「はい、3点目ー。アシストはつかなかったけど、私の貢献もデカいしいいっしょ」
「はあっ……は……ハアッ……!」
なんだこいつ。まじでバケモンじゃねえか……!
後ろから付けば、こっちを見もしねえでボールを逃がす。
頭の後ろに目でも付いてんのかってくらい、どんな態勢からもパスを出す。
あたしとの差も、原理すらわかんねえ……こんな人間いていいのかよ!
「……まあさ。助っ人なのに本気でありがたいけど。まだ前半なんだけど」
「っ、はっ、はっ……はぁ」
「……はぁ。もうちょっとでハーフタイムだから、そこで少しでも休んで──っと」
御堂が一歩、足を踏み直した。
「すぅぅぅ……っ、はぁぁぁ……」
一度息を吐き切って、吸う。胸の奥に冷たい空気を叩き込む。
エースキラーとか大層な名前のくせに、やってること地味過ぎんだろ!
先に動いて、邪魔して追って。また邪魔して。
向こうの3倍は動いて……コスパ最悪じゃねえか!
「あ、なに、なんで……」
なんて思ってたんだけどな。
「……ふ」
ふふ。くくく。
本番で自分の成果が分かりやすく見えると、楽しくなるもんだなあおい。
「……ち、なんだよ。こんなこと今まで……やべっ」
御堂はあたしが見つめてるのに気付いて、咄嗟に表情を切り替えた。
遅いわ。膝が抜けたのを見た。
今度は違和感でもあんのか、右足のつま先を地面へ押し付けている。
……なんだよ。足にきてんなら、沼はもう目の前じゃねーか。早く言っとけよ!
「ふぅぅぅー、はぁぁぁっ」
深呼吸をもう一度。
暴れていた心拍が収まっていく。さっきまで酸素を欲していた身体が、もう充分だと呼吸を整えていく。
これが異常だなんて、真白が目ぇ見開いてビビるまで実感なかった。
「……大差ついたし、終わらせる? ただの紅白戦だし。真莉もお家でママに、慰めてもらってさあ」
あらあら。ずいぶんゆっくり喋るなァ。
真白もよくやってたわ。息切れ隠すために労力使うって、負けず嫌いはみんなこういうもんかね。
身体を大きく回す。
疲れて震える足も、ほとんど使ってねえ腕も、全身を。
「聞けよ、人がせっかく嫌味言ってんのに……なにしてんだよ」
不器用なあたしが、走るフォームを切り替えるダセえルーティーン。
サッカーは空いた時間が多くて助かるわ。
「っし。回復」
身体を反って伸ばす。
その場で軽くモモを上げて、足の落ちる位置を確認する。
なんでかいつもより、すんなり切り替えられた。
「…………あ? い、いや、は? バテバテだったんじゃ──」
「前半後半で分けろって言われてたけど、まあいいか。なんかこいつ限界近そうだし」
「っ、なに、演技……って、3点も取られちゃ意味なくね!?」
あたしにはピンとこねえけど、バテてたやつが完全復活すると、向こうはドッと疲れるらしい。
フォームがこんがらがることあるからハーフタイムにやれとか、一ノ瀬のくせにぬる過ぎねえ?
こんな顔が見られるなら、目の前でやる一択じゃねーか!
「おらとっとと戻れよ。試合始めらんねーだろ。ダッシュ!」
「……っ!」
Aチームのやつらはとっくに自陣へ戻って、御堂一人を待っていた。
それに気付いた御堂は口を閉じ、少し葛藤するかの間を置いて走って戻ることを選んだ。
それはダメだろ……こんだけデータ取られてんのにさー。
キレがねえ。焦ってるのにおせえ。
冷静になって考えりゃ、3点目の時点で既に動き悪くなかったか……?
あたしも定位置へ戻りながら、そっとピッチの外へと目を向ける。
「…………」
デブが睨んでいた。
目が合うと、首を掻っ切るジェスチャー。
はっ。デスペナルティポイント+1、だっけか。
悪かったって。
「すんません。この一点はあたしの完全なミスでした」
心配そうにこっちを見ていた先輩へ声をかける。
「……え? いやいやいや! しょ、初心者があれだけ御堂に喰らい付いておいて、なんで謝るの!?」
「なんか、あたしなら防げてた得点みたいで……でももうあいつには、一点も関わらせないすから」
「……ちょ、目が怖。てかあの子、日本代表……えぇー?」
前半終了まで残り8分。
短えけど、あれだけ消耗してりゃあついていける。
ついていけんなら、いくらでも削れる。
もうあいつに後半なんか来ねえ。
頭の先まで、一気に沈めてやるわ!
