100年後のサッカーを、君に。   作:peko34

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2 再起準備

「ふ、ふふ。2030年、ねー」

 

 タイムスリップなんてものを信じたわけじゃない。

 ただ念のため、端末に2030年の医療技術で回復可能か問いかけただけ。

 結果がこの表示。

 

《外部ネットワークに接続できません》

 

 まさかこうくるとはね……

 出生と同時に端末と生きてきた俺たち。「接続できません」で済ませていい問題じゃないだろ!

 

 だけど分かった、もういいよ。

 

 気がついたら古い病院で別人になっていて。

 目の前には保存状態良好なスマホが二台。一つはこの身体、一ノ瀬葉月の物らしい。

 

 その他もろもろ重なって、不思議な現象について考える段階はとっくに過ぎてるんだから。

 ネットに繋げないなら、別方向からアプローチすればいい。

 

《端末内データベースを参照します》

 

 保存されていたデータは問題なく使えるようだ。

 カタカタと脳裏に文章が流れていく。

 

《該当データが見つかりました》

 

 スマホを痛いほど握りしめ、上から順に一文字ずつ読んでいく。

 

《2030年医療水準:外科的固定を含め、日常生活復帰は十分可能》

《競技強度復帰:推定不能》

《トップレベル復帰は絶望的。ただし復帰不能とは判定されません》

 

「──う、うおおおおおおおっ! セ、セーフッ‼」

 

 あ、あた、当たり前だよなあ! こんな奇跡が起きて、なんの意味もなかったなんて許されないよなあっ!?

 

「…………アウトだよ」

 

 妹は、冷や汗塗れの俺から距離を取っている。

 端末と話してるだけでこのリアクション。はあ、2030年。本気かもしれない……

 

 一つ一つ整理していこう。まずは自分の身体データに目を通す。

 

《身長:171.2cm》

《体重:102.4kg》

《体脂肪率:40.1%》

 

 おっと三桁。…………え、体重が?

 

 ……の、伸び代の、塊だ!

 一からつける筋肉を選べるカスタムボディとも……言えなくもない!

 

 現状が分かったなら、あとは環境が知りたい。

 あらためて妹へと視線を戻す。

 

「あのさ。なに喜んでるか知んないけど……」

 

 妹は右腕のギプスに目を落とし、言葉を選んでいる。

 

「な、なに、まだなにかあるの」

「……手。見た目よりずっと……重症だって。前みたいに動かせないかもって」

 

 拳を握り、それでも最後まで言いきった。

 声は少し震えている。

 

「いや、治療すればまた動くようになるって診断が──」

「っ、は、はあ!? 簡単に言わないでよ! 入院費だけで揉めてんのに、これ以上の治療なんかできるわけないじゃん!」

「……あ」

 

 そうだ。俺にはもうプロの契約金も、事故による賠償金もなくて……端末Payを使うのは、多分犯罪だ。

 待って。俺、知らない世界で無一文なの!?

 

「これからは、当分利き手なしの生活だよ。兄さんになにあったか知んないけど。私ら、子供だし仕方ないじゃん……」

「……言いづらいこと言わせてごめん。ありがとね」

 

 そっかー……でもまあ、これからは葉月として生きていくんだ。葉月の負債だって当然俺の物で──

 

「全部返すから。そのうえで治療も、俺が稼いだ金でするから大丈夫」

 

 どう稼ぐか何も考えていないけど、入院は間違いなく(葉月)の責任であり、(りゅうせい)のための復帰なんだから。

 

「……あっそ。てかさ、さっきからなんなの。俺って」

「…………『僕』。ちょっとイキっちゃった」

「キモ。帰る」

 

 一言言い残し、真白は持っていたスマホをポケットにしまって背を向けた。

 

「まーまー! ほら、全部返すって言ったじゃん。真白はなんで僕を嫌ってるの? それも含めて返させてよ」

「〜〜っ、帰る!!」

 

 真白は俺……僕の言葉に足音を響かせて、帰ってしまった。

 あの態度、恐らく僕が加害者かな。忘れてんならムカつくのも当然だ。

 家族との関係修復も課題──じゃない、騙すことになるんだ。一方的な恩返しも課題かな。

 

「それにしても真白の身体、あんまりいい成長とは──」

「…………」

 

 いつの間にかやってきていた看護師さんに、凄い目で見られている。

 

「…………一ノ瀬さん、検査の準備ができました」

「違いますからね?」

「あ、そうですか」

 

 アスリート視点の話に決まってるでしょうが!

 あの筋肉の付き方は間違いなくスポーツ競技者、なのにあんなにスラッとしてて──くそ、この体型で言うのはギャグ過ぎる!

