新エリー都で宇宙キターッ! 作:一般天高生徒
散歩に出たことを、これほど後悔した日はない。
「……嘘だろ」
ついさっきまで、俺は新エリー都の歩道を歩いていた。
別に大した目的があったわけじゃない。今日は学校も休みだし、特に予定もなかったから、家に籠もっているより少し歩いて適当に何か買って帰ろう。そんな、本当にどうでもいい理由で外に出ただけだ。
それなのに。
今、俺の目の前に広がっているのは、さっきまで歩いていた街とは似ても似つかない光景だった。
建物は歪み、道路は途中からあり得ない方向へ折れ曲がっている。空間そのものが無理やり捻じ曲げられたような景色がどこまでも続き、あちこちには不気味な光を放つエーテル結晶が突き出していた。
見間違えるはずがない。
「ホロウ……」
その言葉を口にした瞬間、一気に現実味が増した。
ニュースでも、学校でも、避難訓練でも嫌というほど聞かされてきた。新エリー都で暮らしている以上、ホロウと無関係に生きていくことなんてできない。
突発性ホロウ災害。
運が悪ければ、それまで何の異常もなかった場所に突然ホロウが発生することだってある。
そしてどうやら。
俺は、その運の悪い人間になってしまったらしい。
「いやいやいや……マジかよ……」
乾いた笑いが漏れる。
もちろん、自分だけは大丈夫だなんて思っていたわけじゃない。
ホロウ災害なんて誰にでも起こり得る。
そんなこと分かってはいた、分かっていたけど。
「よりによって俺かよ……!」
悪態を吐いても、何かが変わるわけじゃない。
ポケットからスマホを取り出して確認するが、当然のように圏外。
「……だよな」
知ってた。
いや、知識としては知っていたけど、実際に自分のスマホに表示されると絶望感がまるで違う。
とにかく、ここから出なければならない、が、闇雲に歩けばいいというものでもない。
ホロウ内部では空間構造そのものが不安定だ。さっきまで通れた道が突然消えることもあるし、逆に存在しなかった道が現れることもある。
何より危険なのはエーテル侵食とエーテリアス。
俺にはまともな武器なんてないし、戦闘経験もない。
エーテル適性だって、ホロウレイダーやエージェントみたいに高いわけじゃない。
本当に、どこにでもいる一般人だ。
近くに腕のいいプロキシでもいてくれれば話は違ったのかもしれないが、そんな都合のいい存在が突然現れてくれるはずもない。
「……ワンチャン、戻れる場所は」
わずかな希望を持って振り返る。
「ないよなぁ……」
俺がいたはずの道路も店も、すでに形を変えていた。
来た道をそのまま戻る。
そんな簡単な方法すら使えない。
「……詰んだ?」
思わず口から漏れた。
洒落になっていないぞ……。
それでも、ここで立ち尽くしているわけにはいかない。少しでも安全な場所を探して、そこで救助を待つ。それが一番現実的だろう。
エーテル結晶が密集している場所を避け、何か物音が聞こえるたびに立ち止まりながら慎重に進む。
エーテリアスに遭遇したら。
たぶん終わりだ。
そんなことを考えながら、どれほど歩いただろうか。
「……?」
ふと、視界の端で何かが光った。
反射的にそちらを見る。
ホロウに呑み込まれ、大きく歪んだ建物。
その壁に。
「……扉?」
一枚の扉があった。
白い扉。
それ自体は別に珍しくない。
問題は、その状態だった。
「綺麗すぎないか?」
周囲はここまで滅茶苦茶になっている。
