窓枠に背中を預け、スマホをじっと見つめる。
画面の中では、御堂が何度目かも分からねえ首振りをしていた。
ボールが来る前。
来た瞬間も、蹴ってすぐあとも。
いちいち周りを確認して、身体から無駄な矢印が出ていねえ。
「…………」
縦画面動画のど真ん中には常に御堂。
他の選手なんか顔も分かんねえほど、御堂がどう動いてるかだけが延々映っている。
それが三時間。おまけに比較用だとか言って、昨日のあたしと真白の矢印拡大映像まで送られた。
「……っ」
今、どうなってんだよ世界の科学技術は!!
くそ、調べてえけど見るもん多すぎて、そんな暇がねえ。
『矢印付きの初級編。対戦相手のを映すのは、今回だけだよ?』
自分のだけならいつでもどうぞってあの態度。バスケのことも聞きたくなんだろ!
「くそ……」
こういう考えに逃げることがあるから、昨日のあいつとの3分勝負は……有効だったとは、思う。
ボールを持ったままなのに急加速して、動きは早くねえのに付いてくのが遅れた。
なんとか追っかけようとすると、こっちを見てもいなかったはずなのにフードを引っ張られた。
ファウルだろ! と言ってやろうと顔を上げる。
『ぶつかるよ』
目の前数センチの距離に、真白が驚くような顔で一ノ瀬を見ていた。
『これ相当実力差ないとできないから。こんな舐めた真似されない為にはどうするか。これはお家でも考えてきて』
……スクリーン、ね。しかも敵同士の。
さっきから、あたしが御堂にされたことをまんま喰らわせてくれる、と。
ならさっきの守備練習みてえに、あたしが身体を寄せると──
パスにはボールに意志でもあるかのように回転が掛かって、
少しでも足を開こうもんなら、そこからラジコンへとボールを通される。
こっちは多分、真白への当てつけ用……こいつ性格最悪かよっ!
この何をしたらいいかも分かんなくなる感覚は、確かに御堂のものと同じだった。
あれだけ上手いと思った真白もまるで相手にされてねえ。
途中から呆けたように一ノ瀬を見ながら──
『そういう、こと……』
何かに気付いた様子を見せた。
ならここから反撃か? ってところで3分。初日だし、今日は解散って流れになった。
勝ち負けの条件を決めておきながら、こうなるのは当然とばかりに結果に触れもしなかった。
正直サッカーでどれだけ差を見せつけられようが、大してダメージなんかねえ。
こいつの言葉に説得力が乗って、ありがたいと思ったくらいだ。
なのに……
メールを開く。ズラッと並ぶ添付動画の最後。
『張り切りすぎて体調崩しちゃった。ごめんなさい今日はお休みです』
舐めてんのかあいつは! 急にイキり始めたと思ったら、こいつホントに信じていいのかよ‼︎
……まあいい。宿題になるもんは腐るほど出されて、時間が欲しかったくらいだ。
まずはあの急加速を、一ノ瀬も使ったってこと。
(御堂のあの動きには、なんかタネがあったってことかよ)
ふと引っ掛かって、動画を少し戻す。
御堂がマークを振り切る瞬間、強烈なデジャビュがあったから。
(……出遅れんの、あたしだけじゃねえのか)
御堂に張り付いていたやつの姿が狭い画面から消えて、当人は涼しい顔でパスを出している。
……ああああっ!! また最初っから見て検証かよ!
つか! なんかタネがあったところで、試合中にこんなん見れっか!!
『篠宮さんの視野は期待外れかなー』
……デリカシー無し男が。自発的に視野狭くしたこともねえのに、武器として使えるわけねえだろ。
(休み時間は……まだあと五分)
もう一度、動画の初めに巻き戻す。
(……でも、確かに)
あらためて一から見ると、デジャビュはどんどん酷くなる。
意識したら原因なんか一瞬で分かった。くそ……何回自覚させりゃあ気が済むんだよ。
チーム競技を続ける限り、何度でもここに戻ってきてしまう。
この拡大映像自体が、あたしには見慣れた景色だということ。
わざとか? わざとだよな、あの馬鹿、視野狭窄を本気で武器として扱ってやがる……!!
「……っ、はっ」
雑だ、ガサツだ散々言われてきたあたしが、適性はデータキャラってか?