 

「これに乗れますか? 腕、お辛いとは思いますが」

 

 形状からして、押すタイプの車椅子。

 頭も打ったみたいだし、念のためかな。

 

「……乗れ、ます」

「? では行きましょうか」

 

 モーターもハンドルも、多分、自動操縦も付いていない……2030年、怪我にはこれまで以上に気をつけないといけないな。

 

 

       ♢

 

 

 検査は思っていたよりずっと長かった。

 血を抜かれ、瞳孔を見られ、反射を確認され、頭部の画像を撮るとかで何度も移動させられた。

 

 もう自己診断で調べたのに──と考えたところで、急に恥ずかしくなった。

 

 じゃあ僕は端末の補助無しでここまでの設備が作れるのかと。端末は僕が開発したものなのかと。

 未来人マウントは、心の中でも極力しないようにしよう……

 

 検査の最後に医者から説明を受けた。

 脳に致命的な異常は見つからない。

 右腕については、日常生活へ戻すための治療はできる。

 

「え、競技……復帰? なにかスポーツでも……サ、サッカー!?」

 

 いや、それはお金も時間も別物で……という話だった。

 

「ご両親には連絡を入れました」

「あ、はい」

 

 この身体の両親。葉月とどんな関係を築いていたかは知らないけど、(りゅうせい)にとっての大恩人。

 

「ご両親は……一刻も早い退院を希望されています」

「⁉︎ の、望むところです!」

「……え? い、いや確定ではありません。状態を見て、退院後の生活環境も確認する必要があります。利き手の使えない生活になりますし、通院も──」

「できます」

「一ノ瀬さん」

「退院できます」

 

 他人の僕が、両親にこれ以上負担を掛けたくない。借金は少ない方がいい。

 自分の現状を知らなくちゃ、どう動いていいかも分からない!

 

「気持ちは分かりましたが、その判断が一ノ瀬さんには……いや、ご本人と保護者の意向ですので、前向きに検討はしますが……」

「ありがとうございます!」

 

 僕のハジける笑顔に疲れた顔の先生。

 とりあえず今日は部屋に戻って休みなさいとのことだ。

 

 看護師さんに部屋へ送られている間に、これからの行動順を頭に描いていく。

 

 退院、お金を稼ぐ、借金返済、家族への恩返し。その過程での減量。今のとこ、これくらいかな。

 サッカーのためにサッカーはひとまず我慢。

 端末に箇条書きでメモしていく。

 

 と、そうだ。この端末、インターネットに繋げないんだ。

 スマホの使い方も覚えないと、お家に帰る方法すら分からない。

 

「──せさん、い、一ノ瀬さん!」

 

 考え事をしていたら、看護師さんに慌てたように声を掛けられていた。

 

「あ、すみません、ボーッとしてました」

「……もう。お部屋に着きましたよ」

「ありがとうございます。そうだ、このスマホってどう使うんでしょうか?」

「…………もう一回先生のとこ行きます?」

 

 軽い口調。だけど少し声が硬い。

 いかんいかん。僕はこれから2030年育ちとして生きていくんだ。気を抜くんじゃない。

 

「ふふ、記憶喪失ジョークです」

「笑えない……」

「あ、今日の晩御飯はプロテインがいいんですが」

「……さ、下ろしますよー」

 

 もう相手にもされない。迂闊に常識が聞けないとなると、端末から教わっていくしかないか。

 

 

       ♢

 

 

「スマホの使い方教えて」

《対応データがありません》

 

「…………一ノ瀬葉月ってどんな人?」

《データが存在しません》

 

「2030年のサッカー動画が見たいんだけど」

《データが存在しません》

 

「……お金を稼ぎたい」

《推奨:競技特化型身体提供契約》

 

「僕のこの、たわわな肉体を……?」

 

《推奨:競技特化型端末の売却》

《推奨:脳内広告受信枠販売》

《推奨:睡眠時間レンタル契約》

 

「ふぅー、なるほど。君はこれからギャル口調で喋るように」

 

 その頭良さそうな喋り方でポンコツなの、頭くるわ!

 

 深呼吸を挟む。やることが多すぎて、やることが分からない。

 多分、焦って効率を気にしているからだと思う。

 

 あほらしい、悩む時間こそ効率悪いわ。ひとつずつ片付けていけばいいんだよ。

 

 まずは筋トレ。試合が控えてるわけでもないのに、どの部位も筋疲労していないのは許されていいことじゃない。

 

《だめに決まってんだろ》

「え、でも右腕以外大した怪我してないんでしょ? あともう少し弱めのギャルにして」

《その前に太った身体と、右腕庇う動きに慣れてからでしょ》

「……あ、はーい」

 

 そっか。問題は右腕だけかと思ってたけど、むぅ……ちょっと僕の自覚が足りないな。端末には身体保護の裁量を増やしておこう。

 

 

     ♢

 

「はぁっ、はぁっ……ふ……ひゅ……」

 

 黙々と、頭に浮かべてもらった動きをなぞっていく。

 ベッドから体を起こす。寝返りを打つ。疲れない姿勢までひとつずつ。

 それでも息はすぐ切れて、身体中が痛い。

 

「ね、ねえ、本当にこれであってる……? ぜ、全然しっくりこなくて」

《……悪いけど今忙しい》

「忙しいわけあるかい。全く、君は世界一を目指す僕の相棒としての自覚が──」

《いや本当に。なんでか過去のデータと全然一致しなくて》

 

 あ、そういうこと。AIは融通が利かないなあ。

 超常現象のことまで真面目に考えても仕方ないのに。

 

「えーと、これなんて言うんだっけ。り、輪廻……そんな感じのやつだから」

《…………脳疲労を検知:ごめん負荷計算ミスった。落とすわ》

「ふふ。なにそれ。君がミスなんかするわけ──」

 

《楽な姿勢取ってー。はい、五、四、三──》

「え、ちょ、落とすってなにを──」

 

 第二の人生初日。

 

「──あっ」

 

 僕の意識はほんの少しの抵抗も許されず、真っ暗闇へと落ちていった。

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