♢
足が勝手に出た。
御堂の胸が僅かに開く。
動画で何度も見たやつだ。あいつが足を踏み込む場所へ、一歩先に身体を入れる。
「──っ、邪魔!」
今まではここで間に合わず、追いかけていた。
それがどうだよ。
なんかサボってんのか? 振り切られる気がまるでしねえんだけど!
「……っ、ザコが、調子乗んな!」
「あんだその語彙。小学生の癇癪か?」
右に振られる。
追って、止まる。そのまま左。
遅えって、逆に予備動作が分かんねえだろ!
まだ御堂にはボールが渡る、パスも出される。
だけどあたしの後ろには出させねえ。
「……っ、くそ」
「は、はは。その顔、試合ド終盤で良く見せるやつじゃねえか!」
ウゼえくらいに出してた指示と身振りが消えて、単調な展開になってる気もする。
次に御堂へ出されたパスには、足先が届いた。
「──っし」
こいつについてる限り、いくらでもボールがやってくる。
はっ、ようやくあたしもボールに触れるようになってきた。
御堂が足を伸ばす前に、適当に蹴っ飛ばした。
どこに出しゃいいのか分かんねえ、とにかく遠くへ行ってこい!
「よ、幼稚園児の、サッカー!」
「っせえ! こいつに取られるよりマシだろ!」
パスを受けようと、こっちに向かってきた泉を追い返す。
プレー中に呑気なこと言ってんじゃねえ、と思ったらあたしの蹴ったボールはラインを割っていたらしい。
「……はぁ……はぁ……っ」
ちっ、次は外には出さねえ。休む時間を与えちまう。
「……っ、私になに、した」
「んだよ。今も色々やってんのに、気付かねーの?」
敵に質問なんてしてんなよ。適当に、意味深に返されて思考削られるだけだろ。
……こいつも人間なんだな。
なんて。なんであたしは自分と同じとこ見つけたくらいで、安心しちまうんだろうか。
「ならいいわ」
気が抜けた瞬間、御堂が止まった。
「──あ」
「自分がされても文句言うなよっ!」
「っ、てめ⁉︎」
次の一歩を出しかけていたあたしの身体が、突然後ろへ流れる。
御堂はその横を走り抜けていく。
こいつが、あたしの服を引っ張るだなんて思ってもなかった。
思わず周りを見てしまう。誰もあたしなんか見てねえ。
っ、当たり前だろ! こいつが、そんなバレるようなファウルする訳ねえのに!
「御堂!」
誰かの声と同時に、ボールがあいつの足元へ収まった。
ゴールは目の前、もう足が後ろへ引かれていた。
あたしは絶対間に合わない。
フォローに入った泉が足を必死に伸ばそうと──
「泉、フェイント‼︎」
「──は!?」
「……っ⁉︎」
御堂の振りかぶった足は、ボールを横へずらすだけだった。
この場面でのシュートフェイントに、泉は驚きながらも伸ばした足を地面に叩きつけ、なんとか踏ん張り御堂に付いていく。
御堂が慌てて身体を捻る。
だけど、ボールへのタッチが大きくなり過ぎた。
「──っ、くっ、そ!」
こぼれたボールの先へ白いビブスが走り込んで、今度こそ大きく蹴り出した。
「……はぁぁぁ……っ」
なにやってんだ、あたしは。
「わりい泉……助かっ──」
「い、今の、なんで分かったの⁉︎」
ようやく御堂に辿り着いた先で、泉が食いつく。
「……ああ。こいつには癖があんだよ。後でな」
「〜〜っ、ナイス篠宮!」
泉はあたしの背中をバシと強く叩いて、まだ御堂のマークを任せてくれる。
こんだけで許していいのかよ……
「…………」
御堂が親の仇かとでもいうように、あたしを睨んでる。
癖どころか、一度目を離して違和感すら感じ取れなかったから安心しろよ。
「……何やってんだよ、あたしは」
決定機だろうが、試合終了間近だろうが、常に頭を動かし続けた御堂ならこうすると思った。
ただ、賭けに勝っただけ。
もう点に関わらせねえとか、どの口で言ってんだよ……!
