100年後のサッカーを、君に。   作:peko34

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26 エースキラー

「はい、3点目ー。アシストはつかなかったけど、私の貢献もデカいしいいっしょ」

「はあっ……は……ハアッ……!」

 

 なんだこいつ。まじでバケモンじゃねえか……!

 

 後ろから付けば、こっちを見もしねえでボールを逃がす。

 頭の後ろに目でも付いてんのかってくらい、どんな態勢からもパスを出す。

 

 あたしとの差も、原理すらわかんねえ……こんな人間いていいのかよ!

 

「……まあさ。助っ人なのに本気なのはありがたいよ? でもまだ前半なんだけど」

「っ、はっ、はっ……はぁ」

「……はぁ。もうちょっとでハーフタイムだから、そこで少しでも休んで──っと」

 

 御堂が一歩、足を踏み直した。

 

「すぅぅぅ……っ、はぁぁぁ……」

 

 一度息を吐き切って、吸う。胸の奥に冷たい空気を叩き込む。

 

 エースキラーとか大層な名前のくせに、やってること地味過ぎんだろ!

 先に動いて、邪魔して追って。また邪魔して。

 向こうの3倍は動いて……コスパ最悪じゃねえか!

 

「あ、なに、なんで……」

 

 なんて思ってたんだけどな。

 

「……ふ」

 

 ふふ。くくく。

 本番で自分の成果が分かりやすく見えると、楽しくなるもんだなあおい。

 

「……ち、なんだよ。こんなこと今まで……やべっ」

 

 御堂はあたしが見つめてるのに気付いて、咄嗟に表情を切り替えた。

 遅いわ。膝が抜けたのを見た。

 今度は違和感でもあんのか、右足のつま先を地面へ押し付けている。

 

 ……なんだよ。足にきてんなら、沼はもう目の前じゃねーか。早く言っとけよ!

 

「ふぅぅぅー、はぁぁぁっ」

 

 深呼吸をもう一度。

 暴れていた心拍が収まっていく。さっきまで酸素を欲していた身体が、もう充分だと呼吸を整えていく。

 

 これが異常だなんて、真白が目ぇ見開いてビビるまで実感なかった。

 

「……大差ついたし、終わらせる? ただの紅白戦だし。真莉もお家でママに、慰めてもらってさあ」

 

 あらあら。ずいぶんゆっくり喋るなァ。

 真白もよくやってたわ。息切れ隠すために労力使うって、負けず嫌いはみんなこういうもんかね。

 

 身体を大きく回す。

 疲れて震える足も、ほとんど使ってねえ腕も、全身を。

 

「聞けよ、人がせっかく嫌味言ってんのに……なにしてんだよ」

 

 不器用なあたしが、走るフォームを切り替えるダセえルーティーン。

 サッカーは空いた時間が多くて助かるわ。

 

「っし。回復」

 

 身体を反って伸ばす。

 その場で軽くモモを上げて、足の落ちる位置を確認する。

 なんでかいつもより、すんなり切り替えられた。

 

「…………あ? い、いや、は? バテバテだったんじゃ──」

「前半後半で分けろって言われてたけど、まあいいか。なんかこいつ限界近そうだし」

「っ、なに、演技……って、3点も取られちゃ意味なくね!?」

 

 あたしにはピンとこねえけど、バテてたやつが完全復活すると、向こうはドッと疲れるらしい。

 

 フォームがこんがらがることあるからハーフタイムにやれとか、一ノ瀬のくせにぬる過ぎねえ?

 こんな顔が見られるなら、目の前でやる一択じゃねーか!

 

「おらとっとと戻れよ。試合始めらんねーだろ。ダッシュ!」

「……っ!」

 

 Aチームのやつらはとっくに自陣へ戻って、御堂一人を待っていた。

 それに気付いた御堂は口を閉じ、少し葛藤するかの間を置いて走って戻ることを選んだ。

 

 それはダメだろ……こんだけデータ取られてんのにさー。

 キレがねえ。焦ってるのにおせえ。

 冷静になって考えりゃ、3点目の時点で既に動き悪くなかったか……?

