《はい10分休憩ねー》
スーパーからアパートへ向かう道の途中。歩道の端で折りたたみチェアを、リュックから取り出し勢いよく座る。
「はぁっ、はぁっ……ふ、ふふ……ひゅ……」
息が盛大に切れている。
買ったばかりの店売り最大モデル。耐荷重100キロの椅子が、もう限界だと悲鳴を上げている。
肺は燃えて足は鉛と化して。左手は重い買い物袋を握り続けて火が出そうだ。
「……スーパー、徒歩15分って……書いて、あったんだけどな……」
《こんなに
必要なものがなんでも揃う、総合スーパーが近かったのはすごく嬉しい。
ただこの身体。栄養が偏っていたのか、全然スタミナ回復しない……!
目が覚めて9時半。このスーパーで持てるだけ揃えて休憩。
途中で朝昼ご飯を買って、お家に帰って休憩。
現在夕ご飯の食材を買って休憩中。
ただ生きているだけなのに、何故だかすでに16時。半日が過ぎていた。
《てかさー、なんで苦痛を切らないの? オーバーワークはアタシが止めるし、我慢する意味なくない?》
「……何度も説明したでしょ。成長のための苦痛は、取っちゃ駄目なんだって」
僕のような感情で戦うプレーヤーには、この苦しみを乗り越えた積み重ねが後々力になってくれるんだから。
《理解できない》
「練習じゃ何度も君の予測を超えてあげたでしょうよ」
《公式戦で超えられたことない》
デビュー戦前に事故ったんだから仕方ないでしょうが……!
《でもアタシの成長サポートは使ってるよね?》
「そりゃ使うよ。自分の上にいるやつ追い越すあの多幸感が僕の武器なんだから」
《ああ。あの脳内麻薬ドパドパするやつ。あれ脳負荷めっちゃ高いんだけど》
「…………だからこそ積極的にドパって、耐えられる身体を作るんでしょうが」
気持ち良すぎてやめられないとも言う。加えて外を歩くだけで何もかもが新鮮なんだ。
春先に汗だくの僕に、『あの……大丈夫ですか』と声を掛けてくれるお兄さん。
頬を叩き、「さあ行くぞ!」と立ち上がると、拍手をくれたおばあちゃん。危うくアンコールにお応えするところだった。
いちいち心が震えて、脳負荷が止まらない。
そのうえ今日は端末が随分話すんだよ。なに、どういうつもり?
《ここ知らない知識が多くてさー、これからも理解できないやつは聞いてくからよろしく》
「……全然いいけどさ」
僕の知識も大分終わってるんだけどね。
端末の命じるままPCを操作して半日。
僕が理解するより早く、次、次、と急かされて、おかげで僕の現代知識は穴だらけ。
まあ、おかげで仕事は決まりそうだ。
AIが出力した文章や画像データの確認。スポーツ動画のタグ付け。誤字チェック等々、もういつでもいけるらしい。
今日は相当買い込んでしまったし、今夜にでも応募しようかな。
僕は椅子に座ったまま背筋を伸ばし、深く息を吸って前を見る。
「それで、どう? 真白は」
公園まで辿り着いたところで『ダン、ダン』と、練習の音が聞こえた。
見ると一人、ボールを楽しそうに蹴っている女の子。せっかくだから端末に問いかけてみる。
《全然だめ》
「あらー。ちなみにどこが?」
全然悪くないと思うけど。
一つ一つの動きが丁寧で、考えながらプレーしている。
真白が壁に向かってボールを蹴る。返ってきたボールを足裏で止め、軽く横へ逃がしてまた蹴って。
確かに力強さは足りてないかなー。
《筋出力不足》
《弾速不足》
《初速不足》
《視野確保不足》
《身体作り不足》
《武器不足》
《但し、試合サンプルが無いため評価は限定的》
《将来まで含めた総合評価:全然だめ》
《仮定:端末による徹底的な栄養管理、筋力強化、技術修正、実戦経験の蓄積を前提とする》
《それでも2030年プロ中位相当が到達上限。但し──》
「ふーん、もういいや」
長い説明を途中で止めて、真白を見る。
無表情だけど楽しそうだ。嫉妬するほどに。
根が真面目なんだろうなー。壁にボールをぶつけて、昨日僕が見せたトラップを飽きることなく繰り返している。
何度見ても、端末が言うほど悪くない。
──だから気付いてしまった。
「もう僕も人の将来性を聞くのはやめるからさ、これからは答えなくていいよ」
《アタシなんか間違えたー?》
「いや予想外過ぎて。聞かない方が絶対楽しめてたなって」
《??》
「僕らの時代、女子サッカーは完全に廃れてるもんね。そして君は男子アスリートモデル」
ここに来てからも僕が見たのは男子サッカーのみ。
男女スポーツの違いは人間の方が詳しいか。
「──プロって男子?」
《それ以外プロないじゃん》
ああああっ聞かなきゃよかったああっ! 全然だめだなんて言われたら、普通聞いちゃうだろ!