御堂は無言であたしから目を逸らして、動き始める。
その背中を追う。
もう絶対甘いことは考えねえ。目も逸らさねえ。
お前だけは、必ず最後まで──
「…………あ?」
そこまで考えたところで、御堂の黒髪だけがやけに鮮やかに見えた。
というか——御堂以外がくすんでいく。
グラウンドの茶色も、白い線も、何もかも色が抜けていく。
なのに御堂の青だけが、さっきより濃い。
やべ、ボール!
怪我すっから、ボールだけは見失うなって言われてる。
なのに、いちいち見つけるのに時間が掛かる。
ふ、ふざけんな……あたしの視野は、とうとうここまでポンコツになったのかよ!
さっきまで聞こえていた声が遠い。
土を踏む音も、ボールを蹴る音も。
そのくせ目の前のこいつだけは、やけにはっきり見えて──
「……はっ、はあっ」
……ならいいか。
どう考えても、サッカー続けていい状況じゃねえけど。
♢
「は、はは」
いいじゃんこれ!
御堂以外がぼやけてっから、見落とす心配がねえ。
「──っ!」
身体を寄せると、御堂の顔が歪んだ。
なんか言ってっけど、もう聞こえねえ。つか、また動き遅くなってねえか?
「はっ、ぁ……く、そ……!」
御堂の踏み込もうとする場所に、身体全体で置ける。
なんでこんなんできんだよ。なんか時間すら遅く感じるわ!
「っ、は、はぁ……!」
ただもう、いよいよボールがどこにあるかも分かんねえ。
「はッ……は、ぁ……っ、ぁ゛……っ……は……っ、は……っ……!」
ここまでやっても、どうしても心が折れねえ。
前半あと何分だ?
点差は縮まってねえし、こいつをハーフタイムに逃したらまた回復されんのか?
あたしの視界は、時間置いてもこのままでいられんのか?
こいつは、どう見ても倒れた方が楽だろうが……!
目線が定まってねえ。
つか、こいつ……さっきからどこを見て──
「…………あ?」
御堂の目線を追った。
ぼやけてっけど、異常なのは分かる。そこにはなにもねえんだから。
こいつ、もう限界なんじゃねえの!? 倒れる前に試合止めたほうが——っ!
なにも、ない……?
「——はっ」
……はは、分かった。やっぱこいつ凄えわ。
お前そんな状態でも、あそこのケアがしてえんだな⁉︎
ずっと見てんのに誰も行かねえ。
御堂への信頼か、向こうのフォローもねえ。
敵の配置も分かんねえから声に出せねえけど……あのスペースでボールもらえりゃ、あたしでもゴール決められねえ?
こいつさえ振り切れば——
こんなヘロヘロを振り切るだけで、ドフリーだ?
意識したら身体が動いた。
一度下がって、御堂の視界から消える。
御堂は慌てて首を回してあたしを探すけど——
「──っ、ま、」
「遅えよ」
こんな切り返し、万回やってきた。
ボール持ってなきゃ、こっちが先手を取れりゃ。
こんなやつ余裕で振り切れんだよ!
試合が始まって、初めて自分から御堂を離れた。
や、こいつに出逢ってからも、初めてだ。
「──じゃあな御堂。教えてくれて、サンキューな」
振り切って、まずはボールの在処を探したところで──
視界が、一気に開いた。
「──篠宮!」
声が近い。右に先輩がいた。
その足元にボール。前にはゴール。少し離れて青いビブスが二人、こっちに気付いて振り向く。
ボール、こんな近くにあったのかよ!
白と青が、グラウンドの土の色が戻ってくる。
時間感覚……遅かったのも気のせいじゃねえか!!
顔が熱い。背中から汗が噴き出す。
ずっと欲しかった景色が、一番欲しくねえタイミングで戻ってきやがった。
先輩は一瞬だけ驚いた顔、それでもすぐにあたしの前へボールを出してくれた。
こっちが走る方向へ転がってくる。
あたしでも分かる、優しいパスだった。
つかこれ。あたしが、ゴール決めんの?
