メルループ 傍から見なかったら孤独な戦い 作:haguruma03
この小説は『魔法少女ノ魔女裁判』のネタバレを含みます。
ご了承ください。
「え?」
氷上メルルの口からこぼれたのは驚愕を含んだ母音だった。
彼女がいる場所は机やソファーなどが設置されて綺麗に掃除された少し大きめの部屋。牢屋敷のラウンジであった。
そんな幾人かの少女が集められた部屋でにかすかに溢れたメルルの発した音は周りの喧騒に容易にかき消されていく。
だが、突然の頭痛に頭を抱え蹲ったメルルの耳には、強く響きわたっていた。
そして...その音に呼び呼び起こされる様に、メルルの脳裏に記憶が浮かび上がる。
少しずつ少しずつ囁き陥れた記憶。
共に歩んでくれる共犯者を手に入れた記憶。
鍋に突き落とされて死ぬ記憶。
剣で刺されて死ぬ記憶。
そして・・・・念願の大魔女様と再会し、槍に貫かれて死ぬ記憶。
数多のお記憶が脳内に突然現れた。
メルルの呼吸は荒くなる。
それは苦しみや恐怖による負の感情によるモノでは決してない。
彼女は目が覚めた気がした。
それは、眠気が晴れたと言う意味ではない。
大魔女様に再会できるかもわからないことへの恐れ。
数多の仲良くなった少女達が消えていく嘆き。
牢屋敷の悲劇を引き起こし続けたことによって心に沈殿した澱み。
それらが、メルルの心から消えていた。
それはなぜか….
答えを得たからだ。
彼女は終わりのない地獄を彷徨い、自ら作り出していた。
進めば進むほど狂い嘆き、だが先は見えない。
そんな数多の悲劇や絶望の先、光が、ゴールがあることが明示されたのだ。
「あ…あぁ…」
メルルの瞳から涙が溢れる。
なぜ未来の記憶が頭に浮かび上がったのか、彼女にはさっぱりだった。
だが、それでも、救いが明示されたのは、彼女の心にとって救いでしかなかった。
ゆえに、メルルは数秒間強く目を瞑り…目を見開いた。
その目には強い光が輝いていた。
正体がバレた後に見せた狂気を孕んだ光ではない。
数多の矛盾する思いに侵食された心が見せる澱んだ光ではない。
彼女らしくない、強い希望と意志が伴った光が彼女の瞳に現れていた。
そんなメルルの目の前に幾人かの人物がいる。
エマさん、ヒロさん、ハンナさん、シェリーさん、アリサさん、アンアンさん、ノアさん、ナノカさん、マーゴさん、レイアさん、ミリアさん、ココさん。
そして、看守さんとゴクチョーさん。
そんな13人と1羽がラウンジに揃っている。
覚えのある場面。
いや、覚えしかない場面。
13人の少女達が繰り広げる物語の始まりがそこには広がっていた。
そんな13人の彼女達にメルルは強い視線を向ける。
今のメルルには死んでもやらねばならないことがあった。
それは大魔女に会うため…そして、大魔女が真に望む事を達成するため。
そのために、メルルはまず12人の少女を魔女化させる必要があった。
彼女達を魔女化させ、サバトを達成させなければならない。
二階堂ヒロが行った事と同じ事をする必要があるのだ。
ヒロが苦しみながらも行った所業をする必要がある。
メルルは気合を入れるように目を瞑る。
メルルには勝算があった。
それはメルルには他者を魔女化させてきた経験がヒロよりも遥かにあるという事。
それにここにいる少女達がどうやったら魔女化するのか既にメルルは知っているという事です。
今目の前にいる少女達を魔女化させるなんてメルルにはお茶の子さいさいのように思えた。
確かに目の前の彼女達を苦しめるのは、心苦しく想う。だが今のメルルにとって大魔女様に会う。頭の中に浮かび上がった答えに突き進む以外のことは全く思い浮かんでいなかった。
メルルの耳にゴクチョーの牢屋敷についての説明が聞こえる。
だが、そんなゴクチョーの牢屋敷の説明を最後まで聞く必要などどこにもなかった。
どうせ何度も聞いた話だ。この後どういった話が続くか、どのように状況が進むかなんて、先の展開を知っているメルルにとってゴクチョーの話なんて必要ないいらないモノだった。
だからメルルは、ゴクチョーの話を遮るために目を開き….
(…先の展開?)
