「……なんでこいつ、こんな簡単に決められんだよ」
「ええー……この子、中学生じゃ……?」
ベンチから少し離れたところ、僕らが観戦していた階段。
篠宮さんと支倉さんが、僕のスマホに移した真白のフリーキック動画を見ている。
篠宮さんはあんだけ活躍したんだから、ハーフタイムはBチームのみんなに褒めてもらいに行けばいいのに。
「まあ真白は、止まってるボールを蹴る精度だけは学生トップレベルだと思うよ」
綺麗なフォーム。端末映像があったとはいえ、自力であんなに完成させちゃって……
絶対敵チームにいて欲しくない存在ではあるけれど、他の能力だって伸ばせばいいのに……! とも思わせる贅沢な存在。
あの公園じゃあ伸ばせる能力少ないから、仕方ないけどさ。
「違くて。最後あたし、ぶっちゃけ頭真っ白だったし。真白だって緊張やべえはずだろ」
「んー。あの子はまあ、元々チームを背負う側だったんじゃないかなー」
今まで異常なまでに、責任を負ってるのを見てきた。
それに自殺未遂した兄の面倒をみるから休部する。
その理由でチームメイトと喧嘩するって、重要な存在じゃないとできなくない?
責めた側が悪人になりすぎる。
「……ち。背負わせた側のセリフとは思えねえけど、確かに真白ってそんな感じだよな」
「あ、あはっ。でも分かりやすかったかも」
引き笑いしている支倉さんは、立ち上がってスカートについた砂埃を払う。
「さて、そろそろハーフタイムも終わりそうだし、私は戻ろうかな」
「……戻るって、げっ。今日仕事かよ。付き合わせて悪い……」
「全然! 連絡したら、最近暇だし何の問題もないって」
お仕事かー。なのにお友達のことを、心配して来てくれて……僕こういうの弱いのに!
「……今日、来てくれて助かったわ……あんがとな」
「だから全然だって。むしろなんか、やる気貰えたし!」
僕もこの空気を邪魔しないよう立ち上がり、手を合わせてお礼を言っておく。
それを見た支倉さんはそっと僕に近付いて、
「……でも一ノ瀬くん。お互いそんな感じじゃなくなってよかったけど、あんまり無茶なことするなら真莉に言うからね?」
小声で忠告してくれた。
無茶なこと。あれ、まさかここまで残ってくれたのって……
「……それは怖いね。分かった、断ることにする」
「うん!」
檜山との賭け勝負。もはやするわけないのに心配させていた……!
さっきまでは二人の試合の録画を絶対邪魔されたくなかったけど、どっちも退場してる今受ける理由なんてどこにもない。
あのレベルの男子を上手くなんてしたくないし、真白の試合はこれからアーカイブでいくらでも見れる。
「私が先生に言うって脅したって言えば、みんなも分かってくれるから」
「……ありがとう。でも大丈夫。みんなの前で僕なんかに得意のサッカー勝負を挑む。意味分かんな過ぎて、彼の評判の方が心配だよ」
「…………一ノ瀬くんも、少しは反省するように」
……それはそう。今回避けたところで、プロになればひっくり返せる評判と油断していた。
でも悪評抱えて好き勝手してると、こういう優しい人に迷惑が掛かってしまうんだな……
『約束は守る……! 守るが……いつのハーフタイムとは指定していない』
せっかくネットで覚えたんだけど、これでごり押すのはやめたほうがよさそうだ。
「じゃあまた学校でー!」
なんて、今日も笑顔で帰る支倉さん。
こんな気を遣える人に、何か償いをする。実はこれが一番難しいことなのかもしれない。
「支倉と、なんかあったん?」
「まあ、支倉さんとじゃないけど、ちょっと考え中」
「……ふーん」
篠宮さんは興味なさそうに、まだ僕のスマホを見ている。
「……あんさ。お前にもまあ、言うことあって」
「え、なんだろ」
珍しく歯切れが悪い。
不思議に思いながらも階段に腰を下ろした時、篠宮さんの手元でスマホがブブッと震えた。
「真白からだわ。『どう動けばいい』だって」
「どうって。いまそれをチームで話し合ってるんじゃないの?」
「あー。助っ人は自由に動いていいんだって」
へー。なんだかいい部だな。
人数足りないってどうなの? って思ってたのに、接してみると全然印象が違う。
「ナイスゴール! って送っておいて」
「……なんか指示出してやんねーの?」
「真白の試合見るの初めてだし、自然な姿を見せてもらうことにするよ」
「はあ⁉︎ せっかく二点差まで詰めたんだから、なんかねーのかよ!」
いや……指導力に影響出そうだから言わないけど、端末無しの戦術とかさっぱりなんだって。
試合経験不足で王道路線の真白を、一人足りないとはいえ県ベスト16相手にもう3点。ごめん、僕には……
とりあえずこっちを見ている真白には笑顔とサムズアップを送っていると、
「──ここから逆転とか、無理に決まってんじゃん」
「……っ!」
突然横から図星を指されて、変な声が出そうになる。
まあ、そうね。逆転するなら、せめて花音さんは欲しかった。
「……御堂。んだよ帰れよ」
「うっさいわ! 部外者のお前が帰れや!」
……僕も帰ったほうがいいと思うなあ。
目が赤い。声が震えてる。
そう思うのに、御堂さんは僕を挟んで篠宮さんの反対側に座る。
え、こんなバチバチの二人に挟まれるってマジ?
