「うーす」
「……うす」
夕暮れ時、学校終わりに一度帰って着替えてきたのかな。
動きやすい服に、白のエナメルカバンを肩に背負った篠宮さんが公園にやってきた。
フード付きの薄いピンクのシャカシャカした上着を羽織って、タイツの上には黒地にピンクの入ったハーフパンツ。
服の知識は死んでるけど、お洒落であることは分かる。
「あんだよそのやる気のなさは」
「……やる気はすごいよ?」
自分の詰めの甘さを実感しているだけだ。
白のスニーカー。
篠宮さんはバスケ部で、当然スパイクなんて持っている筈もない。
あとできればサッカーボールも持たせたい。
AI業務ではお得意様もついて、お金はどんどん増えていくのに出ていく予定もどんどん増えていく……!
「一ノ瀬の言ってた、妹は?」
「学校は早めに終わったらしいけど、今そこの僕の部屋片づけてる」
女の子が来るなんて聞いてないって、急いで匂い消ししてくれている。
どうしても汗の量が多いから気にしてくれるのはありがたいけど、この人が部屋に入る訳ないんだが。
そもそも僕が満足に動けない、お金もない。
人脈設備サポート全てが足りてない今、ライバルになりえる男の子を招くわけないのに。
「? ふーん。つかてめえは学校来いよ! 花音めっちゃお前の事探してんだけど!」
「えー、だから当分行かないって伝えて下さいよ」
話してて楽しかったし、学校で初めて僕に「帰んな」と言ってくれた女の子。
でも会ったら絶対面倒な話になる。
『両足を上手く使うには──』
『……本当かよ』
『その体形を活かすには──』
『……本当かよ』
『ムカっ! 僕の未来技術をくらえ!』
サッカーの話になったらこうなるに決まってる。しかもまるでスッキリしない。
檜山が女子の席に座っても全然許されている理由。
それはその行為が許されるステータスを持っているからだ。
もちろん支倉さんみたいな人相手なら要求値は低いだろうけど、花音さん相手に説得力を出すには僕のステータスが圧倒的に足りていない。
「篠宮さんも、どうせならサプライズにしたいでしょ?」
花音さんは楽しそうに生きてて、正に充実してるって感じで、だからこそ秘密は共有したくないって気持ちもある。
「……もうなんでもいいわ」
その点篠宮さんはなんだか目がキマってて、凄く信用できるね!
「んなことより、早く御堂に勝つってのを教えてくんね」
いや……キマり過ぎてない? この四日でなんかあった?
「ま、まあそうだね。じゃあ早速だけど、今回この集まりの目的から」
「は? んなの飛ばしていいって」
「大事なんだって。この練習は、プロを目指すための物じゃないんだから」
「……急なスケールのでかさはウケる」
「もちろんプロを目指してもいいよ? ただ僕は女子のプロサッカーの現状を知らないから詳しい事は言えない」
見たら絶対真白と比べちゃうし、相当なネタバレになるのは間違いない。
ちゃんと真白に確認は取っている。なぜか呆れられたが。
「目指してねえ。なんでバスケ部のあたしがこんなこと言わなきゃいけねえんだよ……」
「……なら、よかった」
プロになってくれたら最高なんだけどな。あんまり興味はないみたい。
「じゃあ、早速だけどこれを見てみて」
用意しておいた車椅子に座り、PCを操作して画面を見せる。
「んだよ。これお前? なんで直撮りだよ」
「……そこは見逃してください」
真白にスマホで僕の走る姿を撮ってもらい、その動画を僕が見て、PCに移す。
前世でただ走る動画を撮るなんて発想なかったからなー。
PCカメラもそろそろ必要になってきそうだ……
「そういや、その腕でも走れんだな」
「まあね。もう痛みもないし、正しいフォームなら大して難しくもないのさ」
「……おっぱいバルンバルン揺れてんな」
「ほっといて。ほら、見て欲しいのはこっち」
一声かけて、僕は今の動画に矢印が付いたバージョンの動画に切り替える。
いつも通り不必要な矢印を消すことに加え、地面に向かう矢印は表示させてみた。
「……見づら。なにこれ」
「力の流れを可視化させてみました」
「ふーん。編集めんどそうだな」
「篠宮さんのフォームもこれで見せるんで、走ってるとこ撮ってもいい?」
「……そこからかよ。別にいいけど、編集する前にちゃんと見せろよ」
なんでかすんなり撮影許可が出た……え、なに、怖い!