そこで、やっとメルルは気がついた。
いや、遅すぎた。
すでに状況は始まっていた。
振り下ろされる火かき棒。
看守の体から響く鈍い音。
そして、響き渡る絶叫。
「悪は死ね!!!!!!!!」
ガスッ!ゴスッ!バキッ!!
暴力を象徴する音がホールに響く。
メルルの開かれた視界には二階堂ヒロの独壇場が繰り広げられていた。
いや、ラストダンスと言ってもいいかもしれない。
なぜ、ラストダンスなのか…その理由をメルルはよくわかっている。
首チョンパだ。
つまり、この世界はヒロにとって一周目の世界なのだ。
「ひゃぁあああああああああ!!!」
メルルは叫び、ヒロに対して走った。
メルルらしくない叫び、メルルらしくない俊敏な動き。
だがそうせざるおえなかった。そりゃそうだろう。13人魔女化が必要なのに早速1人がいなくなろうとしているのだから。
一歩、また一歩と走りながら、メルルは走馬灯のように時間が緩やかに動くの感じる。
視線の先には楽しく火かき棒を振り下ろすヒロ。そして叩かれながら鎌を動かし始める看守、ホノカ。
そんな2人を見てメルルは直感する。
この位置、頃合い、この角度。どんぴしゃり
(ま、間に合います!)
ヒロを守るためメルルは慣れないタックルをぶつけようとして….またもや気がついた。
銃口が向いている。
メルル視線の先、焦った表情のナノカが銃口をヒロに向けていた。
(ど、どうしてですか!?)
メルルの表情が恐怖で染まった。
なぜ彼女がヒロに銃口を向けているのかさっぱりわからなかったが、すぐにメルルは気がついた。
守ろうとしているのだ、姉を。
そのために、ホノカを襲うヒロに、ナノカは銃口を向けているのだとメルルは気がついた。
そんな行動を彼女がしていたなんてメルルには覚えがなかった。
だが、そんなことメルルにとってどうでもよかった。
ヒロの命が飛んでいく要素が増えたと言う事が重要であった。
(ナノカさんを優先するべきでいしょうか?でもどうしましょう?ゴクチョーさんに命じて動いてもらいましょうか?ですがそんなことしたら私が黒幕だとバレてしまいます。バレたら皆さんから殺されてしまう可能性が..!!)
メルルの頭の中で数多の考えが動き回り暴れ回る。
もう彼女の頭はパンク状態であった。目がぐるぐると動き、混乱しながらも、急いで体を動かす。
だから、気がつかなかったのだろう。
メルルの服をいくつかの手が掴んだ。
「え?」
メルルは突然掴まれたことで体の体制を崩す。
視界の天と地が入れ替わるのを自覚しながら、掴んだ手の先を見る。
幾人かの少女が、突然動いた自分を止めるために手を伸ばしているのが視界に入る。
おそらく危ない場所に突き進もうとする自分を止めようとしたのだとメルルは認識した。
(ああ、やっぱり皆さん優しいですね…)
今はまだ見ず知らずの自分を案ずるみんなの姿にメルルは微笑み….
「むぎゅッ!!」
頭からメルルは床に突っ込んだ。
頭が床にバウンドし、でんぐり返りのようにゴロゴロとメルルの体が床に転がり、止まった。
14人と1羽の視線がメルルに集まる。
視線の中心、メルルはピクリと痙攣した後、ぐったりと動かなくなる。
静寂がラウンジを支配する。
だがその支配も一瞬で打破された。
「わああああ!!!メルルちゃん!!!」
「ちょ、え、大丈夫ですの!!」
「わ、私はまだ撃っていないわ」
騒ぐ少女達。
「誰か!応急キットを持っていないかい!」
「お、おじさんとってくるよ!」
「どこにいくんだよ!どこに何があるのか知ってんのかよ!」
メルルを治療しようとする少女達。
「わー。すごいね〜」
『漫画のようだな』
「うっわ〜動画とっとけばよかった〜」
面白がる少女達
「….まぁ」
「…っ!」
「….これは大事件ですね!!いや、大事故ですね!」
あたりを観察する少女達
「これは…どういうことですかねぇ?」
「….」
『….』
考えを巡らせる者たち
そんな彼女達の視線の中心にいる話題の人物、メルルは、ヒロが死ななかった事に安堵していた。
(ああ、よかった….では今から裁判を…)
気を取り直してたの少女達を魔女化させるために裁判を始めようとするが、メルルは自らの意識が薄れていく事に気がついた。
どうやら打ちどころが悪かったらしい。
慌ただしく動く友達の姿を見ながらメルルは想う。
(目を覚ましたら…はやく皆さんを魔女化させてあげないといけません…大魔女様に会うために…それに皆さんと揃って気兼ねなくお話しするために…)
