転生予定より11年早かった件について、とりあえず経営科でドラゴン旅行会社を起業する 作:ルクエリシオン
雄英高校、春の一大イベント——体育祭。
超人社会における最大のスポーツの祭典であり、プロヒーローやスカウト、そして全国の視聴者が熱い視線を注ぐ舞台だ。
当然、主役は【ヒーロー科】の生徒たち。彼らは己の個性をアピールし、将来のスカウト勝ち取りに向けて鼻息を荒くしていた。
……一方。
「……ふわぁぁあ、眠い」
1年経営科の観客席裏。
体操着の上に「経営科」と書かれたビブスを羽織った俺——翡翠凪(ひすい なぎ)は、盛大に欠伸を噛み殺していた。
「おい凪! 欠伸してる場合かよ! 俺たち経営科も障害物競走に参加させられるんだぞ! ヒーロー科の引き立て役にされてたまるか!」
クラスメイトが息巻いているが、俺のテンションはすこぶる低い。
「別に引き立て役でも何でもよくね? 適当に流してとっとと日陰で休もうぜ……」
緑髪黒メッシュの長髪を後ろでゆるく結び直し、俺は脱力しきった目元を擦る。
俺の目標は省エネ起業家だ。体育祭で目立つ必要なんてハナから存在しない。……存在しないのだが。
(まあ、ダラダラ走って体力を削るのも面倒だしな。『神速』で一瞬でゴールして、さっさと控え室でジュースでも飲むか)
結局のところ「省エネ」を追求した結果、俺の思考は一番手っ取り早い選択肢へと傾いていった。
◇
『よーし全科合同! 第一種目・障害物競走スタートだぁぁぁっ!!』
実況の熱狂的な叫びとともに、グラウンドの巨大なゲートが一斉に開放された。
狭い通路を我先にと押し寄せる生徒たち。個性を解放し、互いを牽制し合いながらトップ集団を形成したのは、やはりヒーロー科の生徒たちだった。
「ハハッ! どけどけぇっ! 一番乗りはアタシだ!!」
野生の躍動感を全身から撒き散らし、爆発的な脚力で先頭を突き進むのは、ヒーロー科1年・兎山ルミ。
長い白いウサギ耳をなびかせ、圧倒的な機動性でロボットインフェルノや断崖絶壁といった障害物を次々と踏み越えていく。
「よしっ! 最終エリアは……地雷原か! アタシの脚なら楽勝だぜ!」
勝利を確信したルミが、広大な地雷原へ跳び込もうとした——その時。
「あー、地雷か……踏むと服が汚れるから嫌なんだよな」
「あぁ!?」
ルミのすぐ隣に、ぬっと一人の男が並び立った。
ダボダボの制服の上からビブスを着た、眠たそうな目つきの男——俺だ。
「誰だお前!? って、経営科ぁ!? なんで経営科の奴がアタシのトップスピードについてきてんだよ!?」
「まあまあ落ち着けって、ウサギ耳ちゃん。声がでかい」
「ウサギ耳ちゃん言うな! ブッ飛ばすぞ!!」
ルミがカッとなって脚を振り上げかけた、その瞬間。
「じゃ、お先」
俺はトン、と軽く地面を蹴った。
——発動するのは、レックウザの基本技『神速(しんそく)』。
ドォンッ!! と空気が爆ぜた。
音速を超えた衝撃波が周囲の地雷を一斉に遠隔起爆させ、爆煙が巻き起こる。
だが、俺の身体は地雷が反応する速度すら置き去りにし、一瞬で空間を滑空していた。
『な、なんだぁぁぁあ!? 爆発の風圧とともに一瞬で地雷原を駆け抜けた生徒がいるぞ!? 誰だ!? ヒーロー科の特待生か!?』
『いや……実況、ビブスを見ろ。あいつ……【経営科】の生徒だぞ……!?』
実況席と会場全体が静まり返る。
俺はゴールテープを気怠げに切ると、ふぅと息を吐いた。
「よし、1位完了。……日陰で休も」
「待ちやがれぇぇぇえっ!!」
遅れて泥まみれでゴールしてきたルミが、目を血走らせて俺に掴みかかってきた。
「お前何者だ!? なんで経営科の奴がアタシより速ぇんだよ!! 納得いかねぇ、勝負しろ!!」
「嫌だよ、めんどくさい。ウサギちゃん元気すぎるだろ……」
暑苦しいルミの追撃をヒラリとかわしていると、ふと視線を感じた。
振り返ると、3位でゴールした金髪ボブの少女が、驚きと探るような鋭い瞳で俺を見つめていた。
(ん……? あの子も龍の個性に似た雰囲気がするな。まあいいか)
前世知識が「USJ襲撃」止まりの俺は、彼女が後のプロヒーロー『リューキュウ』こと竜間龍子(たつま りゅうこ)であることすら知らず、ただ「綺麗な子だな」とぼんやり思っただけだった。