 

 あたしも定位置へ戻りながら、そっとピッチの外へと目を向ける。

 

「…………」

 

 デブが睨んでいた。

 目が合うと、首を掻っ切るジェスチャー。

 

 はっ。デスペナルティポイント+1、だっけか。

 悪かったって。

 

「すんません。この一点はあたしの完全なミスでした」

 

 心配そうにこっちを見ていた先輩へ声をかける。

 

「……え? いやいやいや! しょ、初心者があれだけ御堂に喰らい付いておいて、なんで謝るの!?」

「なんか、あたしでも防げてた得点みたいで……でももうあいつには、一点も関わらせないすから」

「……ちょ、目が怖。てかあの子、日本代表……えぇー?」

 

 前半終了まで残り8分。

 短えけど、あれだけ消耗してりゃあついていける。

 ついていけんなら、いくらでも削れる。

 

 もうあいつに後半なんか来ねえ。

 頭の先まで、一気に沈めてやるわ!

 

       ♢

 

 

 足が勝手に出た。

 

 御堂の胸が僅かに開く。

 動画で何度も見たやつだ。あいつが足を踏み込む場所へ、一歩先に身体を入れる。

 

「──っ、邪魔!」

 

 今まではここで間に合わず、追いかけていた。

 それがどうだよ。

 なんかサボってんのか? 振り切られる気がまるでしねえんだけど!

 

「……っ、ザコが、調子乗んな!」

「あんだその語彙。小学生の癇癪か?」

 

 右に振られる。

 追って、止まる。そのまま左。

 遅えって、逆に予備動作が分かんねえだろ!

 

 まだ御堂にはボールが渡る、パスも出される。

 だけどあたしの後ろには出させねえ。

 

「……っ、くそ」

「は、はは。その顔、試合ド終盤で良く見せるやつじゃねえか!」

 

 ウゼえくらいに出してた指示と身振りが消えて、単調な展開になってる気もする。

 次に御堂へ出されたパスには、足先が届いた。

 

「──っし」

 

 こいつについてる限り、いくらでもボールがやってくる。

 はっ、ようやくあたしもボールに触れるようになってきた。

 

 御堂が足を伸ばす前に、適当に蹴っ飛ばした。

 どこに出しゃいいのか分かんねえ、とにかく遠くへ行ってこい!

 

「よ、幼稚園児の、サッカー!」

「っせえ! こいつに取られるよりマシだろ!」

 

 パスを受けようと、こっちに向かってきた泉を追い返す。

 プレー中に呑気なこと言ってんじゃねえ、と思ったらあたしの蹴ったボールはラインを割っていたらしい。

 

「……はぁ……はぁ……っ」

 

 ちっ、次は外には出さねえ。休む時間を与えちまう。

 

「……っ、私になに、した」

「んだよ。今も色々やってんのに、気付かねーの?」

 

 敵に質問なんてしてんなよ。適当に、意味深に返されて思考削られるだけだろ。

 ……こいつも人間なんだな。

 

 なんて。なんであたしは自分と同じとこ見つけたくらいで、安心しちまうんだろうか。

 

「ならいいわ」

 

 気が抜けた瞬間、御堂が止まった。

 

「──あ」

「自分がされても文句言うなよっ!」

「っ、てめ⁉︎」

 

 次の一歩を出しかけていたあたしの身体が、突然後ろへ流れる。

 御堂はその横を走り抜けていく。

 

 こいつが、あたしの服を引っ張るだなんて思ってもなかった。

 思わず周りを見てしまう。誰もあたしなんか見てねえ。

 

 っ、当たり前だろ! こいつが、そんなバレるようなファウルする訳ねえのに!

