100年後のサッカーを、君に。   作:peko34

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4 親子の縁

 

「んー? ねえ。お家、こっちじゃないよ?」

 

 病院から少し離れたところ。

 あまり話しかけないとは言ったが、家と逆方向に向かうのは流石に見過ごせない。

 

 スマホの地図アプリはもう使える。

 最初は指を滑らせるだけで画面が暴れて訳わからなかったけど、原因がスマホではなく僕の指の太さだと認めてからは一瞬だった。

 

「こっちでいいの。もう着くから大人しくしてて」

「? そうなんだ」

 

 真白はこちらを振り向きもしないで応える。

 どこに向かっているんだろう。そろそろ僕の体力は限界なんだけど。

 車椅子……余計だったかな。いつ意識を落とされてもおかしくないから必要だと思ったけど。

 

 汗を拭いながら周囲を見渡すと、道の向こうに広い公園があった。

 ベンチがいくつかと、何かの遊具で子供たちが遊んでいて、端の方には網で囲まれた広場がある。地面は土ではなく、緑色。人工芝。

 

 誰も居ないが、網の両端にコンクリの壁が付いていて、白くサッカーゴールの線が書いてある。

 

「……うわ」

 

 どう見ても、一般開放されている。

 予約ゲートも、認証もない。誰でも歓迎と言わんばかりに網の入口が開いている。

 

 この時代、そこら中でサッカーできるの?

 

 早速地図アプリ画面を目でしっかり焼き付けて、端末にメモとして残す。

 最高のサプライズ、真白は僕にこれを見せたかったのかもしれない。

 お礼を言おうと彼女へ目を向けると、いない。

 

「着いたよ」

「……どこに?」

 

 真白はいつの間にか僕の横にいて、視線は公園の向かい側。

 細い道を一本挟んだ古いアパートに向いている。

 

 二階建て。外階段。土色の壁はところどころ黒ずんでいて、手すりの塗装は剥げている。

 廊下側には室外機が並び、誰かの傘が錆びた柵に引っ掛けられていた。

 築年数は分からないけど、古い映画でしか見たことのないアパートだ。

 

 声が出ない。ただ見上げた。

 

「父さんの仕事仲間がやってるアパートらしいよ」

 

 真白は普段と同じく淡々と、なんでもないことのように続けた。

 

「部屋は一階のあそこ。公園も近いから子供が騒がしいかもだけど、その分家賃は安いんだって」

「……引っ越し、したんだ」

 

 アプリに残っていた住所と違う。

 つまりこれは、僕が眠っている数日の間に決まった話だ。

 

 嘘だろ……まさか僕の入院費のせいで、みんなが家賃の安い家に──

 

「……? ああ、違うから。ここは兄さんだけの家だから」

「どういうこと?」

「入院費一カ月払うより、このアパートの家賃半年分の方がずっと安いんだって」

「…………え?」

 

 意味を理解するのに時間が掛かった。

 

 退院前にこの時代の制度くらいは調べた。

 未成年。高校一年生。利き手の使えない生活。自殺未遂明け。

 どんなに嫌われていたとしても、家に帰されると甘く考えていた。

 

「うそ、でしょ」

 

 先生も退院後の生活は気にしていた。どう病院を納得させたか。理由は考えたくない。

 ただ、僕はどれだけ親に迷惑掛けてでも、気軽に退院していい立場じゃ、なかった。

 

 そんな暗い感情は、直後の真白の声でかき消えた。

 

「当面の生活費の20万は振り込んであるって。学費は一年分払った後だったから……まあ、十カ月ちょっとは学校に行ける」

「……!?」

「光熱費なんかも、半年分だけは払うって」

「!!?」

「それで……さ」

 

 言葉を選ぶように、だけど諦めたのか僕から目を逸らしながら。

 

「それで、親子の縁を切るって」

 

 言い切った。

 指が震えて言葉も少し震えている。

 

「もう家には帰ってこないでって。連絡もしないでって。必要なものはここに置いてあるからって」

 

 ……つまり僕は、実質的に追い出されたらしい。

 

 古いアパートの壁をもう一度見た。

 ここが、今日から僕の住む場所、か。

 

 真白はこっちを見ていない。

 身体もよく見ると少し震えて……震えて? 