壁は崩れ、エーテル結晶まで生えているのに、その扉だけは新品のように綺麗だった。まるで、そこだけホロウの影響を受けていない。
「こんなの、さっきあったか?」
記憶を辿るも分からない。
ホロウ内部の構造は常に変化する。
突然こんなものが現れても、それ自体はおかしくないのかもしれない。
恐る恐る近づいてみる。
扉の横には、小さな機械が取り付けられていた。
「……何だこれ」
見たことがないし、企業ロゴもない。
画面らしき部分は存在しているものの、今は何も表示されていなかった。
周囲を見る。
他に進めそうな場所はある。
だが、いつエーテリアスが出てくるか分からないホロウを歩き続けるよりも、明らかに侵食されていない場所へ入る方がまだ安全かもしれない。
「……入るしかないか」
取っ手へ手を伸ばす。
一瞬だけためらい。
「……ええい」
扉を開いた。
その瞬間。
「うわっ!?」
身体が前へ引っ張られた。
「な、なんだこれ!?」
足元の感覚が消える。
視界が一気に白く染まり、上下も左右も分からなくなる。
どこかへ吸い込まれている。
そう感じた次の瞬間。
「ぐえっ!」
背中から硬い床へ叩きつけられた。
「いっ……てぇ……!」
その場でしばらく悶絶する。
幸い、骨は折れていないらしい。
「なんなんだよ、今日は……」
腰をさすりながら、どうにか上体を起こす。
そして。
「…………は?」
思考が止まった。
さっきまでいたホロウとは、明らかに違う。
白を基調とした広い室内。
壁際には無数の機械やモニター。机、椅子、棚。何のために使うのか分からない装置もいくつも並んでいる。
「どこだ、ここ……?」
ゆっくり立ち上がる。
まず気づいたのは空気だった。
「……普通に息できる」
さっきまで感じていた、ホロウ内部特有の息苦しさがない。肌にまとわりつくような嫌な感覚も消えている。
少なくとも、ここはさっきの場所より圧倒的に安全そうだった。
「研究施設……か?」
それにしては静かすぎる。
「もしもーし」
返事はない。
「誰かいませんかー?」
やはり何も返ってこない。
「……勝手に入ったわけじゃないから、不法侵入とかにはならないよな?」
というか、あの扉を開けたら勝手に吸い込まれたんだから、俺に責任はない。
そんなことを考えながら室内を見回していると、大きな窓が目に入った。
「……?」
何気なく近づく。
そして。
足が止まった。
「…………」
窓の向こう。
黒。
どこまでも続く暗闇。
その中に、小さな光が無数に浮かんでいる。
星だ。
さらに遠くには、青い惑星が見える。
「…………え?」
理解するまで数秒かかった。
「……宇宙?」
間抜けな声が出た。
一歩後ずさる。
もう一度見る。
変わらない。
「宇宙じゃん」
何度見ても宇宙だった。
「なんで!?」
今日一番大きな声が出た。
「いや待て待て待て! 俺、新エリー都にいたよな!?」
いた。
「ホロウに巻き込まれたよな!?」
巻き込まれた。
「扉開けただけだよな!?」
開けただけ。
「なんで宇宙にいるんだよ!」
分からない。
本当に何一つ分からない。
窓へ駆け寄り、もう一度外を見る。
目の前に広がっているのは、どう見ても宇宙空間だ。
「……宇宙施設?」
そう考えるしかない。
少なくとも、ここが地上じゃないことだけは確かだ。
だが、なんで地上のホロウ内部にあった扉からこんなところまで来た?
