、泣いてはねえのに。

 タオルで顔を隠して、それでも隠し切れていない。

 

 

 

「初心者が負けて泣いてんじゃねえよ」

 

 体育館の廊下ですれ違ったとき、言ってしまった。なんでか腹が立ってた。

 

「…………は?」

「今日、バスケ二回目なんだろ? 負けて当然だろ」

 

 言ってから、自己嫌悪が止まらない。

 

「……分かってるだろうけど、私がバスケ練習してたらお前なんかすぐ抜けるから」

 

 だから言い返してくれて、助かった。

 罪悪感なんて吹き飛ぶほどに、言い返す言葉が出なかったから。

 

 あたしの身長でできる事──パスとドリブル。

 ポイントガードとして徹底的に磨いてきた。

 

 その一つが、こいつに数カ月経たずに抜かれる未来が見えてしまったから。

 

「チーム競技でその視野の狭さ、信じらんないわ。あり得ないから」

 

 周囲を見る感覚を取り戻すのに、半年掛かった。

 

       ♢

 

 それから、高校へ入って。

 

「あー、アタシこれからサッカー一本でいくわ」

 

 花音の突然の言葉からまた、スランプがはじまった。

 

「ちょ、急になんだよ⁉︎」

「あの御堂がここ来てんだよ。なんか誘われた」

「……は? あいつ、有名人だろ。なんでうちにいんだよ」

「なんか自分で考えた戦術試せて、一番強いとこ探してたんだと。顧問が素人なんだってさ」

「あいつも一年だよな……戦術なんて口だせねーだろ!」

「チームは歓迎ムードだったな。めちゃくちゃ進学先吟味したらしいわ」

 

 い、意味わかんねえ。それ、競技者のトップレールから外れてまでしたいことか……?

 別に、あたしに関係ねえけど。

 

 

 

「真莉、外!」

「っ!」

 

 ボールを持って、目の前の相手を抜く。

 

「──真莉!」

「っ、やべ……!」

 

 声に気付いて、慌ててパスを出すが遅い。

 相手ボールになる。

 

「……すんません!」

「ううん、次!」

 

 直したはずの視野が、また悪化してやがる。

 

 周りを見て、熱くなり過ぎない。味方を使う。

 分かってんのにレギュラーを意識するほど、上手くいかなくなった。

 

 あいつはもう、自分の競技で中心にいる。

 ケンカを売ったあたしがベンチにも座れてねえのを見たら、あいつはなにを思う?

 

『チーム競技でその視野の狭さ、信じらんないわ』

「…………っ」

 

 気付けば、また味方の声が遠くなっている。

 焦れば焦るほど、あの日御堂に言われた通りになっていった。

 

「篠宮! 一度外で頭冷やしてきなさい!」

 

 3度目のポカで、ついにコーチに追い出された。

 自分でも当たり前だと思う。

 でもまあ、落ち着く時間は欲しかった、か……

 

 体育館の外の段差に腰かけた目の前では、花音が楽しそうにボールを追っている。

 中学んときはどうやって立ち直ったんだっけなー。

 

「……たしか、御堂の名前を調べて、サッカーの年代別代表だと知って──」

 

 ああ、住む世界が違うやつなんだと分かってから──

 

「え、なに」

「──っ⁉︎」

 

 横にタオルを持った御堂が立っていた。

 馬鹿か! 花音がいるんだから、サッカー部もそりゃいるだろ!

 

「え、私じゃない? いや代表の御堂って」

「…………」

「あ、まさか先輩でした? すんません」

「…………死ね」

「なんで!?」

 

 あー、阿保らしい。まじで頭冷えたわ。なに意識してんだよ恥ずかしい。

 覚えられてねえじゃん。

 

 

 それからはもう順調だった。

 コーチの評価は大分落としちまったけど、この調子なら冬にはベンチ入りを目指せる。

 

 視界が開けていくのを感じる。

 あともう少しで、あたしはようやく楽しくバスケに──

 

『篠宮さんさ。一月後、サッカーで御堂さんに勝ってみない?』

 

 戻れるはずだったんだ。

 

 

『視野が狭いって、凄くいいね!』

 

 このデブ、頭かち割ってやろうかと思った。

 

 でもなぜか、手は出なかった。

 ……いつから、こんな認められることに弱くなった? 言ってることめちゃくちゃ過ぎんのに。

 