 そこまで考えて、ようやく気付いた。

 

「ちょ、まって。言葉整理するから落ち着いて!?」

 

 様子がおかしいと思ったら、そうだよ。

 僕は『葉月』なんだ。

 怒鳴られるか、癇癪でも起こされると思っているのかもしれない。

 

「そ、そう、ご両親には、このご恩は必ず返すとお伝えください……!」

「お、恩返しって、ちょっと変なこと考えないでよ!」

 

 違うから。最初は確かに焦ったけど、物騒な意味じゃないから。

 

 路頭に迷いそうな僕に、住む家と家賃半年分、学費は、必要かどうかは分かんないけど一年分。生活費。目の前に誰でも入れる公園。

 最後に……全てお金でお返しできそうな、温度を感じない恩の数々。

 

 正直に言うと、僕は怖かった。

 無一文のまま、散々迷惑をかけた顔も知らない両親に向かって「これからお世話になります」と言わなきゃいけない状況に、かなりビビっていた。

 

 致命的なことに、僕は葉月の記憶も持っていない。

 だからまず距離が欲しかった。

 お金はしっかり多めに返して、それから感謝の言葉を伝えに行く。

 これは誠実じゃないかもだけど、正直に言ったら僕が売られる未来まで見えるから。

 

「言葉通りの意味だよ。本当に、感謝してる」

「……意味分かんない」

 

 はぁぁぁ……びびった。足が震えてるよ。

 ルールを無視すればお金稼ぐ手段がいくらでも思いつく未来人に、この手の葛藤させないでほしい。

 

 

 真白の持っていた鍵で扉を開けて、中に入る。

 部屋は、生活する場所としては充分な広さ。

 

 玄関に入るとすぐに小さな流し台があり、その横に、コンロ。短い廊下の先には六畳ほどの部屋が一つだけ。

 いわゆるワンルーム。大きな木の物入れが一つと簡素な机が二つ。

 

 トイレと、シャワー室。

 あとは、事前に調べていた機械が三つ。確か電子レンジと冷蔵庫。あと一つは、なんだっけ。衣類を洗える白く大きな箱。

 

「私物は奥に置いてあるから。あとこれ」

 

 渡されたのはこの部屋の鍵、2本。

 

「急いで運んだだけだからバラバラ。整理する時は危ないし、私がいる時だけ──」

「こ、こ、こ、これこれ──見たことある!」

「聞け!」

 

 目の前の、三つの大きな段ボール

 その横にノート型の、『PC』と呼ばれるスマホを20倍も大きくした神器が入っていた。

 

「うおおおおっ!!」

「あ、アパートだから! 静かにして!」

 

 と。その通りだね。ご挨拶の時にでも謝ろう。

 でもスマホの充電が切れて、生まれて初めてネットに繋げなかったあの恐怖も分かって欲しい。

 

「……ネット回線は仕事見つけるまででいいだろって、ひと月分だけみたい。そこから先は自分で契約しろ、だって」

「なるほどなるほど」

 

 回線。全然分からない、まさか通信にお金を取るのか? 酸素からお金取るようなもんじゃん……

 

 真白が指さした木の棚の引き出しを開けると、保護者欄だけ埋められた契約書類と、連絡先を書いた紙が入っていた。

 保護者のサインが必要な時だけ連絡しろ、ということらしい。

 通報されても言い逃れできる範囲で、すごく考えてくれてる……!

 

「てか分かってんの? お金は仕送りじゃないんだよ? 全部無くなる前に仕事を探さなきゃ──」

「もう見つけた」

「その身体でできる仕事があるか知らないけど──え?」

「AIデータの確認! 凄いいっぱいあって受かる自信しかないんだ」

 

 AIが出したデータを人間が最終チェックするお仕事。君に任せたらAIがAIをチェックする事になるけど、できる?

 

《……誰に言ってる? 流星はいつも通り鼻ほじってていいから》

 

 うーん、最高の相棒。でも操作するのは僕なんだから戦力外扱いしないで。

 

「そっか、在宅ワーク……確かにそれなら兄さんでも……」

 

 本当だ。PCがあるんだ。

 トレーニングのインターバルで、仕事ができてしまう……!