「転送設備……?」
そんな技術、少なくとも俺は知らない。
「と、とりあえず……情報だ」
混乱しかけた頭を無理やり落ち着かせる。
ここが何なのか分からなければ、帰る方法だって分からない。
近くの端末を操作しようとしてみる。
「…………」
何が書いてあるのか全然分からない。
専門用語。
数式。
見たこともないグラフ。
「分かるか、こんなの……」
あっさり諦める。
別の場所を調べようと机へ近づき。
「……ん?」
その上に置かれているものへ目が留まった。
中央にディスプレイがあり右側に大きなレバー。
上部には四つのスロットが並んでいる。
「……なにこれ?」
四つのスロットには、それぞれ別の小型装置が差し込まれていた。
左からオレンジ、青、黄色、黒。
形も全部違う。
「……スイッチ?」
何のためのものなのか確かめようと、何気なく手を伸ばした。
指先がそれに触れた。
その瞬間。
「──ッ!?」
頭の中で、何かが弾けた。
「あ、が……っ!」
立っていられず、その場に膝をつく。
「なん……だ、これ……!」
頭が痛い。
激痛なんて言葉では足りない。
頭蓋骨の内側へ直接、大量の情報を流し込まれているような感覚。
視界が何度も明滅する。
知らないはずの光景が見えた。
家。
学校。
電車。
街。
……日本。
俺はそこへ行ったことなんてない。
なのに知っている。
いや。
違う。
行ったことがある。
暮らしていた。
そこで生まれた。
そこで育った。
子供の頃。
家族。
友人。
学校。
大学。
スマートフォン。
ゲーム。
漫画。
アニメ。
特撮。
大量の記憶が雪崩のように頭へ流れ込んでくる。
そして。
テレビ画面の向こう。
白い宇宙服のような姿をしたヒーロー。
『宇宙キターーーーーッ!!』
「────ッ!」
そこで。
唐突に頭痛が消えた。
「はぁ……はぁ……!」
床へ片手をついたまま、荒い呼吸を繰り返す。
額から汗が落ちた。
「なん……だったんだ、今の……」
いや。
分かっている。
分かってしまった。
「……前世?」
自然と、その言葉が漏れた。
俺には。
今の人生とは別の人生があった。
日本という国で生まれて。
そこで育って。
そして死んだ。
いつ、どうやって死んだのか。
そこは妙に曖昧だ。
だが、それ以外の人生は思い出せる。
「転生……してたのか、俺」
笑えない。
今まで一度だってそんなことを考えたことはなかった。
この世界で生まれて。
この世界で十七年間生きて。
それが俺の人生だと思っていた。
いや、それ自体は間違っていない。
今までの十七年間だって、間違いなく俺の人生だ。
ただ。
その前にも、もう一つ人生があった。
「……マジかよ」
まだ頭が混乱している。
だが、今はそれ以上に気になることがあった。
俺はゆっくりと顔を上げる。
机の上のバックル。
「…………フォーゼドライバー」
今なら分かる。
いや。
間違えるはずがない。
前世で何度も見た。
仮面ライダーフォーゼ。
如月弦太朗が変身するために使っていたベルト。
「じゃあ……これ」
スロットへ装填されている四つの装置を見る。
「ロケット……ランチャー……ドリル……レーダー」
一番、二番、三番、四番。
アストロスイッチ。
「…………」
ゆっくり周囲を見回す。
研究施設。
宇宙。
フォーゼドライバー。
ここまで揃えば。
答えなんて一つしかない。
「……ラビットハッチ?」
呟いた瞬間、全身に鳥肌が立った。
「…………」
窓を見る。
宇宙。
今度は室内を見る。
フォーゼドライバー。
「いやいやいやいやいや!」
頭を抱えた。
「なんで!?」
前世を思い出しました。
俺は転生者でした。
それだけでも意味が分からない。
なのに。
「なんでこの世界にラビットハッチがあるんだよ!」
ラビットハッチ。
天高の仮面ライダー部が使用していた月面基地。
つまり、ここは。
「……月?」
改めて窓の外を見る。
今度は意味が違って見えた。
そして。
前世を思い出したことで、もう一つとんでもない事実にも気づいてしまった。
新エリー都。
ホロウ。
エーテリアス。
プロキシ。
この十七年間、俺にとって当たり前だったもの。
前世では。
「ゼンレスゾーンゼロ……」
ゲームだった。
俺が今まで生きてきたこの世界そのものが。
前世ではフィクションとして存在していた。
「ちょっと待ってくれ……」
また頭が痛くなってきた。
今度は普通の意味で。
「情報量多すぎるだろ……」
転生者でした。
ゼンゼロ世界でした。
月にはラビットハッチがあります。
フォーゼドライバーまであります。
「一気に理解できるか!」
机へ両手をつく。
前世の知識が戻ったからといって、今までの俺の記憶が消えたわけじゃない。
この世界で十七年間生きて得た知識もある。
そこへ突然、前世の記憶と「ゲームとしてのゼンレスゾーンゼロ」の知識まで追加された。
頭の中に、同じ世界に対する二種類の知識が存在している。
「……これ、後で整理しないと絶対混乱するぞ」
今は考えるのをやめよう。
まず、このラビットハッチだ。
前世の記憶に従って室内を見回していると、一つの棚が目に入った。
「……まさか」
嫌な予感というか。
もう、だいたい何があるのか想像できる。
近づく。
「…………」
やっぱり。
専用ラックに、大量のアストロスイッチが並んでいた。
「ファイブ……マジックハンド」
五番。
「シックス、カメラ」
六番。
「セブン、パラシュート」
七番。
間違いない。
全部、本物のアストロスイッチだ。
番号を目で追っていく。
十。
二十。
三十。
そして。
「……三十九」
三十九番。
スタンパー。
その隣。
「…………」
空いている。
「……四十番がない」
コズミックスイッチ。
一番から三十九番まで、全てのアストロスイッチが完成することで具現化する最後のスイッチ。
しかし。
目の前には三十九番まで揃っている。
「……なら、なんでコズミックがないんだ?」
完成しなかった?