◇
『第二種目・騎馬戦! 制限時間は15分! 騎手は地上に足を着いたら即失格だ! そして1位のプレイヤーに与えられるポイントは……1000万ポイントだぁぁあ!!』
「……は?」
騎馬戦のルール説明を聞き、俺は思わず口ぽかんとなった。
1位の俺(騎手)を倒せば一発で上位に食い込めるため、フィールド上の全騎馬がギラギラとした飢えた目で俺を睨みつけている。
「おい凪! 1000万とか冗談じゃないぞ! 逃げるぞ!!」
「絶対全員で俺たちを殺しに来るじゃねぇか!!」
俺の騎馬(馬役)を組んでくれた経営科のクラスメイト3人がガタガタと震えている。
「あー……逃げるのも走るのも面倒だな」
俺はハチマキを自分の頭に固く巻き直し、騎馬の上でけだるげに首を鳴らした。
「じゃあ、近づいてくる奴だけ適当に追い払うか」
『騎馬戦、スタートォォォッ!!』
「狙うは1000万! 経営科のハチマキを奪えぇぇえっ!!」
合図とともに、数十チームの騎馬が一斉に俺に向かって雪崩れ込んできた。
先頭を切るのは、自身が騎手として馬の上から身を乗り出すルミの騎馬だ。
「さっきの借りを返すぜ、緑髪ぁぁあ!!」
「だから声がでかいって……」
俺は右手の指先を向け、軽く『龍の波動』の衝撃波を放った。
ドンッ!!
目に見えない空気の槌が弾け、襲いかかってきた騎馬たちがまとめて吹っ飛ぶ。
怪我をさせない程度に加減した打撃風圧だが、近づくことすら許さない絶対的な拒絶の壁。
「なっ……手をかざしただけで風圧が……!?」
衝撃に息を呑む生徒たち。
その混戦の中、天空から巨大な影が射し込んだ。
——ガアアアアアンッ!!
雄たけびとともに上空を舞ったのは、クリーム色の滑らかな皮膚と巨大な皮膜翼を持つ【巨大なドラゴン】——個性を解放して完全な龍(馬役)となった竜間龍子だった。
そしてその広大な背中の上には、ハチマキを巻いたヒーロー科の生徒(騎手)がしっかりと足を踏ん張って乗っている。
「いけぇぇっ! 上空から一気に1000万を奪うぞ!!」
龍子(馬)が巨体を躍らせて急降下し、その背に乗った騎手の生徒が腕を限界まで伸ばして、俺のハチマキを狙い澄まして手を伸ばしてきた。空中からの完璧な奇襲。
(へえ……大きなドラゴンだな。綺麗な飛び方だ)
俺は感心しながら、騎馬の上で『神速』の身こなしを発動。
急降下してくるドラゴンの爪と、伸びてきた騎手の手を紙一重でかわす。
そしてすれ違いざま、俺はドラゴンの背に乗っている「相手の騎手」の首元から、指先でサクッとハチマキを摘み取った。
「なっ……!? 騎手のハチマキが取られた……!?」
上空を通り過ぎ、グラウンドへと着地するドラゴン(龍子)。
背中の騎手は足を着けておらずルール内だが、首元のハチマキはすっかり消え去っていた。
ドラゴン(龍子)が驚愕にその大きな黄色い瞳を見開いて、騎馬の上で涼しい顔をしている俺を凝視する。
隙がない。体勢が崩れているように見えて、全身にまったく淀みがない。脱力しているのに、まるで難攻不落の城のようだ。
(あの滑空速度の中、背中の騎手からハチマキだけを正確に奪い取るなんて……あなた、一体何者なの……!?)
言葉は発せずとも、ドラゴンの瞳には溢れんばかりの困惑と強い驚きが宿っていた。
「一応、経営科だよ。俺、戦うの嫌いだからさ」
ドラゴンに向かってそう呟きながら、俺は近づいてくる他の騎馬のハチマキも『神速』の手さばきでサクサクと回収していく。
——結果。
『終了〜〜〜っ!! 1位、翡翠凪チーム(経営科)! 2位、竜間龍子チーム! 3位、兎山ルミチーム!!』
経営科の生徒が1000万ポイントを守り抜き、さらに他チームのハチマキまで掠め取ってぶっちぎりの1位。
「くっそぉぉぉおお! 納得いかねぇぇえ!」と頭を抱えて吠えるルミ。
そして、ドラゴンの姿から人間の少女の姿へと戻った龍子は、自分のチームのハチマキを指先一つで奪っていった俺の後ろ姿を、赤くなった顔でじっと見つめていた。
(ドラゴンの私を怖がりもせず、あんな余裕な顔でいられるなんて……)
真面目な龍子の胸に、淡い好奇心と強い敗北感が芽生えた瞬間だった。