「あ、でもそのボールは家でも足で弄ってて欲しいから、まだ置いといて大丈夫だよ」
目がバキバキ、立ってるだけなのに身体に力が入りまくってる。
本当に、ここ数日で何があったんだ……
「まずはドリブル練習、とかじゃねえのかよ」
「……ごめん。実はドリブルも、パスもシュートも大して教える気はなくて……」
「そ、それ全部ねえなら、もうサッカーじゃねえだろ!」
だって御堂さん相手なら、そこに少しでも自信持ってほしくないし!
でもせっかく買ってきてくれたんだ。スパイクの良さだけはひたすら語る。
センスいいよお、僕も欲しいよお。あ、お揃にしてもいい?
「黙れ」
もしかして僕は、人間関係という一番デリケートな部分に突っ込んでしまったのかもしれない……
真白まだかなーと、目を網の入り口に向けるとちょうど──
「す、すみません! ちょっと時間かかっちゃって!」
真白が慌てたように入ってくるところだった。
お部屋のお礼を言うと、キッと凄い視線が返ってくる。
……アスリートの部屋が汗臭いって、僕はかっこいいと思うけどな。
篠宮さんも中学生の乱入で、少し気は抜けてくれたみたい。目を丸くしている。
「お、おー。近くで見っと、一ノ瀬と全く似てねーな」
……そうなの? 僕も痩せたらこのレベルになれるだろうって、密かに期待してたんだけど。
「あ、血は繋がってないんです」
っ、そうなの!? てことは、連れ子、養子、拾い子……僕のルックス保証は!?
──と、なぜか真白がこっちを見ている。警戒警戒。
「一ノ瀬真白です。今日はよろしくお願いします」
「……まーじで一ノ瀬の妹とは思えねえ。篠宮真莉。ここでは後輩なんで真莉でいいよ」
「じゃ、じゃあ私は真白で……というかまた来てくれるんですか!?」
「ま、正直分かんねえけど、とりあえずな」
真白は僕の方を見て、その横にある起動中のパソコンを見て、「こいつまたやったな……」ってじと目を向ける。
「あの、学校で、兄を嫌がらせから守ってくれたって。すみません、私そのことさっき聞いたばっかりで……」
「……待て待て逆だから。この失うものがない無敵人間と心中しようとした、馬鹿の方を守ってやったの」
「あ、あはは。兄はやっぱりそういう立ち位置でしたか……」
ねえ、やめよ。落ち着いてくれたのはいいけど、妹の前でする話じゃないよ……?
「ほら真白はアップして、後で待ちに待った対人練習もするんだから──」
「あ、サッカーボール! あれ、真莉さん初心者って聞いてましたけど」
「わりいな。その通りだよ」
「あ、いえいえ。でも対人練習って──えーと……」
初心者相手じゃ練習になんないって?
でたでた。この人がどれほど貴重な存在かも教えておけばよかった。
「いやこっちも初耳だわ。あたし一昨日御堂とやったけど、まるで相手にされなかったんだが」
「……御堂さんと、なにを?」
「サッカーだよ。紅白戦」
「な、なんで僕を誘ってくれなかったの!?」
「うっせえ。てめえ女子サッカー部出禁だろうが」
「っ!?」
「ちょ!? ねえほんとに、なんで妹の前で言っちゃうの!?」
あ、兄としての威厳が……なんで口止めしてないんだよ僕は!
「な、なんで出禁なんですか!? あ、兄が、キモいからですか!?」
「その通りだけど、一発で当ててやんなよ……」
「はいはい、その話はおしまい。御堂さんとの話を聞かせて」
強引に間に入って、真白には今日のメニューを渡す。
明日あたりから、真白には地獄の基礎練が待ってるのに呑気なもんだね。
「お、おしまいじゃない! ねえ言ったよね!? 女子を敵に回すのだけは駄目だって!」
「はっ、忠告された時点でほぼ全員敵だったわ」
「っ、くぅ、だ、だって……!」
そんな自分の末路なんか全然分かってない様子で騒いでる。
まだまだ基礎体力不足、筋力不足の真白が、篠宮さんの練習可能時間を見て羨まないわけがないんだから。
「ふ、くく。兄貴の悲しい論破で笑うわ」
あなたのせいでしょうが……!