シュート練習なんか、ろくにさせてもらってねえのに?
やべえ、やべえくそ! 真白は確かこんな感じで——!
「──っ!?」
……ダメだ、歩幅が合ってねえ。
トラップ。この勢いで走る、あたしが?
絶好の決定機は、無駄になった。
あたしが、無様に倒れてしまったから。
原因は、あたしのビビりと──後ろへ目を向ける。
「はぁっ、はっ……ぜ、はぁっ!」
こいつ。あたしのユニフォームを、あろうことかこのタイミングで引っ張りやがった!
~~ざっけんなっ! 滅茶苦茶っ、ファウルだろうが!!
倒れたあたしらに向かって、慌てたように笛が何度も鳴る。
ふざけやがって、あんま鳴らねえ心臓がうるせえよ。
息を整えようとして、全然落ち着かない。
「は……」
御堂が、サッカー初めて一カ月のあたしに脅威を感じて、クソファウルをした。
「はは、ははははは!」
馬鹿かよ! あたしが決められるとでも思ったんか!
何あたしなんかにビビってんだよ!
「……っ、は、はあっ……!」
御堂はまだ、あたしのシャツから手を離さない。
いいよ、いくらでも掴んでろ。写真撮りてえくらいだ!
そこへ青も白も、一斉に駆け寄ってきた。
「ちょ、御堂! これ紅白戦!」
「え、てか大丈夫なの!? 顔色やばいよ!」
「試合止めてー! 退場退場!」
「はぁ! はぁ……! た、退場するわけ……」
「馬鹿なの? 大会近いんだよ? 審判ー?」
「わ、私!? だから私、サッカー初心者だって!」
笛を持った顧問の先生が、突然話を振られてあたふたしている。
「はいレッドカード」
そんな先生の横から泉が告げた。
周りも無言で頷いて、先輩たちが御堂の身体を引っ張り上げた。
「……ちょ、レッ!?」
「
「い、今のは、こいつなら絶対トラップミスしてたし──で、出てもイエローで──ごほっ、げほ」
「うわぁ。初心者だからセーフだったとか、ダサいこと言っちゃう気ー?」
「──っ!」
泉の言葉に、御堂の手がようやくあたしの服を離れた。
何言ってんのか全然分かんねえけど──
「惜しかったねー。まさかの助っ人が、Aからゴール決める大チャンスだったのに!」
パスを出してくれた先輩が、手を差し出してくれる。
「……や、ぜってえミスってましたけど」
その手を取って立ち上がる。
やべえ。なんか泣きそうで……ってバカかよ! まだ試合はこれからで──
頬を叩く。叩いて前を向いたところで、
「──すみませーん! 篠宮の足も限界だそうで、見てあげてもらえないでしょうかー!?」
なぜか支倉の声が、ピッチに響いた。
「お、おま⁉︎ 馬鹿か! ここからようやく試合が動き出すんだろうが!」
「御堂さんいないのに、できることないでしょー! 興奮状態なだけで、その足限界だからー! ……だって!」
「足ならさっき回復させたばっかだっつの!」
「……篠宮さん。めっちゃ足、痙攣してるよ? ほんとに」
手を貸してくれた先輩が、今度はあたしの足を見ていた。
「はい、この子も退場ー」
「…………まだ動けます」
「今日は助っ人、本当ありがとねー!」
笑顔で腕を取られた。
大丈夫だと払いのける。
「……あれだけやっといて、なんでこの子満足しないの!?」
だって、このあとどうすんだよ!
人数ギリギリなんだぞ。3点取られたってのに、こっちまで減ったら意味ねえだろ!
