御堂さんがピッチの中央。ハーフライン付近から守備の隙間を貫いて、花音さんの足元へパスを通した。
そのボールは、なぜかAにいる花音さんの左足の一振りでゴールに叩き込まれた。
試合開始10分。
篠宮さんはまだ、一度もボールに触れていない。
グラウンドへと降りる石の階段。
少し離れている分、全体をよく見渡せる場所でその光景を見ていた。
「……すっご」
僕のいる位置より下の段、少し距離を空けて座っている真白が思わず声を上げている。
僕に向けられる視線は真白にも辛かろうと、もう少し離れた方がいいと言ったんだけど。
『ここが見やすい、気にしない』と、三段離れくらいの位置だ。心配掛けているのかもしれない。
「……こ、こんにちは。一ノ瀬──くん?」
そのまま二人で試合を見ていると、後ろから声を掛けられる。
「その声は……支倉さん?」
「そ、その声は⁉︎ えと、ごめんね、邪魔しちゃった?」
声を掛けても振り向きもしない僕に、焦ったような声で謝ってくる。
「そんなわけないじゃないすか。ちょっと目が離せないだけだよ。こんにちは」
「え、ええー? 社交辞令か読めない……で、出直そうかな」
だから違うのに。この試合は非公式戦。
アーカイブに残らないから、僕の目で見て端末に残す必要があって。
視界の端に映る真白が話に入ろうか、チラとこっちを伺っている。みんな気にしぃだね。
「何か遠慮してるなら、今のプレイの解説が欲しいとみてこっちで話始めるけど」
「押しの強さ"は"全然変わってない! でもごめん、多分聞いても分かんないから……」
言いながら、支倉さんは悩むのをやめたか僕の隣に腰を下ろす。
視界に入った姿はいつもの制服姿で、部活中ということではないみたい。
「最近真莉、すごい頑張ってて。これの為かなって見にきたんだけど」
「ああ。筋肉痛酷かったもんね。学校でもそうなっちゃうか」
「……すっごい匂わせてくるっ……‼︎ き、聞きたいけど、その辺真莉が濁してる話だからストップ!」
支倉さんは顔を赤くして、あたふたしはじめる。
なに考えてるの……そんな色っぽい話はないって。
「なんか真莉、すごい頑張ってたのにやられちゃってて……一ノ瀬くんサッカー詳しいみたいだから」
「ああ。大丈夫だよ。あれすっごい理想的なやられ方してるから」
「……ごめん、まず一ノ瀬くんの立場から聞いていい?」
「あのねえ。そんなの篠宮さんの味方に決まってるでしょ」
僕が篠宮さんにサッカーを勧めた理由──
真白の為とか篠宮さんの為とか借りを返したいとか面白そうとか、沢山あるけど一番大きなものはこれ。
『御堂さんを虐めてやりたかった』なんだから。
「試合前になんか言ったのかなー。御堂さん縛りどころか最初から飛ばしてるし、篠宮さんの動きで更にストレスも掛かってるし」
「……それって、スタミナを削ってるってこと?」
「そうそう。あと思考力も相当」
初心者であるはずの篠宮さんが、いちいち面倒な動きを挟んでくる。
なんでなのか想像もつかないだろうから余計にストレスなんだ。
「御堂さんって意図的に走り出しをワンテンポ遅らせてるんだよね。重要な場面だけ」
端末で見るとよく分かる。
そのワンテンポで胸と腰、腕を回して、太く赤みが掛かった矢印が御堂さんの踏み込む足に伸びていく。
だから走り出す準備をしていないマーカーは、そのたった一歩についていけない。
今まで相当マークされてきたんだろうな。
誰より早く次の動きを考えてるから、動き出しが遅れることは致命的にもなっていない。
まあ必要もないのに広めるものじゃないからこれは置いといて、
『よーやく見つけた……これだろ、この矢印。このなんでもねえ動きなのに、オレンジの線が出る』
『おおー、早い。じゃあ次は、それを試合中に矢印無しで見つけられるようになろうか』
『…………正気か?』
『僕が再現するから、篠宮さんは何かしら先手を取るように。ただ僕の体力的に、1日2分しかできない練習だから全神経使うこと』
『待て。待て待て待てまだボールセットすんな! まずその、何かしらってのを──っ!』
これでしっかり間に合わせてきた篠宮さんの観察力は、やっぱり凄いと思うんだ。
パッと見、両利きにしか見えない御堂さんの利き手利き足。
何をされると熱くなるか、逆に冷めるか。
自分でもなでしこアーカイブに登録して、何をよく見てるか。
僕は間違ってると思うけど、切り返しに一定のリズムを持っているとか仮説を立ててきた。
嫌がらせ犯を完封した時から只者じゃないと思ってたんだよ……
「動き出しを読める篠宮さんは、ほら。その瞬間に先に動いたり、身体をぶつけてる。隙があればこそこそビブスも引っ張ってる」
「……すごいセコいことしてた!」
「高度なことやってるからこそ、ああいうのすっごい腹立つんだよ。御堂さんも、図太く生きる篠宮さんを睨んだところで仕方ないのにね!」
篠宮さんが先に動くことで、二歩で行けたところを三歩にさせた。
足に負担の掛かる方向転換、踏ん張りを増やされて、御堂さんの顔が歪む。
「…………みんな生き生きしてるなら、いいか!」
おっと。意外と話が分かる口だね。
そうそう。御堂さんも退屈そうな顔は引っ込んで篠宮さんを煽ってるし、
周りが否定することではないと、思うんだけどなあ……
「やっぱり、真莉に余計なことをしてるのはお前だったんか。一ノ瀬」
視界の端に動く人が見えていた。
檜山が僕の方へ向かってくるなーと思っていたんだよ……
「って、こっち向けおい! おーい。自分が何したのか分かってるかー?」
「……分かった。降参だよ檜山。もう篠宮さんにサッカーは教えない」
今日が最後だからね。だからお願い、そういうマナー的な絡み方しないで……!