女子が男子プロ中位まで行ったら、世界がひっくり返るわ!
いや、徹底的なサポートなんて実際不可能で。
そもそもこれは暫定評価。
端末に見せた2030年の試合も、プロアマ合わせてまだ30本程度。
まだ全然、ネタバレされたわけじゃない。忘れて切り替えていこう……
「真白ー! ほら帰るよー!」
「!? ……っ、〜〜〜!」
栄養不足のくせにあんなに汗かいて、全くもう。
真白は僕が外に出る可能性を考えていなかったのか、みるみる顔を赤くしていく。
「うわ、水筒も用意してないじゃん。ちょっと真白さー」
「ち、違うから! 今日はこれ届けに来ただけだから!!」
網の入り口近くに置いていたビニール袋を拾いあげて、赤い顔で叫んでいる。
そうだったんだ。
黒のTシャツに、膝までの白いハーフパンツ。すごく動きやすそうな服だね。
真白が差し出したのはトイレットペーパーや洗剤、歯ブラシ、石鹸、etc。今日買っちゃったやつ……消耗品で良かった。
「……いや、そもそもなんでその身体で外出てんのよ!」
「まあまあ。今日もありがとうね。あ、先入っててよ。僕はまだ動けないし」
「ちょ、なんで、汗だくキモい!」
葉月は身だしなみとか全く気にしてなかったみたい。ボサボサの長髪が汗で濡れてるのは確かに見た目がよくないか。
「食材買ってたんだ。すぐ作るから真白も食べていってよ」
「……それ本気で言ってたわけ? 変なもん食べたくないんだけど」
「料理は得意だよ?」
「学校から帰ってきたらすぐ部屋に引きこもってたのに?」
「…………引きこもって勉強してたんだ」
「急にできるようになったの、それだけじゃないよね」
「部屋で料理とトラップ練習は欠かさなくてね」
「っ帰る!」
「こらこらこら、いつもすぐ帰ろうとしない」
慌てて真白を引き留める。まるっきり嘘ってわけじゃないんだって。
未来でアスリート食を端末に聞くと、返ってくる答えはだいたいサプリだった。
必要栄養素を補給してください。
吸収効率を最適化してください。
こんな戯言を、実際に選手も感情を切って受け入れていたからこれが主流になってしまった。
ゲンナリなんだよ僕は……
テンションが大事な僕はそんな食生活が許せなかった。
高校にも進学しないで、必死で覚えたんだ。
「見た感じすぐ修正できそうなとこ結構あったし、帰るなら自覚してからにしようよ」
「……偉そうに。言ってみなよ」
「ご飯食べたあとでね。一番致命的なの栄養不足だから」
真白は下を向いて、言葉を返さない。痩せ気味の身体に筋力不足。自覚あっても良さそうなのに。
「っ、そんな全身に肉付けたやつに言われたくない!」
「だからこれから栄養管理するんだって。そうなるとついでに妹の栄養不足も解決したいじゃん」
「……知らない。兄さん起きてから、ほんとうっさい」
理解を諦めたように、どこかへ歩いていってしまう。
うーん。思春期の女の子と話すには、絶対的に僕のコミュ力が足りてない。全然気持ちが分からない。
《成長期が無駄になる危機感を、もっと煽るべきだった》
端末は端末で人の心がないし。
ご機嫌斜めの真白の向かう先が、僕の部屋だなんて予想もできなかったし。
少しして、部屋の扉が開いて真白が出てきた。
僕の家に置いてあった車椅子を押しながら。
近くまでくると、さっさと乗れとばかりに足で車椅子をコツコツしている。
「……作るなら、絶対その汗だくの身体洗ってからだから」
「当たり前でしょうが……僕を信用しなさ過ぎでは」
難しく考えてたかな。ただサッカー選手として接すれば良かった。お互い上達の機会は逃せない。この感情に男女の差なんかないはずだから。