真白がボールに細かく右足で触るのを見て、僕は正面からラジコンを寄せる。
「篠宮さん、もうちょい身体入れていいよー」
「そ、その入れるってのが……ファウルじゃねえの!」
「もうちょい余裕ある」
「……ふんわりやめろや!」
言いながらもさすが球技経験者。篠宮さんは上手く身体を寄せはじめる。
バスケとは距離感結構違うのかな。僕も勉強しないとうまく言えないや。
まずは篠宮さんの動きと足の消耗を見るため、10メートルシャトルランと反復横跳び。
そこに真白も付き合わせて、いい感じに弱らせたところで対人練習をはじめた。
「は、はっ、くぅ……」
「あ、これ、この嫌そうな顔! この感覚を覚えてから挑んでほしかったー!」
「……ほんと、うるせえなこいつ」
いくらなんでも、こんな練習はまだ早い。
だけど御堂さんとの紅白戦では手応えさえ掴めなかっただろうからさ。
相手を削るとはこういうものだという実感。
これすら分かんないままだと、練習に身なんか入らないしね。
真白が僕の車からボールを逃した先で、篠宮さんとの一騎打ちになる。
こういう時には邪魔しないよう離れて、圧力をかける事だけに徹する。
「──くっ、ま、真莉さんは……っ、な、んで!?」
「は、なに?」
そうだね。なんであれだけ走って、もう回復してるんだろうね……
なにも知らない真白にとっては理解すらできないだろう。
「てかこれっ、なんであたしが役立ててんだよ!」
「人がいるってだけで、実は相当なプレッシャーになるんだって」
御堂さんを苦しめられなかったのは、向こうの選択肢を削れなかったせいもあると思う。
今みたいにラジコンで択を減らしたり、体力を削って沼に沈めていけば——ほら。
「……っ、は、は、くぅっ!」
さらに削れて負のループ!
真白はもう、見るからにヘロヘロになっている。
「ただこいつ……ちょこまかと……! っ、中学生じゃねえの⁉︎」
「あ、その子、キープ力だけなら芝高レギュラー上位レベルと思った方がいいよ」
「……はぁ⁉︎ そんなやつが、なんで帰宅部で──っ」
そうは言うけど、篠宮さんの足元で動く車を物ともしないところだって素晴らしいと思う。
前を塞ぐ。横へ追いやる。振り向かせない。
相手だけに集中できるこの視野狭窄は、本当に±0──以上なのかもしれない。
「……あああくっそ! 全然奪えねえっ!」
ラジコンありきだけどね。
初心者が変な欲を出すんじゃない。
《真白。こっち。遅い、のろま》
「っ、~~! お前が! パ、パスを受けに来るんだよっ‼︎」
真白チームの黒のセダンに取り付けた、僕のスマホから出る声に真白が反応する。
端末の意思で動くこの車にパスが出せたら1点。
今端末がいるような、ゴール扱いの壁付近にパスを出せたら2点。
どうパスを出せるかがメインだから、以前の15秒耐えての加点はなし。
赤の車か篠宮さんに触られたら-1点。
端末とは視界を共有している。
だから狭い範囲内でしか動けないけど、そこはさすがの競技端末。
しっかり嫌な位置でパスを受け取ろうとしている。
《なんで出せない? 股の間が空いてた。回転掛ければ今出せた。声で位置確認はどうした?》
僕の声を集めて作った合成音声。いくつかのパターンを作って端末が再生させている。
「っ……うるっさい!! そんなもん簡単にできるか!」
あとで怒られるのは僕なのに、なんで端末に音声の合成を任せちゃったんだろう……
「お、取れた」
「ああああああっ!」
「……うるせえ兄妹だな」
「あの、初心者に取られるのはちょっと……特例で-2点ね」
「っ、はあっ、はあっ、待って、あ、あいつ……足手まといなんだけど‼︎」
いつの間にか、近くに来ていた黒の車を指差して叫んでいる。
僕もそう思ったけどさ。
なのに真白はなんだかんだ周りを見はじめて、効果はしっかり出てるんだよ……少し悔しい。
「じゃあ、そろそろ休憩にしようか」
「……へーい」
篠宮さんも守備の実感も少しはできただろうし、今はこれで充分だ。
まさかこんな練習まで出来るとは、彼女が参加してくれて本当に良かった。
真白はその場で腰を下ろして必死で酸素を求め始める。
篠宮さんは汗はかいているけど、表情は変わらない。
「……なんつーか。AIの進化ってやつは、ほんと凄まじいよな」
持ってきたお茶のペットボトルで喉を潤しながら、呑気に世間話なんかしはじめた。
「そうなの? 僕あんまり詳しくなくて」
「……はっ……ふぅ、あ、あの……どういう」
「だからまあ、会話成立させるくらいなら、全然いいんだわ。いや詳しくねえならよくねーけど、それよりさ」
そのまま近くに置いてある黒の車を手に取ろうとして、端末による急発進で避けられる。
「──今、コントローラー持ってなかったよな」
「不意打ちなんて汚いよ……」
誇り高き競技特化型端末様は、僕が言いつけない限り空気を読まないのに……
「しなくても確信してたわ! こいつらぜってえ意志持ってんじゃねえか!!」
「あ、あの、もう説明受けてたんじゃ──」
……なんか、全然突っ込まれないな。とは思っていたんだ。
その勢いで2台ぶっ込んでみたら、これもスルー。
世間知らずなのかなと、調子に乗ってスマホまで取り付けてみた。
堪えてくれていただけだったんかい。
「気付いたらどんどん訳わかんねえの追加されてって、こっちの正気を疑ったわ!」
「……まあ。そういうのはもう、良くない?」
「っ、兄さん!」
(言い訳用意してるって言ってたじゃん! なに開き直ってんの⁉︎)
(いやごめん。用意してたの没になっちゃって……一応段階的に小出ししてたんだけど)
(こ、この情報の塊を、段階的に小出しすんな! 頭パンクするだろ!)