「なあ。なんでサッカーなんだ? 真莉はどう見ても向いてないよな。そもそもなんだよ、あの汚いサッカーは」
横から肩をぐいと引かれて、自分と向き合うよう迫られる。軽い口調な割にだいぶ怒っていそうだ。
「っ、檜山くん! 暴力は──!」
でもどうしていつもいつも、大事な時に……!
この光景を見るために一か月掛かったんだよ⁉︎
何回も見直して、その度に檜山のカットインが入るとか……冗談じゃないわ!
「しないよ⁉︎ ただ支倉も見てるよな? あの真莉が、毎日身体痛そうにしてるところを」
「……見てるけど、楽しそうだったし」
……そうかな。
篠宮さん、今まで自分が疲れることに慣れていなかったからか、日に日にワガママになっていったものだけど。
「俺にはそうは見えなかった。というか部活休んで、サッカー部に入るわけでもなく、あんな嫌がらせしてるだけの汚いサッカーを覚える。一から十までなんも分かんねえよ! 説明求めるのは普通だよな⁉︎」
「──真莉さんを相手にした人しか、あの厄介さなんて分かんないですよ」
困っていると、僕の下から声がした。
はあ、真白も機嫌悪くなっちゃうし……
「……えーと、どちら様、かな?」
「兄さん。私向こうで見るからこれだけ渡しとく」
そう言って雑に放り投げられたのは、ボール感覚を鍛えるためにいつも真白が持ってるサッカーボール。
「分からせすんなら、手加減しなよ」
「……僕をバーサーカーかなんかだと思ってる?」
檜山も支倉さんも、言葉を失っている。
僕の視界では──御堂さんを起点としたカウンターによって、2点目のゴールが決まっていた。
「……2対0、だな。結局真莉は役立てていない。それどころか普段の動きよりキレもない。肩で息をし始めた。これはどうなんだ、一ノ瀬」
妹が来ていて、兄を追い詰める自分に怒っている。
その状況が檜山を冷静にさせてくれたんだと思う。引く気はないようだけど、それでも助かったな。
「あ、私も少し動きが鈍いかなって思ってた」
「うんうん。解説なら大好きだよ僕は」
花音さんと話したことで、初めて知れた僕の趣味。
「慣れてないから、至らないところもありますが──」
コホン、と一つ咳払いを挟む。
なんでもない場面でも、ボールと御堂さんの間に先に立つ。
抜かれたら追う。間に合わなくてパスを出されても御堂さんだけを追う。
無駄になる動きばかりだし、篠宮さんが今使ってるフォームは作ったばかりのもの。
慣れてないから動きも悪いし、スタミナ消費も早い。
どうせ元気な御堂さんなんか抑えようがないんだからこれでいい。
ふっ、でも僕はプロだから、こんなもん解説するとか素人みたいなことはしない。
ネタバレ満載な上に、疑わしくって聞いてるほうは試合に入り込めなくなっちゃうよ。
どうせ見てれば分かることだしね。
「だから実体験を交えて、分かりやすくいこうか。檜山がサッカー部でみんなを纏められない一因の話から──」
「……あ?」
「い、一ノ瀬くん?」
「同じようにチームで突出していながら、どうして御堂さんはみんなを纏められるのか。彼女を見ながら僕の見解を解説していくね」
篠宮さんが役立ててないとか、動きが悪いとか。
外野がそういう見方はやめようよ。
御堂さんが凄いんだよ! って目線で見たほうが、絶対楽しいんだから!
