「さて、じゃあ早速作ろうかな。アレルギーはー?」
「ない」
部屋にいる真白から、機嫌の悪そうな返事をもらう。
鶏肉や野菜を冷蔵庫にしまっていたら、まさか片手で包丁を使うつもりかと怒らせちゃった。
買ってきた片手用のまな板やハサミで実際に食材を扱って、なんとか引き下がってもらったけど。左手だもんな、まあ僕が悪い。
ビニール袋をギプスに巻いてシャワーを問題なく済ませ、改めて台所へと目を向ける。
狭い流し台。鶏肉を切り、豆腐を出し、卵を割る。米は炊飯器がないからパックご飯。味噌汁も作る。
野菜は──少し時間掛かりそうだし、先に隠し味を入れるのが先かな。
端末に
真白は暇そうに、フローリングの床に座ってスマホをいじっていた。
招いておいてお構いもせず、何やってんだ僕は。
一つ反省して、PCの電源を点ける。
「なに、今更レシピでも見るつもり?」
鼻で笑うように言ってくる。そんなわけない。
《送っといたよ》
PCの起動と同時に端末から連絡が来て、動画プレイヤーを開く。
スマホの通信規格の解析には丸一日掛かったのに、要領を掴んだのかPCと接続できるようになるまで1時間掛からなかった。
「料理が出来るまで、これでも見ててよ」
「……なんなの。前はPC触ったら殺すって言ってたくせに──」
言葉は途切れて、固まっている。
画面に映るのは、僕の視界で見た真白のボールを蹴っている姿。
「こ、これ、」
壁に向かってボールを蹴る。
返ってきたボールを足裏で止め、軽く横へ逃がしてまた蹴って。僕の見た光景と全く同じ。
ただし普通の映像じゃない。端末に頼んでPCに送ってもらった閲覧専用動画だ。
足首、膝、腰、肩。
身体中から伸びる細い線。
回転するボールからぐるぐると回る矢印。
途中で折れて散って地面へ逃げていく。
「……こ、これ、昨日の、矢印出るやつ……!」
どう見ればいいのか分からないだろうし、画面の一点を指差す。
「ここ。蹴る瞬間、腰から来た力が膝で折れてる」
「……!?」
「まあそんな感じで見てると楽しいから」
「……っ」
「あと録画されたら嫌だから、真白のスマホは僕の目の届く場所に置いとくね」
手で拾って、部屋の入り口に置くけど真白は無言で画面を見ている。
ふふふ。これこそ僕の料理の隠し味"得体の知れなさ"だ。
こんな男が自信満々で出してきた料理、何か秘密があるに違いない……! つってね。
改めて料理の続きに戻る。
これだけ分かりやすい画面があれば僕の言葉なんか当分いらない。口を出すのは伸び悩んでからでいい。
「……あ」
そんな事を考えていると、部屋から声が聞こえた。
「ねえ! ちょっとこれはなに!?」
「んー?」
コンロの火を止めて、PCの元へと向かう。
画面の右端に映った文字列。
あー、これも表示されちゃうんだ。
《栄養推定:運動量に対して摂取不足傾向》
《推定不足:エネルギー、タンパク質、水分、糖質、塩分。不足傾向から鉄分も推定不足》
《回復効率低下》
「ああ、これは真白の診断結果だね。全く、アスリートがこんな結果を出して……反省しなさい!」
まあ、ここまで明かして診断は隠すなんて効率悪いことをするつもりはない。開き直っておく。
「…………」
真白は動画を止めて、フリーズしている。
「ああ、占いって。ふーん、そういう……」
やがてなにやら呟いて、部屋の隅に畳んである布団に向かった。
「……なに? え、どうしたの枕なんて持って。」
そのまま戻って来ると、手に持ったそれを思い切り振り上げて──
「──っ変態! 変態! 変態!」
そのまま、スタミナ切れで上手く動けない僕にバシバシと枕を叩きつける。
「え、痛! ちょ、なになんで!?」
「盗撮犯! 覗き魔! ストーカー!」