とりあえず、いつもの網の中へと案内する。
「つか走るってのに、こんな狭いとこ入んのかよ」
「フォームを見るだけだし広さは関係ないよ」
「あっそ。ま、あいつらの邪魔してもなんだしな」
篠宮さんは網の向こうを見て言った。
10歳くらいだろうか。いつもの3人がきゃっきゃ遊んでいる。
あの子たち、あんまりサッカーには興味持ってくれないんだよなあ。
ラジコンを貸した時は大喜びだったけど、僕に関わるのはやめなさいと親に怒られたらしい。
本当にごめん……不審者と思われないくらいまでは、一刻も早く痩せなきゃいけない。
僕は少し離れたところで、スマホを彼女に向けて準備完了。
「じゃあ軽くランニングをお願い」
「……ランニングフォームなんかサッカーに必要なのかよ」
ぶつくさ言いながらも網の中を軽く走ってくれる。
「はいオッケー。来てもらっていい?」
「……一応言っとく。今お前の信用、ゴリゴリ下がっていってるから」
5秒走っただけで呼び出された篠宮さんが、僕にイエローカードを出してくる。
「安心してよ。これ以上ガッカリはさせないさ」
僕の視界で録画した映像をPCへと送り、ただそれを再生するだけ。
昨日の真白からの度重なるリクエストハラスメントで何度も繰り返した作業。
もはやこんなの数秒で終わらせられる。
「だからその自信はどこから──あ?」
「あーあ。ほら、無駄な矢印いっぱい出てる。地面の反発もさー」
「なんだよこれ、アプリ……? って、これ適当だろ! もっと普通に走ってたわ!」
「まあ、普通だけど。その心肺には勿体無いって話」
「っだから! そもそもこの映像がでたらめだって言って──」
「はいボール。サッカーボールでごめんね」
僕は車椅子の下の荷物入れに置いてあった真白のボールを転がして渡す。
「……これで、どうしろっつんだよ」
「バスケのシュートフォームも見るよ。そっちの方が分かりやすいかなって」
「……、〜〜っ! はいはい」
ものすごい葛藤してたけど、素直に聞いてくれる……え、これなんかの罠?
くそ、こういうネタバレは大歓迎なのに、端末とは育成方針で揉めてシカト作戦中。すぐには頼れない……!
「サッカーボールでなんて初めてだっつの……」
芝でうまくバウンドしないだろうに、器用にボールをひとつ弾ませる。
膝を沈め、肘をまっすぐ架空のリングへ向ける。そしてボールは何もない空へきれいな弧を描いた。
「はーっ、綺麗なフォーム」
相当打ってるんだろうなー。バスケのことは知らないけど、矢印にブレがない。迷いがない。
「このボールじゃ、全然感覚違うっての」
「そこは仕方ないでしょ。はい、撮れたから見に来て」
「……はや。うそだろ」
投げられたボールに向かっていた篠宮さんが、向きを変えてPCをのぞき込む。
「さっきより……マシに見えんな。つかそのアプリの説明しろって!」
「これ僕が作ったの。ほら、僕いかにもデータタイプでしょ?」
あれ……言い訳は用意してたんだけど、使ってみると感じ悪いな。
実際にこの技術を開発した人へのリスペクトが欠けている。んー……今は置いておこう。
「バスケ知らないからプロも見よう。えーと、『シュートフォーム』『バスケ』」
「…………なら『NBA』ってのも」
ふむふむ。サッカーでいうプレミアリーグみたいな感じかな。
PCをこちらへ向け直し、もはや常連と化した動画サイトの検索欄に打ち込んでいく。
広告が流れてるうちにスマホのカメラを起動して──って、
「近い! なんで、後で見せるから!」
隣で篠宮さんが一緒に動画を見ようとしてくる。
「意識すんなよ、めんどくせえから」
しないわ! スマホはカモフラで、僕の目で見ないと画質悪くなんの!