「いや……」
三十九番まで完成しているなら、本来は──。
「…………」
分からない。
ただ。
何となく、その空白だけが妙に気になった。
「てか、そもそも誰が作ったんだよ、これ」
劇中のラビットハッチが丸ごとこの世界へ転移してきた?
いや、最後に燃えちゃったしそれは違うか……。
少なくとも俺は、この世界で十七年間生きてきて、仮面ライダーなんてものが実在したという話を聞いたことがない。
ということは。
「……誰かが、この世界で作った?」
フォーゼを知っている誰かが。
「まさか……俺以外にも転生者が?」
そこまで考えた、その時だった。
ピピッ。
「うわっ!?」
突然の電子音に肩が跳ねる。
音のした方を見ると、机の横に大きなケースが置かれていた。
「これ……アストロスイッチカバン?」
見覚えがある。
ただし、俺の記憶にあるものとは少し違った。
側面に小さなディスプレイと簡易キーボードが増設されている。
その画面が青白く光っていた。
『Q.ここはどこ?』
「…………」
その下には入力欄。
「これを作った奴が用意したのか?」
どう考えても、ここへ来た人間を試すための質問だ。
だったら、答えは一つしかない。
『ラビットハッチ』
入力して、決定。
『正解』
「……まあ、そうだよな」
続けて第二問が表示される。
『Q.W → OOO → フォーゼ → ? → 鎧武』
「…………」
一瞬だけ思考が止まり。
すぐに頭を抱えたくなった。
「確定じゃん……」
この質問を用意した人間は、間違いなく知っている。
仮面ライダーを。
俺は迷わず入力する。
『ウィザード』
決定。
画面が暗転する。
一秒。
二秒。
三秒。
『認証完了』
「認証?」
直後。
カチッ。
ケース内部で何かが起動する音がした。
小さなノイズ。
そして。
『──あー、あー。ちゃんと録れてるかな、これ』
「……!」
男の声だった。
少し疲れているようにも聞こえる。
でも、予想していたよりずっと軽い雰囲気だ。
『まあ、録れてると信じよう。確認するためだけに一回再生するのも面倒だし』
「適当だな……」
思わず呟く。
『さて。さっきの二問に答えられたということは、これを聞いている君も転生者なのだろう』
「…………」
『それも、前世で仮面ライダーを見ていた』
「……やっぱり」
いた。
俺以外にも。
『初めまして。と言っても、これを聞いている頃には、たぶん私はもういないと思うけど』
『私はこの世界に転生してから、前世で大好きだったフォーゼシステムをどうしても作りたくなった』
「…………」
『幸いと言っていいのかな。転生した時に少々便利な特典を貰っていてね。それを利用して──』
一拍。
『気合と根性で作りました』
「いやいやいや」
思わず突っ込んだ。
「気合と根性で作れるもんじゃないだろ、これ!」
『いや、本当に大変だったんだよ? テレビで見るのと一から作るのじゃ全然違うからね。何度「コズミックエナジーってなんだよ」って頭抱えたか分からない』
「それはそう」
むしろ、どうやって解決したんだ。
『まあ、転生特典様々ってことで。そこに私の努力と気合と根性を山ほど突っ込んで、なんとか形にはなった』
その直後。
『──ゴホッ、ゴホッ……!』
「…………」
激しい咳。
しばらくして、荒い呼吸が聞こえる。
『……失礼』
何事もなかったように男は続ける。
『ただ、完成を目前にして……前世じゃまずお目にかかれないような、とんでもない災害が起きた』
「……災害」
『私はそれに巻き込まれた。命からがら逃げて、どうにかここ──ラビットハッチまで避難した』
「最初のホロウ災害か……」
思わず呟いた。
前世のゲーム知識を抜きにしても分かる。