ごめんって。出し惜しみする時間なんてないんだもん……
いざとなったらすっとぼけようの精神で行くしかない。大丈夫だと思うけどね。
「あ、あの、真莉さん。これは──」
「……言わねーよ。今の適当さには殺意湧いたけど、見たとこ真白が警戒してくれてるみたいだし……いいわ」
「で、でも、こんなの隠し事してるみたいで──」
「いいんだよ。正直めちゃくちゃ分かりやすかったし、どう考えても受け入れた方が得だしな」
「ええ……これ受けいれられるものなんですか……?」
そういう人だから誘ったっていうのはあるけど、やっぱり格好いい人だな。
気苦労掛けた真白には、今日はハンバーグでも作ろう。
「……中断させちったな。もういいから続きやろーぜ」
「っ、え!?」
地面に倒れた練習大好き妹が心底驚いている。
やめてよ、その子ようやく身体づくりに取り組んだばかりなんだから……
「二人とも、もうちょっと休憩ね」
「……まじかよ。あんだけの練習ができんのに、なんか拍子抜けなんだけど」
「──⁉︎」
「ごめんね。ちょっとこっちも準備しなきゃでさ」
確かにこの回復力はとんでもない。ただ見た感じ、身体には疲れが残ったままだ。
誰かを削るなら自分はその二倍は動きたいんだよ。心臓だけじゃ全然足りてない。
この武器を活かすなら『二つ目の走行フォーム』が絶対欲しい。
本気のフォームで疲労した箇所を、一時だけでも休ませるスペアタイヤ。
ただこんなの、端末無しで信じられるような話じゃない。
ここではフォームとは、長時間かけて身体に覚えこませるものらしいから。
「わ、私ももう動けるけど!」
「はいはい。そのまま真白は回復に専念しててね」
肩を回して、つま先を地面につけて足首も回す。
最初と比べて、随分スムーズに動けるようになったもんだ。
「…………ね、ねえ、何やってんの」
真白は王道に、順調に育ってるからいいさ。
でも特殊なルートに進む彼女には、非常識を受け入れられる土台が必要不可欠だ。
「篠宮さんも、御堂さんより怖くない奴の理屈なんて聞きたくないだろうからさ」
「……今更なんだよ。めちゃくちゃ聞かされてるだろ」
本当に、御堂さんの実力を先に味わってくれてよかった。
「ま、待って待って、まさか……兄さんも参加するつもり!? だ、ダメに決まってんでしょそんな身体で!」
「駄目って、またまたそんな──」
一人は初心者。もう一人の実力は十分に分かってる。
「君ら相手くらいが、復帰戦にはちょうどいいんだって」
「…………ごめんよく聞こえなかった。なんて?」
目を閉じて、軽く集中するように神経端末にアクセスする。
使うのは前世以来だな。
僕にとっては脳疲労防止と、テンション上がって右腕をうっかり使わないためだけの機能。
今回何かあったら、君が僕を止めてね。
《とりあえず3分。10秒前からカウントダウン、過ぎたら容赦なく落とすんで》
了解。いつもありがと。
身体をゆっくりと回しながら、丁寧に筋肉を伸ばしていく。
「さて──」
同時に頭はどんどん冷えていく。
興奮、感動、歓喜。俺にとって脳負荷の高いものは次々切っていく。
久しぶりのサッカーなのに、ちっとも心踊らない。必要だからやるけどさ。
「2人がかりで、このボールに触れたら君らに50点。そのラジコンにパスを出されて決定機を作られたり、無様に抜かれたら……それはそっちで決めて下さいな。0.1点でもいいよ。3分勝負ね」
そんなルールの説明をしただけで、緩かった空気がピリつくのを感じる。
なんで? だいぶそっちに有利にしてあげたんだけど。
「……はー、なるほどな。や、こういう方向でムカつく奴だとは思ってなかったわ」
篠宮が首を回しながら、どうする? と真白へと視線を向ける。
「…………」
真白も無言で立ち上がり、首、腕、足をぐるぐると回して動きを確認している。
2人とも、胸を借りるとかそういうテンションじゃないんだ。
まずいなー。なんか手加減しなきゃとか、教えたいだとか、そういうの全部どうでもよくなってきた。
《慣れてないくせに、いっぺんに切りすぎなんだよ》
ふーん。まあ俺ならどうとでもなるでしょう。
篠宮の横に転がっているボールを足裏で止め、視線は真っすぐ二人を見つめて声を掛ける。
「動けるようになったらいつでもいいよ。圧倒的格上と勝負できる貴重な機会、くれぐれも無駄にしないように」