 

「なら食費は出せそうだね。落ち着くまでは私もご飯なんかは買ってくるから」

「…………ん?」

 

 そんな浮かれ気分は、真白の不自然なまでの献身で吹っ飛んでしまう。

 

「真白、部活動とかしてるんじゃないの?」

 

 僕に構う時間なんかないはずだ。

 絶対活動の盛んな運動部。僕の目に間違いない。健康のためのジョギング程度でできる足じゃない。

 

「……もう、休部するって伝えたし」

「え、なに、なんで!?」

「…………っ、仕方ないじゃん!」

 

 真白は部屋の中までは入らず、台所に立ったまま僕を睨みつけている。

 

「兄さんは心底嫌い」

「まあ、うん」

 

 それは、そう。気持ちは嫌ってほど伝わっている。

 

「でもその身体で、なんのケアもないまま一人って──」

 

 唇を噛みながら、絞り出すように言う。

 

「今度こそ死んじゃうじゃん……」

「…………そっかー」

 

 胸が詰まった。

 

 葉月はもう、いない。

 今日まで過ごして、この身体には一切の形跡もなかった。

 だから今、この年下の女の子を追い詰めているのは(流星)だ。

 

『君の兄さんはもういないから、そんなもの背負わなくていい』

 

 これだけは言うべきかもしれない。

 正直な話。正体を明かしたところで、これだけ受け取っていれば俺は生きていけるから。

 

 でもそれは真白にとっての二度目の喪失宣告だ。

 俺の気持ちが楽になるだけじゃないのか?

 兄の身体を赤の他人が勝手に使うと聞いて、妹はどう思う?

 

 こんなの、なにが正解かなんて分からない。

 

「全部自分でできるよ。絶対死なない」

 

 分からないから今は明かさない。

 

「それ学校の鞄でしょ? 教科書借りていい?」

「…………は」

 

 代わりにこの背負わせた物を全部片付けて、そこで改めて考える。

 生き死にくらい本人の自由でいい。そんな前世の価値観が抜けてなかったけど、もう決めた。

 

「僕は一人でも平気ってことを完璧に証明してあげる」

 

 たっぷりの自信と笑顔で言うと、何をしようとするのか気にはなるのだろう。真白は眉間にシワを寄せながらも英語の教科書を渡してくれる。

 僕はそれを台所に置き、左手だけでパラパラとめくって目を通す。1秒につき3ページほど、ただ視界に映した。

 

「瞬間記憶! なんつって。はいこれ」

 

 視界を全て端末に、記録として残してすぐ返す。

 真白は下らないとばかりに半目で顎を上げ、見下す表情だ。

 

「そのノリキッツイんだけど……」

「意図は分かるでしょ? ほら問題出してみて」

「…………38ページの下から2行目、右から14文字目」

 

 おっと、初手無理難題。

 こういう困らせ方する人いるんだよ。初めて真白の中学生らしいとこ見れたな──《t》

 ……悪いけど。せっかちな端末はもう、茶番だと言わんばかりに答えを教えてくれているんだ……

 

「『t』」

「……は? 適当言ってんじゃ…………」

 

 出題した側も適当言ってたのか、慌てて教科書を開いて確認して──間もなく硬直。

 

「分かったでしょ。天才なんだ。怪我してようがなんの問題もないんだよ。まあ当面生活できる環境を整えてくれたからこそだけどさ」

 

 この力を以ってすれば……なんか、あるとは思う。そのへんはもう少しこの時代に詳しくなってから。

 

「部に戻って平気だよ」

 

 真白はまだ混乱しているのか、口を大きく開けている。やがて、自分の腕に爪を立てながら、ポツリと言った。

 

「……戻れるわけないじゃん」

「なんで?」

「っ、大会近かったの! なのに突然休部なんて、みんなと喧嘩もしちゃうでしょ!!」

「……あー。そう、かもね」

 

 あーあ。僕を案内して、僕に縁切りを告げる。僕を生かすために休部して、友達と喧嘩して──

 僕のせいでどこまで犠牲になるつもりだよ。

 

「それだと少し戻りにくいよね」

「……っ、誰の、せいだと……!」

 

 こんなの、あまりに僕がダサすぎる。

 だからせめて僕にできることはする。

 

「なら格好良く戻ろう。何部?」

 

 真白がこの面倒を引き受けたことを、後悔させない。

 

「意味分かんない」

「部活だって。何やってたの?」

 

 真白は訝しげに僕を見て、少しだけ顔を逸らした。

 

「…………サッカー」

「はい勝利確定」

 

 実は身体付きから、そうじゃないかなーとは思っていたけどさ。女子選手も増えてきたとは見たけど、それでもここでサッカーて。

 

「すぐ戻れるよ。だって超絶パワーアップして戻るなら、それはもうめちゃくちゃかっこいいんだから!」

 

 僕の転生といい、目の前の公園といい、ふーん。なるほど、ね。完全に理解した。

 どうやら世界か神か、人々の思いかなんかが、ファンタジスタ()を待っているみたいだ!

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