支倉に指示を出しただろう、一ノ瀬を睨みつけようとして──止まる。
「…………マジかよ」
階段の下に、黒いTシャツと白のハーフパンツ。
学校見学に来たはずの中学生が、いつもの格好で身体を回していた。
ほんと滅茶苦茶しやがんな。こいつら……
「……あの、先輩」
御堂をなだめていた青の先輩へ声をかける。
多分キャプテンだと思う。
「駄目だよ?」
「や、そうじゃなくて。代わりにあいつ入れちゃ駄目ですかね。中学生ですけど、サッカー経験者ですし、準備済んでるようなんで」
「……誰?」
真白へ目を向ける。
一ノ瀬の妹とか言うと印象わりいだろうし──
「あたしにサッカー教えてくれた人で。実力はあるらしいです」
「あ、あんな子が、あんなサッカー、を……?」
なぜか真白の好感度が下がった。
……まあ後で訂正すりゃいいか。
「え? え? それすげー助かるんだけど!」
泉がすぐ騒ぐ。つーかどいつもこいつも軽いな。
「先生?」
「んー、来校許可証持ってれば大丈夫だよ?」
合同練習みたいなものでしょ? と呑気な様子。
あたしがただの紅白戦で、重かっただけか……
ならもう少しいいかと、Bの人たちにも目を向けて、
「そんであいつに蹴らせてやってもらえないですか? フリーキック、得意みたいで」
「っ、は? い、いやそれは駄目だろ!」
「えー? でも篠宮さんが取ったファウルだし、いいんじゃない?」
「そうじゃなくてですね! 中学生が急に蹴るって、プレッシャーとか──」
「そこは問題ねーわ」
ペナルティーエリア手前の、中央寄り。
あそこからゴールまでなら、いつも真白が壁に向かって蹴ってる距離より、大分近い……近い方がいいんだよな?
『いくら向こうが一人減ったとはいえ3点差、ここで一点返さないとつらいよー?』
『うっさい! 分かってるから!』
目を向けると、見るからにこんなこと言ってんだろうなって分かる、いつものやり取り。
気負ってねえみたいだし、大丈夫だろ。
「えええ……こんな訳分かんない紅白戦、初めてなんだけど……」
Bの決定に、キャプテンが引いている。
そんであたしはこんなに早く、交代か。こんなんで、あたしのサッカーおしまいかよ……
最後、ゴール決めたかったな。くそ。
♢
とぼとぼと外へ出る寸前。背中を、バンと叩かれる。
「……ってぇよ。お前らそればっかかよ」
「マジでリベンジ果たすとか、正直一ミリも想像してなかったわ」
花音が顔を近づけて話しかけてくる。
「……3点取られた上に、代えられたとこなんだが」
「ああん? お前自分がなにやったか──まあいいや」
ため息一つついて、花音はベンチへ連れていかれる御堂を指差している。
「中学ん時の真莉と同じか、それ以上に御堂がヘラってた。ならリベンジ成功でいいだろうが」
「…………」
そんなこと、考えてなかった。
つーか途中から御堂の声も聞こえなくなってたから、実感もねえ。
「はあ……なんでスッキリしねーんだよ。後でな」
「……おー」
花音があたしの背中をもう一度叩き、ピッチへ戻っていく。
そんであたしはどこに帰ればいいんだろうな。
Bのベンチか? 一ノ瀬のとこか?
こんだけ付き合ってもらってこのザマで、会いたくねえな……
「お疲れ! 最後、ほんとかっこよかったー!」
悩んでいたら、いつの間にか支倉が目の前に立っていた。
「……お前のは適当だろ。サッカー知んねえじゃん」
「いやいや! 一ノ瀬くんの解説付きで見てたから!」
渡されたタオルで顔を拭くと、顔が汚れていたのか土が付いている。
あれで良かったって……意外と満足するラインは低いんだな。
「最後なんであの場所見つけられたのか分からない、ってわめいてたから。凄いことしたのも分かった!」
「……あー。最後」
最後なー。あそこで視界が戻りさえしなけりゃもっと──
「…………あ」
顔を上げると、グラウンドがあった。
ボールを抱えた真白。こっちを見てる先輩。ゴールの前で、壁作れと指示を出す青いビブス。
その奥では、にやけた面で妹を見つめる男。
横から吹いた風で、支倉の髪が頬にかかる。
御堂に殺された視野は、二回とも直したはずだった。
「……まじか」