そんな想いを胸にメルルの意識は闇へと消えていく。
彼女の胸には未来への希望と、唯一未来を知っている事への使命感があった。
改めてメルルは考える。
幸せな終わりの未来を。そのために乗り越えなければならない難関を。
一方的に知っているだけでまだ信頼関係を築けていない皆さんを魔女化させなければならない事。
大好きな大魔女様を説得しないといけない事。
そして…できるのなら大魔女様に生きていてほしい事。
やらなければならない事が多くある。大変なのもメルルは自覚している。
だが、未来の記憶を知っている自分だけが、みんなを幸せな物語の終わりへと導けるのだと信じて心に誓う
『唯一未来を知っています私だけが、この場にいる皆さんを導けます...!』
そんな誓いを胸に刻み、メルルはゆっくりと瞳を閉じた。
今、メルルの『もう一度』が始まる。
「…とりあえず医務室に運びますね〜。では皆さんはご自由に規則を守って過ごしてください」
ゴクチョーの言葉に従って看守がメルルを抱え部屋を離れていき、その姿を13人は無言で見送った。
ラウンジにはじっとりとした静寂が覆っていた。
誰も何一つ喋らない。
それはそうだ。突然こんなところに誘拐され、意味のわからぬ事を説明され、1人が化け物を突然攻撃し始め、すると突然違う1人が派手に転がって医務室に連れて行かれた。
わけがわからないのは当然だろう。
ゆえにこの場にいる皆は同じ事を思った。
「知っている未来と変わっちゃっ(た!)(てしまった)(いましたわ!)(いました!)(たじゃねぇか!)(たね〜)(たよ!)(たわね)(たじゃん!)(いましたね)」
誰も観測できないが、全員異口同音の言葉を心の中であげる。
全員表情には出さず、頭の中で苦悩していた。
そりゃそうだ。知っている未来と変わってしまったのだから。
そう…全員だ。
この場にいる全員が、メルルと同じ未来の記憶を持っていた。
知っている場所、知っている顔、知っている状況。
先ほど牢屋の中で目を覚ました時、牢屋から移動する時、ラウンジに入った時、ゴクチョーの声を聞いた時。看守をぶっ叩いている時。反撃しようとした時。
全員が全員バラバラのタイミングで未来の記憶を手に入れていた。
ゆえに知っていた未来と違う現状に全員、頭を抱えた。
メルルが最初の集合時点で連れて行かれるなんて記憶にはない。
明確に違った未来を進んでしまっていた。
その理由が全員にはわからなかったが、全員ある可能性を思い浮かべていた。
バタフライエフェクト。
ブラジルで蝶が羽ばたくと、アメリカで竜巻が起こる。
という、たとえ話から生まれた考え。
実際はそんなわけがないのに、この場の全員がそう信じてしまっていた。
自分が何か小さな事をしてしまったから、未来が変わったのだと。
だが、それは悪いことだけではなかった。
なぜならば、未来が変わった事により二階堂ヒロが死ななかったからだ。
二階堂ヒロがホノカに攻撃した時点で、この世界は二階堂ヒロにとって一周目である事は分かりきっている。
本来の未来には、今この時点で二階堂ヒロは二つに物理的に分かれてしまっている。
だが、いま二階堂ヒロの首は繋がっている。
つまり、1人の命が救われているのだ。
その現実にこの場にいる12人と当事者は安堵する。
そして、全員は意を決する。
1人救えるのならば、皆を救える。
なぜならば、知っているからだ。
苦労して苦悩して突き進んで手に入れた幸せな未来を。
魔女裁判を抜けた先にある未来を。
救えた未来の景色を。
そして、それならば
もしかしたら救えるかもしれない。救えなかった2つの命を。
そのためにはやらなければならない事が多くある。
一方的に知っているだけでまだ信頼関係を築けていない仲間達を魔女化させなければならない事。
大魔女様を説得しないといけない事。
誰一人死なないようにしなければならない事。
そして自分自身が魔女化しなければない事。
多くの難解な困難がある。
だから、それでもこの場にいる13人の心にはある崇高な使命感が芽生えていた。
『唯一未来を知る自分だけが、この場にいるみんなを導ける』
奇しくも、先ほどメルルが心に誓った言葉と同じである。
こうして、魔法少女達のリスタートが今始まる!
なお、同じような想いを自分以外の全員が同時にしている事をこの場の全員は未だ知る由もない事とする。