「……あ、笑った」
近くから聞こえる声に、目を向ける。
「んだよ支倉」
「いやなんか、今日ずっと真剣な顔してるからー」
「……いつもしてんだろ」
「ええー? と、そうだ。昨日コーチが『なんで調子出てきたのに、今になって休部なのよ』だって」
「あー」
マジか。結構やらかしてたから大して気にされねえと思ってたけど、ちゃんと見ててくれてたのか……
「悪い。がっつり調子崩して、当分戻れそうにねーんだわ」
「え。け、怪我、とかじゃないよね!?」
「ねーよ。ただの大スランプ」
支倉が困ったように眉を下げる。
「最近の真莉、私もすごいと思ってたんだけど」
「…………ほんとそれな。なのに距離感バグったブルドーザーに、なんの前触れもなくズタボロにされたわ」
最悪なタイミングで突っ込んできて、轢いた自覚も無いあいつ。
「……なんでかな。車より、人の姿が思い浮かんじゃった」
「そいつしかいねえだろ」
「合ってるんだ……」
一ノ瀬葉月。
あんな奴だと想像もしてなかったくせに、支倉には散々あいつに近寄んなと言った。
良くないことだったとは……思う。
ただ変態なのは確かで、撤回するかはまた別の話で。
あいつのことを今のあたしがどう思っているか。
考えるのもだるいわ……
間違いなく好きではねえから、嫌いか、嫌いじゃないか。この2択すら考えるのだるいって、どういうやつなんだよ……
でも真白は良かった。
真面目で常識あって、偉そうなあたしにも物怖じしねえ。
あの男には苦労させられながらも世話焼いて、サッカーと真剣に向き合っていた。
そんな真白となんだかんだ仲良くやってんだから──まあ、言われるほどのやつでは……ねえと思う。
「学校、来ないねー」
「うちは3分の1欠席で強制留年だってよ。余裕はあるっちゃある」
60日程度か? さすがにあいつもそこまで休むほど馬鹿じゃねえだろ。
「んだよその顔は」
「留年の条件なんて初めて知った。調べたんだねぇー」
「……ドスケベが。すぐそんなもんと絡めんなや」
「そこまで言う!? せめて恋愛脳って言って!!」
こいつは突然部活休んでも、怒んねえし食い下がってもこねえ。今思えば、あたしが御堂のことで焦ってたときも、全然態度も変わんなかった。
最近濃い奴らとばっか話してたからすげえ落ちつくわ……
だから当分めんどくせえ話なんかしたくねえんだけど──
「──なあ真莉。最近バスケ部休んでるらしいじゃん」
教室の向こうからガクがやってきて、話しかけてきた。
来ると思ったんだよ……
「……なんでガクがうちのことチェックしてんだよ」
「女子バスケ部の先輩が心配してた。様子見てくれってさ」
「だとしても普通てめえに相談いかねえだろ」
「ほんと、なんでなんだろうな。もはや俺がそういう星の下に生まれてきたとしか──」
こいつに話しかける口実だろ、ぜってえ。
中学のころからなぜかあたしを仲間扱いしてくるこいつ。競技は違えど必死で頑張る同士らしい。
「こんなののどこがいいんだあ?」
「私に振られても……私は人気出る理由想像出来るし」
「想像の段階なの!? こんなにイケメンなのに!」
あーうるせえうるせえ。
ガクは勝手に、空いてる一ノ瀬の席に座って話に入ってくる。
「そんでなんで真莉は休んでんだ? 部活サボんなんて初めて、だよな」
「サボってるわけじゃねーし、関係ねーだろ」
「いや、関係っておま、あんだけ俺に仕事吹っ掛けておいて!」
「あんなのクラス全体の問題だろうが」
あんな厄介人間に嫌がらせする連中を止めただけでも、あたしは仕事したわ。
「えーと、檜山君? 大丈夫だよ、なんか真莉楽しそうだし」
「そうは言うけどさー。なんつーか、その席に移ってから真莉、なんか変だよな」
「……移った理由は知ってんだろ」
「そりゃグッジョブと思ったさ。でもおかしくなった。ならやっぱ──また一ノ瀬、なんじゃねーのか?」
「…………」
うちのクラス、めんどくせぇ男しかいねえのかよ……
「なあ、あんまりあいつに関わらないほうが――」
「……休むと決めたのはあたしの意思だっつの」
「この前一ノ瀬と、話してたのが原因か? なんか言われてたよな」
「──っ、てめ」
「どした?」
やられた。こういうとこが嫌いなんだよ、こいつ。
自分がどれだけクラスで影響と注目があるか、まるで考えてねえ。
むしろ周りなんか気にするの格好悪い、みたいなこのスタンス、なんなんだよ!
「…………」
支倉の後ろに座る女子が、ピクリと動いた。
クラスで好き勝手したばっかのあたしと、あの一ノ瀬。
「ほ、ほら、檜山君、チャイムだよ? 話は後にしない?」
「あー……俺としたことが、めんどくせーこと言っちった。忘れてくれ!」
「……おー」
まあ、あたしの返答も雑だったか……
自分が言ってたことを人に言われてイラッとするとか、糞過ぎる。
「ま、なんかあったら頼ってくれ! これでも問題解決は得意中の得意だ」
そのままいつもの胡散臭い笑顔を見せて、ガクが席に帰っていく。
てめえは問題起こすのも、同じだけ得意だろうが。
いいやつなんだよ。中学時代も何度か同じクラスで、裏表も見えなかった。
けどクソなあたしには、ぶん殴っても罪悪感持たなくて済むやつの方が──
チラと横目で、支倉の後ろに目を向ける。
さっきの女子が、隣の女と嬉しそうに一ノ瀬の席を指差して話している。
この状況で、初心者のあたしが御堂に必死こいて挑む。
そこで無様晒すとなったら──
「はあ……」
「あ、あはは。真莉がこういうの気にすんの、なんか意外かも」
「あ? ああ、確かに。そうかも」
別にクラスん中に敵がいんのなんか珍しくもねえのに。
そういやあいつも……休み時間に他クラスの奴らまで覗きに来て、散々陰口を叩かれていた。
気づいてねえわけねえのに、よくあれだけ図太く生きて──ってどうでもいいわ!
あの無駄な存在感のせいで、毎回比較に出てきて鬱陶しいんだよ!
時間を無駄にした。
授業はじまるまでは、まだ少しあんな。
切り替えて、また初めから動画を見始める。
さっきより映像に入り込めねえ気がした。