「ウソォ!? 100歩譲っても当てはまるのひとつだけだよ!」
「ひとつでも当てはまったら人間おしまいなの!」
なんでさ。なにか不自然なところがあればまず診断。人として当然のことなのに。
まあ、良く考えたら僕の飛び降りからストレス溜まることばっかだったか……もうしばらく叩かれておこう。
♢
「ほんっとーに、見れるのはこれだけなのね?」
「あとは筋肉の消耗具合とか、見るのにコツがいるけど痛めてるところとか?」
自分のならもっと見れるけど、他人のとなるとその程度。
触診でもすればもっと正確なものが出せるけど、そんなこと許可なくやるわけない。
「…………そういうんじゃなくて、服が……透けたりとか」
「ないないない」
ほとんど国民全員に支給される端末。
倫理を無視した発明も珍しくないけど、少なくとも僕の端末にはない。
「僕の視界はここに写ってるのが全てだよ。でもその警戒心はいいことだね!」
思春期なら仕方ないよね、と満面の笑みでサムズアップ。真白は心底嫌そうな表情。
「……ろ、録画はやり過ぎだったかな。ごめんね」
「っ、それ以外にも! いや……栄養状態なんか見られたところでどうでもいいけど……」
「なら良かった、じゃあ今度こそ料理に戻るね」
そう言うが、真白からの返事はない。
なのに台所へと付いてきて、膝をたたんで床に座り、何かいいたげに僕を見ている。
不思議に思いながらも料理を続ける。
「……でもさー、ちょっと兄さん反則過ぎない?」
初めて見た、やれやれという腹立つ表情だ。
「今更なんでこんなのとか聞く気もないけど、これ普通にズルじゃん」
言葉遣いもなんだか……急に年相応。
だけどなんだァ? この僕のサッカーにケチをつけるって、一体何を言っているんだか。
「やれやれやれやれサッカー経験者さんさー」
「……ムカつく。なんだよ」
「サッカーでは、笛が吹かれなきゃズルじゃないんだよ!」
「!? ズ、ズルズルズルっ!」
「
持っていた枕を投げつけられる。別に痛くないけど反射で声が出る。
「試合中はこんなの使わないって。こんなのただの補助輪で、思考はピッチの把握に使いたいし」
今の脳の容量では使いたくても使えない。
というか競技は設備差、環境差なんて当たり前。ズルと言うならまだ全然一流クラブ側にあると思うけど。
真白は言葉に詰まると、目だけを動かしてなにかを探している。
「──あとこれ! なにこれ、なんで買ってきちゃうの!?」
真白が指を差すのは僕の買ってきた日用品。
なに今更、既に気付いてた様子だったのに。
「あー、ちょうど被っちゃったね。でも消耗品だしありがたいよ」
「スーパーで日用品を揃えるなって話!」
「……スーパー、すごく便利だったよ?」
「百均で十分なの!」
なるほど、ひゃっきん。端末ー?
《データが存在しません》
うーん、ファッキンみたいな?
端末に最近作った、後で調べるリストに記録してもらう。
「私も昨日買うって言っとけばよかったけど……こういうのは百均。あとドラッグストア。スーパーで買っていいのは食材中心。分かった?」
「はい!!」
「元気いっぱいはキモいからやめて!」
言いながらレシートを貰うと、今日買ったあれやこれやが……は、100円!?
悲しい気持ちで昨日のおにぎり代も含めて渡す。
「あ、ご飯もパックなんか買ってる!」
「……ちょっとそこの姑さー」
ゴミ袋代わりにしたビニール袋を覗き込んで、チクチクしてくる。
主導権の取り合いかー?
「今度から私が買ってくるから、兄さんは欲しいものあったら私が学校いる間に送って」
「また買ってきてくれるの?」
「そ、その料理次第だけどね! あんまりまずいものだったらコンビニで済ませたほうがマシだし!」
コンビニ。お家ではご飯はでないのかな?