 

「御堂!」

 

 誰かの声と同時に、ボールがあいつの足元へ収まった。

 

 ゴールは目の前、もう足が後ろへ引かれていた。

 あたしは絶対間に合わない。

 

 フォローに入った泉が足を必死に伸ばそうと──

 

「泉、フェイント‼︎」

「──は!?」

「……っ⁉︎」

 

 御堂の振りかぶった足は、ボールを横へずらすだけだった。

 この場面でのシュートフェイントに、泉は驚きながらも伸ばした足を地面に叩きつけ、なんとか踏ん張り御堂に付いていく。

 

 御堂が慌てて身体を捻る。

 だけど、ボールへのタッチが大きくなり過ぎた。

 

「──っ、くっ、そ!」

 

 こぼれたボールの先へ白いビブスが走り込んで、今度こそ大きく蹴り出した。

 

「……はぁぁぁ……っ」

 

 なにやってんだ、あたしは。

 

「わりい泉……助かっ──」

「い、今の、なんで分かったの⁉︎」

 

 ようやく御堂に辿り着いた先で、泉が食いつく。

 

「……ああ。こいつには癖があんだよ。後でな」

「〜〜っ、ナイス篠宮!」

 

 泉はあたしの背中をバシと強く叩いて、まだ御堂のマークを任せてくれる。

 こんだけで許していいのかよ……

 

「…………」

 

 御堂が親の仇かとでもいうように、あたしを睨んでる。

 癖どころか一度目を離して、違和感すら感じ取れなかったから安心しろよ。

 

「……何やってんだよ、あたしは」

 

 決定機だろうが、試合終了間近だろうが、常に頭を動かし続けた御堂ならこうすると思った。

 

 ただ、賭けに勝っただけ。

 もう点に関わらせねえとか、どの口で言ってんだよ……!

 

 

 御堂は無言であたしから目を逸らして、動き始める。

 その背中を追う。

 

 もう絶対甘いことは考えねえ。目も逸らさねえ。

 お前だけは、必ず最後まで──

 

「…………あ?」

 

 そこまで考えたところで、御堂の黒髪だけがやけに鮮やかに見えた。

 

 というか——御堂以外がくすんでいく。

 

 グラウンドの茶色も、白い線も、何もかも色が抜けていく。

 なのに御堂の青だけが、さっきより濃い。

 

 やべ、ボール!

 怪我すっから、ボールだけは見失うなって言われてる。

 

 なのに、いちいち見つけるのに時間が掛かる。

 ふ、ふざけんな……あたしの視野は、とうとうここまでポンコツになったのかよ!

 

 さっきまで聞こえていた声が遠い。

 土を踏む音も、ボールを蹴る音も。

 そのくせ目の前のこいつだけは、やけにはっきり見えて──

 

「……はっ、はあっ」

 

 ……ならいいか。

 どう考えても、サッカー続けていい状況じゃねえけど。

 

 

       ♢

 

 

「は、はは」

 

 いいじゃんこれ!

 御堂以外がぼやけてっから、見落とす心配がねえ。

 

「──っ!」

 

 身体を寄せると、御堂の顔が歪んだ。

 なんか言ってっけど、もう聞こえねえ。つか、また動き遅くなってねえか?

 

「はっ、ぁ……く、そ……!」

 

 御堂の踏み込もうとする場所に、身体全体で置ける。

 なんでこんなんできんだよ。なんか時間すら遅く感じるわ!

 

「っ、は、はぁ……!」

 

 ただもう、いよいよボールがどこにあるかも分かんねえ。

 

「はッ……は、ぁ……っ、ぁ゛……っ……は……っ、は……っ……!」

 

 ここまでやっても、どうしても心が折れねえ。

 

 前半あと何分だ?

 点差は縮まってねえし、こいつをハーフタイムに逃したらまた回復されんのか? 

 あたしの視界は、時間置いてもこのままでいられんのか?

 

 こいつは、どう見ても倒れた方が楽だろうが……!