はじめて彼女を見た時は、嫉妬で狂うかと思った。
病院でこの時代のサッカーを見た時は、一目で全身から魂を奪われた。
圧倒的な歓声のなか、堂々と歩いて、堂々と走るスーパースターたち。
絶対ここに立つと、気付いた時にはすでに決めていた。
だけど僕は2130年でプロになったサッカー選手。
僕らの時代のサッカーの方が好きだったな……と思うところも、恐れ多くもあるわけで。
その最たるものが『戦術』だった。
11人全員が連動して、スペースを作って、潰して、動かしていく。
そんな芸術が、チーム毎それぞれの形である。
だけど自分でやるとなると、7人制サッカー出身の自分にはどうしても合わなかった。
僕は、11分の1になんかなりたくないんだ……
僕はそう、14分の4くらいの存在になりたいんだよ……
そんな中、御堂さんのサッカーを見てしまった。
この時代に、こんなサッカーを目指してもいいんだと、器の違いを見せつけられた気分だった。
その広い視野と能力で、味方どころか敵チームまで操ろうとする超傲慢サッカー。
花音さんに止められてなかったら、3時間は語れただろうあの衝撃。
もっとレベルの高いチームでこのサッカーをするとどうなるだろうか、とか考えて余計なことも言った気がする。
僕の目指すサッカーは決まった。
彼女よりはよっぽど謙虚なもので恥ずかしいんだけど。
こんなの、御堂さんにちょっかい掛けたくなるに決まってる。
存分に虐めて、立ち塞がって、厄介な障害でありたい。このサッカーの続きが見たい。
その一心でしてることだから御堂さん、感謝とかはしなくていいからね?
「御堂さんは支配力と傲慢さでチームメイトに夢を見させてる。周りに本気を求めるんじゃなくて、本気にさせている」
事実、去年の芝高はここまでまとまっていなかった。
御堂さんは入学済みの人を誘っているだけなのに、新入部員の数は過去最多らしい。
今も見ていてつくづく思う。
女子に生まれたかったと。それはそれとして、檜山が邪魔だなぁ、と。
「わざわざ公立に来て、汚いサッカーを嫌って上を目指す。檜山も主人公的で大好きなんだけどさ」
「わ、私も好きだな! やっぱりそういうのって誰もが夢見ちゃうし、実際に行動に移す人はか、かっこいいと思う!」
支倉さんが慌てたように入ってきながら、僕の背中をペシペシと叩き始めた。
分かってる。
御堂さんが視線と体勢の不安定さでBの選手をおびき寄せた、地味なのに効果は抜群の今のプレー。ちゃんと後で解説するからさ。
「まだ前半で、他人のサッカーがダメだと結論を出すには実績も説得力も代替案も足りていないよ」
だから大人しく見ない? 檜山にとって最高の教材だと思うんだけど。
でもそんな願い虚しく、檜山の長い溜息がすぐ横から聞こえた。
「……なんつーか。ぜんっぜん響かねえわ。頑張っていない人間の『強豪行け』とか、300回聞いてきたからさー。もっと別の事言えねえの?」
「ここからの、篠宮さんの頑張りが説得力になるんだって」
「却下。もうあんな辛そうな真莉見てらんねーし。もういいや。俺とお前でサッカーの勝負しようぜ。そんだけ言ったんだから、分からせてくれるんだろ?」
「……ハーフタイムになったらいいよ」
あーあ……真白は凄いな。僕の言葉が響かない事を、これまで一緒に過ごして誰より知っていたんだろう。
勝ったからなんだよ、とかそういう正論は一切頭に入ってこなくなる、自分の土俵での勝負。
アスリート同士なんだから、結局これが一番早いか。
「ああ、なんか手加減もしてくれるとかー?」
「それはもちろん。でも腕がこれだし、3分勝負ね」
「……っ、てめ。俺が勝ったら、二度と真莉に近づくなよ」
それは嫌だよ。僕の初めての友達だし、篠宮さんにも失礼だ。
「どうせならもう少し重くしようよ。負けたら僕は学校をやめるとか」
「……っ、い、一ノ瀬くん!?」
これならリスクなし。
支倉さんへの贖罪は遅れそうだけど、その時は篠宮さんに通してもらおう。
僕の言葉に、檜山の後ろから可愛くはしゃぐ声がする。
こんなに注目されてるなら、僕も条件出しておこうかな。
「僕が勝ったら、最後まで試合を大人しく見ていくこと。でも僕は忙しいから離れて見てね」
メインはあくまで紅白戦。悪いけど、あっさり決めさせてもらうから。
まともなサッカーシーンは次回で…
どうしてもここしか主人公の目的を入れられませんでした