この世界そのものを大きく変えた歴史的災害。
おそらく、それだ。
『地上がどうなっているのか、残念ながら私にはもう分からない。ただ、ここへ逃げ込むまでに、あの災害について可能な限り調べた』
男の声が続く。
『そして、フォーゼシステムにも改良を施した』
「改良?」
『本来のフォーゼは宇宙空間で活動するための生命維持機能と防護機構を備えている。それを応用して──あの災害の中でも活動できるようにした』
「……!」
俺はフォーゼドライバーを見る。
『具体的に言えば、あの空間に存在する特殊な物質? エネルギー? による侵食を、スーツ側で可能な限り遮断する』
「エーテル侵食を……?」
思わず声が出た。
俺の知るエーテル適性とは全く違う。
適性の高さによって侵食へ耐えるんじゃない。
フォーゼの場合。
そもそも侵食を遮断する。
「そんなことできるのかよ……」
『まあ、これも気合と根性で』
「便利すぎるだろ、気合と根性!」
『我ながら頼りすぎている気はする』
「自覚あったのかよ」
録音相手なのに妙に突っ込みやすい。
『そして残念ながら、その災害はここにもやってきた』
「…………」
『まさか、月にまで発生するとは思わなかったよ』
俺は窓の外へ目を向ける。
月にホロウが存在していること自体は知っている。
新エリー都で生きてきた俺にとって、それそのものは驚くような話じゃない。
問題は。
「……じゃあ、このラビットハッチも」
月面に発生したホロウに呑み込まれた?
そういうことか。
「……だったら、あの扉は月のホロウに繋がってたってことか?」
いや。
正確な仕組みまでは分からない。
俺はホロウの専門家でもプロキシでもない。
ただ、少なくとも俺が地上からここへ来られた理由には、月面ホロウが関係しているらしい。
『幸い、ラビットハッチそのものには対策を施せた。少なくとも、この基地内にいる限り、あれの影響を直接受けることはない』
「なるほど……」
だからここへ入った瞬間、さっきまで感じていた不快感が消えたのか。
ラビットハッチそのものが、ホロウ内部に存在しながら影響を遮断している。
「……いや、それも大概とんでもないな」
フォーゼだけじゃない。
この月面基地までエーテル対策済みらしい。
だが。
『ただ……私は駄目だった』
「…………」
『ここまで逃げてくる間に、かなり影響を受けてしまった』
再び咳が聞こえる。
今度はさっきより長い。
『……たぶん、もうそんなには持たない』
さっきまでの軽口が嘘みたいだった。
『だからさ』
少しだけ声が明るくなる。
『何年後になるのか、何十年後になるのか。それとも、結局誰も来ないのか……』
一拍。
『……いや?』
男が小さく笑った。
『これを聞いてるってことは、来た人がいるのか』
「…………」
『まあいいや』
その言い方が妙に自然だった。
『今これを聞いている君に。私が二度目の人生をほとんど全部使って作った、このフォーゼシステムを託します』
「……俺に?」
『フォーゼドライバー。アストロスイッチ。フードロイド。それから、このラビットハッチにその他諸々』
一つずつ。
男が自分の作ったものを挙げる。
『ここに残してあるものは、好きに使ってくれて構わない』
「好きに……」
『何に使ってもいいよ』
一拍。
『あ、犯罪以外ね』
『せっかく人生かけて仮面ライダーを作ったのに、強盗とかに使われたらさすがに泣くから』
『できれば、如月弦太朗や仮面ライダー部のみんなが見ても恥ずかしくないようなことに使ってください』
「…………」
その名前を聞いて。
何も言えなくなった。
如月弦太朗。
歌星賢吾。
城島ユウキ。
前世で画面越しに見ていた人たち。
この人も。