 

 目線が定まってねえ。

 つか、こいつ……さっきからどこを見て──

 

「…………あ?」

 

 御堂の目線を追った。

 ぼやけてっけど、異常なのは分かる。

 そこには人もいねえ、ただポッカリと空いた空間だけしかねえんだから。

 

 こいつ、もう限界なんじゃねえの!? 倒れる前に試合止めたほうが——っ!

 

 空いた、空間……?

 

「——ふっ」

 

 ……はは、分かった。やっぱこいつ凄えわ。

 お前そんな状態でも、あそこのケアがしてえんだな⁉︎

 

 ずっと見てんのに誰も行かねえ。

 御堂への信頼か、向こうのフォローもねえ。

 

 敵の配置も分かんねえから声に出せねえけど……あのスペースでボールもらえりゃ、あたしでもゴール決められねえ?

 

 こいつさえ振り切れば——

 こんなヘロヘロを振り切るだけで、ドフリーだ?

 

 意識したら身体が動いた。

 一度下がって、御堂の視界から消える。

 御堂は慌てて首を回してあたしを探すけど——

 

「──っ、ま、」

「遅えよ」

 

 こんな切り返し、万回やってきた。

 

 ボール持ってなきゃ、こっちが先手を取れりゃ。

 こんなやつ余裕で振り切れんだよ!

 

 試合が始まって、初めて自分から御堂を離れた。

 や、こいつに出逢ってからも、初めてだ。

 

「──じゃあな御堂。教えてくれて、サンキューな」

 

 振り切って、まずはボールの在処を探したところで──

 視界が、一気に開いた。

 

 

 

「──篠宮!」

 

 声が近い。右に先輩がいた。

 その足元にボール。前にはゴール。少し離れて青いビブスが二人、こっちに気付いて振り向く。

 

 ボール、こんな近くにあったのかよ!

 

 白と青が、グラウンドの土の色が戻ってくる。

 時間感覚……遅かったのも気のせいじゃねえか!!

 

 顔が熱い。背中から汗が噴き出す。

 ずっと欲しかった景色が、一番欲しくねえタイミングで戻ってきやがった……‼︎

 

 先輩は一瞬だけ驚いた顔、それでもすぐにあたしの前へボールを出してくれた。

 

 こっちが走る方向へ転がってくる。

 あたしでも分かる、優しいパスだった。

 

 つかこれ。あたしが、ゴール決めんの?

 シュート練習なんか、ろくにさせてもらってねえのに?

 

 さっきまでの全能感は、もうどっか消えちまったのに……?

 

 やべえ、やべえくそ! 真白は確かこんな感じで——!

 

「──っ!?」

 

 ……ダメだ、歩幅が合ってねえ。

 トラップ。この勢いで走る、あたしが?

 

 

 絶好の決定機は、無駄になった。

 あたしが、無様に倒れてしまったから。

 

 原因はあたしのビビりと──後ろへ目を向ける。

 

「はぁっ、はっ……ぜ、はぁっ!」

 

 こいつ。あたしのユニフォームを、あろうことかこのタイミングで引っ張りやがった!

 

 ~~ざっけんなっ! 滅茶苦茶っ、ファウルだろうが!!

 

 倒れたあたしらに向かって、慌てたように笛が何度も鳴る。

 

 ふざけやがって、いつもあんま鳴らねえ心臓がうるせえよ。

 息を整えようとして、全然落ち着かない。

 

「は……」

 

 御堂が、サッカー初めて一カ月のあたしに脅威を感じて、クソファウルをした。

 

「はは、ははははは!」

 

 馬鹿かよ! あたしが決められるとでも思ったんか!

 何あたしなんかにビビってんだよ!

 

「……っ、は、はあっ……!」

 

 御堂はまだ、あたしのシャツから手を離さない。

 いいよ、いくらでも掴んでろ。写真撮りてえくらいだ!