真白が渋々と網の外周を走り始めるのを確認して、篠宮さんから詳しい話を聞く。
ちゃんと僕が言った通り張り付いた。
小回りやスピードには自信があったが、全くついていけない。
「なぜか一歩、二歩目だけ、毎回あいつの方が速い」
「ふむふむ。他には?」
「……なんかあたしの進行方向にだけ障害があんだよ。バスケのスクリーンみてえな」
「ああ。サッカーでは反則のやつ」
バスケを調べてた時に、へー、これできるんだ。って驚いたから覚えてる。
別の選手が体を『壁』にして、ディフェンスの進路を塞ぐプレー、だったか。
「そんな反則になるようなやつじゃねえけど。そもそも、いくら張り付いても向こうは疲れもしねえし……」
……めちゃくちゃやられとる。
言葉通りに受け取っちゃったかー……
「視野の広い相手に、主導権全部渡したらそうなっちゃうって」
「──っ、て、てめぇが付いてけつったんだろ!」
「人が嫌がる事をするんだから、その人の気持ちになって考えようよ」
「っ、ほんと、碌なこと口にしねえな……」
あらためて車椅子に座り、PCをいじる。
まさか事前に御堂さんと戦ってるとは思ってもなかった。
「まだ全然未編集だからちょっとキモいかもだけど」
映すのは、御堂さんのプレイ映像詰め合わせ。
なでしこアーカイブに映った御堂さんを全部切り抜いて、拡大して、全身を映したもの。
「……おま、これ」
拡大しすぎて、蹴ったボールがどこに行ったのかすらも分からない。
「まだ必要ないと思ってたから、矢印つけてないんだよねー」
「動画時間……3時間……待て」
「そう。あの子試合露出多くて超大作になっちゃった。あとで編集したものも篠宮さんのスマホに送るから──」
「だから待てっつの! こういう覚悟は決めてねえんだよ!!」
「……念のため言っとくけど、これ元は公式映像だからね?」
「女子を取り扱うんだから、こういう変態対策もしっかりしとけや!!」
まあそれは公式に言ってもろて。
御堂さんの未編集映像、矢印映像、比較用の篠宮さんの矢印映像。逐一送ると伝える。
御堂さんに先手を取られない方法、どこで休んで、どこで体力を使っているか。自分ならどこを嫌がらせできるか。見るべきものは腐るほどある。
「せっかくなら、まず自分で見て考えて欲しいんだけど、どう?」
「……んな悠長でいいのかよ」
「なんにも見つけられないなら、篠宮さんの視野は期待外れかなー」
「っ、長所みてえに言うんじゃねえ!」
篠宮さんは、多分御堂さんに対して最初から脳が焼けてる。
だから別に教えてもいいけど、自分で見つける力は僕も大事にしている。この辺は篠宮さん次第かな。
「聞きたかったらいつでも聞いてね」
「……今はいい。でもなんでここまで手間かけんだよ」
「? えーと、」
「あたしになに望んでんだよ。返せるもんなんかねーぞ」
……ああ。お互い貸しだ借りだ面倒くさいね。
関係も築いてないのに踏み込んだ僕のせいかな。
確かに今回は少し手間だった。
過去の御堂さんより、この前見た好き放題している御堂さんの方が断然好きだし、拡大映像は展開分かんないしで。
楽しく編集できたとは言い難い。
うーん、でも僕にも目的があるのにしてほしい事なんて──と、そうだ。
「じゃあ篠宮さんが出る試合だけ、出禁解除を花音さんにお願いできませんか!?」
「……お前はそういうショボさが信用落とすんだよ」
だって! 出禁を忘れていたわけじゃない。
ただ浮かれて、まるで頭になかっただけ。重要なんだよ僕には……
「……はいはい実現するならな」
ふぅ、二人は仲良さげだったしこれで安心。
なんだかな、この前話した時には考えられないほど上手くいっている。
篠宮さんが自分で行動してくれたこと、御堂さんの初心者に対する容赦のなさ。
そして最後に篠宮さんの背中を押したのは……悔しいけど端末の力だ。
未来では、誰もが持っていて当然の存在。
だけどここまで何もかもおぜん立てされて、そんな前世の感覚をいつまでも引きずるのは……相当格好悪い。
少し考えて、切っていた端末のボリュームを元に戻す。
《──シカト作戦はもういいの?》
(勘違いするんじゃない。君の予想を覆すには、見ていてもらわなきゃいけないだけだ)
この篠宮さんと、篠宮さんへの真白の反応を見て、僕も感謝の気持ちは忘れちゃいけないと思っただけだ。
《あ、そう。なら話の続き。一カ月であんな子に勝てるわけないよね。どうせ負けたら流星はムキになって延長するに決まってる。W杯も近いのに何やってんの? まさか録画で済まそうとか考えてる? 試合結果なんていつどこで目、耳に入るか分かんないのに──》
…………ふぅー、これだもん。
なんでも知ってるAIに、ライブ感なんか必要ないだろっ!
新しい知識だらけの世界と、ネットに繋げないAIは最悪の組み合わせと言ってもいいかもしれない。
篠宮さんを誘った時からずーっとうるさかった。
四年に一度の祭典。
僕らにとって初めてのワールドカップ。世界中から集まるトップアスリートたち…………僕だって、リアタイで見たい‼︎
女子サッカー部もインターハイが近いわけで、だから僕の都合ってだけでもなくて……
入院中、看護師さんにW杯の事を聞いてから一度も調べなかった。
全ては世界一が生まれる瞬間を、何も知らない僕らで迎えるために。
なにがなんでも、この一カ月で終わらせたるわ!!