俺と同じように見ていた。
フォーゼを。
仮面ライダー部を。
だから。
二度目の人生を使って本当に作ってしまった。
『とは言っても、別に仮面ライダーになれって言ってるわけじゃないからね』
「え?」
『使いたくなければ使わなくていい。戦いたくなければ戦わなくていい』
俺は黙って、その声を聞いた。
『これは君の人生だ』
「…………」
『私が勝手に作ったもののために、君が命を懸ける必要なんてない。私の代わりに世界を救ってくれ、なんて押し付けるつもりもない』
その言葉が。
妙に胸へ残った。
『好きに生きてください』
「…………」
『ただ、一つだけお願いがある』
「お願い?」
『後ろの棚にフードロイドたちを置いてある』
「後ろ?」
振り返る。
「…………」
棚に並んでいたのは、ハンバーガーにフライドポテト、ホットドッグやシェイク。
その他にもいくつか、ファーストフードを模した物体が並んでいる。
前世の記憶を取り戻す前なら、たぶん意味が分からなかった。
今なら分かる。
フードロイドだ。
『まだスイッチは装填してないから、今は食べ物みたいな姿のままだと思うけど』
『対応するアストロスイッチを入れれば起動する。できれば、あいつらとも仲良くしてやってほしい』
男が笑う。
『結構かわいいんだよ、あいつら』
『あー……これで言いたいことは一通り言えたかな』
男の声が続く。
『詳しい仕様とかは端末にデータを残してある。気になるなら読んでください』
「急に丸投げしたな」
『全部説明してたら長くなるからね』
「この音声も十分長いのでは……」
当然、返事はない。
『それじゃあ』
少しだけ。
声が静かになる。
『名前も知らない、いつかここへ辿り着いた同郷の君へ』
「…………」
『私が二度目の人生を使って作ったものを、君に預けます』
一呼吸。
『もしフォーゼを使うことがあるなら──』
そこで。
男が小さく笑った。
『少しでも楽しんでくれたら、作った側としては嬉しいかな』
「…………」
『それじゃ』
最後まで、妙に軽い声だった。
『バイバイ』
プツッ。
音声が途切れる。
「…………」
静かだった。
ラビットハッチには、機械の低い稼働音だけが残る。
「……バイバイ、か」
名前は知らない。
顔も知らない。
どんな人生を送ったのかも知らない。
でも。
声は聞いた。
俺と同じ世界から転生して。
同じ仮面ライダーを見て。
フォーゼを好きになった人間。
そして。
二度目の人生のほとんどを使って、本物のフォーゼシステムを作り上げた。
「……すげえ人だな」
気合と根性なんて言葉には何度も突っ込んだけど。
やったことは全然笑えない。
俺には到底できない。
ピピッ。
再びディスプレイが点灯した。
『SYSTEM TRANSFER COMPLETE』
続けて。
『WELCOME』
最後に。
『KAMEN RIDER FOURZE SYSTEM』
「…………」
俺は机の上を見る。
フォーゼドライバー。
ゆっくりと手を伸ばして持ち上げる。
今度は触れても頭痛は起きなかった。
「……本物なんだよな、これ」
思っていたより重い。
手の中にずっしりとした感覚がある。
これを使えば。
俺が。
仮面ライダーフォーゼに変身できる。
「…………いや」
すぐに首を振った。
「だからって、変身する必要はないんだよな」
先代――とりあえず、あの人をそう呼ぶことにしよう。
先代自身が言っていた。
使いたくなければ使わなくていい。
戦わなくてもいい。
「俺、普通に一般人だし」
戦闘経験なし。
武術経験なし。
エーテリアスを倒した経験なんて、当然一度もない。
変身できるからといって、わざわざ戦いへ飛び込む必要はない。
「とりあえず、帰ろう」