 

 

「ねえ、真莉。どうしたの? い、一ノ瀬君に、なんか言われた……?」

「支倉さー、今日部活終わったら、ランニング付き合ってくんね」

「……え? ぶ、部活のあとに、は、走るの?」

 

 なんであの時支倉が引いてたのか、後になって分かった。

 

 

 

「はッ……は、ぁ……っ、ぁ゛……っォェェ……!」

「……いや悪い。アイドル支倉にそんな声出させて」

 

 部活終わりに土手まで移動して、なのにその時間でスタミナがほとんど回復していない。これが普通だったのか?

 ……心臓の話は、マジだったとでも言いてえのかよ。

 

 だったら御堂に勝つってのも──

 

「…………馬鹿じゃねえの」

「バ、バカって言った!!」

「いやお前じゃなくて……」

 

 まあ、試すのはタダか。

 

 

 

「え、紅白戦参加してくれるの⁉︎ あ、ありがとー! いつもバスケ部には助っ人頼んで、ほんとごめんね」

「あ、いや、あたしがちょっと試したいことあったんで」

「? そうなんだ。でも助かる! 22人なんて全然集まんないんだから!」

 

 御堂のマークを申し出た。驚かれたけど、なんでかすんなり決まった。

 

 あとで聞いた話。A(レギュラー)チーム入りを目指すB(控え)にいて、わざわざ御堂のマークにつきたい人なんかいないらしい。

 

 かっこ悪くても、上手く切り替えて上を目指せる人たち。全然好きで、嫉妬する。

 

 

「あー、真莉、だっけ?」

「っ、……は?」

「助っ人ほんと助かる! ねえ、このままサッカー部入らない⁉︎ 今ならなんと、すぐにBチームのレギュラーだ!」

「…………名前。覚えてたのかよ」

「あ、いや、花音がそう呼んでたから。……やべ」

「──な、てめっ」

「あー……どっかで会ってたらほんと申し訳ない! もうまじで忘れっぽいんだよ私」

 

 忘れられて、ホッとしていたはずなのに……

 

「負けて泣いて、もうスッキリしましたってやつかあ?」

 

 っ、なんでクソみてえなこと聞いてんだよあたしは!

 

 御堂からへらへらとしていた顔が引っ込んで、少し心がスッとしてしまった。たった一瞬だけど。

 

「……なんそれ。私がなんかで負けて覚えてないなら、お前には負けてないってことだから」

 

 返す言葉に、爆弾乗っけてくる奴なのは変わってなかった。

 

 だめだ。もう、ムカつきが止まらない。

 楽しくバスケ、なんてものには間違いなく戻れない。

 

 

 試合は一切、相手にもされず終わった。

 当たり前だ。努力と才能の世界で、これ以外の結末なんて起こっていいわけもねえ。

 

 ……なにが、エースキラーだ。

 

 あたしをドリブルで抜いた時には、「あ」なんて声が聞こえた。自らに相当な縛りまで課していたらしい。

 

「助っ人お疲れー! や、試合前はごめん! ちゃんと思い出したわ、まさか金髪になってるとは思ってなくてさー」

 

 うるせえ。

 花音も金髪にしてっけど、覚えてたんだろうが。

 

「懐かしの……視野の狭さで思い出させちまったか?」

「ぅ……い、いや、その溢れ出るガッツでね! えーと、女子サッカー部は、いつでも君の参加を待っている!」

 

 もう、無理だ。

 無駄に突っかかってクソなことしか言わねえ自分が、ムカついて仕方ねえ!!

 

 女一人で男の誘いに乗るのは頭がおかしい。

 意味わかんねえけど、あたしに復讐企ててた男だぞ?

 

「知らねえ」

 

 どうせもう視野は戻りそうにねえし、こいつ潰せる可能性があんだろ?

 

 練習してるって公園は見に行った。

 何故か車椅子に乗ってて、妹らしきやつと喧嘩してて、怪しさしかなかった。

 でも……もういいわ。あの薄気味わりい男のバカげた話に、全部賭けてやるわ!




17話を後から読み直して、あまりに冗長で詰め込みすぎだったので1000文字ほど削っちゃいました……
この先、以前読んだ設定とか出てくるかもしれません。ごめんなさい!
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