「一ノ瀬……だっけ。花音が話してた」
「……まあ、一ノ瀬です」
「真莉にサッカー教えたっての、お前?」
サッカー、教えたかなあ……鬼ごっこのやり方と、嫌がらせの仕方。スタミナを使わない走り方。
うーん、微妙なところ。
「私を弱点だらけで、プロは無謀だとか言ったって」
「……それは僕と違いますね」
篠宮さん、違うよね?
いやこっち向きなよ、おい!
「違うって、じゃあ誰だよ。私を、あり得ないくらい研究してきた変質者は絶対いんだよ」
あれだけ対策されてたら分かっちゃうか。
僕は動画渡しただけだから、そのストーカーは篠宮さんだけど。
「シュートフォームの癖とか、こいつが見抜けるわけないし」
「いやそれ、はったりだわ。適当言っただけ──」
「お、お前に聞いてない!」
試合前の雰囲気からは考えられないほど仲悪くなってる……!
試合中も色々言ったんだろうな、どうも疑心暗鬼になってるみたい。
「そもそも一カ月前と何もかも違うし、あれも──」
そのまま御堂さんは僕から目を離し、グラウンドへ顎を向けた。
「あいつ、
「……真白って有名人だったの」
「別に普通。小器用だったけど、線が細くて高校じゃ通用しないと思ってた。なのに今はまともな身体作ってきて、随分きれいな動きにもなってる」
後半戦直前、フォワードの位置で肩を回している真白を見る。
そこが一番連携不足の自分が役立てると思ったか、もしくは花音さんの代わりか。
確かに出会った頃とは別人だ。
「そんで信じらんないことに──」
今度は僕の方を向いて、無遠慮に上から下まで眺められる。
「立ち上がったり座ったり、今の姿勢も……そんな身体のお前が一番無駄がない」
「お、おお……ありがとう」
まじかこの人……ここにきて、体形で侮られなかったのは初めてだ。
勿論うれしい。尊敬してる人だしなおさらだ。
「……お前だろ。お前だよな。私に何したんだよ。変質者味方につけるとか反則じゃん!」
ただこの言い方が少し……
不自然なことが起きて、目の前に不自然の塊が落ちていたらそれが原因だと思うのは仕方ないけどさ。
でも僕はけっこう放任してて、彼女たちは自力でここまで成長したんだ。
そのうえ予想以上の結果まで出されたんだから、この勘違いは正さなきゃいけない。
「今回篠宮さんが勝てたのは、御堂さんを心底からムキにさせたのが大きいと思う。そして僕はそんな指示はしていない」
まずはここ。とりあえず信じてくれそうなところから。
「……いつ、私が負けたんだよ!」
「いやいや。敵チームの心臓を退場させたんだから、今回ばかりは篠宮さんの勝ち……ぁ…………っと、そうそうそう、篠宮さんと言えば」
ふぅー。そんなことより僕は篠宮さんに聞きたいことがあったんだ。
彼女の方に身体ごと向けて、考える。え、えーと。
「ほら、あの……僕に言いたいことがあるとか……」
「…………この状況で言える事なんて何もねーわ」
っ、なんでもいいんだよ!! いつもみたいに罵倒でもしてくれればこの子だって──
「……ぐすっ」
後ろから、鼻をすする音が聞こえる。
……地獄かな? なんでこの子、ちゃんと立ち直る前に敵のとこ来ちゃうの!?
「私の弱点って、あ゛んだよ」
「……はは。御堂さんに弱点なんてそんな。ほ、ほんの少しだけ、野望の大きさに反してキャパオーバーかなーって……」
絶対お互いの主張を言い合いする流れだと思った。
僕が悪いかなー、悪いよね……でもこの子、謝っても怒りそう……!