一度家へ帰る。
寝る。
頭を整理する。
前世。
この世界がゼンレスゾーンゼロだったこと。
原作知識。
フォーゼ。
先代転生者。
考えることが多すぎる。
「問題は……ホロウから出る方法だな」
ラビットハッチから出ること自体は、おそらくできる。
俺がここへ来た時に使った出入口も残っている。
問題は、その先だ。
結局ホロウ内部へ戻ることになる。
「…………」
フォーゼドライバーを机へ戻そうとして。
手を止めた。
さっきは運良くエーテリアスに出会わなかった。
でも。
戻った瞬間に目の前にいる可能性だってある。
「…………」
数秒悩んだ末。
フォーゼドライバーを腰へ当てる。
瞬間。
左右からベルトが飛び出し、そのまま腰へ巻きついた。
「おぉ……すげぇ!」
思わず声が出る。
本物だ。
本当に。
テレビで見ていた、あのフォーゼドライバーが俺の腰についている。
「…………」
数秒たって我に返る。
「あーいや、これはそう……保険、だからな」
誰に言い訳しているのか、自分でも分からない。
「持っていくだけ。別に変身するとは言ってない」
次にアストロスイッチのラックを見る。
「何個か持ってくか……」
どうせなら、いざという時に使えそうなものを持っていった方がいい。
その時。
アストロスイッチカバンが目に入った。
「……そういや、カバンあるじゃん」
俺はラックから順番にアストロスイッチを取り出し、カバンへ収納していく。
五。
六。
七。
八。
九。
十。
そして。
十五。
十九。
「……ギリ、ファイヤーは入んなかったか」
一番から四番までは、すでにフォーゼドライバーに装填されている。
これだけあれば、少なくとも何かあった時の選択肢は増える。
カバンを閉じる前に。
もう一度ラックを見る。
二十一番以降のアストロスイッチ。
そして。
三十九番の隣にある、空いたスペース。
「……コズミック」
やっぱり気になる。
三十九番まであるのに。
四十番だけがない。
「…………」
でも。
今考えたところで答えは出ない。
「……まあ、また来ればいいか」
カバンを閉じて、持ち上げる。
「重っ!」
一気に腕が下がった。
「先代……カバンくらい軽量化しといてくれよ」
エーテル侵食を防げるスーツまで作れたんだから、これくらい何とかできただろう。
アストロスイッチカバンを持ち、ラビットハッチの出口へ向かう。
その途中。
机の端に、一つだけ他とは違うスイッチが置かれていることに気づいた。
「……これ」
手に取る。
今なら分かる。
「ゲートスイッチ」
劇中で、天校のロッカーとラビットハッチを繋げたスイッチ。
「…………」
俺が最初に見つけたあの扉。
どういう経緯で開いていたのかまでは分からない。
でも、今後ラビットハッチへ来るなら、こいつが必要になる可能性は高い。
「これは持っていくか」
ゲートスイッチをポケットへ入れる。
そして今度こそ出口へ向かった。
取っ手へ手をかける。
そこで。
何となく振り返った。
誰もいないラビットハッチ。
フォーゼシステムを作った人は、もうここにはいない。
棚には未起動のフードロイドたち。
静かな月面基地。
「…………」
少しだけ迷って。
「……また来るよ」
誰に向かって言ったのかは、自分でも分からなかった。
扉を開ける。
その先には、白く光る空間が広がっていた。
少し先。
ここへ来た時に使ったものと同じ扉が見える。
「…………」
あの先はホロウだ。
できればエーテリアスがいませんように。
本気で祈りながら歩いていく。
取っ手へ手をかけ。
「……頼むぞ」
ゆっくり開ける。
歪んだ街。
エーテル結晶。
間違いない。
ホロウだ。
扉の向こうへ一歩踏み出す。