というか僕がどれだけハニトラ受けてきたと思って──もういいや、もう知らん。
映像にじっと目を向ける。
そこには超満員のコートの真ん中で、予備動作なんて最小限、流れるような動きでリングのネットを揺らす外国人の姿があった。
「……どうだよ」
まただよ……サッカーでも思った。端末で力の流れを見れるわけでもないのにここまで完成させて、実戦レベルに落とし込んでいる。
競技愛で、僕に匹敵する奴がいくらでもいる時代。俺はここでどう戦っていく──
「おい、おい!」
「──と、ごめんね。なんだかバスケにも興味湧いちゃって。できたよ」
「は? 動画、流してただけだろ……?」
分かりやすいよう僕の座っている車椅子を空ける。
篠宮さんはそこにドカッと座って、画面を凝視する。
「まじで矢印ついてやがる……って、これ、お前が勝手につけた線じゃなくて、実際の流れとか言わねえ、よな?」
「実際の流れだよ」
「……っいや、ねえから!」
まあ、そうね。360°カメラでもないし、カメラである僕が動いても意味ないからどうしても見えない矢印は出てくる。
実際とは言えないのかもしれない。
「あ、ただ篠宮さんに綺麗なフォームってのは取り消しで。こんなとんでもない人がいるなら、相対的に普通!」
「……え、NBAプレイヤーと比べんじゃねえ! てか……嘘だって。こんな簡単にここまで見れたら……競技世界が、ひっくり返る、どころじゃ──」
「さてさっきの答えね。確かにこんなランニングフォームは、大事な場面じゃあまり使わない。ただし篠宮さんは足の疲労管理も重要になってくるから、覚えてね」
それに力の流れがきれいにまとまると、だんだん別の動作でも上手く流れる感覚もわかってくる。
そこからは修正修正修正。
真白はこの泥沼の中に全身が埋まってしまったけど、今回は時間制限付けてるし大丈夫でしょう。
「時間なんていくらあっても足りないからさ、早めに納得してくれるとありがたいかな」
「…………あたしのフォーム、もう一回見せてくんね」
「いいよ。篠宮さんのはこのフォルダにまとめといたから」
篠宮さんは不慣れな手つきでタッチパッドを扱って、何度もさっきのとんでもない選手とも見比べている。
「お前のランニングフォームは?」
「あ、そっか。それはこっち」
真白と違ってサッカー技術見せてもしっくりこないだろうし、よかった。
動画サイトに自分のお気に入り選手だろう名前も打ち込んで、矢印を表示させろと僕を呼びつける。
そうしてしばらく、篠宮さんは無言で席を立った。
「……あれ、もう? そんなすぐ納得できるようなもんじゃないし、今日一日くらいなら検証に割いても──」
「もういい」
……なんか、怒ってる?
篠宮さんはそのまま僕の横を通り過ぎて、網入り口近くに置いてある自分のカバンに向かっている。
そこでなにやらゴソゴソしたかと思うと──
「悪いけど。さっきの話とか全然頭に入ってねえから、あとでもう一回頼むわ」
言いながら、取り出したのはシューズケースと、一つのボール。
「──あはっ」
いいスパイクだ。この時代の詳しい値段は分からないけど、決して安くはないと思う。
篠宮さんはそれに履き替えて、新品のサッカーボールを持って──
「なんでもするわ。なにすればいい」
一言、真っすぐ僕の目を見てそう言った。