「ま、真莉はもうどっか行けよ! サッカーの話とかできないじゃん!」
「…………あたしもこいつに用があんだよ」
さすがの篠宮さんも、この状態の子には強く出られないみたい……
さっきからずっとこっちを見ていた、ズボンをまくり、いかにもサッカー準備OKといった様子の檜山。
そしてそのお友達も、僕に不穏な視線を向けている。今回は当然だと思う。
悪評をなんとかしようと考えた次の瞬間には、新しい悪評が生まれてる。
もう諦めようかな、悪評対策。
これでも秘密を明かす人は、一応は吟味してきた。
真面目さの真白、自分ルールのある篠宮さん。
御堂さんは正直、サッカー以外のことは分からない。
秘密は隠したまま、この状況をなんとかするとしたら──
「篠宮さん。もう一日だけ、御堂さんのサッカーの相手、お願いできない? バスケ部に戻る前に、一対一で」
「…………っ!?」
「……別に。元々真白が部に戻るまでは、部活ない日は参加しようかと思ってたからいいけどさ」
「そうだったの? うわ、すっごい助かる!」
「あいつには相当助けられたしな。でもあたし視野戻ったんだけど、それでもいいのかよ」
戻った? ああ、もしかして視野狭窄は精神的なものだったのかな。
「……ま、まって。お前らさっきから、なに勝手なこと言ってんの⁉︎」
「まあ聞いてよ。御堂さんも何度か篠宮さんを味わえば、自分の身体を大事にしようと思えるようになるんだって」
「き、気色わりい言い方すんな!」
でも本当だし。真白なんかあれだけ食が細かったのに、今や体重が増えていないとご機嫌斜めになるほどで──
「違うっての! なんで真莉がバスケ部に戻る必要あんだよ! サッカー部どうすんだよ!!」
「……っ、お前が一番勝手じゃねーか! 出ねーよ!」
「は、はあ!? バスケ部じゃベンチにも入ってないんだから、真莉必要ないじゃん! つか今すぐ視野は戻せ!! お前にいらんわそんなもん!」
「──っ、は、てめ……くっ」
涙声のまま、こんな自分勝手な癇癪ある?
篠宮さんも言い返していいのか分からず言葉が続いていない。
「というか大丈夫だよ? あれだけ使い倒した技術なんだから、そう簡単に身体は忘れない」
「……っ! ややこしいことになっから今言うんじゃねえ!」
フォーム切り替えに続いて、視野の切り替えか……
なんてロマンだこの人は。個人的に御堂さんを応援してしまうのは仕方ない。
「分かった、いいよ。明日ね。なに、うちのグラウンドでやんの?」
「……いや、だから身体を大事にしてって話で。二人とも明日はお休みね」
「~~~っ、この私になにコーチぶってんだ! こんな奴相手に休みなんかいらないから!」
「勝負じゃないからね?」
それに明日は予定があんの。
後半試合映像は何度も変なものが映って、BGMに延々と喧嘩が流れる。
真白怒るだろうなー、僕でも怒る。
話は御堂さんによるサッカー部勧誘へと移ったようだし、僕は一足先に試合へと意識を向ける。
試合終了間際。
真白のコーナーキックから、篠宮さんとよく話してた先輩が決めて試合終了。
結果は3-2。
端末も御堂さんが退場した時には一緒に驚いてた癖に、この結果にはドヤ顔ですわ。
いいけどね。こいつを心から屈服させるのは、やはり僕の役目という事だ。
明日はワールドカップ開会式。それまでにテレビを買う。
その前に真白にこの試合を見せて、反省会。
それと御堂さん、篠宮さんと支倉さん。お金稼ぎに病院にも行って、だいぶ先に檜山。
学校に残したタスクはあと一つ。
これを片付けたらお別れになってしまうけど……行ってよかったな。
なんだかこの短時間で人間関係、信じられないほどごちゃごちゃで。
でもだからこそ、僕もようやくこの時代の人間になれてきた気がするな。
《一ノ瀬葉月:身体状態》
《身長:171.2cm》
《体重:102.4kg → 99.8kg → 91.7kg》
《体脂肪率:40.1% → 39.9% → 36.1%》
《端末補助時のみ、3分間動いてよいものとする》
《右腕・右手指:ギプス解除可能》
《総合評価:大幅改善・競技復帰には程遠い》
《一ノ瀬真白:身体状態》
《推定身長:157cm》
《推定体重:45.8kg(+3.2kg)》
《推定回復指標:顕著な改善》
《高校女子競技基準での総合評価:精密動作のみ特化。その他は中位相当》
《篠宮真莉:身体状態》
《推定身長:154cm》
《推定体重:47.0kg》
《心肺機能:突出》
《筋力・瞬発力:優秀》
《総合評価:極めて限定的場面のみ、優とする》