完全にホロウ側へ出た直後。
背後で扉が閉じ。
光となって消えた。
「…………」
振り返る。
もうそこには何もない。
「さて……」
ここからどうやって外へ出るか。
そこが問題だ。
前世の記憶が戻ったおかげで、この世界に関して今まで知らなかった情報もかなり増えた。
とはいえ。
俺自身がプロキシになったわけじゃない。
「とりあえず……」
ズンッ。
「…………」
地面が揺れた。
聞きたくない音。
ゆっくり振り返る。
瓦礫の向こう。
巨大な影。
「…………」
人間ではない。
全身の至るところからエーテル結晶を伸ばした異形。
エーテリアス。
「…………」
向こうが俺を見る。
俺も向こうを見る。
数秒。
「いやいやいやいやいや……」
一歩。
後ずさる。
エーテリアスが咆哮した。
「話が違うだろ!!」
背を向けて走る。
全力だ。
背後から轟音。
瓦礫が砕け散る。
「なんでいるんだよ!」
いや。
いるに決まってる。
ホロウなんだから。
知ってる。
そんなことは知っている。
でも。
「俺、一般人だぞ!?」
当然ながら、エーテリアスはそんな事情を考慮してくれない。
足音が近づく。
ちらりと振り返る。
「速っ!?」
距離が縮まっていた。
「待て待て待て待て!」
逃げ切れない。
どうする。
ゲートスイッチを使ってラビットハッチへ戻る?
いや。
「そもそも使い方分かんねえ!」
原作で何をするスイッチなのかは知っている。
でも。
実際にどうやって、このホロウ内部からラビットハッチへ繋げるのかまでは分からない。
「っ!」
背後から巨大な腕が振り下ろされた。
咄嗟に横へ飛ぶ。
「うわっ!」
地面を転がり、瓦礫へ肩をぶつける。
「痛っ……!」
アストロスイッチカバンが手から離れた。
数メートル先へ転がる。
「くそっ……」
起き上がる。
エーテリアスがこちらへ向き直った。
「…………」
もう。
走って逃げられる距離じゃない。
どうする。
どうする。
腰。
そこにある重み。
「…………」
フォーゼドライバー。
「いや……」
無理だ。
俺は一般人だ。
喧嘩だってほとんどしたことがない。
仮面ライダーフォーゼの変身方法は知っている。
能力も知っている。
各アストロスイッチが何をするのかも。
前世で見たから。
でも。
知識があるだけだ。
ロケットモジュールを実際に使ったことなんて当然ない。
ドリルで敵を蹴ったことだってない。
「でも……!」
エーテリアスが一歩近づく。
逃げれば。
死ぬ。
戦っても。
どうなるか分からない。
だったら。
「……くそっ!」
立ち上がった。
フォーゼドライバーへ手を伸ばす。
「一回だけだからな!」
誰に言っているのか分からない。
俺自身か。
先代か。
それとも。
前世で見ていたフォーゼに対してなのか。
フォーゼドライバーに並ぶ、四つの赤いトランスイッチ。
一つ目へ指をかける。
カチッ。
一つ。
電子音が鳴る。
続けて。
カチッ。
二つ。
音が一段高くなる。
カチッ。
三つ。
さらに高く。
そして。
カチッ。
四つ。
「…………」
全部入った。
本物だ。
テレビの向こうで何度も聞いた、あの音。
次の瞬間。
『3』
「…………」
心臓が跳ねる。
『2』
汗ばんだ右手をレバーへかける。
『1』
脳裏に蘇るのは前世で何度も見た光景。
あの立ち姿。
あの変身。
エーテリアスが迫っている、もう迷っている時間はない。
「…………」
息を吸い込む。
「変身!」
右手でレバーを引いた。
瞬間。
眩い白い光が、俺の全身を包み込んだ。
主人公
転生者。仮面ライダー好き。一般人。
先代
転生者。主人公とは別口の転生で転生特典がある。仮面ライダーオタクで特にフォーゼが好き。口癖は気合と根性