 

 そこへ青も白も、一斉に駆け寄ってきた。

 

「ちょ、御堂! これ紅白戦!」

「え、てか大丈夫なの!? 顔色やばいよ!」

「試合止めてー! 退場退場!」

「はぁ! はぁ……! た、退場するわけ……」

「馬鹿なの? 大会近いんだよ? 審判ー?」

「わ、私!? だから私、サッカー初心者だって!」

 

 笛を持った顧問の先生が、突然話を振られてあたふたしている。

 

「はいレッドカード」

 

 そんな先生の横から泉が告げた。

 周りも無言で頷いて、先輩たちが御堂の身体を引っ張り上げた。

 

「……ちょ、レッ!?」

「DOGSO(決定機阻止)だって。ゴールまでフリーパスだったじゃん」

「い、今のは、こいつなら絶対トラップミスしてたし──で、出てもイエローで──ごほっ、げほ」

「うわぁ。初心者だからセーフだったとか、ダサいこと言っちゃう気ー?」

「──っ!」

 

 泉の言葉に、御堂の手がようやくあたしの服を離れた。

 何言ってんのか全然分かんねえけど──

 

「惜しかったねー。まさかの助っ人が、Aからゴール決める大チャンスだったのに!」

 

 パスを出してくれた先輩が、手を差し出してくれる。

 

「……や、ぜってえミスってましたけど」

 

 その手を取って立ち上がる。

 やべえ。なんか泣きそうで……ってバカかよ! まだ試合はこれからで──

 頬を叩く。叩いて前を向いたところで、

 

「──すみませーん! 篠宮の足も限界だそうで、見てあげてもらえないでしょうかー!?」

 

 なぜか支倉の声が、ピッチに響いた。

 

「お、おま⁉︎ 馬鹿か! ここからようやく試合が動き出すんだろうが!」

「御堂さんいないのに、できることないでしょー! 興奮状態なだけで、その足限界だからー! ……だって!」

「足ならさっき回復させたばっかだっつの!」

「……篠宮さん。めっちゃ足、痙攣してるよ? ほんとに」

 

 手を貸してくれた先輩が、今度はあたしの足を見ていた。

 

「はい、この子も退場ー」

「…………まだ動けます」

「今日は助っ人、本当ありがとねー!」

 

 笑顔で腕を取られた。

 大丈夫だと払いのける。

 

「……あれだけやっといて、なんでこの子満足しないの!?」

 

 だって、このあとどうすんだよ!

 人数ギリギリなんだぞ。3点取られたってのに、こっちまで減ったら意味ねえだろ!

 

 支倉に指示を出しただろう、一ノ瀬を睨みつけようとして──止まる。

 

「…………マジかよ」

 

 階段の下に、黒いTシャツと白のハーフパンツ。

 学校見学に来たはずの中学生が、いつもの格好で身体を回していた。

 

 ほんと滅茶苦茶しやがんな。こいつら……

 

「……あの、先輩」

 

 御堂をなだめていた青の先輩へ声をかける。

 多分キャプテンだと思う。

 

「駄目だよ?」

「や、そうじゃなくて。代わりにあいつ入れちゃ駄目ですかね。中学生ですけど、サッカー経験者ですし、準備済んでるようなんで」

「……誰?」

 

 真白へ目を向ける。

 一ノ瀬の妹とか言うと印象わりいだろうし──

 

「あたしにサッカー教えてくれた人で。実力はあるらしいです」

「あ、あんな子が、あんなサッカー、を……?」

 

 なぜか真白の好感度が下がった。

 ……まあ後で訂正すりゃいいか。

 

「え? え? それすげー助かるんだけど!」

 

 泉がすぐ騒ぐ。つーかどいつもこいつも軽いな。

 

「先生?」

「んー、来校許可証持ってれば大丈夫だよ?」

 

 合同練習みたいなものでしょ? と呑気な様子。

 

 あたしがただの紅白戦で、重かっただけか……

 ならもう少しいいかと、Bの人たちにも目を向けて、

 

「そんであいつに蹴らせてやってもらえないですか? フリーキック、得意みたいで」

「っ、は? い、いやそれは駄目だろ!」

「えー? でも篠宮さんが取ったファウルだし、いいんじゃない?」

「そうじゃなくてですね! 中学生が急に蹴るって、プレッシャーとか──」

「そこは問題ねーわ」

 

 ペナルティーエリア手前の、中央寄り。

 あそこからゴールまでなら、いつも真白が壁に向かって蹴ってる距離より、大分近い……近い方がいいんだよな?