直ってたわけじゃ、なかったんか。
目から入る情報量にビビるけど、なんか懐かしいし、中学ん頃は確かにこんなんだった気もする。
多分、こうして御堂に挑ませてくんなきゃ気付きもできなかった。
ここまで見えて、なのに景色はどんどん歪んで──
支倉があたしの頭へタオルをかけた。
そのまま胸に抱かれて、顔を隠してくれた。
「────おおおっ!」
後ろで大きな声が上がる。
真白はしっかり期待に応えたらしい。
なのにあたしは──
まあ今は、誰もこっち見てねえみたいで助かったか。
「……一応、一ノ瀬くんは止めてきたんだけど」
少しして、支倉がそっと話し始めた。
「そわそわしてたし。そろそろ戻らないと、こっち来ちゃうかも」
「…………ポカリでも用意させて来い」
「もう準備済みで……おにぎりも作ってあるって」
手で顔を拭って、ちらと見る。
確かにこっちをちらちら見てやがった。
あーくそ、過去一うぜえ……
「そいやガクは? なんか絡みに行くとか噂あったけど」
「……来たけど。お、お手柔らかにね?」
「は? 一ノ瀬がロクでもないこと言ってキレさすと思ってたんだけど」
「……やー。今回は二人とも、碌でも……最初は普通だったんだよ?」
支倉が膝の上で指を組む。
こいつの言いづらそうな顔、嫌な予感しかしかしねえ。
「でも多分……肩を掴んだ時に、真莉と一ノ瀬くんのシャンプーの匂いが同じことに気づいて……」
「っ!? …………それ、他に気付いたやつは?」
「た、多分、いまのとこ私と檜山君くらい」
……噂になってんのに、馬鹿かあたしらは! くっそ、今まで同じ匂いで気付けなかった。
「そもそも! なんであいつはあのルックスで、ヘアオイルまで使ってんだよ!?」
「……っ、ヘ、ヘアオイルの……共用……!」
「てめえもどこまで思考飛躍させてんだ! あいつの妹も一緒だわ!!」
あー、早めに知れてよかった。ガクならチクったりもしねえだろうし、放っといていいか。
「つか不純なんたらに、そんなうるせえ奴だったか?」
「……そこじゃないんだけどなぁ」
は? いや、ガクの話はもういいわ。
んなことより、ハーフタイムになってからあいつ、ますます……
~~っ、こんだけ誤解されてんのに、いまさら遠慮してんじゃねえ!
あたしももう気にしねえ。
ズカズカと歩いて一ノ瀬に近づいていく。
「感想は」
「さ、最高でした」
キモい敬語とともに、ポカリを渡される。
「……三点目はあたしのミスだったのに、いいのかよ」
「!? 御堂さんを消耗させて交代させるどころか、退場させたんだよ!?」
「……ふーん」
何が違うか分かんね。退場したら交代できねえの?
「ねえなんで響かないの!? エースを完璧にキルしたんだけど!」
でもまあ。こいつの鼻息の荒さは、なんでか全然悪い気はしなくて──
「……とにかく、僕判定では篠宮さんの大勝利だから」
「百人中二人って、一人はお前のことかよ……」
一ノ瀬は顔を横に向ける。そこでは御堂がタオルで頭を隠して、震えていた。
……泣いてるとこ見んの、二回目だな。
素人が負けて泣くとか、おこがましいだろって思ってた。
「……全然あたしの勝ちじゃねーじゃねえか」
あたしもサッカーでのことなのに、気付けば泣いていた。
ここまで本気でやって、ようやく中学ん頃の御堂の気持ちが分かるって……何歩リードされてんだよあたしは!
「……はあ。あーもう、どっと疲れた」
でもまあ、今回は同じ感情ってわけでもねえか。
悔しいだけじゃない。やっぱ先にくだらない因縁つけて執着した自分はムカつくし、悪いとも思ってる。
……執着して良かったと、心底言える気持ちもある。
「それにしても……御堂さんって……」
それと同時に、思うことだってある。
ブルドーザーかよってあたしに突っ込んできたこいつが。
あたしのトレーナーであるはずのこいつが……
「ああ……前半だけで3点取ってあの態度、最高の選手だぁぁ」
目の前で、真っすぐに浮気してやがる。
「何個最高があんだよてめえは!」
「いた! ちょなに!」
初めて蹴りが当たった。
マジかこいつ……泣いてる女にそこまで見入るか?
あたしにここまでしておいて、感謝くらいさせろや!!