「その辺は心配ないよ。特に今日は」
「いやそれ。見るからに健康食って感じじゃん。そこまで期待してないから」
アスリート食だよ。よし完成。
別に興味本位で栄養状況を覗いていたわけじゃない。
水分、糖質、塩分。身体の求めで美味しさが劇的に変わる栄養素を、まさか3つとも欠かしているとはね。
攻略難度はGってとこか。そのザマでよく上から目線でこれるわ。
出来た料理を2人で机に持っていく。
机は小さいから、僕の分は車椅子の肘置きにはめたテーブルアタッチメントの上に置く。
鶏肉と豆腐の卵とじ、野菜と貝のお味噌汁、二種類だけのシンプルなサラダに多めの白米。
一人650円くらい。うーん、割高なの買っちゃったらしいし、少し高いけど仕方ない。
味噌汁の湯気が、狭い部屋にゆっくり広がっていく。
汗をかいた身体が求める、少し濃いめの匂いが食欲を刺激する。
「はいお待たせ。夕ご飯にはちょっと早いけど、栄養は早めに摂れた方がいいから」
「…………いや」
真白はこの完璧な料理を見下ろして、信じられないことに浮かない表情だ。
「こんなに食べられないんだけど」
「別に残してもいいよ」
「はあ……」
真白はため息をつきながら机について、箸を持つ。
最初に手を伸ばしたのは味噌汁だった。
「…………」
一口飲んで動きが止まった。
「……まあ。おいしいよ」
「そうなの? 慣れてないと濃く感じると思うけど」
「き、気を遣ってあげたんでしょ!」
「そういうの必要ないって。好きに食べてていいからさ」
「……はいはい。あー、うっさい」
文句を言いながら真白は白米を少し口に入れて、また味噌汁に戻る。
「…………ん」
眉間にしわが寄る。
違和感を覚えはじめたならもういいや、僕も食べ始めよう。僕もお味噌汁から──
「っ、うま、え……うまい……!?」
なんだこれは……なんだこの、全身が舌と錯覚するほど……え?
美味しいのは分かっていた。だって大好物だから。
ただ予想外だったのは病院食で抑圧された精神と、この豊満な身体が全身でエネルギーを求めていたこと。
い、いくらなんでもこれは──
「う、美味い……ハァ、ハァ、っ、美味いな……」
「え、な、なに」
「こ、この卵とじ! 鶏肉豆腐卵のタンパク質で、ち、力が湧いてくる……」
卵とじを白米に乗せて食べる。
鶏肉。豆腐。卵。
甘じょっぱい味が米に絡む。
口の中で、米がほどける。
卵のやわらかさと鶏肉の噛みごたえが来る。
そこに味噌汁を流し込む。
「う、嘘だろ……こんなの、なんか怖い!」
「…………ふ」
身体にいい物しか食べてこなかった僕が、脂質と糖質で膨らんだ身体に転生。
攻略難度Gは僕の方だった……
「ふふっ、あはは! ねえキモいよちょっと。キモ過ぎるって!」
真白は精神的に優位に立ったつもりか、普通に口悪く笑ってくる。
その立場は僕がやるはずだったのに!
「はーあ。まあ、見てると確かに私も美味しいような気がしてきたけどさ」
生意気なことを言いながら、真白も箸を動かして──
「…………いや……」
違和感を顔に浮かべはじめた。
「…………」
無言のまま箸の動きが早くなっていく。
反対に僕の動きは止まってしまう。
食べ終わってしまった。た……端末さん!
《減量優先。駄目に決まってんでしょ》
「…………ご馳走様でした」
深くため息をついて、空になった食器を流しに持っていく。
真白からの返事はない。
むっとした顔で箸を進めている。
そのまま食器を洗い、部屋に戻ってみると真白はちょうど食べ終わっていた。
空になった茶碗を見つめて、何か考えている。
「なに、どうしたの?」
「……その、お金払うから」
「うん?」
「……もう少し、ある?」
真白は顔を逸らしたまま言った。
顔は見えないけど、耳が真っ赤だ。あらー、まあそうだよね。
「今はもう駄目」
「──! で、でもあんなに自信満々だったのに、私、まだ満足してない!」
「少し経てば満腹感も出てくるから。これホントに味濃く作ってあるし」
この後身体動かすんだし、急に増やすと身体にも負担かかるんだって。
「というかあの量食べておいてそれは……」
「〜〜〜っ、ご、ご馳走様でした!」
そう言って立ち上がり、僕の肩に叩きつけるように千円札を渡してくる。
「なにこれ、今日は僕が無理矢理作ったんだしいらないよ」
「は? いつもの晩御飯代、兄さんのはもう出ないの分かってんの」
「……そっか。なら貰っておこうかな。お釣りは用意してなかったから明日の分に回すよ」
あの送金手数料とか言うやつ、あんまり無駄遣いはしたくない。
「……そんな毎日、食べに来ていいの?」
「僕のご飯のついでだし」
「…………お金は払うから」
まあ、それが譲れない線ならいいさ。
それより、いつもの晩御飯代、ね。僕が口出すことでもないけどさ。
でも腐っても兄として、せめて居場所の一つになれたらいいね。