 

『いくら向こうが一人減ったとはいえ3点差、ここで一点返さないとつらいよー?』

『うっさい! 分かってるから!』

 

 目を向けると、見るからにこんなこと言ってんだろうなって分かる、いつものやり取り。

 気負ってねえみたいだし、大丈夫だろ。

 

「えええ……こんな訳分かんない紅白戦、初めてなんだけど……」

 

 Bの決定に、キャプテンが引いている。

 

 そんであたしはこんなに早く、交代か。こんなんで、あたしのサッカーおしまいかよ……

 最後、ゴール決めたかったな。くそ。

 

 

       ♢

 

 

 とぼとぼと外へ出る寸前。背中を、バンと叩かれる。

 

「……ってぇよ。お前らそればっかかよ」

「マジでリベンジ果たすとか、正直一ミリも想像してなかったわ」

 

 花音が顔を近づけて話しかけてくる。

 

「……嫌味かよ。3点取られた上に、代えられたとこなんだが」

「ああん? お前自分がなにやったか──まあいいや」

 

 ため息一つついて、花音はベンチへ連れていかれる御堂を指差している。

 

「中学ん時の真莉と同じか、それ以上に御堂がヘラってた。ならリベンジ成功でいいだろうが」

「…………」

 

 そんなこと、考えてなかった。

 つーか途中から御堂の声も聞こえなくなってたから、実感もねえ。

 

「はあ……なんでスッキリしねーんだよ。後でな」

「……おー」

 

 花音があたしの背中をもう一度叩き、ピッチへ戻っていく。

 そんであたしはどこに帰ればいいんだろうな。

 

 Bのベンチか? 一ノ瀬のとこか?

 こんだけ付き合ってもらってこのザマで、会いたくねえな……

 

「お疲れ! 最後、ほんとかっこよかったー!」

 

 悩んでいたら、いつの間にか支倉が目の前に立っていた。

 

「……お前のは適当だろ。サッカー知んねえじゃん」

「いやいや! 一ノ瀬くんの解説付きで見てたから!」

 

 渡されたタオルで顔を拭くと、顔が汚れていたのか土が付いている。

 あれで良かったって……意外と満足するラインは低いんだな。

 

「最後なんであの場所見つけられたのか分からない、ってわめいてたから。凄いことしたのも分かった!」

「……あー。最後」

 

 最後なー。あそこで視界が戻りさえしなけりゃもっと──

 

「…………あ」

 

 顔を上げると、グラウンドがあった。

 ボールを抱えた真白。こっちを見てる先輩。ゴールの前で、壁作れと指示を出す青いビブス。

 

 その奥では、にやけた面で妹を見つめる男。

 横から吹いた風で、支倉の髪が頬にかかる。

 

 御堂に殺された視野は、二回とも直したはずだった。

 

「……まじか」

 

 直ってたわけじゃ、なかったんか。

 

 目から入る情報量にビビるけど、なんか懐かしいし、中学ん頃は確かにこんなんだった気もする。

 多分、こうして御堂に挑ませてくんなきゃ気付きもできなかった。

 

 ここまで見えて、なのに景色はどんどん歪んで──

 

 支倉があたしの頭へタオルをかけた。

 そのまま胸に抱かれて、顔を隠してくれた。

 

 

 

「────おおおっ!」

 

 後ろで大きな声が上がる。

 

 真白はしっかり期待に応えたらしい。

 なのにあたしは──

 

 まあ今は、誰もこっち見てねえみたいで助かったか。

 

 

 

 

「……一応、一ノ瀬くんは止めてきたんだけど」

 

 少しして、支倉がそっと話し始めた。

 

「そわそわしてたし。そろそろ戻らないと、こっち来ちゃうかも」

「…………ポカリでも用意させて来い」

「もう準備済みで……おにぎりも作ってあるって」

 

 手で顔を拭って、ちらと見る。

 確かにこっちをちらちら見てやがった。

 あーくそ、過去一うぜえ……

 

「そいやガクは? なんか絡みに行くとか噂あったけど」

「……来たけど。お、お手柔らかにね?」

「は? 一ノ瀬がロクでもないこと言ってキレさすと思ってたんだけど」

「……やー。今回は二人とも、碌でも……最初は普通だったんだよ?」

 

 支倉が膝の上で指を組む。

 こいつの言いづらそうな顔、嫌な予感しかしねえ。

 

「でも多分……肩を掴んだ時に、真莉と一ノ瀬くんのシャンプーの匂いが同じことに気づいて……」

「っ!? …………それ、他に気付いたやつは?」

「た、多分、いまのとこ私と檜山君くらい」

 

 ……噂になってんのに、馬鹿かあたしらは! くっそ、今まで同じ匂いで気付けなかった。

 

「そもそも! なんであいつはあのルックスで、ヘアオイルまで使ってんだよ!?」

「……っ、ヘ、ヘアオイルの……共用……!」

「てめえもどこまで思考飛躍させてんだ! あいつの妹も一緒だわ!!」

 

 あー、早めに知れてよかった。ガクならチクったりもしねえだろうし、放っといていいか。

 

「つか不純なんたらに、そんなうるせえ奴だったか?」

「……そこじゃないんだけどなぁ」

 

 は? いや、ガクの話はもういいわ。

 んなことより、ハーフタイムになってからあいつ、ますます……

 

 ~~っ、こんだけ誤解されてんのに、いまさら遠慮してんじゃねえ!

 

 あたしももう気にしねえ。

 ズカズカと歩いて一ノ瀬に近づいていく。

 

「感想は」

「さ、最高でした」

 

 キモい敬語とともに、ポカリを渡される。

 

「……三点目はあたしのミスだったのに、いいのかよ」

「!? 御堂さんを消耗させて交代させるどころか、退場させたんだよ!?」

「……ふーん」

 

 何が違うか分かんね。退場したら交代できねえの?

 

「ねえなんで響かないの!? エースを完璧にキルしたんだけど!」

 

 でもまあ。こいつの鼻息の荒さは、なんでか全然悪い気はしなくて──

 

「……とにかく、僕判定では篠宮さんの大勝利だから」

「百人中二人って、一人はお前のことかよ……」

 

 一ノ瀬は顔を横に向ける。そこでは御堂がタオルで頭を隠して、震えていた。

 

 ……泣いてるとこ見んの、二回目だな。

 素人が負けて泣くとか、おこがましいだろって思ってた。

 

「……全然あたしの勝ちじゃねーじゃねえか」

 

 あたしもサッカーでのことなのに、気付けば泣いていた。

 

 ここまで本気でやって、ようやく中学ん頃の御堂の気持ちが分かるって……何歩リードされてんだよあたしは!

 

「……はあ。あーもう、どっと疲れた」

 

 でもまあ、今回は同じ感情ってわけでもねえか。

 

 悔しいだけじゃない。やっぱ先にくだらない因縁つけて執着した自分はムカつくし、悪いとも思ってる。

 ……執着して良かったと、心底言える気持ちもある。

 

「それにしても……御堂さんって……」

 

 それと同時に、思うことだってある。

 

 ブルドーザーかよってあたしに突っ込んできたこいつが。

 あたしのトレーナーであるはずのこいつが……

 

「ああ……前半だけで3点取ってあの態度、最高の選手だぁぁ」

 

 目の前で、真っすぐに浮気してやがる。

 

「何個最高があんだよてめえは!」

「いた! ちょなに!」

 

 初めて蹴りが当たった。

 マジかこいつ……泣いてる女にそこまで見入るか?

 

 あたしにここまでしておいて、感謝くらいさせろや!!

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